CERES07-AAR-08 指揮官の選択

南側外縁部に到着した一行は、廃墟の影に身を潜めながら周囲を確認した。

建物の割れた窓から、乾いた風がひゅうと吹き抜ける。生き物の気配は一切ない。


「静かだな」

カワチが低くつぶやく。


ノヴァは視線を巡らせながら答えた。

「この空気の重さ……何かが潜んでてもおかしくない」


昨夜見たあの異形の姿や痕跡が脳裏をかすめ、今の静けさと重なった。

隊員たちは互いに無言のまま、武器を握り直した。


ダースが端末を操作し、南西方向を指し示す。

「あのビル群の奥が南側商業施設の中心地だ。外から回るか、中を抜けるか……」


マラリは短く息を吐き、判断を下した。

「内部を通過します。時間に余裕はありません」


誰もが胸の奥にわずかな疑問を抱えたまま、瓦礫の街へと足を踏み入れていった。


廃墟の入り口に近づくと、ロドリゲス一等兵が前に出て、手信号で一行を制止させた。

足元には錆びたワイヤーが瓦礫の陰に隠れるように伸び、奥の壁際には即席で設置された小型の起爆装置が見えた。


「……ブービートラップです。踏み込んだら吹っ飛びます」

ロドリゲスは低く告げ、膝をついて工具を取り出す。

ダースが後ろから端末を覗き込み、構造を解析するデータを送った。

「古い型だな。市販の爆薬を改造してます。おそらく海賊の残し物ですね」


金属音を極力立てないよう、慎重にピンを外し、導線を切断する。

「……解除完了」

ロドリゲスが手を上げると、隊員たちは再び前進を開始した。


ビル内部は薄暗く、崩れた天井から細い光が差し込んでいる。

床には砂埃とガラス片が積もり、時折、足元で小さく砕ける音が響いた。

マラリは一瞬立ち止まり、耳を澄ます。

外の静けさよりも、この密閉された空間の沈黙のほうが、ずっと息苦しい。


「急ぎましょう」

短い指示と共に、隊は再び暗い廊下を奥へと進んでいった。


ロドリゲスが解除した罠の残骸を脇に寄せ、一行は再び足を進めた。

薄暗い廊下を抜けるたびに、壁のひび割れから差し込む光が一瞬だけ視界を白く染める。

足元には乾いた瓦礫が散らばり、踏むたびにかすかな音が重苦しい空気の中に響いた。


やがて、隊列の先頭を行くダースが端末の画面を見つめたまま、ぴたりと立ち止まった。

「……これは、微弱な信号を拾いました」

全員の視線が集まる。

「SOS……らしい。地下からです」


その言葉に、誰かが小さく息を呑む。

廃ビルの奥で、そんな信号を発する存在は限られている。

救援を求める者がいるのか、それとも罠なのか。判断は容易ではなかった。


マラリは視線を巡らせ、隊員たちの表情を一つずつ確認した。

「……選択肢は二つです」

声は低く、しかし迷いはなかった。

「この信号を追って地下へ降りるか、あるいは当初の計画通り、ビル内部と周囲の安全確保を優先するか――」


重たい沈黙が、ひときわ深く廃墟の中に落ちた。



▶ CERES07-AAR-01α:地下の信号を追う

https://kakuyomu.jp/works/16818792438538808363/episodes/16818792438600826859


▶ CERES07-AAR-01β:周囲の安全を確保する

https://kakuyomu.jp/works/16818792438538808363/episodes/16818792438604924870

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