第28話 パパなんて大っ嫌いっ‼︎

「――ロレルは渡さん。その子はわしの――私とノエルの愛の結晶だ」「貴様ごとき小僧が触れていいはずがない」「貴様の覚悟を私に示せ」

 ラリルの声が幾重もの重低音を織りなす。――否、重なるのは声だけではない。ラリルの体がブレ、離れ、何人もの彼に分身していく。

 やがてそれらは直樹の頭上を覆うように囲み、それぞれが元のラリルと寸分違わぬ魔力量を帯びた。

「「「私を殺して奪ってみせろおおおおおッ‼︎」」」

 能力元の魔族が『分裂』と自称する能力は、ラリルの力により増幅された。最大百人まで増えたラリルは、その全てが元の彼と同スペック、同じだけの能力を保有する。


 ――つまり、脅威レベルが単純に百倍に増幅した。


「……うんうんなるほど? クソチート能力でファイナルアンサー?」

 一瞥した直樹が諦め半分に自問自答する。もちろん誰も答えない。馬鹿馬鹿しいほど絶望的な光景だ。

(元の力が人数分に分散するのが分身のセオリーだ。セオリー……だと思ってたんだけどな……ははは)

 呆れて笑ってしまう。一人でさえ地球を滅ぼしそうな魔王が、力をそのままに百人になった。完全に負けイベント。抵抗するだけ無駄な努力だろう。

「……直樹……もういいから、逃げて……」

 だが引けない。もう二度と逃げない。

 自分を想い絶望するロレルが。言葉を失い愕然とするシルヴィが。映像の中で『魔王様……まじで容赦ねえ……』と震え上がる魔族たちが。全てが直樹を奮い立てる。

 ――そして何より、ラリルの言葉が。

『貴様の覚悟を私に示せ』

(……いいぜ、示してやる。ただし俺の力や能力なんかじゃねえ。俺が示すのは……)

 大きく息を吸い、一度溜める。ロレルたちへのツッコミの日々が、全てのラリルに聞こえる声量の糧となる。


「アンタの愛する娘さんは! 俺が幸せにするんだよッッ‼︎‼︎」


 これが元エセ現実主義者――過去から逃げ続け、愛により救われた男の魂の叫びだった。



 ――――爆発音が轟き、暗雲が消し飛び、世界の理すら置き去りにする戦場が広がっていた。

 炎、氷、風、雷、毒、闇、時間、爆発、気候、超能力、砲撃、隕石、召喚獣。

 ありとあらゆる攻撃が止めどなく、何層も何重も直樹に襲いかかり、二人の男の魂がぶつかり合う。


 片や父親。妻との約束と娘への愛を胸に。

 片や恋人。恩人であり愛する彼女への想いを胸に。

 

「潰れろおおおおおおッッ‼︎」

 巨人の手が直樹を捕える。ダイヤモンドさえ粉砕する握力に、直樹の体が軋む。

「ぐうぅっ! 跳び散れえええええっ‼︎」

 爆散する手。その破片は鋼鉄の針に変わり、闇の刃と共に直樹を襲う。

「飛べ‼︎」

 一瞬で移動する直樹。しかし制空権はラリルたち。逃げ場もなく、魔力を封じる鎖の群が、桁外れの魔力砲が放たれる。

「逃がさん‼︎ 諦めろ小僧ッ‼︎」

「逃げてねえし諦めるか‼︎ ぶっ跳べええええ‼︎」

 尽く弾き、空の彼方――宇宙まで放り出される攻撃の数々。

 どれもが規格外。だが直樹は一歩も譲らず、最強魔王と互角に渡り合っていた。


 ――そんな彼を、ロレルは涙ながらに見守っていた。


「頑張って……直樹……そんな奴に、負けないで……っ」

 願うしかない。見届けるしかない。二人の攻防は、もはやシルヴィですら太刀打ちできないほど熾烈を極めていた。

「…………これほどとは思いませんでした。直樹も、魔王ラリルも」

 シルヴィも見守ることしかできない。下手に手を貸しても直樹の足を引っ張るだけだと理解していた。そして何より――。

「男の喧嘩を邪魔するのは……ナンセンス、ですよね」

 魔王対魔王。しかしシルヴィは男同士の喧嘩だと断じた。その規模は地球を破壊するほどだが、これはどこの家庭でも――娘を持つ父と、娘の恋人との間で起こりうる問題だと。

「……それにしても」

 二人の攻防に一喜一憂するロレルを見て、シルヴィがため息を漏らす。

「…………まったく、どれだけ盛大なラブストーリーを繰り広げてるんですか」

「ほえ? な、何のこと? それよりシルヴィも直樹を応援してよ!」

「はいはい、かしこまりましたロレル様。……直樹がんばれー」

 超棒読みメイド・シルヴィ爆誕。彼女にしたら直樹も、ロレルも、ラリルでさえ、自分が持ち得ない愛のために戦うラブウォーリア。あの戦いを近くで観戦できるのは僥倖だが、それ以上に自分がいたたまれなくなっていた。

