第26話 一億の力を操るチート魔王
「――なあロレル、お前の親父さん強すぎね? 能力って勝手に一人一個だと思ってたけど違うのか?」
ラリルを巻くように、暗雲の中を飛ぶ三人。直樹は手を繋ぎながら飛ぶロレルに疑問を投げかけた。
「そうだ。能力は一人一つ。誰が決めたか知らんがこれは間違いない。――そしてあの男の能力も一つだけだ」
「いやいや、どういうことだよ。炎に氷にブラックホールみたいなのも使ってたぜ? ……それとそっちのモードも、今になると可愛いな」
継続する緊張から、ロレルの魔王女モードは解けない。直樹も久しぶりに見る彼女の凛とした姿に、新鮮さと愛おしさを感じていた。
「えへへ。――ってそうじゃない。今は緊急事態。こっちの魔王女モードで話すぞ」
「自分でそれ言うのか。まあいいけど」
言いながら指を絡め合う。仮面を装着しても雰囲気はバカップルそのもの。
「――あいつの能力は『絶対支配』。忠誠を誓った者たちの能力をあいつ自身が使える。しかも全て最大レベルで、だ」
告げられたのは理不尽すぎる能力。だがそれだけの情報では、ラリルの脅威は直樹に伝わらない。
「……コピー能力か。確かにどの漫画でも強キャラだな。しかも最大レベルに格上げまでするのか。…………んで? どれくらいの能力を持ってんだ?」
確かに厄介な能力には違いない。しかし一番肝心なのはどんな能力を、どれだけの数保有しているか。それが分かれば、まだ手の打ちようがあると考えた直樹は、シルヴィからの答えに凍り付いた。
「一億を優に超えています。それ以上は本人も数えていないと言ってました。なんせ魔界の総人口は魔族、人間合わせて約三億人。魔王ラリルは魔界に暮らす者の憧れなのです」
「い、一億ッ⁉︎ ひと昔前の日本総人口かよ!」
無茶苦茶な数字に直樹が仰天する。
「うむ。ハッキリ言って何でもあり。普通の魔族なら勝負にすらならないな」
ロレルが頷き、直樹の絶望を後押しする。しかし「……だが直樹なら」と、意味深に直樹の横顔をチラリと覗いた。
「ええ、直樹の脳力ならあるいは……。なんせ私を負かしたのですから」
「ええ……ま、まあ、やれるだけやるしかねえけどよ。じゃねーと殺されるし」
二人の期待を受け、直樹は腹を括った。ロレルと愛し合うための最後の砦。というかせっかく自分の過去を受け入れたばかりで、無惨に死にたくなどない。
(やるっきゃねーか。――それにさっき見た能力。多分俺の能力で跳ばせる。ワンチャン何とか……なるか?)
ラリルは俗にいう最強無敵チートキャラ。だが直樹の能力もそれに匹敵する。ならばやるしかない。ラリルを倒し、ロレルとの交際を認めてもらうことが目標となった。
「安心してください直樹。私も全力でサポートします。共にあの頑固クソ親父を八つ裂きにしましょう」
「言い方! 物騒すぎだろ⁉︎」
「失礼しました。冗談です」
シルヴィが静かに頭を下げる。こんな状況なのにいつも通りのクールメイドっぷりに、直樹から少し緊張が解ける。
「――直樹、こっちを見ろ」
かと思えば、そんな二人に嫉妬したロレルが、直樹の顔を強引に自分に向かせた。
「んあっ? どうしたロレ――んむっ⁉︎」
「――――ふへへっ。生きて帰ったら、この続きしようね?」
「……ああ。オレ、ゼッタイ生キ残ル」
不意打ちで奪われる唇。頬を染めながらも、可憐に微笑むロレルに、直樹の理性が揺らいだ。
そこに――。
「娘から離れろ貴様ッッ‼︎‼︎」
雷鳴のようなラリルの怒声が響くと同時に、三人が隠れていた暗雲が一瞬で霧散した。
「はっ⁉︎」
声のした方向、後方に振り向く三人。だが振り向くや否や、ラリルの手から放たれた不可視の魔力に、直樹だけが吹き飛ばされた。
「いってぇ! けど跳ばした! 今のは風の能力か⁉︎」
空中で立て直した直樹が、能力の分析をしながらラリルを見据える。そこには静かな怒りを浮かべたラリルが手をかざしていた。
「そんなチャチな能力ではない!」
「ぐぎっ⁉︎ か……は……」
風ではない。大気すら操る能力により、直樹の周囲が真空と化す。
(息が……! くそ、跳べぇ!)
