第15話

「それで、何の映画観るんだ?」


 電車内で途切れてしまった話題をもう一度繋ぎ直して、対話の糸口とする。駅から出てひとまず、映画館のある方面を目指すことにした僕たちは、雑踏に紛れて目的地へと向かう。人混みの中、隣を歩く彼女は楽しそうな顔で僕の質問に応えてくれた。


「特に決まってません!! 映画館に行って決めたくて!! あ、もしかして白鳥くんは観たい映画とかありました?」

「いや、僕は特にないかな」


 昨日いま上映されている映画について調べてみたけど、取り立てて観たいと思うような映画はなかった。ともあれ映画自体観るのは楽しみだ。自然と、歩く足も軽くなる。


「化野はどんな映画が好きなんだ?」

「うーん、流行ってるやつを観てきたので、どれが好きとかは……。強いて挙げるならドキュメンタリー映画ですかね」

「へえ、渋いな」

「そうですかね? 実際に起きた出来事を、その人の感情とか思いを通して俯瞰して観れる。ついつい、見入っちゃうんですよ」

「……化野らしくて、良いんじゃないか」


 思わず、顔を綻ばせてしまう。

 僕自身、そういった観点で映画を観てこなかった。どういう展開が好まれているのか。どんな話の組み立て方なのか。物語を綺麗にまとめるための勉強としての側面でしか、最近は観れていない。

 だから、その視点は目から鱗で、眩しかった。


「白鳥くん、嬉しそうですね?」

「ん、いや。映画が楽しみでさ」

「そうですよね!! 私もです」


 ご機嫌が制服を着て歩いている。そんな存在である彼女に連れ立って、程なくして僕たちは目的の場所へと辿り着いた。


「あ~……、涼しい……」

「ふふ、お疲れ様です」


 夏の暑さをシャットアウトしたそこは複合商業施設。若者向けの店舗や専門店などが軒を連ねて、日々老若男女問わず訪れている。その日も例に漏れず多くの人でごった返していて、向かうだけでも一苦労だ。いくつかのエスカレーターを乗り継いで、ようやく映画館のフロアへと足を踏み入れる。


「やっぱり混んでるな」


 そうごちてしまうぐらいには、そこには多くの人がいた。しかし喧騒とは程遠く、ある種の整然とされた、気にならない賑やかさが空間を満たしている。

 映画館特有の雰囲気とでも言えばいいのだろうか。久々に感じ取ったその空気にワクワクしつつ、隣で落ち着かない様子の化野へと声をかける。


「それで、何観たい?」

「えっと……!!」


 映画館には話題の映画の広告が大画面で表示されて、目まぐるしく移り変わっていっている。残念ながらその中に彼女の好きなドキュメンタリー映画のようなものはなさそうだったけど、現在流行っている映画はそれなりにあった。


「じゃあ、いま映ったやつにしようと思います!!」

「わかった。じゃあ、予約するよ」


 彼女が選んだのはまさに今流行っている、海外のヒーロー映画だ。続編というか、別の作品の派生みたいなものだけど多分楽しめるだろう。

 オンラインで予約しようとスマートフォンでページを遷移させてから、僕は顔を顰めてしまった。


「……どうかしましたか?」

「化野……、言い難いんだけどさ。この映画、今日はもう満席っぽい」

「え?」


 急いで覗き込もうとしてくる彼女のために、持っていたスマートフォンを見えやすい位置に下げた。そこには灰色に塗り潰された座席たちが並んでいる。


「そんなあ……」

「まあ、人気作だししょうがないよな。せっかくだし、違う映画を観よう」

「そうですね……、それじゃあ――」


 今度は僕のスマートフォンとにらめっこを始めて、真剣にどれを観るかの品定めをしている。ゆっくりとスクロールして、現在上映されている作品を見せているけど、ほとんどが満席かそれに近い状態。さすが夏休みだと、その効果のほどを実感させられる。


「あの、これにしませんか?」


 やがて化野がそう言って指を差した作品は、実話をベースにしたラブストーリーもの。なるほど、化野なら選びそうな作品だと、心の中で頷く。

 それなりに人気らしく、公開されてからしばらく経っているはずだけど、一番上映が早い時間帯を見てみるとぽつぽつと席は埋まっていた。

 それでも、隣同士の席は確保できる。僕は即座に二人分のチケットを購入し、決済まで完了させた。


「あ、あの。別に二つ分の席を用意してもらわなくても……」

「結構席空いてたし、大丈夫じゃないか? それにせっかくの映画だし。いくら化野が認識されないって言っても、立って観るのは嫌だろ」

「それは、そうですけど……、でも申し訳ないです!!」

「そうは言うけど、もう買っちゃったからさ。諦めて楽しもうよ」

「むう、この御恩は必ず……」

「気にしなくていいって。僕が好きでやったことだから」


 納得いっていない化野には悪いけど、自分だけが座って映画を観るという状況は僕も心苦しい。それにやっぱり映画は座って観ないとな。


「ほら、上映時間までまだちょっと時間あるから、色々見て回ろう」


 無理やり流れを断ち切って、化野を連れて映画館内を散策する。ショップコーナーや特設ステージなどを見ていると意外と時間も潰れて、気がつけば上映時間が差し迫っていた。


「楽しみですね」

「ああ」


 隣で嬉しそうにしている彼女の姿を見ると、先ほどのやり取りを引きずった様子もない。どうやら、今を楽しむことを優先したようで、僕としてもその方が心置きなく映画を観られる。

 化野と一緒に入場を果たし、上映場所へと向かっていると意外と若い客が多いことに気がつく。そして、それはシアター内に入って、すでに着席している人たちを見ても同様だった。

 人が多い。というよりは、カップルが多い。それも僕と同じような年代の人とか、ちょっと上の大学生っぽい男女ペアとか。一人で観に来ている人はぱっと見ではいない様子だった。

 別に体裁は気にしないけど、さすがに気まずい気持ちがないと言えば噓になる。

 そんな中を化野は気にも留めておらず、既に目的の席まで向かっていた。


「こっちですよ!!」


 そう笑いながら手招きする彼女の元へ辿り着いて、シアター内をぐるりと見渡す。

 僕たちが座る席は、シアターの端の方。比較的余りがちな席故に、周囲に人は座っていない。

 他に空いている席もある中で、わざわざこんな場所を予約しようというモノ好きもいないだろう。

 周囲に迷惑を掛けないようにという配慮からこの席を予約したわけだけど、どうやら問題なさそうだ。


「端の方でごめんな」

「全然!! こちらこそ、気を遣わせてしまってすみません……」

「じゃあ、これで貸し借りなしってことで。気にせず映画を楽しもうか」

「なんだか無理やり納得させられたような……、でも、そうですね!!」


 僕と化野が座るとやがてシアター内に暗がりが落ち、スクリーンに映画の予告が流れ始める。これから映画が始まるんだという高揚感と期待感が膨れる中、隣に視線を流してみると、彼女も既にその雰囲気に染まっているようだった。

 そうして始まった映画本編はというと、実話を基にしたというだけあってストーリーはわかりやすく、そこにテンプレートな恋愛要素が加わってきて非常に大衆向けな印象を受ける内容だ。

 化野は楽しんでくれているだろうか、と。横目で確認してみると、キラキラと瞳を輝かせる表情豊かな横顔がスクリーンに照らされている。

 その平和な光景を見て思わず口角を緩めてしまう僕もまた、彼女同様に映画を楽しむことにするのだった。

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