新居

二ノ前はじめ@ninomaehajime

新居

 押し入れの天井はベニヤ板がずれて小さな隙間ができている。

 狭い空間に布団を押し広げて、その暗がりを仰いでいる。目が合った。



 新居に引っ越した。二階建ての3LDKで、真新しく白い外壁が印象的だった。道路に停めたトラックから業者が荷物を搬入はんにゅうし、広いフローリングのダイニングを起点に家具が運び出される。父親が立ち会って指示を出し、母親が飲み物を配ってねぎらう。子供である私の仕事は、彼らの邪魔にならない程度に家の中を見て回ることだった。

 作業中の場所は忙しく立ち働いているため、運び出す物が限られる二階へと足を運んだ。階段の踏板ふみいたは少しざらついており、かぐわしい木材の香りが鼻腔びこうを刺激した。踊り場を上がって廊下に辿り着くと、物置と自室になる予定の部屋が並んでいた。他の空室は、将来生まれる兄弟姉妹の部屋になるのだろう。

 まだ階下の準備に取りかかっているので、二階の廊下は静かなままだった。奥から一つ前のドアが、少しだけ開いていた。揺れている。もうここにも荷物を搬入しているのだろうか。ただ、大人が動き回る足音は聞こえない。その半開きのドアを見つめていると、黒い髪の毛を垂らした頭が覗いた。おそらくはしゃがんでいる。床を、毛髪が這った。

 名前を呼ばれた。姿が見えない娘の心配をしたのだろう。返事をして階段を駆け下りようとする。その直前で振り返った。ドアは閉じられていた。



 引っ越し初日を終えて、両親は疲れている様子だった。夕飯は出来合いの食事で済ませて、新しい自分の部屋へと戻った。ちょうど、あの長い髪が覗いていた部屋だった。戸口をくぐると、勉強机にベッド、本棚が並んでいた。新学期に使うランドセルも置かれている。シーツが敷かれたベッドに腰かけると、スプリングが軋んだ。

 これから長い付き合いになるであろう部屋の中を眺める。ふと押し入れが目に入った。黒く縁取られている。ベッドから立ち上がり、丸い引手に手をかけた。横に滑らせると、二段に区切られた狭い空間が現われた。布団が畳まれているわけではなく、何もない。目線を上げれば奥行の浅い枕棚が上部にあり、そのさらに上には天井板が見えた。ベニヤで塞がれており、独特な匂いがした。

 いわゆる点検口というものだろうか。少し隙間が見えていた。その奥にはよどんだ暗闇がある。天井裏に通じているのだろう。

 その奥から白い指がうごめいていた。小さく細い。何かを引っいたのか、半端に爪が剥がれている。きっと、この子は天井裏から出てきたのだろう。指の合間から瞳が覗いた。

 押し入れを静かに閉めた。その日の夜、奇妙な同居人は静かだった。

 新しい学校には慣れた。話せる友達もできて、新学期は順風じゅんぷう満帆まんぱんだった。新居での生活も落ち着いて、家族の食事はダイニングで取った。エプロン姿の母がダイニングキッチンで洗い物をして、父はソファーで寛いでいる。50インチのテレビは、プロ野球の勝敗を伝えている。私は部屋に戻ることを告げて、いこいの場から去った。

 手探りで明かりを点けると、二階の廊下が現われた。素足で冷たい床の感触をなぞる。自分の部屋のドアには、私の名前が書かれた猫の形のネームプレートがかかっていた。我ながら汚い文字だと思う。

 学校の宿題を終わらせるために机へと向かう。天井裏で気配がした。何かが這いずる音。勉強を済ませ、ベッドの上で畳まれた掛け布団を抱えた。押し入れを開き、布団を押し広げる。部屋の明かりを消して、その中に身を滑りこませる。しわくちゃになった布団の上に仰向けになり、天井を仰いだ。板が固く、背中が痛い。

 暗闇に目が慣れてくると、天井裏へと通じる板の隙間が広がっているのがわかる。黒い髪の毛が垂れて、目と鼻の先まで迫っている。その合間から生気のない白い顔が覗いた。見開かれた瞳がこちらを見下ろしている。

 その子は、私と同じ顔をしていた。

 狭い押し入れの中に自らを閉じこめながら、頭の片隅で考えた。私は、いつまで生きられるのだろう。

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