第27話 ラリルの過去、妻との約束
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ラリルとノエル。二人が出逢ったのは、年に一度行われる『全魔界会議』の場だった。
魔界全土の有志、傑物、学者たちが一斉に集まり、魔界の行く末や問題点を協議する平和会議。ラリルが即位してから毎年開かれていたその場に、美しい少女が参加した。
『魔王様。私キルレ家の嫡女ノエル・ロト・キルレと申します。早速でございますが、近年我がキルレ領にて魔獣の発生が活発化しております。願わくば闇騎士団の派兵を依頼したく――』
誰もが彼女に釘付けになった。物々しく厳かな場を、凛とした美しい声が支配した。
腰まで伸びた銀髪。どう見ても少女にしか見えない彼女の瞳は、一切の迷いも怯えもなく澄み切っていた。
『あ、ああ、今すぐ闇騎士団を――いや、ちょっと待ってろ! すぐに戻る!』
主催者であるはずのラリルは飛び出し、すぐさまキルレ領に向かった。郊外、村、人里離れた山中を飛翔し、目に付いた魔獣を尽く滅した。会議を離れ一時間。全て殲滅したラリルが息を切らしながら戻ると、ノエルは驚いた顔で彼を出迎えた。
『まさかラリル様自ら……なんとお礼を申し上げたら良いか……』
『と、当然だ! 私は魔王ラリル! 民たちの平和を誰より願う者だ! ……ところで娘……ノエルと言ったか』
『はい。私などの名前を覚えていただき光栄です』
深々と頭を下げる彼女に、ラリルは初めての気持ちを自覚した。
『それも当然だ。わ、私はお前に惚れた。結婚してくれ!』
『…………ほえ?』
一目惚れ――からの手順をぶっ飛ばしたプロポーズ。ロレルに受け継がれた性格に、ノエルも思わず凛々しい仮面がズリ落ちた。
――それからはあっという間だった。
『ラリル様、本当に私なんかでいいの?』
見た目通り、少女のように首を傾げるノエルに、ラリルは全力で頷いた。
『シルヴィは幼馴染なんだよ。だから魔妃になってもずっと一緒がいい!』
彼女の親友に挨拶をすると、「突然すぎるし強引すぎます……が、この子をお願いします、魔王ラリル」と返された。
『ラリル様って甘えん坊だよねー。いつも帰ったら私に抱きついてくるし。――え? もちろん私も嬉しいよ?』
産まれてからずっと被り続けた魔王としての仮面。彼女の前でだけは、心置きなく外せた。
順風満帆。公私共に満たされ、充実した日々。魔界全土の祝福に包まれ挙式し、翌年には娘が産まれた。
『頑張ったなノエル! お前そっくりな可愛い娘だ! 目に入れてもまったく痛くないぞ! ほら見てろ!』
『ふふっ、待ってラリル様。本当に目に入れようとしないでよ!』
愛する者が増え、幸せは加速し続けた。
――だが幸せの連鎖は、急に途絶えることになった。
『ノエル! ノエル! しっかりなさい! 魔王様を連れてきましたよ!』
会議中、突然シルヴィに呼び出された。彼女の能力で転移した先には、息を荒くした最愛の人が伏していた。
『……何があった……何で、ノエルが……』
言いながら治癒能力を発動させた。死者すら生き返らせるほど、全魔力を込めた能力は、しかし何の意味も為さなかった。
『――数万人に一人の確率で発症する魔壊病です……。魔素と魔力。本来魔族の糧となる二つが、自身の体を蝕む不治の病……。進行度から見ると、魔妃様は随分前から患っていた様です…………』
『治せ! どんな手を使っても、どんな犠牲を払ってもノエルを治せ! 魔界中の医者を掻き集めろ‼︎‼︎』
『……はっ!』
弱音を吐く医者に檄を飛ばした。高名な医者を全て呼び出し、古文書を毎日読み漁った。
――だが彼女が再び元気な姿を見せることはなかった。
『……ねえ貴方、聞いて……』
『…………なんだ』
ロレルをシルヴィに預け、彼女の手を握った。弱々しく、大好きな笑顔はひどく儚く見えた。
『私ね、貴方と会えて、ロレルも産めて……本当に幸せだった……』
『……なんで、黙ってた』
これが最後だと悟り、言わずにはいられなかった。何もできない無力な自分への怒りを、彼女に吐き出したかった。
『ごめんなさい……貴方と、ロレルの幸せな顔を……曇らせたくなかった……の……』
どこまでも優しい、常に周りの笑顔を思う彼女の願いに、何も言えなくなった。
『…………嫌だ……お前を失いたくない……』
手を握り締め、初めて誰かに涙を見せた。一度堰を切った涙を、止める術を知らなかった。
『……あり、がとう……こんなに、愛して……くれて……たくさん、の……幸せを、くれて……』
失いたくない。離したくない。彼女こそラリルの生きる意味だった。それを失ってしまったら――。
『最期に……約束して。――あの子を、私の分まで……愛して、あげて……あの子の幸せを、見守って……あげて……』
紡ぎ、光を失っていく瞳。
『愛してるわ、貴方……』
それが妻・ノエルの最期の言葉だった――。
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