第8話

私たちは一時間ほど、色んな服屋を巡った。

柳さんはすらっとしていてスタイルが良いから、どの服を試着してもよく似合う。

それに、私の意見を求めることもなく、淡々と服を選び、買っていく。


脱いだ私の服は、柳さんの右手に持った紙袋に丁寧に畳まれて入れられていた。


――荷物、持ってくれるんだ。


……なんて、そんな些細なことはどうでもいいんだけど。



その後は二人でご飯を食べ、気まぐれに雑貨屋を見て回り、

あらかたショッピングモール内の店舗は見終わってしまった。


……もう帰る流れ、なのかな。


私はちょっと、ほんの少しだけ帰るのが嫌になっていた。


友達と遊ぶようなわくわく感があったわけじゃないけど、

柳さんの隣に立っている時間は、居心地が良かった。


柳さんは、私と一緒にいることをどう思っているんだろう。

どうせ聞けないけど……知りたい。


「じゃあ」

柳さんが口を開く。


「帰りますか?」


私は少し俯いて、頷いた。

――やっぱり、あんまり楽しくなかったのかな。


「手、繋ぎませんか?」


……え?


下を向いていた私は、不意に告げられた言葉を理解できず、顔を上げる。


柳さんと目が合った。


「なんで!?」

多分、私はすごくびっくりした顔をしていたと思う。

だって、あまりにも予想外で……。


「デート、なんでしょ?」


柳さんは私の目を見ながら、少し笑った。


――そう、思ってくれてたんだ。


胸がじんわりと熱くなって、思わず元気いっぱいに返事をした。


「はい!」




行きに繋いだ手は、流れに任せたものだった。

でも、帰り道のこの手は、二人の意思で繋いでいる。


柳さんがぎゅっと、大事そうに私の手を握る。

私も、同じくらいの強さで握り返す。


ねえ、なんでこんなに触れてくれるのに、私のことを好きじゃないんだろう。


私は、柳さんのこと――。


……やっぱり、まだ言葉にはしない方がいい。

だって、柳さんは私のことを好きじゃないんだし。

期待して、傷つくのは怖いから。


この曖昧な関係に名前をつけようとすれば、

きっと柳さんは否定するだろう。

否定されたら、私の感情は行き場を失ってしまう。


だから、今のままでいい。

そう思うことにした。


だって、手のひらから伝わる柳さんのぬくもりが、あまりにも心地よかったから。

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