第1楽章「波乱のマードック」 3-2
かれんに連れられて練習部屋である小ホールを抜け、同じ階の突き当たり、会議室の前に立つ。やけに静かな会議室の様子に、桂菜はオロオロしながらかれんに尋ねる。
「これってもう入って大丈夫なの……?中で囲まれたりしないよね……?」
「えっと……、19時ちょっと前から始めるって言ってたから、もう始まってるのかも……。邪魔にならないように静かに入ろう……」
ゆっくりとドアを開け、そろりと入室する。どうやら会議は始まったばかりのようで、集められたパートリーダーの8人はホワイトボードに何やら図を書いている開理を凝視している。開理の一挙一動に集中しているおかげで、彼らは桂菜たちが入ってきたことに気づいていない。ホッとしながら、ちょうど2つ空いていた手前の席に静かに座る。いきなり隣に見慣れない人間が二人も来たせいか、パーカッションパート・パートリーダーの久石昇は桂菜たちを二度見した。小声で「なんでいるの?」と聞いてきたが、桂菜たちは愛想笑いをしながら「どうも〜」と返すしかなかった。
開理がホワイトボードに図を書く手を止め、こちらに向き直ったところで副団長の広史が口を開く。
「今日はお忙しいところ、練習の時間を割いて集まっていただいてすみません。運営メンバーからパートリーダーの皆さんにお伝えしたいことがありまして、集まっていただきました。お伝えしたいことというのは、今後の楽団の活動方針についてです」
今日の会議はかなり重要そうであった。団員全員に話してしまうと動揺が起こるため、まずはパートリーダーたちに伝えようという算段だろう。周りのパートリーダーたちの顔を伺うと、皆緊張した面持ちで広史の言葉に集中していた。
広史は後ろのホワイトボードを振り返り、開理に合図を出してホワイトボードをカラカラと前に出してもらう。そして、先ほどよりも通る声で方針を述べた。
「今年度から、僕らはコンクール出場を主軸に、地域のイベントへの積極的参加による地元の振興活動、そして中間中吹奏楽部の技術指導に貢献していきたく思います」
どよっと、その場はざわめいた。桂菜も思わず、ホワイトボードを凝視する。先ほど開理が書いていたのは、コンクールに出るためのスケジュールと練習メニューに、今年いっぱいの地域のイベント、そして中間中吹部との練習日程であった。
これまで年に2回程度の市内音楽祭に定期演奏会程度しか大きな演奏の場を経験してこなかったため、あまりに唐突なスケジュールの追加に、パートリーダーたちは開いた口が塞がらないでいた。
すると、小ホールの方からマードックのメロディーが聞こえてきた。合奏練習が始まったのだろう。先週、コンミスの茶栄子が熱心に直したピッチやハーモニーも、桂菜が危惧した通り、元に戻って酷いメロディーを奏でていた。すでに沈没の一途を辿っているタイタニック号、乗り掛かった船からは降りることもできない。入団したはいいものの、唐突な進路の変更に戸惑い、桂菜は沈没におびえる船員のようだった。
「コンクールについては、私から説明しよう」
広史の隣に座っていた低音パート・パートリーダー兼会計・庶務の関ヶ原剛志がスッと立つ。大柄な彼は立つだけでその威圧感がすごく、活動方針に対する反対意見は真っ向から受け入れない姿勢が垣間見える。
「コンクールは、吹奏楽連盟主催の全日本吹奏楽コンクールに出場する。部門は一般・職場の部 大編成A部門。課題曲、自由曲はすでに候補は決まっているが、これから精査する予定だ。目標は、今年度は全国大会出場。次年度から、今年度の成績をもとに目標を修正していく。全国大会出場に向けて、ボードに書いてあるスケジュールで練習を進めていこうと思う。これまでの週1回の練習頻度を週3回に増やし、コンクール前は練習日を増やして対応していきたい。また、月に1−2回は講師を呼び、音質向上を図る予定だ」
一息に説明を終えると、今度はたっぷりと息を吸い、ゆっくりと語り始める。
「突然の報告で申し訳ないが、これは我々たっての希望だ。皆もマイペースな活動に憩いを感じていたかもしれない。だがやはり、目標をしっかりと定め、そこに向かって粉骨砕身努力することにこそ、やりがいがあるのだと私は思う。努力の先に手にする栄光を我々が約束する、どうか力を貸してほしい」
