第23話
けたたましい目覚ましの音が脳を刺激する。タイマーをつけて稼働していたエアコンは既にその役目を終えていて、部屋の中は外から届く熱気によって暖まってしまっている。
寝苦しかった夜を終えて、不快な朝がカーテンの隙間から漏れている。汗ばむ体から意識を逃がすように、ベッドから身を起こし閉ざされたカーテンを開く。
「……っ」
目を焼く光が空間を埋め尽くす。起き抜けの身にとっては軽い拷問だったけど、そのまま窓を開けた。
孤独だった世界に、青空が追加される。ソフトクリームのように堆く積み上がる白い入道雲が遠くに見えて、透明の空にくっきりと映し出されているそれは、過剰なほどに夏の空を演出していた。
先ほどの目覚ましの音よりもうるさいセミの声が耳を震わせ、窓を開けたことを早くも後悔する。
入ってくる空気は太陽の恩恵を帯びた熱ばかり。爽快なそよ風が汗を撫でるわけでもない。部屋の温度は一定を保ったまま、外気に馴染んでいく。
けれど、僕はどうにも、窓を閉めようとも思えなかった。
ただぼんやりと部屋の窓に飾られた夏の絵画を眺めたまま、滲む汗の存在を知覚する。
僕は生きている。わざわざ明言するまでもないようなことだ。この世界で、全員と同じように寝て起きて、夏が描く蒼穹に目を向ける。その空に、以前見たような星々は見られない。
誰にも観測されなくても、星は瞬きを止めることはしない。光るために生命活動をしているわけじゃないからだ。
見られていなくても、星は勝手に輝くし、生きていく。
でも、本当に誰からも見られなくなってしまったら?
気付かれない内に星は輝きを失って、空の一部としてすら映らない。永遠に発見されることもなく、目に触れられることもなく、生きていたことすら喪われてしまう。
――いま、彼女はこの空を見ているだろうか。
一人の幽霊のことを、思い浮かべる。どこにいて、何をしているのか。誰からも観測されなくなった彼女は、これからどうなってしまうのか。
そんな考えが思考を過り、胸に痛みが走る。
苦しい。それに、もどかしくて、吐き気も込み上がってくる。
せっかく見つけてもらえたのに、またも孤独になってしまった彼女のことを考えると、言いようもない不安に駆られる。
「夏は、嫌いだ」
夏が沁み込む部屋の中で、僕は零すようにそう呟く。
そうすることしか、できなかった。
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