第5章(3)「約束のコラボ配信」
「……緊張するな」
オンラインでのコラボの準備を始めるミナ。久々の配信ということもあり、彼女の心の中はざわついている。
久々にSNSを立ち上げ、配信告知のメッセージを発信すると、一気に反応とコメントが押し寄せた。心配の声、喜びの声、驚きの声など様々だ。
それはコガるんとの初めてのコラボ配信ということもあるのだろう、あちらのファンも巻き込んでの大盛り上がりになっていた。
まるで初めて配信を始める見習い魔法少女のように緊張しているミナに対し、画面の向こうにいるコガるんは晴れやかな顔を浮かべている。
「大丈夫ですよ、告知メッセージからみんな大盛り上がりだったじゃないですか」
コガるんは魔法少女の姿へと変身していた。ピンク色のいかにも可愛らしいフリフリの衣装の中に、絆創膏、薬のカプセルが施されたちょっと闇を抱えるようなデザイン。普段の姿もいわゆる地雷系で、魔法少女になってもそのコンセプトは外れていない。
そうなると自分はなかなか質素な衣装を着ているなと、ミナは感じる。
もちろん細々と魔法少女らしさはあるのだが、どちらかといえばファンタジー小説の学生魔法使いのような衣装だ。どうしても派手さではコガるんの方が上である。
そしてそれに、彼女の左目は――
「この傷跡は……」
ミナは自らの左目のあたりをさする。
眼帯はしているが、生々しい傷跡が残ってしまっていた。
明らかにキラキラとした魔法少女像からかけ離れる、大きな傷跡。それはまるで自分が既に魔法少女ではないと突きつけられているようで、改めて自らの存在意義を疑いたくなった。
「確かに怪物連中がミナセンパイの尊い顔に傷をつけたのはムカつくんですけど、でもそれはセンパイが頑張ってこの世界を守ってる証拠なんですよ!」
コガるんは明るくミナの事を励ます。デザイン的にはあちらの方が闇を抱えているはずなのに、彼女は光以外の何物でもない。
コガるんとコラボの打ち合わせをする時に初めてこの顔を見せたが、彼女は驚きはしたものの、ミナのことを決して否定しなかった。
流石にフォグシーから受けた傷だとは言えないため、ミナはコガるんに魔法少女ドキュメンタルのサポートで大怪我をしたことにしている。
純粋無垢なコガるんを騙している事に、ミナは少し罪悪感を覚えていた。
「……でもセンパイ、ちょっと変わりましたね」
コガるんはふと、思い出したかのようにミナへそう告げる。
「変わった?」
「緊張する、なんて初めて聞きましたよ。センパイはワクワクしながら配信をしてるイメージだったから」
「私、ワクワクしてたの?」
「してました」
コガるんの真っ直ぐな言葉に、ミナはそれが真実なんだろうなと説得力を感じずにはいられなかった。
ワクワクしながら配信をしているのか、とミナは自分でも分かっていなかった自分の事を教えてもらい、コガるんの観察力に改めて感心する。
「……最初の方は緊張とかしたよ。元々私はこんな性格だし」
「確かに、そうだったかもしれませんね」
「……確かに?」
「ああ、えと、忘れてください! ほら、もうすぐ始める時間ですよ!」
コガるんはミナを急かすようにマイクをミュートする。
何だったんだろうと不思議に思いながら、ミナは配信開始のボタンを見つめた。
これを押せば、配信が始まり自分の姿がネットに映し出される。そして優しいミナの視聴者のことだ、沢山の心配の声をくれるだろう。
しかし、コガるんを待たせている。二人の配信を楽しみに待っている視聴者たちのために、ミナは一つ深呼吸を入れて勇気を自らへ注入し、配信開始のボタンを押す。
やがて待機していた視聴者から『こんミナ~』というコメントが押し寄せるように流れた。
そしてその中には案の定、『目大丈夫!?』などの心配する声もあった。
ミナは一つ咳払いを入れて、声の調子を整える。先程までコガるんと話していたから、ずっと引きこもっていた間のブランクは払拭できているはずだ。