関ヶ原の思いに、パートリーダーたちは何も返すことができない。そんな中、腕を組んでふんぞり返っていたトロンボーンパート・パートリーダー兼コンマスの明智光博は、彼に喰ってかかった。
「全国出場?関ヶ原さん、去年の県大会の結果見てますよね?比奈学園OBバンドに蔵越市の楽団、お隣の全国屈指と名高い吹奏楽団。こいつらはここんところずっと県大金ですよ?県ですら突破は難しいだろうに、全国って…。これって要は、運営部お三方の自己満足ですよね?ちょっとそれに付き合うのはきついなー」
光博の嫌味な野次が飛び、その場の沈黙はさらに深まった。方ヶ谷市が位置するS玉県は、全国でも名高い吹奏楽強豪地域だ。中学・高校の部門でも好成績を納める学校が多く、そのOB・OGで結成したバンドや、彼らが多く在籍する楽団は必然と強くなりやすい。光博が挙げた3団体は、まさにS玉県を代表する強豪楽団であった。そんな強豪をかいくぐって全国に出ようなんて、奇跡が起きなければ叶いっこない。桂菜も光博の意見に珍しく賛成だ。光博が関ヶ原に物申したことにぎょっとしたのもあるが、それよりも、無謀とすら思える目標にパートリーダーたちは自身のことだけでなく、パートメンバーの意向や家庭事情などを心配して黙ってしまったように見えた。
「……自己満足と捉えてもらって構わない。だが、指摘しなくとも昨年度までの成績には目を通してある。そこに関わる人、金、そして時間、それらの対策すでに考えてある。滞りなく進められるよう、関係者への手配も進めている」
関ヶ原は淡々と、噛み付いてきた光博を翻した。相変わらず情緒のない関ヶ原の物言いに、光博はむすっと腕を組み直す。
「あのー、コンクールに出るのはいいんですけど、うちパーカス揃ってないしすごいボロいじゃないですか。そんだけの楽器買う金はどうやって、いつまでに集められるんですかね?」
パーカス・パートリーダーの久石昇がおもむろに手を挙げた。弱小時代の吹部にいた桂菜は今のパーカッション楽器でも十分だと思っていたが、コンクールで上を狙おうと思うと、サビや老朽化でこれ以上音程を直せない楽器や、ふんだんに打楽器を使う大曲を選ぶと足りなくなる楽器を購入する必要があるらしい。そうなると、今の楽団収入ではとてもとても足りないとのことだった。そうだそうだのため息で、光博が続く。
「久石先輩が言うように、これからコンクール出るってことは短期間で金集めるってことですよね?対策はあるっていうんなら、もったいぶらないで早く教えてくださいよ。もしかして、ないんですか?」
「これから説明しようとしていたところだ。いちいち突っかかってくるな」
やや食い気味で関ヶ原が反論する。この二人仲悪いんだな……もう聞いてられないよ……と桂菜は耳を塞ぎたい気分になる。隣を見ると、かれんはとても心配した顔で光博を見つめていた。こんな嫌味な男を気に掛けるなんて、かれんも人が良すぎやしないか?あれ、でもかれんってそういえば中3の定演以来ミッツさんに気があるんだっけ……?あー、なんとなくかれんがこの会議に出たがっていた理由がわかってきたぞ。桂菜はオヨヨと天を仰ぐしかなかった。
「久石先輩、ミッツ、質問ありがとうございます。お金の集め方に関しては僕から説明しますね」
淀んだ空気を払うように、広史が口を開いた。
「今からお金を集めるには、地域の企業や店舗からスポンサーを募ったり、全国からクラウドファンディングで資金を募って楽団の運営費に充てようと思っています。まずは地域の企業や店舗にスポンサーになってもらうよう、他の楽団にも声をかけてちょっとしたコンペティションを開こうと思っていて。コンペティションの練習はコンクールの練習にもなるし、一石二鳥だと思うんだけど、どうでしょうか」
「はぁ……まあ、ある程度考えてもらってるのならいいけど、どれぐらいで集まる見込み?コンクールは8月だからそこまでの練習を考えると、必要な打楽器はもう買っておきたいと思ったからさ」
「そうですね、クラウドファンディングに関しては1ヶ月を目処に、手数料など込みで500万円程度集めたいと思ってます。うちの楽団だけでなく、地域のお店や観光地ひっくるめて応援してもらうように募るつもりです」
「え。それってだいぶタイトだけど、大丈夫?秘策でもあんの?」