「あ! 危ない直樹! 後ろー‼︎」

「あぶな! サンキューなロレル!」

「うん! 負けないで直樹‼︎ 愛してるよ‼︎」

「俺も愛してるぞ‼︎」

「許すかああああああ‼︎」

 戦闘の最中に交わされる犬も喰わないような甘いやり取りと、それにさらにキレる威厳の欠片もない最強魔王。

 やはりシルヴィは「がんばれー……はぁ……」とやる気ゼロで呟いた。

 一方、空に浮かぶ映像魔族たちは、二人の魔王の戦いに大いに盛り上がっている。

 滅多に――というか初めて見るラリルの本気。それに拮抗するロレルの彼氏。いつの間にか皆が酒を片手に、なんならどちらが勝つか賭け事まで始めていた。

『いっけー魔王様ー! ぶっ殺せー!』『彼氏君! そこだ! 魔王様の股間を蹴り上げろ!』『オ、オデ、ドッチモ応援スル!』

 馬鹿騒ぎと言うしかない。至って本気の本人たちをよそに、観客はお祭り騒ぎ。


 ――そしてその本人である直樹は、少しづつ……そして着実に削られ始めていた。

(クッソ! そろそろ諦めろよあの親父! いい加減……集中が……!)

 魔王として目覚めた直後、ここまで命の危機と緊張から保ってきた直樹の集中力は、徐々に切れ始めていた。

「隙ありだ! その程度か⁉︎」

「んぎっ! ま、まだまだあああっ‼︎」

 体を掠める光弾。痛みを跳ばし、すぐに集中し直す。

 ここまでの直樹の行動を称するとしたら大金星。魔王ラリルを相手に渡り合った生物は存在しない。かく言うラリルでさえも、直樹の奮闘を認めていた。

「まだ甘い‼︎ 全ての私を意識に捉えろ! 目に頼るな馬鹿者が‼︎」

 いつの間にか戦闘というより、高次元すぎる修行になっている。だがラリルは手加減などしない。最愛の娘を託すのに、この程度で音を上げる男など問題外。

「と、跳べ! 飛べ跳べトべええええッ‼︎」

 ガムシャラになった直樹が能力を全開に振り撒く。何人かのラリルは気を失うが、それでも状況を覆すには至らない。

「直樹! 危ない逃げてえええ!」

 ロレルは声援を飛ばしながら、飛び出そうとする自分を必死に抑えていた。今自分が割り込んでも何もできない。だがこれ以上直樹が傷付くのを見ていられない。

「ロレル様、危険です」

「分かってる! だけど、これ以上は……っ!」

 憎らしいほど冷静なシルヴィを恨めしく思いながら、やはり衝動が限界を迎え始める。愛すると決めた。守ると決めた。そんな彼は今、みるみる限界を迎えようとしている。

「どうやらここまでのようだな……塵と化せッッ‼︎‼︎」

 そして遂に訪れる終焉。ラリルたちが直樹に向け、一斉に手をかざす。その手には色様々な光弾が、直樹を貫こうと輝いている。

「直樹いいいいいっ‼︎」

 その光景に、ロレルは弾かれるように飛び出した。愛する彼が死んでしまう。ならば自分も一緒に死のうと覚悟して。

「く、来るなロレル‼︎ 逃げろおおおおッッ‼︎‼︎」

 直樹も彼女の姿を捉え、必死に叫ぶ。だがロレルは止まらない。長ったらしく魔力弾を溜める父親の群れを掻き分け、直樹を庇うように両手を広げる。

「もうやめてお父様! 私は直樹を愛してる! 直樹がいない世界なんて考えられないの‼︎」

「そこをどけロレル! 直樹もろとも消える気か‼︎」


 ――そして始まる最後の攻防。決着がすぐそこに迫る。


「ええそうよ! 直樹を殺すなら私も一緒に殺して! 天国で直樹と結婚するんだから!」

 普段の理性的な彼女とはうって変わり、純度百%の感情論を父親にぶつける。

「離れてろロレル……俺は、お前だけは守りたい……んだ」

「嫌! 直樹は私が守るの! 守れないなら一緒に死ぬの!」

 どこまでも純粋なロレルの言葉。ラリルはわざとらしく歯軋りをしてみせ、やはり怒りの表情を作った。

「ならばもう良い! これが本当に最後の警告だ! ……そこをどけ、ロレル」

「…………嫌よ」

 一言返し、父親を睨み付けるロレル。恐怖に体が震えそうになりながら、直樹の前から一歩も引かない。

「……さらば、我が娘」


 そうして輝きを帯びる父の手、その寂しげな顔を睨んだ彼女は――――ノエルが亡くなって以来、初めて父の前で仮面を捨て去った。


「お父様なんて…………パパなんて大っ嫌いっ‼︎ パパのバカーーッッ‼︎‼︎」

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