4章-第1話

二人は滞在を始めてから数日が経った。

日中は、つむぐが聖教の施設内を探索し、みやびは病気の妻として部屋で療養している、という体裁をとっていた。

ある日の午後、つむぐは廊下を歩いていると、中庭にいる二人の信徒の会話が耳に入った。

彼らは、清掃作業の手を休めて、何やら深刻そうな顔で話し込んでいる。


「……それにしても、星核様が来てから、なんだか聖教の様子も変わってしまった」


一人の年配の信徒が、そう愚痴をこぼした。


「そんなことを言ってはいけません。あれは、我々に奇跡をもたらしてくださった御方。聖教がより正しい道へ進むために必要なことなのですから」


もう一人の若い信徒が、たしなめるように言った。


「そうは言うが、最近のやり方はあまりにも強引すぎる。昔はもっと穏やかだった。貧しい人々にもっと寄り添っていたではないか。今では……」


年配の信徒は、言葉を濁した。


「あの『奇跡』を目の当たりにしたのなら、何も言えなくなるはずです。それに『星核』様のおかげで、私たちの教えはより多くの人々に広まっている。これは喜ばしいことではないですか」

「しかし、あの奇跡が本当に……」


年配の信徒は、さらに何かを言いかけたが、若い信徒に鋭い視線で見つめられ、口を閉ざした。

つむぐは、すれ違うふりをして、さりげなく二人の会話を聞き耳を立てていた。

つむぐは部屋に戻ると、ミヤビに耳にした話を伝えた。


「『星核』かぁ……。どうにも最近になって聖教に現れた、聖教を大きく変えた人物か、もしくは特別な力を持つ人っぽいね」


つむぐは腕を組み、考え込む。


「『奇跡』も気になるね。いったい、何があったのかな」


ミヤビが不安そうな顔で尋ねる。


「ああ。それを知るのが、俺たちの次の目的になりそ」


つむぐはそう言うと、持っていた地図を広げた。


「あの二人の会話から察するに、聖教内部にも『星核』のやり方に反発している人間がいるようだ。うまくすれば、そういう人たちから情報を引き出せるかもしれない」


つむぐは、地図の特定の場所に印をつけた。


「どうやら、あの二人が話していた中庭の奥に、古くからある書庫があるらしい。そこに、聖教の歴史や、禁忌に関する書物も保管されている可能性がある」

「書庫へ行くには、人の目を欺く必要がある。どうすればいいかな?」


ミヤビはつむぐに問いかけた。


「書庫は、日中は修道士や信徒たちの出入りが多いし……。夜中に忍び込むか、それとも別の方法を考えるか……」


つむぐは、そう言って、今後の行動を検討し始めた。

ミヤビは、つむぐの言葉に耳を傾けながら、彼が示す地図をじっと見つめている。

と、その時だった。コンコン、と部屋の扉がノックされる。

つむぐは警戒しながら扉を開けると、そこに立っていたのは、見慣れた男だった。

細身で、知的な雰囲気を漂わせる男は、つむぐとミヤビの顔を見て、にこやかに微笑んだ。


「やあ、初めまして。君たちが、病気の奥さんと旅をしているという方々かな?」

「つづるさん!」


部屋に入ってきた男の顔を見て、ミヤビは驚きに目を見開いた。

つむぐは眉をひそめ、男をじっと見つめる。


「おや、ミヤビ。こんなところで会うなんて奇遇だね」


にこやかに微笑む男につむぐは警戒を露わにする。


「あんた、彼女の知り合いか?」

「ええ。宮廷で何度か取材させてもらったんですよ。それにご友人のかけるさんを助けたり、ね?」


つづるはそう言って、つむぐに視線を向けた。


「僕は世界日報の特派員をしている、藤堂綴といいます」


つむぐは、警戒を解かずにじっとつづるを見つめる。


「で、なんの用?」


つづるは、チラリとミヤビに視線を向けると、再びつむぐに微笑みかけた。


「君たちのことを、耳にしてね。奇病を患っている方がいると。これは大きなニュースになるかもしれないと思って、取材にきたんですよ」


つむぐは、口元に微かな笑みを浮かべる。

この男は、ただの取材記者ではない。そう直感した。


「それで?」

「単刀直入に言いますと、書庫に用事があるでしょう?」


つづるの言葉に、つむぐとミヤビは息を呑んだ。

つむぐは、警戒しながらも、冷静な表情で尋ねた。


「なぜ、そう思う?」

「勘です。それに、君たちがただの行商人ではないことも、ね」


つづるは、そう言って目を細めた。


「君たちの目的は、聖教の禁忌を探ること。特に、最近になって現れたという『星核』について、詳しく知りたいのだろう? 僕は、その手助けができる」

「あんたが、俺たちに協力する理由は何だ?」


つむぐが尋ねると、つづるは少し真剣な表情になって答える。


「世界日報は、真実を追求する新聞社です。この聖教で何が起こっているのか、そして『星核』と呼ばれるものの正体を知りたい。そのために、君たちと利害が一致した、というわけです」