久石の問いに皆も黙って広史を見つめる。つまるところ、街おこしも兼ねたクラウドファンディングということだろうか。1ヶ月で500万円集めるというが、知名度も何もない、そもそも方ヶ谷市自体何もないというのに、今はゴールデンウィーク前、本当に金が集まるのか。
「はい。このクラウドファンディングは、いわゆるふるさと納税のような形を想定してて、リターンを設け、リターンをお得に得られる期間を1ヶ月程度に設定して募金意欲をそそりたいと思ってます。リターンとしては、市内で採れた野菜や家電、日用品をお送りしようと思っていて、さらに都心へのアクセスのしやすさと物価が比較的低いことがこの街の魅力だと思うので、市役所職員の方に移住に関する知恵などを提供するサービスも、寄付してくださった方にお伝えしようと思ってます。見込みはあります。安心してください」
目で訴えてきた広史に、久石は「まあ、それなら……」と気圧され、ひとまず納得したようだったが、光博はむすっとした顔で広史を睨んだままだった。
クラウドファンディングの件が落ち着いたところで、トランペットパート・パートリーダーの北条夏子が手を挙げる。
「ひろくん……コンペってどんな感じをイメージしてるの…?…?コンクールの練習にもなるのはそうだなって思うけど、みんなの負担とか……その、いろいろ考えちゃうんだけど……」
「質問ありがとう、なっちゃん。コンペの目的は、スポンサーの人たちが安心して僕らに広告塔を任せられることを証明する場にしようと思ってます。そのためにはうちがそこそこ強いということを見せる必要があるため、市内の他の楽団・公立学校の吹奏楽部を巻き込んでコンペを開こうと思ってます。この件は地域振興課の方にお話は通していて、企画を承諾いただいてます。そのための練習も大事で、コンクールと同じ練習量でなくてもいいけれど、本番は練習のように、練習は本番のようにと言うように、意識は高く持って欲しいと思ってます。皆さんが懸念される練習時間ですが、こちらも市役所の方とお話はしていて、お子さんがいる団員の方も安心して練習に参加できるよう、託児所や自治体の公営塾を開放してもらうようお願いしています。また、皆さんお仕事もあると思うので、お好きな時間に練習できるよう練習場所を市の方から提供してもらうことも承諾済みです」
団員に相談せずかなり話が進んでいることに、桂菜は広史を信用していいのか戸惑った。夏子も同じく、広史の回答に戸惑っているようである。光博が懸念の目で広史に問う。
「コンペはいつなの?曲は?今から広告塔になれますって胸張って言えるレベルまで持ってけるもんなの?」
「コンペは6月あたまを予定してます。曲は今年のコンクールで吹く課題曲を披露する予定です。それなら、コンクールの練習にもなるし無駄はないと思ってます。6月までの間に講師の方を数回お呼びしようと思っているので、お披露目できるレベルには持っていけると思います」
「……色々手を考えてもらってるのはありがたいと思うよ。けどさ、『はい場所は確保しましたよ、あとはあなたたちがやるだけです』って黙って進められて言われてもさ、『何?』って思わない?なんで俺たちに相談してから話進めないで先に外堀埋めてきてんの?最初から逃げ場なくしてこられたら、こっちの信用失うと思わなかったわけ?そもそも、自己満足で上を目指しましょうってこれまでのスタンス崩さなきゃいけないっておかしくない?俺らがどうしたいか、でしょ」
「っ……それは、あたしも思った」
夏子が絞り出した声で広史に詰め寄る。
「あたしらって、そもそも『楽しく吹こう』ってスタンスでやってきたと思うの……。そんなスタンスがいいから、初心者の人も入りやすいし楽団内のいざこざも少ない。それなのに、コンクールとかお金集めのための演奏会が始まったら、みんな余裕なくなって楽団の空気、ピリピリし始めないかな。いくらコンクール出ました、実績作りましたってアピールできたとしても、みんなのモチベーションはいい状態じゃないと思う。そしたらみんな、なんのために吹いてるか、わからなくならない……?だから、その……一度こんなふうに手配してからじゃなくて、先に相談してほしかったなって……」
