6章-第1話
王都の城壁近く、昼下がりの中庭。
陽光が石畳を柔らかく照らし、涼しい風が花壇を揺らしていた。
のんびりとした空気を切り裂くように、かけるの声が響く。
「とうま、お前だろ。ミヤビのペンダント盗ったの」
水を飲んでいたとうまが、危うくむせかけた。
「はあ? 何だ唐突に。根拠はあるのか」
「根拠? 直感だよ。俺のカンはよく当たる」
かけるは意味深に笑い、剣の柄を軽く叩く。
そこへ、近くで本を読んでいたみやびが顔を上げた。
「ちょっと待って。私、ペンダントなんて無くしてなーー」
「……へぇ、そうか」
とうまが目を細める。
どこか楽しそうな、不敵な笑みを浮かべている。
「随分な言いがかりじゃないか。俺が宮廷騎士と分かっての行いか?」
「騎士様だって窃盗ぐらいするだろ? 実際無くなってんだよ」
「俺ではない」
とうまは剣を抜き、かけるに向ける。
かけるもまた、背負っていた大剣を抜き、とうまに向けた。
「ちょっと二人とも!?」
ミヤビは慌てて二人を止めようとするが、とうまの部下に止められる。
「お二人は貴女をだしに手合わせしたいだけですよ」
「え!?」
「決闘など本来は禁止ですからね。ただ、その名誉を傷つけられた時は良いとされているんです」
「そうなんだ……」
ミヤビは呆れたように二人を見る。
二人は石畳の中央に立ち、軽く礼を交わす。
「本気で行くぞ、とうま」
「望むところだ」
金属がぶつかる甲高い音が、昼下がりの中庭に響いた。
かけるは素早い踏み込みで剣を突き出し、とうまは体をひねって回避しながら反撃の一閃を繰り出す。
洗練された精密な突きと、豪快な動きで重たい一撃が火花を散らす。
互いの攻撃は紙一重でかわされ、足運びも呼吸もほぼ互角だった。
「やるじゃねぇか」
「お前こそ」
鍔迫り合いの中、かけるがわざと笑みを浮かべる。
「なぁ、もし俺が勝ったらみやびに——」
「それ以上言ったら切る」
とうまの剣にぐっと力がこもり、鍔迫り合いが一気に押し返される。
数合交わした末、かけるが渾身の一撃でとうまの防御を崩した。
剣の腹で肩を軽く打ち、勝利のポーズを決める。
その瞬間、とうまの首元で何かが「パキッ」と音を立てた。
「……あ」
視線を落とすと、とうまがいつも身に着けている銀のペンダントが、鎖から外れ、地面に転がっていた。
中央の小さな宝石には、細いひびが走っている。
とうまは無言でそれを拾い上げ、じっと見つめた。
かけるは青ざめながらも、乾いた笑いを漏らす。
「……いや、その……悪かった」
「弁償な」
とうまの声は低かったが、その口元はわずかに笑っていた。
ベンチで見ていたミヤビは、また深いため息をついた。
昼下がりの穏やかな空気の中、二人のじゃれ合いのような決闘は、思わぬ形で幕を閉じた。
ーーーー
決闘騒ぎが落ち着いた後、ミヤビは面会用の包みを抱えて、石造りの階段を下りていた。
宮廷の地下牢は、昼でも薄暗く、鉄格子の奥から湿った匂いが漂っていた。
(今日はお菓子でも持っていって、少しでも気を晴らしてもらおうかな)
包みを抱え直し、角を曲がると、聞き覚えのある声が牢の奥から響いてきた。
「……へぇ、それで? 彼女がそっちへ行ったら、君は引き止めるんですか?」
「そ、それは……!」
鉄格子の向こうにいたのはりんたろう。顔は耳まで真っ赤、視線は泳ぎっぱなし。
その前に座っていたのはつづるだった。
「いじめか!? いじめてるのか!?」
声をかけると、つづるは振り返り、まるで悪戯を見られた猫のような顔をした。
「おや、ミヤビ。人聞きが悪い。ちょっと彼の心の整理を手伝っていただけですよ」
「整理って……顔が真っ赤じゃん! いじめてるでしょ!?」
