第2話 記憶喪失の男

 刑事が行方不明になってから三か月が経ってからの、ちょうど前章と同じ時期、こちらは、半年前から記憶喪失ということで、病院に入院している男がいたのだが、

「一部だけではあるが、記憶が戻った」

 ということで、

「K警察署」

 連絡が入った。

 警察署に、

「記憶が戻った」

 ということで連絡があったということは、

「記憶を失っている人は、何かの事件に関わっている」

 ということであった。

 その男が入院することになったのは、

「誰かに殴られて、その場で倒れていた」

 ということであったのだが、そのまわりには 、たくさんの血が流れていて、明らかに被害者だけの血痕というのは、あまりにも血の量が多かったので、鑑識が調べると、

「確かに二種類の血痕のようです」

 ということであった。

 一つは確かに、

「被害者の血液」

 で間違いないのだが、もう一つは誰の血液だか分からない。

 そこに死体があったわけでもなく、実は争った跡もなかったのだ。

 だから、この事件は、

「二人の被害者がいる」

 ということで捜査が始まったのだが、何しろ発見された被害者が、記憶を宇しまっているということで、被害者が、

「この事件にまきこまれたのか?」

 あるいは、

「事件の当事者なのか?」

 ということも分からない。

 当然気になるのは、もう一つの血液であり、

「これだけの血液が残っているということは、生きている可能性はかなり低い」

 ということが言われた。

 考え方としては、

「交通事故に遭った」

 ということであるが、

「それならなぜ、そこに血痕の本人である人間が残っていないのか?」

 ということが問題となるのだ。

「これだけの血液が残ってしまっているのだから、隠蔽は不可能ではないか?」

 と考えられるが、

「もし、隠蔽を考えるのであれば、記憶喪失の男を、どうしてそのままにしておいたのか?」

 ということである。

 もっとも、近くにタイヤ痕もなければ、

「ブレーキの音を聞いた」

 という人もいなかった。

 その場所は、夜になれば、ほとんど人通りもいないということで、実際ン位、発見されたのは、朝の通勤ラッシュが始まる時間帯だった。

 それも、このあたりから会社に行こうとするならば、駅までの道が違うので、見つけるとすれば、

「学童ではないか?」

 ということで、実際に発見したのは、近くの中学校に、

「朝練」

 ということで部活に向かっていた中学生だったのだ。

 第一発見者がいうには、

「まず、最初に、何かが落ちていると思ったのだが、最初は暗いことで遠近感も取れないので、まさか人が倒れているとまでは思っていなかったので、結構近くなんだろう」

 と思ったという。

「しかし、まだ街灯がついてくるくらいの薄暗さだったので、光の加減で、必要以上に大きく見えるということは分かっていたので、動物の死骸だと思った」

 という、

 この辺りは、確かに、野良猫も少なくないようで、夜になると、結構なスピードで車も走るので、時期によっては、頻繁に猫の死骸が発見されるということであった。

 だから、

「猫の死骸と思ったとしてもそれは無理もないこと」

 ということであり、発見当時のことは、口出しせずに、自由にしゃべらせることにしたのだ。

「人の死体だと思ったのはどうして?」

 と聞くと、

「少し風が吹いていたので、着ているものがはためいた気がしたんですよ。だから、そこにいるのは人間じゃないかと思ったんですよ」

 という。

「じゃあ、最初から死体だと思ったんですか?」

 と聞かれて、

「僕はそう思いました」

「どうしてなんだい?」

 と聞かれた第一発見者は、

「その人の近くのアスファルトが光っていたんですよ。最初はそれをガソリンだと感じたので、ひき逃げ事件ではないかと思ったんで、もし息があれば助けようと思ったのですが、まったく動く気配がないので、やっぱり死んでいると思ったんです」

