第9話「風邪でダウンと、不器用な看病」

その日の朝、吉田は身体の異変を感じていた。頭がズキズキと痛み、身体中が鉛のように重い。熱がある。仕事に行かなければいけない、そう思うのに、身体が全く動かない。


「……うう」


吉田がベッドの中で唸っていると、沙優が部屋に入ってきた。


「吉田さん、もう朝ですよ!起きないと遅刻しちゃいますよ!」


沙優は、いつものように元気な声で吉田を起こそうとする。だが、吉田は起き上がることができない。


「……ごめん、沙優。今日、熱があるみたいで……」


吉田は、絞り出すような声でそう言った。沙優は、その言葉にハッと息を飲むと、慌てて吉田の額に手を当てる。


「熱いっ!うわ、すごい熱じゃないですか!」


沙優は、大げさなほどに驚く。そして、吉田の顔を心配そうに見つめた。


「病院、行かないと……!」


「大丈夫だ。ちょっと寝てれば治る」


「そんなこと言って!絶対に無理しないでください!」


沙優は、そう言うと、慌てて部屋から出ていく。吉田は、そんな沙優の様子を、ぼんやりと見ていた。いつもは自分が沙優の世話を焼いているのに、今日は立場が逆転している。


しばらくして、沙優がコップと体温計を持って戻ってきた。


「はい、これ。熱測ってください!」


沙優は、そう言って体温計を吉田に渡す。熱を測ってみると、38度5分。かなり高い。


「うわ、ほんとに熱だ……。大変だ、何か食べないと!」


沙優は、再び部屋から飛び出していく。吉田は、自分の代わりに奔走する沙優の姿を、ただ見つめていた。


(いつも、沙優に無理させてたんだな……)


そう思うと、少しだけ胸が痛む。


しばらくして、台所から、何かを焦がしているような匂いが漂ってきた。


「うわあぁぁぁ!焦げてるうぅぅ!」


沙優の悲鳴が聞こえる。吉田は、起き上がろうとするが、身体が言うことを聞かない。


数分後、沙優が少しだけしょんぼりした顔で、お盆を持って部屋に戻ってきた。お盆の上には、なぜか少し焦げたお粥が乗っている。


「ご、ごめんなさい!ちょっと火加減を間違えちゃって……」


沙優は、そう言って俯く。吉田は、その焦げたお粥を見て、思わず笑ってしまった。


「ははは。お前らしいな」


「笑わないでくださいよ!真剣に作ったんですから!」


「ああ、わかってる。ありがとう、沙優」


吉田は、そう言って焦げたお粥を一口食べる。焦げた味がするが、それ以上に、沙優の優しさが伝わってくる。


「……美味いな」


吉田がそう呟くと、沙優は顔を上げた。その瞳には、少しだけ涙が浮かんでいるように見えた。


「ほんとですか……?」


「ああ。お前が作ってくれたお粥は、世界一美味いよ」


吉田の言葉に、沙優は最高の笑顔を見せた。


その日一日、沙優は不器用ながらも、一生懸命に吉田の看病をしてくれた。熱いタオルを額に乗せてくれたり、薬を持ってきてくれたり。いつもは自分がやっていることを、沙優が必死にやってくれている。


「なあ沙優」


「はい?」


「お前がいてくれて、よかった」


吉田の言葉に、沙優は何も言わなかった。ただ、吉田の布団を、そっとかけてくれた。


看病を通して、二人の間に確かな絆が生まれる。吉田は、弱った自分を支えてくれる沙優の存在の大きさに、胸が温かくなる。


(俺は、もう一人じゃないんだな)


吉田は、そう感じながら、沙優の看病の甲斐あってか、熱でぼんやりとした意識の中で、穏やかに眠りについた。

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