桂菜は夏子の懸念に深く同意していた。目標を高くすれば、それだけみんなの意識は固いものになる。誰々が下手だから上手くならないんだ、下手なら無理をしてでも練習しろ、誰が下手な責任を取るんだ。お互いの考えが衝突して、その原因は誰なのか、吊し上げにされる。あ、私の高校時代と同じだ……。とっさに桂菜は昔を思い出していた。またあの時みたいないざこざが起こるなら、私は逃げたい。またかって言われても、もうあんな思いはこりごりなんだ。せっかく『好き』なことにもう一度向き合えると思ったのに。本質と関係ないところで好きなことを諦めないといけないなんて、あんまりじゃないか。
桂菜の頭の中を黒い流星のような感情がいく筋も流れては脳裏にぶつかって弾けていく。ただ1つ、黒い感情とは別に、桂菜の頭の中でしこりのような疑問が残っていた。
『どうして広史さんたちは、コンクールや強くなることにこんなにこだわっているんだろう……』
「それだけが『楽しい』、とは俺は思わない」
今までやり取りを見守っていた開理が腕組みをしたまま口を開いた。
「失礼な言い方かもしれないが、今の楽団でやりがいを見出せるとは俺は思えない。ピッチが合わなくても、誰もまずいと危機感を覚えず、先週詰めた箇所も翌週にはまた元に戻っているからな。指摘されたことを意識せず、ぼーっと吹いているだけ。ただ吹くだけを『楽しい』というのなら、何も楽団に入って吹く必要はないだろう。吹奏楽とは、音楽とは、合わせることに楽しさと喜びがあるんじゃないか。合わせるとは、ピッチ・アインザッツ・音質・表現の仕方のことだ。隣の人、周りの人と呼吸を合わせる、思いを合わせるのがその喜びではないかと、俺は思う」
小ホールから聞こえるマードックは、中間部のゆったりとしたメロディーに入っていた。クラリネットや、ホルン・テナーサックスなどの中音域楽器たちが奏でる穏やかな旋律は、作曲者の意図としては青く深い海を表現しているが、今聞こえているのは荒れた水面の波飛沫だ。ピッチは合わず出だしもあっていない。ただ五線譜に乗った音符をなぞるだけ。周りの音なんて、聴いちゃいない。それに楽しさを見出すとは、なんと幼稚な感性だろうと開理は言いたいのだろう。
桂菜は開理の言いたいことに一理あるとは思うが、今みんなが抱いている感情はそこではないと思っていた。桂菜の思いを代弁するかのように、夏子が反論する。
「それは、合わせることができたらの話でしょ!?みんな忙しいし、学生の時ほど吸収力があるわけでもない!たった一ヶ月足らずで他の楽団に、ましてや学生たちと競わせて、うちにお金を出してくれるような演奏にするなんて無理って話なの!あたしらに恥かかせるつもり!?みんなうまければそれでいいわよ!でもうちは、いろんな人がいる!その人たちが全然うまくならなくて追い詰められたら、あんたはフォローできんの!?」
「恥じない演奏にすればいいだけじゃないか」
え、と夏子は面食らってしまった。開理のたった一言で、夏子の激昂は徒労に終わった。
「恥じない演奏になるよう練習するため、広史が説明したような対策を設けたんだ。まだ不十分か?」
「できないかもしれないと不安がり、挑戦しないでいるリスクの方が大きいと我々は考えている。目標が高すぎた場合はその都度修正していけばいい」
関ヶ原も開理に便乗し、もはや運営部に従うしかない空気だ。
開ちゃんはいつもそう。他人の不安とか劣等感とか、そういう気持ちを全然汲んでくれなくて。やらないとわからないだろうってばっか。そんなのみんなわかってるよ。わかってるけど不安なんだよ。関ヶ原さんが言う「修正」だって、どのタイミングで、どんなところをどんなふうに「修正」すれば正しくなれるのか、わからないよ。不安に寄り添ってくれなくて憤ってる私たちに、ただ前しか見えてない三人。みんなの気持ちは、バラバラだ。
「私は、楽しそうだからやってみたいな」
スッと長く美しい指を控えめに挙げ、切長の双眸を怪しく歪めた不敵な笑みを浮かべながら、サックスパート・パートリーダーの夏目紫が沈黙を破った。
「不安だけど、ワクワクが優ってるってとこかな。変われることへの期待が大きいね。それに、大会に出るたびに旅行できるし一石二鳥でしょ」
方吹一の美人だと噂されているが独特の空気を纏う彼女の発言は、しかし前向きだ。
「実は…あたしも自信はこれっぽっちもないんだけれど…。学生の時みたいに、またみんなと1つの目標に向かって吹けたらなって思ってね…。コンクール、いいなって思ってたところなんだよね…」