息を吸おうとした直樹は、混乱しながらもラリルの能力を跳ばした。
「直樹! 大丈夫⁉︎」
「せ、セーフ! っぶねぇ!」
間一髪。無事に息を吸った直樹を横目にシルヴィの角が光る。
「少しは話を聞きなさい‼︎」
「ガッ⁉︎」
発動する転移断絶。直樹に対して放ったモノとは違う、何の遠慮も気遣いもない断絶により、ラリルの四肢と首が胴体から切り離され、地上に落ちていく。
「し、シルヴィさん⁉︎ アンタ何やってんの⁉︎」
それを見た直樹が慌ててシルヴィに振り向くが、彼女は宙に浮かぶラリルの胴体から目を離さない。
「……これくらいでは倒せません。気を抜かないでください」
「へ?」
マヌケな声を出した直樹は見た。落ちていく四肢と首。そこから噴き上がった鮮血が一瞬で凝固し、まるで植物のツタのように胴体にギュンッと伸びる。そして胴体に触れた途端、バネが収縮するように胴体に引き寄せられた。
「無限再生。アレを物理的に殺すことは不可能です」
「…………わお。グロヤバ」
あっという間に元通りの姿になったラリル。シルヴィの切断を意に介する様子もなく、直樹を血走った目で睨み付けていた。
(あ、ヤバい)
その恐ろしい形相に直樹が直感する。
「飛べ俺‼︎」
瞬時に取ったのは回避――ではなく、ロレルたちから離れること。亜光速の速度で飛び、二人から大きく距離を取る。
――刹那。
「雷公砲ッ‼︎」
ラリルの口から放たれる極大のビーム。何百万もの赤雷を集約した雷光――光の速度の魔力砲が直樹を飲み込んだ。
観測史上最大、宇宙からも観測できる赤雷は水平線まで奔り、彼方の雲すら消滅させる。あまりに規格外、およそ生物が放てる限界を軽々と超越した光線に、ロレルはおろかシルヴィさえ唖然とした。
「嘘……」
「なんて……無茶苦茶な……」
直樹の死を予感した二人。視界が霞むほどの赤い閃光を茫然と眺め――二人同時に何かを察知し、ラリルに振り向いた。
「殺す気かっての‼︎ とりまトべええええッ‼︎」
「何だと⁉︎ ぐおおッ⁉︎」
直樹は生きていた。それどころかあの雷砲を潜り抜け、ラリルの懐に潜り込んでいた。反撃に放つ逃避跳躍がラリルの意識を吹き飛ばす。ラリルは頭をグワンと揺らし、仰け反った体勢のまま沈黙した。
「な、直樹すごい! アレも跳ばしたの⁉︎」
「おう! なんか死ぬ気でやったらなんとかなった!」
ラリルは紛うことなき最強魔王。だが対する直樹も、常識を逸した現代魔王。
「……なんという……直樹も負けず無茶苦茶ですね……」
シルヴィの口から称賛が溢れる。それほどまでに、直樹の能力――根性は据わっていた。
しかし新旧魔王対決、これにて決着――するほど甘くない。ラリルはダラリと両手と首を垂らしながらも、その身を覆う魔力は依然変わらない。それどころかブツブツと不気味に何かを呟き始めた。
その時、直樹が造り出し、ラリルが通った魔法陣の中心が、深淵から何かを映し始めた。揺らぎ、ザザ――と砂嵐のように霞み、やがて名古屋の上空にその映像が流れ出す。
『うおおお! 繋がったぞ! 技術班ナイスーッ!』『まじかよ、魔王様やられてんじゃん!』『ざまぁ! ――じゃなくてあいつヤッベ! あ、ロレル様ー! シルヴィ殿ー! 聞こえますかー⁉︎』
それは魔界との交信映像。監視ルームで待機していた魔族たちが、魔法陣の巨大スクリーンの中で大騒ぎしている。
「む? おお、お前たち! 久しぶりだな!」
「見知った顔が並んでますね。お久しぶりです皆さん」
ロレルとシルヴィが空に手を振る。魔族たちは彼女たちの愛らしい仕草に顔をほころばせた。
『んはぁー! 久しぶりにロレル様成分補充できた! シルヴィ殿も凛々しくて素敵だぜ!』
ラリルが飛び出した後も、家臣たちは躍起になっていた。映像だけでは伝わらない臨場感、音声を味わいたい。崇拝し、羨望する魔王ラリルの本気の戦いに少しでも参加したい。その一心から現世との交信へと漕ぎ着けた。
――もちろん名古屋の街は大騒ぎ。さっきから自分たちの頭上で発生する不可思議な光や爆発に、宇宙人の侵略や他国の核実験などと憶測が飛躍し続けている。その果てに現れた空の映像に、もはや名古屋どころか日本中がパニックに陥っていた。
(状況から察するに、あれが魔界か……。なーんか全然想像と違うな。普通に楽しそう)
のほほんとした直樹の感想。予想だにしていなかったアットホームな魔界の雰囲気に、思わず気が緩みかける。
だが、ラリルの様子を見た家臣の一人が発した言葉に、その場の誰もが息を呑むことになった。
『――――あれ? 魔王様……もしかしてアレ使う気じゃね?』
『アレってなんだよ。どうみても彼氏君の勝ちだろ。勝負あり! 勝者ロレル様の彼氏! って流れだろ?』
『んなわけねーだろ。あの魔王様が意識トばされたくらいで負けるか? てか多分、あれ俺の能力使う気だわ』
『お前の能力? 確かそれって……』
不穏な空気が流れる。そしてその家臣の言葉は見事に的中した。
「……ロレルの幸せを……ノエルとの約束を……わしは……わしは…………」
ラリルの言葉が明瞭になっていく。強大な魔力が水面のように鎮まり、深海よりも深く沈んでいく。
「……絶対支配者‼︎ 魔王ラリルであるぞおおおおおおッッ‼︎‼︎‼︎」
空を劈く咆哮を上げ、ラリルの姿が幾重にも重なり始めた――。
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