放課後アンダーグラウンド

べやまきまる

1頁 彼女

───高校生の放課後。

 それは、青春におけるベストページで、やり直しが効かない、かけがえのない時間。

 子どもと大人の狭間。

 故に心は揺れ動き、何もかもが輝いて見えるなかに思春を想う。

 部活動に捧げる。バイトでお金を稼ぐ。友だちと繁華街に繰り出す。将来に向けて、有意義なコトをする。やりたいことを突き詰める。はたまた───大切な人と、恋を育む。

 誰も彼もが、何かに熱中する。

 振り返ればあっという間だった、と皆が懐古する。

 けど、やり直しなんてない。戻りたくても戻れない。爽やかで、淡くて、目まぐるしく過ぎる日々。

 ──そんな巡る青春の初夏。

 夕陽が指す放課後の、図書室の隅にある席にて。

 そこには、気難しい顔の男と、そんなことなどお構いなしにスマホを弄る小柄な少女がいた。


「………彼女が、欲しい」


切実に、まるで命を懸けてでも叶えたい願いのように、男は呟く。

「大丈夫ですよ。センパイにもきっといい相手が見つかりますよ」

 ぶっきらぼうに顔すら合わせず後輩の少女が返す。

「ぶぉぉらあぁぁぁあ!!!」

「ちょ、センパイ!奇声なんて上げてないで下さいよ。司書の先生が今日は休みで、偶然他に生徒がいなくても、目の前に私がいるんですよ?最大限のエチケットは守ってください」

「そう言われるとなんか甘いシチュエーションだな………じゃなくて!スマホ弄りながら適当こいてんじゃねーよ!お前、そ、こ、は!仮にその気はなくとも、『センパイ彼女いないんですか?私がなって上げましょうか?』ってイタズラげに小悪魔的な笑みを浮かべろよ!そしたら俺も、『お前に惚れるわけねーだろ、ばーか』って、返して、そしてお前はちょっと悲しそうに『冗談ですよ』って返すんだよ!」

「いつものことなんでもうスルーしたいところですけど、自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」

「安心しろ。最近お前の前だけだとそんな恥ずかしくないことにきづいた。それに、その病人でも見るような目つきはもう効かない。免疫力が一定値を超えたんだ」

「それはまた、面倒なことになってますね。で、友だちのいないセンパイと違って、私は今チャットグループが盛り上がってて。そっちに集中したいのですが」

「良いワケねーだろボケナス。人の悩みをほったらかしにするなんて最低だな!鬼だよ、鬼!」

「はぁ……仕方ない。優しくてセンパイ思いな後輩が聞いてあげます。で、何があったんですか?」

「聞いてくれよアオえも〜ん!!俺はこうして高校2年生になって、青春真っ只中の筈なのに、全く謳歌できてないことに気づいちまったんだよー!!」

「私の苗字の蒼晴からそのあだ名に派生させるのやめて下さい。不愉快極まりないです。それと、私という美少女の後輩がいながら、青春を送れていないとはどういう了見か聞こうじゃないですか」

「おまっ、思ったより自意識高いな……。というかお前といること自体が問題なんだよ。なんだよ、図書委員って!!本を愛する人にのみ押し付けるべき労働だろ。こんなん裁判すれば勝てるぞ……!!」

 あり得ない、とばかりに男は頭を抱える。

 その姿には哀愁が漂っていた。

「確か、センパイはちょうど1年の頃委員会決めの時にエッチなゲームの全ルート回収とか何か舐め腐った理由で欠席して、弁財天のごとく、いない事を良いことに押しつけられたんでしたっけ」

「そうだよ!俺にだって正当な理由があるのに………あの時のクラスの人でなしどもめ……」

「残念だが当然、ってやつですね」

「しかもなんだ!?平日は放課後17時まで図書室 の管理で幽閉されるって!?しかも、図書委員は全学年で一人のみって!?やる事もねぇし、それでも図書室の管理人として帰っちゃいけないって終わってんだろ!?」