「なるほど」

 と刑事は考え込んだが、お構いなしに、発見者はまくしたてるように話した。見ていて、おそらく、

「忘れないうちに話してしまおう」

 と思ったのかも知れない。

 もちろん、さっきのことで忘れるということはないだろうが、

「言おうと思っていた肝心なことを、結局言えなかった」

 というのは、結構ありありなことなので、少年はそれを恐れたのであろう。

 だが、少年が、言いたいことをすべていえたのかどうか。本人は、

「言い切った」

 と思っているようだが、

「そもそも、すぐに忘れてしまいそうだ」

 という自覚があることから、

「どこまで信憑性があるといっていいのか?」

 と事情聴取をした刑事も、少し半信半疑の状態だったのだ。

 警察に通報があって、刑事が駆けつけた時には、すでに、数人が通勤通学にいそしんでいた。

 中には、注目して立ち止まる人もたが、ほとんどは、横目で見てから、急ぎ足で、目的の方向に向かって歩いていた。

 確かに、朝というと、急いでいる雰囲気があるので、足早になるのだろうが、その時は、それ以上に喧騒とした雰囲気から、

「いつもと雰囲気が違っている」

 といってもいいだろう。

 第一発見者が、こわごわ警察が来るのを待っていたが、それまでの静寂をぶち壊すかのごとく、パトカーのサイレンが、遠くからどんどん近づいてくるのは、さすがに、恐怖を誘うのであった。

 実際に警察がやってくると、それまで横目で見て通り過ぎるだけだった人の中には、

「立ち止まって、見る」

 という人が増えてきて、

「野次馬集団」

 というものが、あっという間にできてしまい、警官が規制線を貼っているのが、

「いかにも事件現場」

 ということで、重々しい糞に気になっていた。

「どうにも、分からない状況だな」

 と刑事が言った。

 もう一人の刑事が、

「そうだな、ここで倒れている人は息があるようだな」

 ということで、救急車を呼ぼうとしたちょうどその時、

「パトカーとは違うサイレン」

 が鳴り響き、それが、

「救急車だ」

 ということは、誰が聞いても分かることであった。

 救急車が止まり、白衣の救急隊員が数名、急いで降りてくると、手際よく、救急車に運びこんでいる。

 最初こそ、動かしていいものかどうか調べるためなのか、何度も被害者に声をかけていた。

「大丈夫ですか? 救急車が来たので、安心してくださいね」

 と声を掛けると、その男性は、軽くうなずいているようだった。

 顔には、血痕がついていて、表情も、険しい状態なので、どんな顔をしている人なのかというのは、その時には分からなかった。

 被害者について、今ここで事情聴取できるはずもなく、

「とにかく、痕跡から初動捜査をするしかない」

 ということであり、

「ここは鑑識の出番」

 ということであった。

 しかし、前述のように、あたりは血の海となっていて、

「一人だけの血ではない」

 ということは、その場にいる人が見ても分かることではないだろうか?

 だとすると、一番の疑問は、

「なぜそこに、被害者と思しき人物がいないのか?」

 ということであった。

 第一発見者から話を聞いても、細かいことが聞けたわけではない。

 第一発見者というのは、あくまでも、

「現場を発見し、警察に通報した」

 というだけで、

「犯行現場を見た」

 というわけではないので、多くの情報を得ることができないのは当たり前のことで、だからこそ、

「何かちょっとしたことでも、捜査の役に立つかも知れない」

 ということで、聞き逃さないようにしないといけないのだった。

 とはいえ、発見者は中学生。期待はうすであった。

 実際に、鑑識が見たところ、

「やっぱり、もう一人誰か被害者がいるとみて間違いないと思うんですけどね」

 ということであった。

 しかし、

「被害者としての、死体が転がっているわけではないので、事件か事故が遭った時間というのは、この状態で分かるものではない。死体があれば、死後硬直などから、死後何時間ということで、死亡推定時刻がはっきりするのだが、それもない」

