第二話:罪の共鳴
第二話:罪の共鳴
翌朝、白亜の伽藍は、死を嗅ぎつけた羽虫たちの羽音に満たされていた。
男(刑事)は、紙コップの縁から伝わる安っぽい熱で、麻痺しかけた指先の感覚を確かめていた。眼球の裏側には、砂利を噛んだようなざらついた疲労がこびりついている。
「内部の仕業でしょう。基盤が、執拗なまでに破壊されている」
同僚の声が、無機質な廊下に撥ね返る。生命維持装置という名の心臓。それを物理的に粉砕したのは、慈悲か、あるいは純粋な殺意か。
鋼の椅子に固定された女(看護師)は、すべての色彩を吸い取られた抜け殻のように見えた。男が差し出した茶には見向きもせず、ただ自身の指先を、爪が食い込むほどに強く握りしめている。
「昨夜、あなたが病室の静寂を破った。そうですね?」
「……私では、ありません」
「だが、あなたの『願い』は、その機械の鼓動を止めたがっていた」
その言葉が、女の肺を凍らせた。
女の脳裏に、夜な夜な繰り返される反芻が蘇る。鳴り止まぬアラーム、肉の腐敗を隠す芳香剤の匂い。そして、ただ「生かされている」だけの肉塊が発する、かすかな細胞の軋み。
『いっそ、この手で』
願望は血肉となり、現実との境界を侵食する。女の呼吸が浅くなり、喉の奥でヒュウ、と乾いた音が鳴った。
「……そうです。私が、あの人の呼吸を止めたのです」
罪悪感という名の麻薬が、彼女の意識を白く染め上げた。
――数日後。
嫌疑不十分で放逐された女は、夕闇の澱(よど)みに沈んでいた。
「お疲れ様でした」
澄んだ鈴の音のような声が、女の鼓膜を震わせる。
セーラー服を纏った少女。墨を溶かしたような漆黒の髪が、死にゆく陽光に照らされて、おぞましいほどに美しく揺れている。
少女が差し出した冷たい雫を、女は縋るように受け取った。
「あなたは、悪くありません。あなたの慈悲が、死という名の解放を招いただけ」
「私の……慈悲?」
「ええ。その心、血に濡れた彼岸花のように、気高く、美しい」
少女が闇の深淵へと背を向けたとき、女は己の肺が渇きを切らすのを感じた。
「待って。わたくしも……その美しき呪いに、指を浸すことができるかしら」
少女が振り返る。その三日月のような微笑が、女の残りの五割の理性を、静かに、確実に食いちぎった。
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