この学校の図書委員は原則一人である。

 やることなど司書の先生のサポートと、図書室の管理だけなのにも関わらず、こうして時間を潰されるのはいかがなものか。

「変な委員会ですよね。それでも、今年度からは二人になった上、私という素晴らしい後輩と話せる機会を得れたのです。そう思えば───お釣りが出ると思いません?」

「思いませんよ?話が前後したな。本題は、俺はこの委員会のせいで時間が潰されて、彼女が出来ないって状況に陥っているワケなんだ」

「なるほど……。自分のことを省みない人間は、外的要因に執着しがちなのですね。とっても興味深いです」

「おい、遠回しに馬鹿にすんのスーパー京都人過ぎだろ。まぁ、俺もよ?俺にも1パーセントぐらいモテなくて、彼女ができ難い性格をしてるとは思うよ」

「教室だと静かなクセに、ちょっと距離が詰まるとベラベラと喋り出すところとか魅力的ですよね」

「お黙り!とにかく、だ。そもそも俺は彼女を作るスタートラインにすら立ててないんだよ!放課後という貴重な時間が委員会でパーになるんだ。どっかの誰かとちょっと仲良くなったとするじゃん?それから、放課後一緒に遊ぼー、だとか!放課後一緒に帰ろー、なんてイベントが一切できないんだよ!!」

「別に放課後以外にも休日だったり、帰ってからRINEだったりがあるじゃないですか。そもそもの話です。それは好意的な関係を築いてからの話で、まずはそういう関係を築く方法を考えた方がよほど建設的ですよ。結局、彼女が出来ないのはセンパイのウケが悪い、の一言で片付きます」

「…………」

「泣いてます?」

「え、何勘違いしちゃってんの?これは、汗だから。あははは。いやぁ、それにしても夏到来!って感じだよなぁ。クーラーも効き悪いし、早く直して欲しいよなぁ。これは一発、俺がガツン!と司書の先生に言ってやらないとなぁ」

「……私もイジワルではないので、これぐらいにしときます。なんか、すみません」

「イジワル?別にそんなことされたとは思ってないけどね、うん。でもさ、やっぱりさ、こころが少しだけ痛んだというか、その。最後まで悩みに付き合ってくれても良かったりするような気もするけどね、うん」

「……そうですね。少し言い過ぎたのも事実です。私も、センパイが彼女を作れるようお手伝いしましょう。そうですね、まずはセンパイの長所を挙げていって、そこを軸にモテそうなビジュアル像を掴んでいきましょう。センパイの長所………そうですね………。うーーーーーん」

 少女は顎に手を添えて長考に入る。

「おい。悩む時間が毒の蓄積ダメージのように俺の精神を蝕んでいるんだが」

「まぁ、顔は悪くないですね。ちゃんとした美容院とかに行けばクールでダウナーな雰囲気は出せそうです」

「……なんか、こう女の子に褒められるってなかなかないから、ちょっとムズムズするな」

「言わないで下さい。褒めた私もちょっぴり恥ずかしいんですから………」

 少し赤くなった後輩の顔を男は見逃さなかったが、黙っておいてやるのが大人の余裕、紳士の所作なのだろう。

「他は……そうですね、一年間以上図書室で幽閉されてたのもあって、文学に造詣深く、ボキャブラリーに富んでますね」 

「あたぼうよ!一年間古き良きラノベを読み漁った俺の語彙力は、女性の美しさを詩的に言い表すのなんてお茶の子さいさいへのかっぱだぜ!」

「あ、エンタメ方面だったんですね。これは一先ず保留して………センパイのいいところって他に何がありますかね?私の良いところだったら湯水のように湧いてくるのですが……」

