7章-第4話
数日後。
王都の宿舎の中庭で、つむぐはいつもの軽口を封じた真剣な表情をしていた。
「あいつら、また動き出してる」
木陰に集まった仲間たちを見回しながら、低い声で言った。
かけるが眉をひそめる。
「青い仮面の奴らか」
つむぐは頷き、拳を握りしめた。
「この前の件で一度は引いたかと思ったが……偵察してみたら、奴らが瘴気の濃い場所に集まってた。しかも、見たことない魔具を運び込んでたんだ」
とうまが腕を組み、険しい声を重ねる。
「つまり、戦力を立て直すどころか、次は本気で仕掛けてくるってことか」
空気が重くなる。みちるが口を開いた。
「星核に関わる者を一掃しようとしている……そう考えるのが自然ね」
かけるは剣の柄に手を置き、静かに息をついた。
「やるなら迎え撃つだけだ」
「必ず、守り抜く」
とうまはミヤビを見て呟く。
その様子を見てつむぐは口笛を吹いた。
「かっこい〜! でも体の中にある欠片を取り除かないと星核に近づけないよ」
「ああ。あの円盤はまだなのか?」
とうまはみちるを見た。みちるは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ええ。見つからないの。つづるも世界日報のツテを使って探してくれてるけど、全然」
「それって結構まずいんじゃねぇか? 欠片がある限り、何度でも操れんだろ?」
かけるが言うと、みちるは頷いた。
「そうなの。だから私ととうまちゃんは前線には出られないわ。また操られる訳にはいかないもの」
「しばらくは後方支援になる」
とうまは不屈そうな顔で言った。
そこへ、扉を叩く音が響き、駆け込んできた兵が息を切らしながら報告した。
「報告! りんたろう殿の姿が、今朝から確認できません!」
「……何だと?」
かけるの表情が一変し、場の緊張がさらに張り詰める。
みちるが即座に問い詰める。
「最後に見たのはいつ!?」
「夜明け前です。地下牢にて巡回のものが姿を確認したところまでは、それ以降——」
つむぐが鋭く舌打ちした。
「……青い仮面の連中だ」
「急いで探すわよ」
みちるが短く言い放ち、全員が即座に動き出した。
嵐の前触れのような冷たい風が、中庭を吹き抜けていった。
ーーーー
兵士の報告を聞き終えるや否や、かけるがすぐに動いた。
「足跡や痕跡を探す。全員、地下牢に集合だ」
地下牢の鍵はこじ開けられ、中には誰もいなかった。
つむぐがしゃがみ込み、地面を指でなぞる。
「……靴跡が潰れてる。複数人が急ぎ足で歩いた形跡だ」
つむぐは視線を上げ、路地の先を鋭く見据えた。
「瘴気の残り香がある。間違いなく青い仮面の連中だ」
「じゃあ、方向は——こっちね」
みちるが通りの影を指差し、先導するように走り出す。
残りの全員もすぐに続いた。
王都の朝はまだ静かで、通りの大半は人気がない。
だが、路地を抜けるたびに、うっすらとした黒いもやが漂っているのが見えた。
それはまるで、獲物を引きずった跡を示すかのように、細く長く続いていた。
かけるが走りながら言う。
「……この瘴気の濃さ、ただの移動じゃねぇな。おそらく戦わされたか、魔具で無理やり抑えられた」
とうまが短く頷く。
「足跡がだんだん少なくなってる……おそらく担がれたな」
やがて一行は、王都の外れにある古びた下水道の入口へたどり着いた。
鉄格子の表面には、うっすらと魔法陣の刻印が浮かんでいる。
ミヤビが近づき、手をかざす。
「……これ、あの円盤と似てる。星核の欠片に共鳴する封印魔法だ」
つむぐが短剣を抜き、金属音を響かせた。
「じゃあ、間違いないねぇ。奴ら、宮廷の地下に拠点を作ってる」
かけるが息を整え、全員を見回す。
「俺たちがりんたろうを救出する。だからお前らは……」
かけるが言いかけた時だった。
みちるが、ふっと動きを止めた。
その瞳が不自然なほど暗く染まり、口元には冷たい笑みが浮かぶ。