 今のところ、

「一人の男性が頭を殴打する形で、ほぼ意識不明という状態で、病院に運び込まれた」

 ということが分かっているだけのことであった。

「警察としては、とりあえず、捜査本部を作るわけにもいかない。罪状がはっきりしないからだ」

 というのは、被害者が意識を取り戻し、

「実際に何があったのか?」

 ということがはっきりしないと、

「事件にはならない」

 ということであった。

 もし、交通事故ということであれば、

「ひき逃げ事件」

 ということで、犯人捜索がでくるのだが、今のところ、

「被害者が殴られる傷害事件」

 ということなのかも知れない。

 それによって、捜査のやり方が変わってくる。

 とりあえずは、

「情報がほしい」

 ということで、昨夜から今朝までにかけての目撃情報というものを得る必要がある。

 そして、もう一つは、

「今は意識はないようだが、重傷を負っている人の身元調査」

 ということになる。

 もちろん、意識を取り戻したところである程度ははっきりとしてくるのだろうが、そもそも、

「被害者の身元が分からない」

 というのであれば、どうしようもないということである。

 刑事が、近所の聞き込みに回り始めた頃、発見された男性は、運び込まれた病院で、

「緊急手術」

 というものを行っていた。

 なんといっても、頭を打って、出血しているのは確か。実際に、

「よく命があったな」

 と思えるほどで、それを考えると、

「事件が起こってから、発見されるまでに、そんなに時間が掛かっていない」

 ということだろう、

「時間的には、2時間以内というところではないでしょうか?」

 というのが、医者の見解だった。

「手術は、7時間におよぶ大手術」

 ということであったが、

「あと少し遅かったら、命はなかったでしょうな」

 と医者がいっていた。

 ただ、医者としても、

「手術は成功して、今のところ命を助けることはできましたが、安心は禁物です」

 という。

「どうしてですか?」

 と刑事が聞くと、

「あれだけのけがで、大規模手術でしたので、後遺症というものが気になります」

 ということであった。

 実際に命が助かったというのも、

「致命傷尾になるようなことはなかった」

 ということであったが、医者の見解では、

「思ったよりも、出血量が少なかったことで、助かったといってもいい」

 ということであった。

 ということは、

「事件現場の大量の血痕は、やはり、被害者のものだけではない」

 ということだろう。

 ということであり、

「逆にいえば、それだけ、もう一人の命がない可能性が高まった」

 といってもいいだろう。

 血液の片方に関しては、すぐに行われた、

「DNA鑑定」

 の結果がしばらくしてから出たのだが、

「本人に間違いない」

 ということであった。

「DNA鑑定に入った」

 というのは、被害者の所持品から鑑定に回されたものだが、わざわざ、

「DNA鑑定を行った」

 というのは、

「万が一、被害者がこのまま命を落としてしまったら」

 ということからの、万が一ということでの検査だったのだ。

 犯人としては。

「何が目的だったのか?」

 まずは、被害者として運ばれた人物が誰なのか?」

 ということであった。

 幸いにも彼が倒れているその場で、彼がかばんを所持していたことから、身元の判明には、そんなに時間が掛からなかった。

 しかも、彼が所持していたカバンというのは、

「ショルダーバッグ」

 ということで、それこそ、

「肌身離さずに身に着けている」

 ということで、明らかだといっていいだろう。

 カバンの中には、名刺も財布も、免許証もあった。

 被害者の名前は、

「横山悟」

 といい、年齢は35歳で。近くの商社に勤めているサラリーマンだった。

