第2章(4)「魔法少女ドキュメンタルの裏側」


「間違いない、今の魔法少女ドキュメンタルの実情はそんなもんだ」


 電話越しのリョウは、一度ため息を吐いてから、淡々とそう述べる。

 魔法少女ドキュメンタルのサポートを終え一週間ほど経った頃、ミナは配信活動をする元気もなく、自室に引きこもっていた。

 何も活動を起こさないミナを不審に思ったリョウが電話をかけてきてくれて、ミナは無視するのも悪い気がして、彼からの電話に対応する。

 そして先日起きたことを――魔法少女ドキュメンタルの主役魔法少女たちが、少年とその家族を見殺しにしたこと、少年だけはなんとか自分が助けた事を伝えた。


「リョウはこのことを知っていたの?」


 ミナは問い詰めるように、そしてどこか自らの不安を吐き出すかのように質問する。


「まあ、この業界にいたら嫌でも知ることになるよ」


「どうしてその事を先に教えてくれなかったの!?」


 リョウの半ば諦観しているような声色が、余計にミナの気持ちを揺らがせた。

 魔法少女ドキュメンタルの方針があんな――人気のためならば、人に希望を与えられるならば、目の前の悲劇など心底どうでも良いと思うようなものだとわかっていれば、自分はサポートを断ったのに。


「それは……」


 スマホのスピーカーから発せられていたリョウの声は、言葉に詰まってしまっていた。代わりにばつの悪そうなため息がミナには聞こえる。

 別にリョウが悪いわけではない。悪いのはあの魔法少女ドキュメンタル、つまり番組そのものだ。魔法少女たちのサポートに回っているスタッフには何の罪もないのだ。

 ミナは一度ゆっくりと息を吐いて、自らの内側から漏れ出しそうになった怒りを消化していく。今、リョウに怒ったって何も変わらない。


「……リョウはどうして私を魔法少女ドキュメンタルに推薦したの?」


「それは、君が望んでいるから、俺もそれを応援したいって」


 ようやくリョウから出た言葉は、やはり申し訳無さそうな気持ちを含んでいるように聞こえる。

 リョウが言っていることは、まだ一三歳のミナにだって分かる。

 彼だって好きで魔法少女ドキュメンタルの現状に関わっているわけではないのだ。上からの圧力というのもきっとあるだろう。大人の世界とはそういうものだと、ミナもなんとなく知っている。

 ただ、それでもミナは気に入らないことが一つだけあった。


「……どうしてリョウは、そんな平気そうな様子なの」


 ミナは問いかけたのではなく、問い詰めていた。


「平気じゃないよ、慣れてしまっただけなんだ」


 対して諦めたように、あるいはそう告げることさえも慣れてしまっているように、リョウは返答する。

 ミナは彼のその様子に、なんとか抑えようとしていた怒りが、また沸々と溢れてきていた。


「慣れちゃだめだよ! 魔法少女ドキュメンタルがあのままじゃ――」


「――俺だってわかってるよ!」


 スピーカー越しに割れたリョウの声に、ミナの心臓は跳ねた。

 リョウがここまで声を荒げている様子を、ミナは聞いたことがない。普段見せない彼の様子に、ミナはそれ以上言葉を続ける事ができなくなってしまった。

 開いた口が閉じないミナの様子を気にせず、スピーカーからはリョウの怒りが発せられる。


「魔法少女は困っている誰かを助けて、怪物が襲ってきたらそれを倒す希望の存在にならなきゃいけない。あんな見殺しにするような奴らになんか、本当は魔法少女を名乗ってほしくないよ!」


「……リョウ」


「でも、仕方ないんだ。放送局は今、魔法少女を人気商売だと考えている。自分たちの金稼ぎが社会の希望になると、偉い奴らは本気で思ってるんだ。俺にもっと権力があれば、あんな事にはさせないのに……」


 後半の方はもうしおらしく、泣いてしまうのではないかという声に、ミナはより一層何を続ければ良いか分からなくなっていた。

 ミナはリョウの言葉から、一つの事実に気付く。リョウと自分は結局、同じ考えを持って、そしてその考えを誰にも主張できない立場なのだ。


 ミナは魔法少女になる前の事を思い出す。

 教室でまかり通っていた、いじめという歪な行為が、クラスの団結や社会を学ぶという名目で容認され、ミナが何も声を上げられなかったことに。

 あの時と同じことが、今は放送局で、魔法少女ドキュメンタルという番組で起こっているのだ。


 リョウが放送局の被害者であることを認識し、ミナはなんだか申し訳なくなってしまった。

 自分だって同じ、声を上げられずにいたのだ。それなのに大人のリョウにはそれを強制して、自分にとって都合の良いことばかりを押し付けてしまっていた。


「ごめんなさい、リョウの気持ち、全然分かってなかった」


「いや、こっちこそいきなり怒鳴ってごめん……」


 二人の間に沈黙が流れる。

 ミナの部屋の時計の秒針は、音を立てず流れるように進んでいる。その針が半周ほどして、ミナはいたたまれなくなり、諦めたようにようやく口を開いた。


「……今日はもう切るね」


 ミナはリョウの返答を聞くこともなく、半ば無理やり通話を切る。

 そしてベッドへ仰向けになって、暗い部屋にある自分の部屋の天井を見ていた。そこには当然ながら、何も映っていない。

 自分が目指していた魔法少女とはこんなものだっただろうか。自分は光の魔法少女のように、ただまっすぐに人々の幸せを叶えられるような存在になりたかったのではないだろうか。

 ……いいや、そもそも光の魔法少女も、あんな感じだったのだろうか。

 自分が見ていた光の魔法少女は、テレビの中の姿だけだった。あの光り輝いている魔法少女の姿に、ミナは勇気づけられたのだ。

 しかし、よく考えてみれば自分は、光の魔法少女の現実を何も知らない。


(もしあの三人のように、自分の人気や番組の盛り上がりだけを考えてる人だったら……)


 そこまで考えて、ミナは頭を振って思考をやめた。

 今はどうしても思考が悪い方向へ行ってしまう。こういう時に考え事をすると、まず間違いなく良い結論は生まれないのだ。


(……だったら散歩でもして、気分を紛らわせよう)


 ミナはベッドからゆっくりと起き上がり、母親に夕飯までには帰ると告げて、夕焼けに染められた町に繰り出す。

 ミナはとぼとぼと俯きがちに歩いて、近所にある商店街にたどり着いた。

 夜鷹市はその全てが綺麗な建物ばかりではない。錆の酷いシャッターが降ろされて、人もそこまですれ違わないさびれた商店街は、ぼおっと散歩するのにはうってつけだった。


「……あの、もしかして」


「え……?」


 ミナは、突如として自分に向けられた、柔らかい女の子のような声にびっくりする。

 ゆっくりと声の方向へと振り返ると、そこには一人の少年が少し不安そうな表情でミナの事を見つめていた。


「……やっぱり、僕を助けてくれた魔法少女さん、ですよね?」


 少年は確信を得て、花を咲かせるように表情を明るく変える。

 そこにいたのは、魔法少女ドキュメンタルのサポートで命がけで助けた、あの栗色の髪の少年だった。

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