「だから違いますって」
ミヤビはつかつかと近づき、りんたろうの前に立つ。
「大丈夫? なにされたの?」
「い、いえ……別に……」
りんたろうは視線を逸らしながら、もごもごと口ごもる。
つづるはあくまで涼しい顔で言った。
「確認しただけですよ。みやびについて」
「えっ」
ミヤビは一瞬固まった。
そしてりんたろうとつづるを交互に見る。
「……なんでそんなこと、わざわざ」
「そりゃ、知っておいた方が面白いでしょう?」
つづるは余裕ぶった笑みを浮かべたまま答えた。
「まあ、答えは悪くなかった。あなたも満足でしょう」
「……怪しい」
ミヤビはじっとつづるを見つめた。
そして、何かを思いついたようににやりと笑う。
そのままつづるの前に回り込み、ひょいと彼の膝の上に腰を下ろした。
「おや」
「じゃあ、今度はつづるの番」
ミヤビは距離ゼロの位置からじっと見上げた。
「つづるのミヤビへの気持ち、教えて?」
「……ふふ、攻め方が直球すぎません?」
つづるは表情を崩さず、しかし耳の先がわずかに赤くなる。
「ごまかしても、逃げられないよ?」
「おやおや、牢屋よりも逃げ道がないですね」
二人のやり取りを、鉄格子の向こうでりんたろうがぽかんと見ていた。
その顔は、ついさっきまでの赤みをさらに増していた。
ミヤビはじっとその瞳を見つめる。その視線は揺らぎながらも、すぐに強くなり、ミヤビを見返す。
「……正直に言いますよ」
つづるはゆっくりと息を吐いた。
「確かに、あなたに惹かれている」
ミヤビの目が一瞬大きく開かれる。
「でも、それがどれほど本当かは……僕にもわからない」
つづるは微かに笑みを浮かべ、少しだけ目を細めた。
「感情なんて、簡単に揺らぐものですから。今はそう思っていても、明日には違うかもしれない。あるいは、自分に都合よく解釈しているだけかもしれない」
「それでも……」
ミヤビが言葉を継ごうとしたが、つづるは軽く手をあげて制した。
「だからこそ、こうして確かめるしかないんです。たとえ答えが不確かでも、問い続けて、動き続ける」
「それが本心?」
「さぁ、どうでしょう」
つづるは軽く笑みを浮かべると、ミヤビの背中を小さく押した。ミヤビは抵抗せずにゆっくりと立ち上がった。
「さて、僕はそろそろ失礼しますね」
つづるは振り返り、軽やかな足取りで地下牢の階段を登っていく。
その背中を見送りながら、りんたろうは鉄格子に手を置き、ミヤビに言った。
「あれは本心だと思いますよ。……根拠はありませんが」
「うん、私もそう思う」
ミヤビは小さく頷いた。
捻くれた言動の多い彼だが、素直な時は素直なのだ。
しばしの間沈黙が地下牢を支配していたが、不意にりんたろうが口を開いた。
「そうだ。申し訳ないのですが、お使いを頼めますか?」
「お使い?」
ミヤビが問い返すと、りんたろうは小さく頷いた。
「城中市場にある、魔力で形成できる粘土を買ってきてほしいのです」
「城中市場?」
「はい。国王陛下は庶民の近くで政治をしたいという理由で、特別な日を除き城の一部を解放しているのです。そこに市場があるんですよ」
りんたろうは説明を続ける。
「食料品から魔法具まで様々な店が軒を連ねております。粘土は市場の南側、魔法道具屋が並ぶ小さな店で売っているはずです」
ミヤビは目を細め、感心したように呟いた。
「変わってるね」
「ええ、私もここに初めて来た時は驚きました」
「ずっと部屋の中にいたから知らなかったな……わかった、行ってくる」
そうしてミヤビは鉄格子から手を離し、明るい城中市場へ向かって歩き出した。
ーーーー
「あれ、何してんの?」