 商社といっても、そんなに大きな会社というわけではなく、地元では名前は知られているという程度で、それでも、

「業界内で知られている」

 というだけのことで、一般的には、知っている人は少ないといわれる会社だったのだ。

 その会社で営業をしているようで、どうやら、たまに、早朝会議があるということで、

「まずは、普段の自分の仕事をこなしてから、会議に入りたい」

 と思っていることから、

「彼は会議の時は、いつも、始発でくるんですよ」

 と、始発が、近くの駅に到着するのが、

「早朝の5時半くらい」

 ということで、事件があったのが、

「6時前後」

 と考えれば、

「事件があって、二時間以内ではないか?」

 という医者の見立ても、まんざらということではないだろう。

 その日、駅の改札を被害者が抜けたのを駅員が覚えていたことから、

「駅に5時半に降りた」

 ということは、証明されたのであった。

「その時の横山に何があったというのか?」

 というのは、本人が記憶を失っているので。はっきりとはしない。

 それでも、

「命が助かった」

 ということは、いいことであった。

 ただ、問題は、

「被害者が、何かを見ている」

 ということを犯人が怖がっていると考えていたり、そもそもの目的というのが、

「被害者の殺害」

 ということであれば、その目的は達成していないということもあり、結果的に、

「再度狙われる可能性が高い」

 といってもいいだろう。

 それを考えると、

「被害者への警備は完璧にしなければいけない」

 ということで、しばらくの間、病室の前に、

「警備の警官を配備する」

 ということは当たり前であった。 

 実際に、再度狙われるということはなかった。

「犯人は、被害者を殺害するつもりまではなかったということになるのかな?」

 と考えられたが、

「じゃあ、衝動的な犯行だったというのかい? だとすれば、二つの血痕の意味がますます分からない」

 と一人の刑事は言ったが、

「殺意と二つの血痕というのは、直接的に結びつくものなんですかね?」

 ともう一人がいうと、

「そりゃあ、そうだろう。あれだけの血の海状態を残したんだから、何か意味があったといってもいいだろう。たまたま、誰かを襲ったが。そこでは、実なその前に別の事件があったというのは、偶然としては、できすぎではないか?」

 というのだった。

「でも、偶然じゃないとも言えないのでは? 同じ場所で同じ目的なのかどうかは別にして、血痕が残っているのは、何かのカモフラージュだと考えられないとも限らないからね」

 というのだった。

「昔読んだミステリー小説で、大量の血痕を隠すために、猫を殺害して、その痕跡を隠したというのがあったが、それはあくまでも、殺人自体をごまかすということで、今回のように、公衆の道路において被害者がいる事件なので、血痕をごまかすという必要など、さらさらないということになるだろうね」

 と言った。

「ところで、あのもう一つの血というのは、間違いなく人間の血なんだろ上?」

「それは間違いないですね。人間の血液型が鑑識発表では出ていますからね」

「それにしても、変な事件だ」

 ということであったが、

「聞き込みの成果もあまり上がらなかったな」

「ああ、そもそも、あのあたりは人通りも少なく、住宅はあっても、閑静な住宅街ということで、マンションも防音設備も整っているので、少々の物音や声では、気づかない人が多いでしょうね。しかも、今の人は、少々のことでは、いちいち確認したりしないですからね」

 ということであった。

「手掛かりというのは、ほとんどないといってもいいのかな?」

「ええ、その通り、最初、ほとんど手掛かりはないと、今度は時間ただけがいたずらに過ぎていくということになるので。当然、証拠や証言も曖昧になり、もし、証人がいたとしても、その信憑性に関してはほとんどないということになるでしょうね。

