第5章(5)「正しい魔法少女の壊し方」
配信を終え、コガるんとのやり取りを終えたミナは、光の魔法少女の映像を眺めることなく、ダイニングへと戻ってきた。
そこにはソファーに座っているリョウと、いつの間にか戻ってきていたランプがいた。
「お疲れ様、久しぶりの配信はどうだった?」
リョウはにこやかな表情でミナにそう尋ねる。
リョウには既に、ミナの答えが分かりきっていた。
配信をリアルタイムで見ていたのもあるが、ミナの右目あたりが真っ赤になって、明らかに昼よりも柔らかい笑みを浮かべていたからだ。
「……コガるんはやっぱりすごい」
大泣きして少し枯れた声が、小さくそう呟いた。
「俺もそう思う。でも、そんなコガるんに火を付けたのは、ミナだよ」
「……そんな実感がないよ」
ミナはため息を吐きながら、それでもどこか充実した顔をしていた。
コガるんがミナの生きる希望になってくれている、リョウは少なくともそれが確実であることを、彼女の様子から推測する。
今まではその役を、ナヒロが担ってくれていた。ナヒロという存在がいたからこそミナは、正しい魔法少女であり続けることができたのだ。
しかしナヒロはミナを助けて、彼女の近くからいなくなってしまった。そして生きる希望を失ってしまったミナは、自殺さえも図ってしまうほど、追い詰められてしまったのだ。
ミナは正しい魔法少女だ、リョウは間違いなくそう感じている。ここまでに行ってきたことが間違いだと、リョウは一切思っていなかった。ただ残酷な結果が、自分たちの足を止めてしまっているだけなのだ。
ミナの晴れやかな様子を見てリョウは、口をかたく結んで、ソファから立ち上がる。
「……リョウ?」
真剣な表情のリョウに対して、ミナは首を傾げた。
「ミナ、君に改めてお願いがあるんだ」
リョウは真っ直ぐにミナを見つめる。
それはかつて彼がミナにも向けたことがある、切実さを込めた願いの瞳だ。
「……ナヒロの仇を取ってほしい」
リョウは中学生のミナの身長よりも低く、頭を下げた。
ミナはリョウの迫真な様子に何も言えなくなる。
戸惑うミナの様子に構うこともなく、リョウは口を開いて更に言葉を続けていく。
「俺は無力だ。放送局内で権力がある立場でもないし、特別魔法が扱えたり、人脈やカリスマがあるわけでもない」
「リョウ……」
「やっぱりミナじゃないと駄目なんだ。本物の魔法少女であるミナじゃないと、あいつらを、魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊すことは出来ないんだ!」
いつか彼女に――彼自身が正しい魔法少女だと信じて疑わない存在に告げたように、リョウは理不尽の破壊を、自分よりも小さな体に願う。
切実なリョウの声に、ミナは分かったとすぐに言ってあげたかった。
しかしミナは少し返答に困ってしまう。自分は本当に正しいことをしているのか、まだ迷いが拭えていない部分があったためだ。
「――やれやれ。大の大人が頭下げてるんだ、相当の覚悟が籠もってることくらい、分かるだろう?」
その二人の空間に割り込むように、ニヒルな笑みを浮かべながら、一人の魔法少女が介入する。
ランプはやれやれという表情でソファーを揺らしながら、ミナと目線があったことを確認した。
「グランダーを倒して、その後フォグシーと戦った時、あいつはどんな姿をしていたか覚えているかい?」
ミナはあの戦いを思い出す。
巨大な赤子のように変身した、あの時のフォグシーの様子はグロテスクで、ミナたちに加える攻撃の容赦の無さはまるで――
「――悪の組織が召喚した怪物」
正解、と言わんばかりにランプは口角を上げる。
「フォグシーは魔法少女ドキュメンタルのプロデューサーでありながら、あんな怪物のような姿になれる。これがどういうことか分かるかい?」
「妖精があんな姿になれるなんて聞いたことがない……だったら」
「そうだ。確証があるわけじゃないが、幾つか立てられる仮説のどれもが、魔法少女ドキュメンタルが腐っている事を示している」
ミナはいつもよりも目を大きく見開き、また開いた口を閉じることを忘れてしまう。
ランプの言う仮説が何か、ミナにはおおよその検討はついていた。
「フォグシーは――」
「――まあ、その辺りの推理は本人にぶつけてみよう」
ランプはにやにやとした表情を浮かべていたが、すぐに口角を下げて、目を細め、ミナに真っ直ぐな眼差しを向ける。
年上の魔法少女である彼女の威圧感は、ミナに背筋を伸ばさせた。
「さてミナ、ランプさんたちの行動はどうだろう。本当に間違った行動なんだろうか?」
ランプの言葉を受けて、ミナはフォグシーとのやり取りを思い出す。
フォグシーは、今の魔法少女ドキュメンタルの形が、人々に最大限の希望を与えるために最適だと言っていた。
しかし、もしそれがまやかしの希望なら、”正しい魔法少女”であれば、止めるべきだ。
「……フォグシーを止めないといけない」
ランプはにやりと笑う。
リョウも、ミナの決意の固まった表情に安心して息を吐き出した。
ミナは息を大きく吸い込んで、体に決意を巡らせる。真っ直ぐな瞳で二人を見つめて、少しだけ口角をランプのように上げた。
「――もう一度、日曜日の朝をぶっ壊しにいこう」
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