EP 10

森の恵みと九尾の商人

タロウの指導のもと、エルフたちが丹精込めて育てた稲は、見事な金色の穂を実らせた。里の近くに作られた水田は、まるで陽光を編み込んだ絨毯のように輝いている。時を同じくして、味噌蔵で静かに眠っていた大豆も、芳醇な香りを放つ濃厚な味噌へと姿を変えていた。

フィーリアの里で、初めての収穫祭が開かれた。

炊き立ての「フィーリア米」の甘い香りと、具沢山の「フィーリア味噌」で作った味噌汁の豊かな匂いが、里中に満ち溢れる。自分たちの手で作り上げた故郷の味に、エルフたちは誰もが満ち足りた笑顔を浮かべていた。

その輪の中心で、タロウは一つの大きな決意を固めていた。

「長老、皆さん。この米と味噌を、フィーリアの里の特産品にしましょう!」

タロウは熱っぽく語る。

「この里が、他の国と対等に渡り合っていくためには、経済力が必要です。この美味しくて、他では決して手に入らない米と味噌は、きっと大きな武器になります。これを売って得たお金で、里に必要なものを買えば、フィーリはもっと豊かになれるはずです!」

その提案に、エルフたちは満場の拍手で応えた。

数日後、タロウ、サリー、ライザ、ヒブネの四人は、山と積まれた米袋と味噌の壺を荷車に乗せ、港町「バザール」の市場へと向かった。

「フィーリア米、フィーリア味噌、いかがですかい! エルフが育てた森の恵み、味は保証付きですよー!」

タロウの少しぎこちない呼び込みで、販売は始まった。

最初は「エルフが米なんぞ作るのか?」と訝しんでいた人々も、試食で出したおにぎりと味噌汁の、あまりの美味しさに度肝を抜かれた。

「な、なんだこの米は! 一粒一粒が輝いていて、噛むほどに甘い!」

「この『ミソスープ』とかいう汁物……身体の芯から温まる、深い味だ……!」

口コミは瞬く間に市場を駆け巡り、タロウたちの店先には黒山の人だかりができた。用意した商品は、昼過ぎにはあっという間に完売。その日の売り上げは、彼らが冒険者として一月かけて稼ぐような大金となった。

「やりましたね、タロウ様!」

「すごい反響だったな……」

しかし、その夜。宿屋で売上金を前に、四人は喜びよりも深い疲労に包まれていた。

「一日中立ちっぱなしで、お金の計算をして……これでは冒険どころではありませんね」

ライザがぐったりと言う。

タロウも頷いた。

「ああ。このままじゃ、僕たちが生産と販売に追われて、本業がおろそかになる。これは僕たちの手に余る。……販売と流通のプロが必要だ」

翌日、タロウたちは町で見つけた「人材ギルド」の扉を叩いた。そこは、冒険者ギルドとは違い、商人、職人、文官といった、様々な分野の専門家が登録している、いわば異世界版の職業安定所だ。

タロウは「新食品の販売・流通マネージャー募集」という依頼を出す。破格の報酬を提示したこともあり、何人かの商人が面接に訪れたが、タロウの眼鏡にかなう者はいなかった。

諦めかけたその時、一人の女性が部屋に入ってきた。

しなやかな体に、洗練された商人の服をまとい、背後には艶やかな毛並みの九本の尾が、優雅に揺れている。獣人族の中でも特に知恵に長け、希少とされる九尾族の女性だった。

「あなたが、この依頼の主ね。話は聞かせてもらったわ」

彼女――ユリリンは、タロウたちの前に座るなり、値踏みするように言った。

「昨日、市場であなたたちの店を見たわ。商品は一級品、でも売り方は三流。絶好の機会を、みすみす逃している素人商売。見ていてじれったかったわ」

その自信に満ちた、しかし的確な物言いに、タロウはゴクリと喉を鳴らす。

「私に任せなさい」

ユリリンは、紅い唇に挑戦的な笑みを浮かべた。

「私なら、その米と味噌を、ただの人気商品じゃなく、大陸の食文化を変えるほどのブランドに育ててみせる。ソルテラ帝国の貴族にも、ザオ・ワイルダーの部族長にも、行列を作らせて売りつけてあげるわ。どう、私を雇ってみない?」

彼女の頭の中には、すでに壮大なビジネスプランが描かれているようだった。

タロウは、サリーとライザの顔を見合わせ、二人もまた、この非凡な商人の器量に感嘆しているのを確かめると、大きく頷いた。

「ユリリンさん、あなたを雇います。僕たちの事業の、全権代理人として。どうか、力を貸してください」

こうして、タロウたちは、後に「サバラー大陸の胃袋を掴んだ」とまで言われることになる、九尾の天才商人ユリリンを仲間に引き入れた。

フィーリアの里の小さな特産品は、今、彼女の手によって、大陸全土を巻き込む巨大な渦の中心になろうとしていた。

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