同時に、背後のとうまが剣を構えた。
刃の向きが仲間に向けられている。
「……っ、二人とも——!」
かけるが制止の声を上げるより早く、みちるの詠唱が始まる。
「《影縫いの鎖》」
黒い鎖が床から伸び、ミヤビを狙って伸びる。
その刹那、巨大なシールドが張られ、ミヤビは間一髪で回避する。
「みちる、やめて!」
叫ぶミヤビを狙って、とうまは感情の抜け落ちた目で剣を振り下ろす。
その一撃を、かけるが間一髪で受け止めた。
「クソ……何が起きてんだ!?」
「罠だったっぽいね……! やられたよ」
刃と刃がぶつかる火花の中で、かけるの顔には焦りが滲む。
黒い鎖をつむぐが叩き落とす。ミヤビを庇いながら、少しずつ後退する。
「このままじゃ……味方同士で殺し合いになる……!」
いつの間にか足元には瘴気が這い、視界は黒く染まっていく。
「……っ、逃げて……!」
みちるが、顔を苦痛に歪めながら低く叫んだ。
とうまも剣をかけるに押し付けたまま、血の滲む唇を震わせる。
「……早くしろ……今の俺は……敵だ……っ!」
その声には、明らかに意志と抵抗の痕跡があった。
暗がりの奥から、笑い声が聞こえる。青い仮面の男がそこに立っていた。
「はは……なるほど、まだ意識が残っていたか。だが無駄だ」
ゆっくりと手を掲げ、床に刻まれた魔法陣が瘴気を吹き上げる。
みちるの鎖がさらに強く締まり、つむぐを地面に押し付けた。
とうまの剣筋は容赦なく鋭く、かけるでさえ押し返すのがやっとだ。
「くそ……回復したばっかりだってのに…!」
「手加減しろっての!」
黒い瘴気が下水道の床を這い、視界を重く染める中、かけるはとうまの剣を必死に受け止め、つむぐはミヤビを庇いながらみちるの鎖を短剣で叩き落としていた。
しかしミヤビを庇いながらの戦闘と、本来の実力差から次第にジリ貧となっていく。
青い仮面の男の冷たい笑い声が、暗がりの奥から響く。
「仲間同士で殺し合う結末……星核の意志に逆らうことはできない」
男が手を掲げると、床の魔法陣が紫色に輝き、瘴気が一気に膨れ上がる。みちるの鎖がさらに強く締まり、つむぐの足を地面に縫い付ける。
とうまの剣は容赦なく、かけるの防御を押し潰そうとしていた。
「くそっ……このままじゃやられる!」
かけるが叫ぶ瞬間、地下の通路から鋭い金属音が響いた。つづるが双短剣を構え、疾風のように駆け込んできたのだ。
「お待たせしました」
つづるの飄々とした声が、緊迫した空気を切り裂く。
彼は一瞬で戦場を見渡し、みちるの鎖を狙って短剣を投げる。
鎖が弾け飛び、つむぐが自由になると同時に、彼はミヤビの前に立ちはだかる。
「ミヤビ、先に行ってください。ここは僕らが何とかしましょう」
つづるの言葉に、ミヤビは一瞬躊躇する。
しかしつむぐの「信じてるよ、姫!」という叫びに頷き、後退して魔法陣の解析を始める。
かけるはとうまの剣を押し返し、つづるに目配せする。
「いいタイミングだ、つづる! あの仮面野郎をぶっ潰せ!」
青い仮面の男は笑みを深め、紫光を帯びた奇妙な刃を取り出す。
「無駄な足掻きだ。星核の力は、貴様らの絆ごと呑み込む」
「じゃあ試してみますか?」
つづるの双短剣が空を切り、男の刃を弾く。つむぐは素早く横に回り込み、短剣で男の脇腹を狙うが、瘴気が盾のように膨れ上がり、攻撃を弾き返す。
かけるは正面から突進し、大剣を振り下ろす。とうまは不気味な速さでかわし、逆に剣を突き出す。
みちるが放つ鎖をつむぐが叩き落とし、その首筋を狙ってナイフを突き出す。
その戦いを背に、ミヤビは魔法陣に手を置く。
まばゆい光が白い導線を描きながら、魔法陣を消していく。
「出来た……!」
魔法陣が消え、入口が現れる。
ミヤビは激しい金属音を背に、地下水路を進み始めた。
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