つむぐは、少し考えた後、つづるに向き直った。


「それで、どうするつもりだ?」

「僕は書庫に入るための特別な権限を持っています。特派員として、聖教の歴史を調べるという名目でね。だから、君たちが書庫に入らずとも、僕が調べてきてあげましょう」


つづるの提案に、みやびが口を開いた。


「でも、危険なんじゃ……。星核のことを探っていることがバレたら、どうなるか」

「大丈夫。僕もプロですから。それに、君たちが行くよりは、僕が行くほうがリスクは少ないでしょう。

君たちは、このまま病気の奥さんを心配している旦那さんを演じていてください」


つづるはそう言って部屋を出て行った。

つむぐはその背中を見送りながら、小さく呟く。


「……ずいぶんと、愉快な記者さんだ」

「でしょ。食えないところがなんとも。でも大丈夫かな」


みやびが心配そうに言う。


「さあね。だけど悪い人間ではなさそうだ。それに書庫の件は、あいつに任せるのが一番安全かな。

俺たちは、聖教の動向に目を光らせておこう」


つむぐは、そう言って、再び部屋の地図に目を向けた。

それから数時間後、つづるが再び部屋を訪れた。

彼の顔は、先ほどとは打って変わって、真剣な表情をしていた。


「見つけましたよ、『星核』に関する資料を」


つづるは、そう言って、数枚の古びた羊皮紙をテーブルの上に広げた。


「これは、聖教の秘匿された歴史を記した『禁忌の書』の一部です。ここには、『星核』がもたらした『奇跡』の真相が書かれている」


つづるの言葉に、つむぐとミヤビは、息を呑んで羊皮紙に目をやった。そこには、恐ろしい真実が記されていた。


「『星核』の力とは、人の記憶を操作すること……」


羊皮紙には、そう書かれていた。


「あの『奇跡』とやらも、きっと人々の記憶を都合よく書き換えたものでしょうね。

聖教のやり方に反発していた信徒が、翌日には心酔している、なんて話も聞きました。おそらく、それもこの『星核』の仕業かと」


記憶を操作する「星核」。恐らくは自分と同じ「編者」の能力に近いもの、あるいはそれ以上かもしれない。

ミヤビは戦慄する。


「そんな……。かけるたちが危険だ。聖教の強硬派だけでなく、星核の能力も警戒しないと」

「その通り。記憶を操作される前に、聖教の闇を暴き、星核の正体を突き止める必要がある。さもなくば、この国全体が、聖教の都合の良いように書き換えられてしまうでしょう」


つむぐは、ミヤビとつづるに視線を向ける。


「こうなったら、書庫の情報だけでは足りないね。星核がどのような奇跡を見せるのか、実際に確かめる必要がある」


つむぐの言葉に、つづるは驚いた表情で見る。


「それは危険すぎますよ。星核と接触すれば、記憶を書き換えられる可能性が高い。今までの計画が全て無駄になってしまいますよ」

「わかってる。だが、このままではジリ貧だ。聖教は俺たちの知らないところで、どんどん力をつけていく。正面からぶつかるしかない」


つむぐの決意に満ちた眼差しに、ミヤビは少し不安そうにしながらも、頷いた。


「わかった。私も協力する」

「危険すぎますよ。一旦持ち帰って、宮廷の判断を仰いだ方が良いのではありませんか?」


つづるは、ため息をつきながらもそう忠告する。

しかし2人の意志が固いことが分かると、再度ため息を吐いて折れてくれた。


「仕方ない……では、私にも考えがあります。記憶を操作されないための対策を講じながら、星核に近づきましょう。幸い、私も聖教の人間と接触する機会は多いですから」


こうして、三人は星核の正体を突き止めるべく、新たな計画を練り始めた。

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