ミヤビが市場へ向かう途中、みちるの部屋の前を通りかかると、扉が開いており、中から賑やかな声が聞こえてきた。
ミヤビがそっと部屋を覗き込むと、和気あいあいと片付けをする二人の姿があった。
かけるととうまが、床から天井まで届く本棚から本を下ろし、埃を払い、秩序のない部屋に少しずつ秩序をもたらしている。
埃が舞い散る中、かけるは真剣な表情で、古文書を一枚一枚丁寧に確認していた。
「みやび、来たのか」
とうまは手際よく本を分類し、整理整頓を進めていた。
部屋の隅の椅子に座り、そんな二人を面白そうに見ている男がいた。
闇市の情報屋、つむぐだ。彼は片手にコーヒーを、もう片方にはみちるの部屋から見つけたらしい不思議な形状の石を並べている。
「いやぁ、すんごい部屋。どこからともなく、ホコリがわいてくるねぇ」
つむぐは楽しそうに言う。
「でも、あんたらも大変だよな。まさか、部屋の片付けが罰になるなんて」
つむぐの言葉に、かけるは不満げに口を尖らせた。
「まさか見つかっちまうとはなぁ」
「タイミングが悪かったな」
「正当な理由があるって説明したんだけどな」
「どこがよ」
ミヤビは勝手にだしにされたことを思い出して、苦笑いした。
かけるは埃まみれの巻物をとうまに投げつけ、とうまがそれを華麗に受け止める。
本や古文書の中に、ところどころ瓦礫などが落ちている。
ミヤビは危うく転びかけたが、かけるが受け止めてくれる。
「おっと、気をつけろよ。前にみちるが暴れた時の瓦礫もまだ片付いてねぇからよ」
「そうなんだ」
「それを兼ねての片付けだそうだ」
かけるの言葉に、とうまは静かに頷く。みちるの知識欲が、彼を苦しめる呪いにつながったことを、彼らは皆知っていた。
「そっか」
「姫〜、せっかくだしこっちに座りなよ」
ミヤビは彼らの邪魔にならないように、つむぐが手招きしてくれている椅子へ座った。
その時、扉が静かに開き、みちるが顔を覗かせた。
「ごめんなさいね、助かるわ〜」
みちるは大きな箱をいくつか部屋に持ち込み、そこへ古文書を入れる。
「見ろ、みちる! こんなに綺麗になったぞ!」
かけるが誇らしげに胸を張る。そこには綺麗になった一角があった。
「ありがとね。ホント助かるわ〜、この調子でもっと頑張ってちょうだい」
みちるが微笑みながら部屋の中を見渡すと、かけるととうまは真剣な表情で本を整理し続けていた。
「そうだ、ここにある巻物は年代順に並べた方がいいんじゃないか?」
とうまが提案すると、かけるもすぐに頷いた。
「それにしても、みちるの知識欲は底なしだな。こんなにも古い資料がこんなにあるとは思わなかった」
かけるが感心した様子で言う。
「でも、ちゃんと片付けておかないと、また混乱しますよ」
とうまも手を休めずに応じる。
みちるはふと窓の外を見る。夕暮れの空が淡い橙色に染まり始めていた。
「みんな、ありがとう。本当に感謝してる」
かけるもとうまと顔を見合せて微笑んだ。
ミヤビが静かに頷き、つむぐもコーヒーを飲みながら言った。
「こういう静かな時間も悪くないよねぇ。普段は危険ばかり追いかけてるから」
その時、部屋の隅から小さな音がした。
ミヤビが振り向くと、ひとつの古びた書物が床に落ちていた。
「おっと、これも片付けなきゃ」
みちるが手を伸ばすと、書物の背表紙に見覚えのある紋様が刻まれているのに気づいた。
「あら、ここにあったのね。探してたのよ」
とうまが目を輝かせる。
「もしかすると、新しい発見につながるかもな」
みんなの顔に期待の色が広がった。
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