紫に続くようにおずおずと、体の小さいクラリネットパート・パートリーダーの伊藤亜紀が恥ずかしげに手を挙げる。
「ねぇ〜。あたしも実はコンクール賛成派〜。なんかみんなで一つの目標目指せるって、青春じゃない?好きだわ〜。まあ、あたしは全然楽器上手くないし音楽に詳しいわけでもないけど、上を狙う気持ちは誰が持っててもいいでしょ?オネエもそう思わない?」
亜紀の意見に乗っかったフルートパート・パートリーダーの新渡戸律子は、隣に座るダブルリードパート・パートリーダーの尾根崎トオルに同意を求めた。しかし彼の顔は芳しくない。
「うーん……。律子ちゃんの気持ちもわからなくもないけどぉ……。全国に出るって、そんな簡単なことじゃないのよぉ。ほら、うちの楽団のオーボエってアタシだけじゃない?ソロなんてあったらプレッシャーが半端なくてアタシ潰れちゃうわ〜」
「えぇ〜?そう〜?あたしはオネエのオーボエ好きだから、観客にでも他の楽団にでもその音たっぷり聴かせてやればいいって思ってたけど〜。それに、他の楽団に好みの男いるかもしれないじゃない?いい出会い、見つかるかもよ〜」
「確かに!!ならやるっきゃないわね!!」
半ば律子に乗せられたような気がするが、尾根崎も全国出場賛成となると、木管勢は賛成派だ。残るは金管勢と打楽器。
「……あたしはちょっと考えさせてほしい。この先どうすればいいか、イメージできてないから……。それにうちのパート、新しく入った子2人もいるし。その子たちが出たくないって言ったら、大会で吹けるの、実質あたしだけになるから、考えさせてほしい」
俯いていた夏子が重い口を開くと、続いて光博が意見を述べる。
「どうせ多数決で決めるんだろ。とりあえず従っときますよ。でも、俺はまだお三方のこと信用してませんから」
「皆さんありがとうございます。……先ほどは強引に大会出場の話を進めてしまってすみません。参加保留でも、検討中でも構いません。今の意向を教えてください。……源波さんはどうだ?」
不意に開理に話を振られ、夏子と光博の間に挟まれていたホルンパート・パートリーダーの源波若菜はびくっと縮み上がった。
「えっ、あ、私……ですかっ?えと……」
両隣の先輩に鋭い視線で睨まれ圧をかけられた若菜は泣きべそをかいてしまう。
「わ、わからないですぅ……。す、すみませぇん……」
「ありがとう。保留でも構わない。久石先輩も賛成ということで、ひとまず我々は全国出場を目指します。後日、こちらからも全体にお話ししますが、パートリーダーからお話ししてもらっても構いません。皆さん心の準備が必要だと思いますので、もし不安に思われている方がいらっしゃったら、いくらでも相談にきてください」
えぐえぐとべそをかく若菜を横目にオッケーサインを送る久石を見留め、開理が会議をまとめ始めた。
まだ参加保留や検討中の心持ちでもいいと言ってくれたのは許せるが、結局頭を下げることで私たちの気持ちに寄り添った体をとったのか。『できない』とみんな不安なのだから、もっとみんなの気持ちに耳を傾けてくれればいいものを。桂菜は納得がいかなかった。
ふと、あと1題、詳細を話していないことに気づいた亜紀が開理に問う。
「そういえば、中間中への指導ってどうなるのかな……。宮本くん、中間中吹部の顧問になったんだよね?奏楽、あ、うちの娘から聞いたんだけど……」
「指導の件ですね。それは急ぎではないので、まだ頭の片隅に置いておいていただければよろしいです。私は今、本顧問ではなくコーチという立場でありますが、中間中吹部の指導者を担当しています。ただ、私だけでは目が行き届かないところもあるので、皆さんに各パートの生徒を指導していただきたい。予定は秋頃から、週1回2時間程度を予定しています」
秋頃から予定に追加されるというのならまだ余裕があるのか、皆異議もなく了承の意を示した、この会議で散々文句を垂れていた1人を除いて。
「開理。お前、これから楽団の指揮者と中間中の指揮者の二足の草鞋を履いて行くのか?こっちもあっちも始めたばっかで?それでこっちは全国って、大丈夫なのか?」
「……心配ご無用。俺はやれる」
開理の返答に、相変わらず納得のいってない顔で光博はふーっとため息を吐いた。その時の開理の表情を、桂菜はどこか固く感じていた。
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