君が過ぎた、夏を弔う
秋草
第0話
『――私、幽霊なんです』
七月十日。
夕焼けが町を赤く染めていく、夏の夜の前兆。黒よりも濃い影がその背を伸ばしていく中、消え入りそうなソプラノの声が耳を打った。
まるで小説の冒頭を彷彿とさせる、あるいはこれから物語の始まりを予感させる甘言を、だけど手放しで受け入れるわけにはいかない。
どれだけそうした非日常を求めていても、どれほどそんな理想に手を伸ばしたとしても。
ここは現実。日常の延長線上にある、学校の屋上。
風が吹いて、彼女の髪とスカートが揺れる。
それら赤と黒で描かれる、八ミリフィルムで撮られた映画か何かを見ているような光景は、その時代に生きていないにもかかわらず妙な安心感と美しさが同居していて、輝いて見えた。
そんな錯覚すら覚えるほどに幻想的で現実的な目の前の景色を心の中で否定しようとしても、どうしても魅力的に映ってしまう。
特に、現実に打ちのめされた今の僕には、痛いほどに効果があった。
夏の幻灯。夕焼けが魅せる、魔法の時間。逃避するには格好の場面。
ここにいるのは自分と、目の前で困ったようにはにかむ彼女だけ。
世界に二人しかいないような、そうした自惚れは抱かないけど。
それでもほんのわずかに、期待してしまう。
もしかすると彼女は、自分が求めていた何かを授けてくれる存在なんじゃないかと。そんな都合のいい希望を抱く。
僕は明瞭に、そして鮮明に映し出されるその陽炎を眺める。様々な戸惑いを内面に宿しながらもただ縋るように、頭上に控える名前もわからない星々に、願う。
夢の中で生きたいとは思わない。
現実の中で苦しもうとも思わない。
でも願わくば、自分がそれに混じってもいい世界なのだと、そう認めてほしい。
夏は僕らを主役にしない。
そんなことわかっているけれど、ただどうしても期待してしまう。
この出会いが特別であると。忘れられない一幕になるんじゃないかって。
自分勝手に、そう望んでしまっていた。
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