だがやはり視聴者の前になると、ミナの心は心臓の音と共に揺れ動いてしまう。いつの間にかカラカラになってしまっていた喉をなんとか唾で潤しながら、ミナはゆっくりと口を開いた。
「こんばんは、皆々様。ミナです」
たったそれだけの挨拶だけなのに、ミナにとっては大一番を乗り越えた達成感を感じるものだった。
だが最初の一言を乗り切ることができたのだ、この後も大丈夫なはずだ……ミナの心は少しずつ、緊張から緩和されていった。
「ごめんね、驚かせちゃって、大丈夫だよ。あと、何日も配信できなくてごめんね。あ、”ミナちラブ無言投げ銭マン”さん、いつもありがとう」
『大丈夫そうなら良かった!』
『ええんやで』
『無言投げ銭マン殿の財布が膨れておるぞ』
ミナの画面に現れるコメントは、どれも温かかった。
どうして今まで配信出来なかったのか、その傷跡は見るに耐えない……そんなミナが想像していたコメントをする者は、この中にはいない。
それはミナが抱えている重い使命と過去を、優しく包んでくれるようだった。
「怪我は、ちゃんと説明しなきゃだよね。魔法少女ドキュメンタルのサポートをしている時に、怪物に襲われちゃって。命に別状はないよ」
ミナはコガるんと同じく視聴者を騙していることに、もう一度大きな罪悪感を感じていた。
だが、嘘だとはいえ、心配してくれる皆のためにちゃんと説明をしなければいけない。その使命感だけでミナは、罪悪感を克服していた。
『まじか怪物許すまじ』
『生きてくれてありがとう』
『おかえりなさい代』
そしてミナの嘘を信じてくれている視聴者たちのコメントに、ミナは少しだけ目頭が熱くなるのを感じていた。
「……みんなありがとう」
流石に涙を流すのはこらえたが、その瞳の熱さはミナの心に燃え移っていく。
自分の配信に来てくれている人たちは、本当に良い人たちだな……ミナは強くそう感じていた。
魔法少女が配信活動する中で問題になっているのは、魔法少女たちへの心無い誹謗中傷だ。魔法少女たちはインフルエンサーを目指す中で必ずこの壁に当たる。
もちろんリョウのような放送局の人間がサポートする場合もあるが、それでもそういったコメントを完全に排除することは難しい。
そして何よりそのコメントを見るのは魔法少女――ほとんどが中学生の女の子なのだ。
別に魔法少女ドキュメンタルの主役魔法少女だけではなく、ファン数の少ない子の配信にも現れる。それは仕方のないことだった。
だが、ミナの配信にはなぜか、そういった人物がそうそう現れていない。少なくともミナが見て心を痛めるようなコメントは、ここ最近まったく見たことがなかった。
だからミナは、安心してコメント欄を見ていく。そして一つひとつのコメントに、喜びを覚えることが出来るのだ。
『これからも怪物と戦うの?心配……』
コメント欄を一つひとつ見ていくミナの目に、一つのコメントが目に入った。
それは別にアンチコメントという訳ではなく、本当にミナを心配してくれているコメントだ。別にそこが気になったわけではない。
ミナが気にしていたのは、自分のこれからの活動だ。
そういえば自分がこれからどうしていくかは、全く考えていなかった。
視聴者には隠しているが、ミナは魔法少女ドキュメンタルをぶっ壊すために戦っていたのだ。
そしてその中で大切な者を失い、自分の魔法少女像が本当に正しいのか分からなくなった。
いっそこのまま死んでしまえたらと思うことが、今この瞬間にもある。
でもリョウ、コガるんと話して、自分には仲間がいて、そして今目の前には沢山の視聴者がいる。
離れていても、自分を応援してくれる人たち。そんな人たちがミナをこの世に繋ぎ止めていた。
「心配してくれてありがとう。これからどうするかはちょっと自分でも分からなくて――」
「――それでコガるんに相談に来たんですよね、センパイ!」
突如ヘッドフォンに流れる轟音。
それは待ちきれなくなってミュートを解除した、コガるんの声だった。
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