「もっとあるだろ。仕事ができるとか、話してて面白いとか、土壇場でカッコいいとか」

「センパイって、結構自意識過剰ですよね」

「お前だけには言われたくないけどね!?」

「うーん。それにしても困りました。センパイの魅力って本当に何なのでしょう?」

 まるでテストの難問に直面したかのような渋い顔だ。失礼極まりないだろコイツ。

「お前ってほんと人の心えぐるの上手だよな。じゃあ逆に聞くけど、お前目線俺はどうなの?」

「え?普通に恋愛対象外ですけど」

「普通に恋愛対象外だったことに帰ったらふさぎ込む準備はできてるが、そうじゃない。お前は俺をどんな人間だと思ってるんだ?」

「口に出すのはちょっと憚られますね」

「よしわかった。セクハラパワハラが何だってんだ。大して発育してないその乳引きちぎってやんよ!構えろ!」

 男は勢いよく立ち上がって、対面に座る後輩にガンを飛ばす。

「な……!とんでもないコト言い出しましたねこのセンパイ……!どうせ粗末なモノしか持たない分際で、純真無垢な乙女にナニしようって言うのですか!」

 顔を真っ赤にさせて後輩も立ち上がる。

 とても純真無垢な乙女とは思えないクリティカルな一撃が男に入る。

「おまっ、それはライン越えだろ!俺のはご立派だ!この痴女め!」

「なっ、先に破ったのはどっちですか!いいでしょう!覚悟してください!」

 少女がそう言った瞬間、目の前から姿を消した。

 男が目を張り巡らすのも束の間、低姿勢で0距離まで近づいていた少女は、男を勢いに任せて押し倒す。

 恐ろしく早い瞬発力だ。俺でなくとも普通に見逃しちゃうだろう。

 男は背中を打ちつけて苦悶の声を上げながらも、少女に対抗して跳ね除けようとする。

 だが、インドアのこの男が運動神経抜群の後輩に敵う術はない。

「がっ!この……ッ……!誰か、誰か助けて下さーい!痴女に、痴女に襲われてます!!」

「年下の女の子に力で勝てない上助けを呼ぶとか情けないにも程があるでしょう!男の意地とかないんですか!?」

 後輩の驚きと失望の眼差しに少し心が傷つく。

 今日だけで俺はいくらこの子にボロボロにされるのだろうか。

「うるせーこの馬鹿力が!お前は人間超えて猪だからノーカンだノーカン!あ痛!やめろわかったよ、俺の負けだ!負け!!」

「………ふぅ。分かればよろしい、です」

 満身創痍な俺に対して、疲れた様子もなく俺を解放した少女は席に戻る。

「はぁ……はぁ……。てか、そんなに俺のことボロクソに言っておいて委員会来てるのは俺のこと好きなん?ツンデレかよ」

「どういう意味です?」

「いやいやいやご気分を害したのならすみません大した意味はごさいませんよ?……その、なんていうか、俺との委員会なんて楽しいか?サボりたいとか思わないワケ?」

「任された責務ですし。そんなことはしませんよ」

「あ、楽しいとは言ってくれないのね。それにしても、お堅いなぁ。責務だルールだつったって、そんくらい破ってなんぼだろ」

 男だって、サボらないことがないワケではない。少なくとも、この後輩が来るようになる前まではちょくちょく職務放棄していた。

「………でも、センパイはちゃんと来てますよね」

「俺は人並み以上の責任感を持ち合わせているオトナだからな。テキトーに生きてるそこらの同級生とはワケが違うんだワケが」

「暇人────」

「おっと、それは禁句だ。俺だって忙しい時もあるんだからな?でも、お前はそんな俺とは違うだろ。ちゃんと期待されていて、遊ぶ友だちもいる。時間なんていくらあっても足りない華の女子高校生!……それなのに、こんな風に委員会のせいだからって、放課後に俺なんかと駄弁ってるのはただ時間が勿体無いだろ」

