第6章(3)「悪の組織」
「……言ってる意味が分からないな」
フォグシーは可愛らしい顔を歪ませながら、目の前に佇む襲撃者を睨んだ。
フォグシーの反応にもミナは表情を崩さない。それほどまでに自分の言っていることへの確証が強かった。
「一から話す必要があるかな、ティアラビイにも理解してもらわないと」
道の端でなんとか体を起こしたティアラビイは、突然自分の名前が呼ばれて目を丸くする。
ミナはティアラビイの方を一瞥し、再びフォグシーに視線を向けた。
「フォグシーが怪物のような姿になれるのは、ティアラビイも見たよね」
「……ええ」
「私たちはそこで考えなきゃいけなかった。どうしてフォグシーが怪物のような姿をしているのか。あれはまるで悪の組織が召喚した怪物のようなもの」
ティアラビイは魔力が少なくなり、痛くなった頭で考える。
確かにフォグシーのあんな姿を見たのは初めてだった。
あの時はフォグシーがグランダーの仇を取るため、そして邪魔な襲撃者を排除するために、戦うための姿へと変身しただけだと思っていたのだ。
妖精という存在は未だ人類には未知のものばかり。きっとそういう変身能力があり、自分たちに味方してくれているのだと思っていた。
だが、改めて考えてみればこの襲撃者の言う通りだ。あの姿はまるで、自分たちが命を賭けて戦っている怪物の姿そのもの。
そしてティアラビイは一つの仮説にたどり着く。
「……もしかして、フォグシーは悪の組織に召喚された怪物だって言いたいの?」
「違う」
ティアラビイの答えをすぐに否定するミナ。
ここまでは誰でも思いつく所で、それならミナはフォグシーの事をあんな呼び方などしない。
「私たちが毎週見ている怪物は、フォグシーに比べれば低級の怪物。話すことは出来ず、今のフォグシーのような形態もない。戦って気付いたことだけど、フォグシーは魔力も使える。怪物だと考えるには、圧倒的に高次の存在だよ」
襲撃者の言葉にティアラビイは反論することが出来なかった。彼女は確かに正しい事を言っているのだ。
「……じゃあ、一体フォグシーは何者なの!?」
だからこそティアラビイは、この襲撃者が何を知っているのか――フォグシーの正体が何なのかが気になって仕方がなかった。
本当であればフォグシーの正体がなんであれ、親友たちから魔法少女としての人生を奪ったのはこいつらだ。貸してやる耳などないはずだった。
ミナはもう一度ティアラビイの方を見やる。彼女の表情は、動揺に塗れていた。
もしこの話を聞いているのがジェンハリーやグランダーであれば、自分たちの話は一切信じるつもりはなかっただろう。
しかしティアラビイは違った。彼女はフォグシーに対しても疑念を抱いている。だからこそミナたちは、彼女であれば分かってくれると思い、この話をティアラビイの前でしているのだ。
「フォグシーの正体……それは、さっきも言った。フォグシーは”悪の組織”」
「え、でも、悪の組織って……」
「悪の組織の定義、それは、”日曜日の朝に怪物を召喚する、魔法の力を悪用している妖精の国の犯罪者集団”。これなら、ティアラビイでもわかるはず」
ティアラビイは痛む頭で考える。
フォグシーは妖精の国からやってきた妖精で、怪物の姿に変身する能力を持っている、明らかに怪物よりも高次の存在。
それが怪物を召喚する存在であることを、肯定する根拠はあっても、否定する根拠は中々見つからなかった。
「……でも、それならおかしい。どうして自分たちが召喚した怪物を、自分たちが管理している放送局の魔法少女に倒させるの?」
ミナは少し言葉に詰まってしまう。
ティアラビイの疑問ももっともだ。わざわざ魔法少女というものを用意して、自分が生み出した怪物を退治させているのか、その説明に必要な証拠はなかった。
「動機の面は本人に聞いてみないと――」
「――それはこっちで説明しようかね」
ふと、それまでずっと黙っていたランプが話に割り込んでくる。
彼女はティアラビイに手のひらを向けて、いつでも攻撃できるようにはしつつも、顔はまっすぐにフォグシーを見ていた。
「光の魔法少女が活躍している時に現れた怪物は、成すすべもなく倒されていったよ。あの頃は魔法少女の数も本当に少なくて、どうしても被害は出てしまったんだけどね」
まるでその時期を体験しているかの口ぶりに、ティアラビイは訝しげな表情を浮かべる。それはフォグシーも一緒だった。
ランプはフォグシーのさらに歪んでいく顔に、仮面の中でニヤリと笑いながら、話を続けていく。
「でも相手はこう思ったはずだ。魔法少女の力は強い、なら内部からそれを覆してしまえば良いとね」
「……まさか」
ティアラビイはフォグシーの顔を見つめる。彼のぬいぐるみのような表情は、歪みが一層強くなっていた。
ランプは心の中で更にほくそ笑みながら、言葉を続ける。
「そんな時に地球へやってきたのが、”悪の組織”の一員ことフォグシーだ。こいつは妖精の国から地球を助けにやってきたって顔で、易々と放送局へ侵入できた。いずれこっちで支配しようと、魔法少女ドキュメンタルのプロデューサーにまで上り詰めたのさ」
「でも、放送局はみんなを――」
「――いい加減にして」
ティアラビイのその声を遮ったのは、ミナだった。
彼女の怒りに震えた声に、ティアラビイは息を詰まらせてしまう。
「逆に聞くけど、放送局は一切の犠牲を出していない? 救える命をすべて、救おうとしている?」
「それは……」