 ということは、

 さて、今回の事件で被害者が、

「一部の記憶を思い出した」

 ということで、捜査員とすれば、

「一縷の望み」

 ということは分かっていても、それまで何も情報らしいものがなかっただけに、

「出てきただけでもよかった」

 と考えたのだ。

 今回のような事件が起これば、

「すでに、迷宮入り一歩手前」

 といってもいいだろう。

 ただ、

「被害者は頭を殴られて、その場に倒れこんだんだろうな。だけどどうして死亡しているかどうか、最後まで確認しなかったんだろう?」

 ということであるが、

「誰かが近くを通りかかったのでびっくりして逃げたんじゃないか?」

 といった。

「でも、だったら、誰か目撃者がいてもよさそうなんだが」

 というと

「言い出せないだけの理由がその人にはあったんじゃないか?」

「例えば?」

「不倫のカップルがいて、そこに二人がいるはずないというようなアリバイ工作をしているとか?」

「なるほど、その場合は考えられることだわな」

「他には、別の犯罪が絡んでいたりして、そういう人も名乗り出ることはできないよな」

 と言った。

「もっと、普通に名乗れない場合がないか?」

 と言われて、

「あっ、そうだ。被害者か加害者を知っていて、特に加害者などを知っているとすれば、今度は自分が危ないと考えるのではないか?」

 ということであった。

「それなら、考えられないことはないが、ちなみに、犯行現場は、被害者の家の近くなのか?」

 と聞かれ、

「ええ、通勤路に当たるということでした」

「その割に、目撃者がいないというのは、少し分からないな。犯人がわざとその時間のその場所を狙ったとも考えられる」

「いやいや、そうなると、もう一つの血液の説明がつかない」

 というと、

「いやいや、そもそも、この事件において、今までに説明がつかないということは、ずっと言われていることで、これ以降も同じということになるので、何を今さら、そのことにこだわるか? ということになるんだよ」

 という。

「じゃあ、君は、事件を他から攻めていって。最後に内濠を埋めるということで、考えているのかい?」

「ええ、学校のテストだって、分からあいところを分からないままにずっと考えるよりも、簡単なものから埋めていくということで、時間が無駄にならないということではない。結果として、合格点を取るためには、どの問題で点数を稼いでも、関係ないということになる。難しい問題を答えないと、合格点に達しないということになるのであれば、話は別だが」

 というのであった。

 確かにその通りであり、学生時代に、

「難しい問題に最初から手を付けないと気が済まない」

 という人がいて。皆からは、

「要領が悪い」

 と言われていたが、結果、まわりの中で、

「その難しい問題を解けた人だけが、合格できた」

 という事理があったという、

 つまり、

「その問題を突破しないと、合格点に及ばない」

 ということで、結果的に、

「ぶち当たらなければいけない問題だった」

 ということで、

「その問題に正解したあとで、他の問題を解く時間があるか?」

 ということであった。

 実際に、その学校の入試で、合格するためにはすいう試験を乗り越えないといけない」

 という噂はあったが、皆、それを信じきれないところがあり、

「簡単な問題で満点を取る」

 ということを目指したのだった。

 実際の試験は、

「難しい問題以外をすべて回答すれば、合格点」

 ということであった。

 ただ、簡単な問題であっても、中には、

「ひっかけという問題がいくつかあり。そこをいかに冷静に回答できるか?」

 いうことが問題だったのだ。

 だから、

「合格するために、いかに点数を取るか?」

 ということが問題であり、そのコツは、

「時間の分配と、冷静な判断力」

 というものだったのだ。

 今回の捜査に当たった刑事も、その時のことが、今ではトラウマのように残っていて、

「刑事の捜査でも、いかに時間配分ということでの、効率の良さということと、冷静な判断力ということで、裏を読むということの大切さというものがいかに大切なことだというのか?」

 というのを考えるのであった。

 ただ、今回の事件は、

「分からないことが多すぎる」

 というよりも、

「判断に値することが表に出ていない」

 ということだ。

 だから、

「効率の良さということも、冷静な判断力もまったく役に立たない」

 ということだ。

 そもそも、警察の捜査というのは、

「そういう効率の良さと、判断力が、推理の肝となるだろう」

 と考えるのであった。

 実際に。今回の捜査とすれば、

「どこから手を付ければいいのか分からない」

 ということで、

「難しい」

 というよりも、

「難しい以前の問題」

 ということになる。

 今のところ、劇的に何か事件の捜査において変化があるとすれば、それは、

「被害者の記憶が戻る」

 ということになるだろう。

 実際に、これまでも、

「被害者の記憶が戻りそうだ」

 ということが実際にはあった。

 そのたびに病院から呼び出され、いってはみるのだが、実際には、

「思いだしそうなところで、肝心なところで、被害者が苦しみだして。思い出すことができなかった」

 ということもあった。

「記憶喪失患者には、結構あること」

 ということで、

「徒労に終わる」

 ということも多かったが、

「そのうちに記憶が戻る」

 という淡い期待を持っていた。


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