 今更な話だが───この子は天才だ。

 文武両道。容姿端麗。コミュ力も高く、誰彼構わず惹きつけるカリスマがある。

 どんな期待にも応え、周りからの評価は、『完璧』だった。

 図書委員だって、その応えるべき期待の一つに過ぎないのだろう。

 でも───それではこの子の青春は潰されてしまう。

 頭がいいのだ。勉強に心血を注げばいい大学だって狙える。

 運動神経がいいのだ。部活動仲間と目標を目指して燃えることだってできる。

 友だちも多い。放課後でも夜中でも、休日もやることばかりで事欠かないだろう。

 面もいい。男なんてホイホイ捕まえて、恋愛なんてし放題だろう。

 だから、こんな風に放課後を惰性に過ごすなんて、本当はこの子も望まないのではないか。

 そんな思いが、ふと口に出てしまった。

「────。つまり、ですが………センパイは、私に来て欲しくない、と」

 少女は、真顔で尋ねてくる。

 なぜか、それは一瞬餌を取り上げられた雛鳥のようにも思えた。

「?そんなコトは一言も言ってないだろ。話し相手がいてくれて助かるよ。それに、何だかんだお前のこと好きだし。実は話すの結構楽しみにしてるし」

 後輩の思いはともかく、俺はこの子と過ごす放課後は嫌いじゃない。

 最初こそ、よく分からん天才が何のようだと思っていたが、話してみれば、どこにでもいるような一人の高校生だったのだ。

 だから、人間的に好いている。それだけの話だ。

「────。そう、ですか。……そう言っていただけるとありがたい、です」

 少女が俯く。そのせいで顔は見れない。

 突然こんなことを言い出して怒っているのだろうか?

「ま、どうしても任された委員会を投げ出せないってんなら、せっかくだしここでストレス発散しとけよ。ずっと聞いてなかったし、聞く気も無いけど、お前もお前でなんか訳アリっぽいじゃん。そうゆうの溜め込むのは良くないからさ、こういう場所で適当にガス抜きした方がいい。そっちの方が、お互いのためってやつだろ?」

 『完璧』というやつも、どうやら疲れるらしい。

 他人として廊下で見かける彼女と、今目の前にいる彼女は明確に違う。

 あっちの彼女はとても素敵だが、同時に気負い過ぎてどこか危うく感じることがある。

 決して口に出さないが、根は優しくて、期待を裏切れない可愛い後輩なのだ。

 お節介かもしれないが、世話焼きになってしまうのが人情というやつだろう。

 俺の前でだけでも、その仮面を外してリラックスしてもらえてるのなら、こちらとしても嬉しいんだけどな。


「─────」

───この感情はきっと、恋ではないのだろう。

 生まれてこのかた恋なんてしたことない私だが、それだけは分かっている。……はずだ。

 恋愛感情ではないもっと別の意味での、しかし恋にも勝る大切な人。

 最初はコミュ障で、陰気で、友だちなんて絶対いないだろうと確信できるようなパッとしない先輩だと思っていた。

けど、今ではこの人の私を想いやって優しく笑いかける仕草に、妙に落ち着くとともに、少しドキリとする。

 ……この人とくだらないことを駄弁るこの時間は、私にとってかけがえのないものになっている。

 それこそ、他の青春を放り投げても良いと言い張れるほどの。

 決して、ここにいるのは期待されて任された責務だから、だけではない。

 私が私らしくなれる居場所。

 一日のちょっとした楽しみ。

 私にだけ向けてくれる親愛の表情が、私にはたまらなく嬉しかった。

 私を取り繕わず、毒を吐いても受け入れてくれるセンパイがいるから、私は──────。

「………なるほど。私、センパイの魅力、わかったかもしれません」

「マジか!どんなところだ!?………?どうした?俺のこと指差して」

 傾いた橙の夕陽が、彼女の横顔を照らす。

 それは、今だけ『完璧』なんて忘れた、センパイだけに見せる晴れやかな顔で──────。


「そうゆうところです」


「そうゆうところって……え?」

「あ、チャイムが鳴りましたね。じゃあ、私はひと足先にお暇します。私以外にいないとは思いますが、その魅力に気づいてくれる素敵な相手、見つかるといいですね。あ、仮にできたとしても、それで私との時間を削ったりなんてしたら許しませんから」

「えなんか急にヤンデレぽいこと言うじゃん」

「それと、さっきは言いそびれましたが───センパイとの委員会、私は嫌いじゃないですよ?」

 後輩は無邪気に微笑みながら、そう言い残すと、図書室を後にした。

「え、ちょ、本当に待ってくれ!なんか今甘い雰囲気あったって!淡い青春ぽい感じしたから、もう一回やってくれ!てか、そもそも俺の良いところは結局どこなんだよ!?蒼晴サン!?」

 センパイの惜しむ絶叫が廊下に木霊する。

 それに私は、いじわるにクスリと笑った。



───二人だけの放課後の図書室。

 センパイと後輩の青春は、誰にも知られない秘密のアンダーグラウンドで紡がれていく─────。      

            

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放課後アンダーグラウンド べやまきまる @furoaraitakunai

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