「もしそうだったら今は、不幸な人たちがいなくて、見習いの魔法少女だった私たちが人助けを行う必要なんてない。でも違う。放送局は、魔法少女ドキュメンタルはとっくに腐ってる。”正しい魔法少女”なんかいないんだ」
ミナは様々な感情を言葉に乗せながら、ティアラビイのことも、フォグシーのことも、強く睨んでいた。
コガるんがなぜ泣いていたのか、ナヒロがどうして両親を失ってしまったのか。
魔法少女の数はこれだけ多いのに、どうして悲しみがこの街には充満しているのだろう。
それは腐った魔法少女ドキュメンタルが、助けられる命さえも助けようとしなかったからだ。
「……やれやれ、そんな根拠のない話を、よくもここまで広げられるね?」
そしてそれを指揮しようとしているのは、目の前のフォグシーにほかならなかった。
フォグシーは歪みきったその顔をティアラビイの方へと向ける。
「ティアラビイ! 一緒に怪物たちと戦ってきた僕たちの苦労も知らず、こいつらはやっかみでデタラメを言っているだけだよ。僕を信じて!」
しかしティアラビイの瞳は、フォグシーに鋭く突き刺さっていた。
彼女は知っている。ジェンハリーもグランダーも、こいつに利用されて手を黒く染めていたのだ。
彼女の親友を信じる気持ちが、フォグシーの言葉を信じさせない。
襲撃者たちが抱いているフォグシーへの怒りと同様に、ティアラビイは明らかな敵意を彼へ向けていた。
「……やれやれ、残念だよ。どうして最後に残ったのが君なんだろう、プロデューサーを信頼しない演者に、未来はないね」
フォグシーはため息を一つ吐いて、ぼこぼこと姿を変えていく。
それはあの日、ミナとランプが戦った、あの姿。
赤子の背中に剣を持った手が生えた、正真正銘の怪物の姿だ。
「確かに、僕は君たちが悪の組織って呼ぶような存在で、この辺りで怪物を召喚している張本人さ。……君たちが当たりを言うものだから、僕は君たちの口を塞ぐしかなくなっちゃった」
フォグシーの言葉にミナは口をぎゅっと結び、戦闘の決意を固める。
そんなミナの決意を笑うように、赤子は端を上げて無邪気そうに口を開いた。
「でもこれだけは信じてほしいな。僕はみんなに希望を与えていたんだよ? 僕がプロデュースしたジェンハリーも、グランダーも、もちろんティアラビイも、沢山の人々に希望を与えていた正しい魔法少女さ」
「……それは、まやかしの希望だよ」
ミナはフォグシーの正面に立ち、彼と対峙する。
「まやかしの希望で人々を洗脳して、目の前の大切なものに手を差し伸べず、自分を正当化する……そんなあなたには、”正しい魔法少女”を語る資格なんてないッ!」
そう叫んだミナは突如、その顔につけていた仮面を脱いだ。
突然の襲撃者の行動に驚くティアラビイとフォグシー。彼女の表情を見た瞬間、ティアラビイははっと思い出したかのように、目を大きく見開く。
「……あなたは、魔法少女ミナ」
ティアラビイがぽつりと呟く。それは彼女が胸の内に抱いていた、大きな後悔の一つに関わる名だ。
決意が固まった”正しい魔法少女”の右目は、少しだけ涙で潤んでいた。
* * *
リョウは隣接する廃ビルの中で、機材を広げて外を眺めていた。
手ではドローンのフライトコントローラーを操作し、ミナの顔を映すように出来るだけ彼女たちの近くを飛ばしている。
そして両足の間に挟んだモニターには、ミナたちの姿を映すドローンの映像と、もう一つ、ミナがよく行っているMagitchの配信の画面が映っていた。
そして突然の配信にも関わらず集まってきたリスナーたちが、コメントを滝のように残していく。
『魔法少女ドキュメンタル終わって来てみたら、どういうこと!?!?!?』
『ミナちが怪物と戦ってる!?!?』
『これ本物???』
『放送局はどうなってんだ』
『センパイがんばれええええええええええ!!!!!!!』
『よく見ればあれランプ姉さんじゃね!!』
『さっきいつもの無言スパチャニキいたな』
『俺の推しが怪物と戦っている件について』
『ミナちなら怪物も相手じゃないよ!頑張って!!』
多くのコメントが突然の事態にも関わらず、ミナを応援している。
リョウはそのコメント欄を見て、少しだけ笑みを浮かべていた。
これだけの人間が、ミナの事を応援してくれている。彼女はやはり正しい魔法少女なのだ。
「……ミナ、僕の声が聞こえる?」
リョウは片耳だけに付けているイヤホンを、肩でぐっと押す。
その間もドローンを操縦するコントローラーは手放さない。
『……聞こえるよ』
ミナの穏やかな声色が聞こえて、リョウはほっと胸を撫で下ろす。
「オッケー。作戦通り、配信を開始した。みんなミナを応援してくれているよ」
『……わかった。これでもうちょっとだけ頑張れる』
ミナの声には、怒りや、悲しみや、色々な感情が混ざっている。
しかしたとえイヤホン越しでも、リョウにはミナに戦う決意が灯ったのがよく分かった。
彼女はやはり、こういう人間なのだ。
「俺に出来るのはこれくらいしかないから……あとはよろしくね」
『うん。ナヒロの仇を取ってくるよ』
リョウがうんと頷くと、それきりミナの声は聞こえなくなった。
リョウは希望を託す。魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊してくれる、自らが思う最高の”正しい魔法少女”に。
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