第5話「同僚からの飲み会お誘い」
その日の仕事終わり、吉田は会社のデスクでスマートフォンを眺めていた。今日の夕食は、久々に沙優と二人で食べる予定だった。冷蔵庫には食材も買ってあるし、沙優はきっと張り切って作ってくれているだろう。そう思うと、疲れた身体に少しだけ活力が湧いてくる。
その瞬間、スマートフォンの画面に通知が表示された。差出人は、後藤愛依梨。
『吉田君、お疲れ様。今から飲みに行かない?三島も一緒だよ』
吉田は、そのメッセージを見て少しだけ悩んだ。後藤さんや三島と飲みに行くのも楽しい。だが、今日は沙優が家で待っている。それに、この間の飲み会でも、後藤さんに「吉田君、最近顔色がいいね。何かいいことでもあった?」と意味深なことを言われたばかりだ。下手に期待させるような真似はしたくない。
吉田がメッセージの返信に悩んでいると、今度は三島からメッセージが届く。
『吉田さん!後藤さんと飲みに行きませんか!最近、吉田さん元気なさそうだったから、元気付けようって話になって!』
元気なさそう?まさか。沙優と出会ってから、俺はむしろ元気になった。三島のメッセージは、まるで俺が沙優と出会う前の、あの疲弊していた頃の自分を思い出させる。吉田は、少しだけ複雑な気持ちになる。
そして、最終的に吉田は、後藤と三島からの誘いを受けることにした。理由は単純だ。この二人との関係を、沙優との生活を理由に疎遠にするのは違うと思ったからだ。
「よし」
吉田は、沙優にメッセージを送る。
『沙優、ごめん。今日、会社の飲み会が入ったから、夕飯はいらない。先に食べててくれ』
メッセージを送信し、スマホをポケットにしまう。その瞬間、なんだか、少しだけ罪悪感のようなものが胸に広がるのを感じた。
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その頃、家にいた沙優は、吉田からのメッセージを見て、少しだけ眉をひそめていた。
「飲み会……」
いつもなら「行ってらっしゃい」と笑顔で送り出すところだ。だが、今日はなぜか、素直にそう思えなかった。吉田さんが、自分以外の誰かと楽しそうに笑っている。その光景を想像しただけで、胸の奥がチクリと痛む。
(別に、私が不機嫌になる筋合いなんてない。吉田さんは、私を泊めてくれているだけの、ただの「親切な人」なんだから)
沙優は、自分にそう言い聞かせる。だが、心の奥底で、この「居場所」を失いたくないという漠然とした不安が、膨らんでいく。
吉田さんの周りには、後藤さんという素敵な女性がいる。三島さんという可愛い後輩もいる。私は、ただの家出女子高生だ。いつか、吉田さんは私を追い出して、後藤さんや三島さんと、別の幸せな生活を送るのかもしれない。
そんな思考の暴走が、沙優の頭の中で、まるで嵐のように渦巻く。
「……なんか、ご飯作る気、なくなっちゃった」
沙優は、冷蔵庫の食材を前に、そう呟いた。
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飲み会を終え、吉田が家に帰ってきたのは、日付が変わる頃だった。少しだけ酔っぱらった身体で、玄関のドアを開ける。
「ただいまー……」
吉田が声をかけると、リビングのソファで沙優が眠っていた。テレビはついておらず、部屋の明かりも消えている。吉田は、沙優が眠っていることに安堵すると同時に、申し訳ない気持ちになった。
「……ったく、なんでここで寝てんだよ」
吉田は、そっと沙優に近づき、毛布をかけてやる。その瞬間、沙優がパッと目を開けた。
「……おかえりなさい、吉田さん」
沙優の声は、いつもより少しだけ小さな声だった。
「ただいま。起こしちゃったか?」
「いえ、大丈夫です」
沙優は、そう言ってゆっくりと立ち上がると、吉田の顔を見つめる。
「……お酒の匂いがするから、早くシャワー浴びてきてください」
沙優は、拗ねたような口調でそう言った。吉田は、その言葉に思わず笑ってしまう。
「ああ、わかった。すぐ浴びてくる」
シャワーを浴びてリビングに戻ると、沙優は温かいお茶を淹れてくれていた。吉田は、そのお茶を一口飲む。
「……ごめんな。今日は、急に飲み会になっちゃって」
「別に、いいですよ。吉田さんの自由なんですから」
そう言いながらも、沙優はどこか不貞腐れたような表情をしている。吉田は、そんな沙優の様子を見て、彼女がなぜ不機嫌だったのか、ようやく理解した。
「……沙優」
吉田が優しく声をかけると、沙優は「はい?」と顔を上げる。
「なんか、変なこと考えてたなら、もうやめろよ」
「……」
沙優は、何も答えない。だが、その瞳には、少しだけ涙が浮かんでいるように見えた。
「俺は、お前がいてくれるから、こうして毎日帰ってくるんだ。だから、心配しなくても大丈夫だ」
吉田の言葉に、沙優は何も言わずに、吉田の胸に飛び込んだ。吉田は、沙優を優しく抱きしめる。
飲み会の誘いを断ることは簡単だった。だが、そうしなかったことで、沙優が抱える不安と、この場所への思いを、吉田は改めて知ることができた。
「……おかえりなさい、吉田さん」
沙優の小さな声が、吉田の耳元で聞こえる。その声に、吉田は「ただいま」と答え、優しくその背中を撫でた。互いの存在の大きさを、噛み締める夜だった。
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