第18話 孤児2

「マリ、まず説教だ」


「え?」


 きょとんとしたマリの頭を人差し指でグリグリした。


「いたいいたいいたい!」


「おまえな、自分の発言が勝手な安請負だってわかってるのか?」


「え?」


「おまえは明らかに子供を保護しろと俺に丸投げしたわけだな。いいか、野良猫にきまぐれに餌やるのと違うんだぞ。いや、野良猫だって、餌やりは考えてやんなくちゃいけないってのに、おまえ、子供たちの将来を面倒見れるんか? 自分でできないことを俺にふるな。しかも、孤児なんていっぱいいるんだぞ?」


 俺はコンコンと言い含めた。


「ごめんなさい……」


「その口の軽さ。依存心。口を酸っぱくして言ってきただろ」


「だって……」


「だってじゃないの」


 このクセはなかなか治らんだろ。

 死にかけたっていうのにこうだからな。


「でも! 御主人様ならきっとやってくれると思って!」


 は?

 マリはキラキラした目で見る


 うわ。 

 崇拝しているような目。

 俺はマリからこれほどの信頼・信用を得たのか?


「だって、御主人様は女神様の使徒様で大賢者様!」


 ああ、そうか。

 彼女にとっては、俺は半分天上の人のような存在なのかもしれん。


 だからといって、六歳の少年に何を期待するのか、というのが俺の正直な気持ちだ。

 確かに、中身は六歳とアラサーおっさんのハイブリッドなんだが、おっさんと言っても頼りない異世界人なんだぞ。



「まあいい。とりあえず、ちょっとこの後を考えるぞ」


 俺はマリの目の強さに押されつつ、なんとか思考をまとめた。


「はい……」


 痛そうに頭をさすさすしながら返事するマリだった。


 冷静に考えてみると、悪いのはマリだけじゃない。

 俺もいい気になって入り込みすぎた。

 子供たちに絡まれても、ほうっておくべきだったんだ。

 ほとんどの人間がそうするように。

 俺も脇が甘い。


 安易に人助けをするべきではない。

 ここは日本ではないのだ。

 人助けをした結果、そこにつけこまれる。

 それが台風の教訓だ。

 

 それは俺だけの偏見ではないだろう。

 何しろ、館では幼い頃から教育されてきたからな。

 乳母でさえ、警告するんだ。

 庶民を安易に信じるな、と。


 日本でもそういうことがある。

 人助けをしたつもりなのに、何度も続くとそれが相手の権利になる。

 助けて当たり前になってしまうんだ。

 

 ただ、『女神の加護』がささやく気がした。

 助けてやれ、と。

 これは単なる感傷的な囁きではないだろう。

 俺はそう信じたい。


 だとしても、この事態は俺の力を越えていると思うのだが。



「まず、この領に長居はしたくない。領主はクズっぽいからな」


「昼前にはこの領を離れる予定でしたもんね」


 俺はジロリとマリを見る。


「昨日、ギルドに行った時に気になるポスターがあったろ」


「ええ、『開拓民募集』ってのね?」


「うん。隣のアイローラ領からの募集だ。俺はその募集を受けようかと思う」


「ええ? 開拓民って大変って聞くけど」


 マリによると、開拓民募集は割とあるらしい。

 しかし、ほぼ全部が失敗する。

 そんなに簡単なもんじゃないのだ。

 残るのは借金だけ。


「前に言ったろ? 俺は信頼できる仲間を求めているって。その拠点づくりさ。カッコつけて言えば、聖域づくりってとこ」


「わかった!」


「まあ、チャレンジはしてみよう。ダメなら次を考えればいい」



 いや、もっと切実な理由もあるんだけどな。


 一般的に村は外部の人間を受け入れない。

 かなり閉鎖的なんだ。


 そして、街は臭い。

 フォンテーヌ街も臭かったが、ガリアーノ街も臭かった。

 ギルドで聞いたところ、街っていうのはたいてい臭いらしい。


 スラム化するということか。

 前世でも大都市とスラムはたいていセットである。

 日本が例外なのだ。

 特に東京など、あんな大規模なのに、清潔で整頓している。

 

 だが、俺はアラサーまで日本人だった。

 日本の常識にどっぷりつかっていたのだ。

 そして、フォンテーヌの館は清潔だった。

 清潔で当然の環境であった。

 だから、街の臭さが我慢ならん。


 村もダメ。

 街もダメ。

 テント暮らししかない。

 だったら、開拓地で拠点づくりしよう、となったわけだ。



「ただ、十七人の大世帯だ。乗り合い馬車では乗せきれんだろう。マリ、農家と交渉するぞ」


 屋根とか不要だからな。

 少しぐらい天気が悪くても問題ない。

 台車のみでいい。

 速度も遅くてかまわない。

 というか、遅いほうがいい。

 速いとお尻がやられる。


「昼前に出発すれば、夕方にはつくだろう」


 ここは小規模領だ。

 歩いて数時間で横断できる程度の広さだ。

 


 俺達は近所の農家と交渉して、馬車で隣領の街までの送迎を了承してもらった。


 ただ、農家から出された条件は護衛付きであること。

 うーん、正直、俺達だけでも大丈夫なんだが、向こうはそうは思わんわな。


 子供十六人と若い女性。

 武力があるようには見えない。


「このところ、盗賊が活発化しとるもんでね」


 ああ。

 領主ビジネスが領全体に及んでいるのか。

 確実に襲いに来るな。



「マリ、仕方がないな。滞在は1日延長しよう」


 テントを余分に買って、野宿することに決めた。

 そして、ギルマスに頼んで冒険者ギルドで護衛の緊急依頼をかけた。



【不穏な教会】


 さて、もう一つ。

 気がかりな点。


「気が重いが、教会の孤児院を調べる必要があるよな」


 これは見逃すわけにはいかない。

 というか、『女神の加護』から無言の圧力がかかっている気がする。

 絶対に調べろ、と。

 


 ただ、気軽に取り掛かってはいけない。

 なにか組織的な不正が行われていそうなのだ。

 しかも、教会という強大な権力を持つ組織が関係している。

 対して、俺は大人びてはいるがたかが六歳の子供。


「まずは、孤児院を訪問して様子を探ってみるか」



「こんにちは~」


 十月下旬のある晴れた朝。

 俺は石造りの孤児院の玄関前に立っていた。

 残暑も終わり、朝晩は過ごしやすい季節になっていた。


「はい、どういったご用件でしょうか」


「!」


 俺は思わず息を呑んだ。

 応対に出てきたのは、二十代前半ほどの若い修道女。

 しかし、その目の様子が尋常ではなかった。


「(なんだ、この目は...)」


 両目が充血し、落ち着きなく左右に揺れ動いている。

 それに、目の焦点が定まっていない。

 というより、何も見ていないような虚ろな瞳だった。


「(これは、まずい)」


 俺は直感的に危険を感じ取った。

 この教会には、何か重大な闇が潜んでいる。


「あ、いえ...申し訳ありません。ちょっと勘違いしていたようです」


 俺は慌てて言い訳をして、その場を立ち去った。

 今の段階では深入りは禁物だ。



「どうしたの? なんだか慌てて出てきたけど」


「マリさ、今のシスター、どう見える?」


「え? 大人しそうな人ぐらいだけど。ちょっと、目が赤かったかしら」


「何か異様な雰囲気を感じなかった?」


「いえ、特には」


 すると、俺だけの印象なのか?

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