23.陽キャ
「おうい、槇原! 練習しようぜ」
「その野球しようぜ、みたいなノリ、やめてくれる?」
放課後、俺は飯沼君から球技大会へ向けた練習に誘われた。
「悪いけど、放課後は予定があるんだ。だから、練習には参加できない」
「えー。予定ってなんだよ」
予定は、白石さんと繰り広げられる特別指導(イチャイチャ)だ。
これ程、正当な練習拒否理由も珍しいだろう。
「白石さんに呼ばれてるんだよ。俺は要特別指導生徒だからな」
「あー。なんだよ、白石さんとイチャイチャするのかよ」
「違う。特別指導だ」
本当、いいがかりはやめてくれ。
そんないいがかりをつける飯沼君には、あれが如何に厳しい特別指導なのか見せつけてやりたいくらいだ。
……確かにあれは、特別指導とは言えなかったわ。
「わかった。とりあえず白石さんに相談してみろよ。球技大会の練習のため、特別指導を一時中断出来ないのかって」
「……えー」
「なんだよ。特別指導を受けさせられている割に、随分と前向きなんだな」
……確かに。
「わかった。聞いてみるよ」
「おう、頼むぜ」
俺は教室を後にした。
……まったく。
どうして飯沼君は、あんなに俺に絡んでくるのだろう。
いや、彼がこれまでの学生生活で俺に絡んできたことはなかった。こんなに俺に積極的に呼びかけをしてくるのは、今回の球技大会が初めてだ。
……それ程、今回の球技大会、彼は好成績を残したい、ということか。
それこそ、この学校一の問題児である俺に疎まれることも気にせず、声をかけてくるくらい。
……一体、何故?
「まあいいか」
とりあえず白石さんに事情を話して、ハッキリと言ってもらおう。
なんとなくわかっているんだ。
あれだけ嫉妬深い白石さんに向けて、俺が『球技大会の練習のためにしばらく特別指導を欠席させてほしい』と言えば……。
『何言ってるんですか槇原君! 何言ってるんですか槇原君! 駄目に決まってるじゃないですか槇原君!』
彼女はきっと、こう言うだろう。
「はい。いいですよ?」
そう思っていたのに……。
白石さんは俺の気も知らず、あっけらかんと言い放った。
「……えぇ、いいの?」
「はい。クラスでの思い出作りなら仕方がないじゃないですか」
……いやいや白石さん、君、何まともなこと言ってんの?
「……でも」
「槇原君、そもそもこの特別指導は、口実なところがあるじゃないですか」
言い過ぎだぞー。
「そんな口実だけのこの時間より優先すべきことは色々あるはずです」
「まあ、合っているね。合っているんだけど……君が言う?」
「とりあえず、球技大会の練習に参加してきたらどうですか? 槇原君の運動している姿、あたしも見たいですし」
……まさか、あの白石さんがこんな真っ当なことを言うだなんて。
彼女に背中を押されて。
クラス一の陽キャの飯沼君にもサポートされて。
今ならきっと、球技大会の練習に加わっても、クラスメイトは俺に後ろ指を指してくることはないだろう。
「いいよ」
しかし、俺はどうにも前向きに練習に参加する気持ちになれなかった。
「……どうしてですか?」
「ん?」
「槇原君は、どうしてそんなに球技大会の練習に後ろ向きなんですか?」
……どうして、か。
「どうせ遺恨を生むだけだしね」
「……遺恨を?」
「そう。俺みたいなつまはじき者が楽しそうにしていると、腹が立つ人がいるだろう? 揉め事はもう嫌なんだ」
だって、誰も得しないから。
「……確かに揉め事は面倒ですね」
「うん。そう。そうなんだよ」
「……でも、果たして槇原君が楽しそうにしているだけで、腹が立つ人がいるでしょうか」
「いるよ。ごまんといた」
かつての苦い記憶が、脳裏を過った。
あの体験は……一度味わった経験がある人しかわからないだろう。
最初は抵抗しようとした。
俺は無実だ。
俺は何も悪くない。
でも、誰も俺のそんなセリフを聞いてくれやしなかった。
だから俺は、いつしか反論する気力さえ失くした。
ひたすら耐えるだけの日々を送った。
失ったものは数知れない。
得られたものは一切ない。
きっとそれは、これからの人生でもずっとそうなんだと思う。
それならばいっそ揉め事が起きないように、目立たないようにして、静かに暮らす方がマシだ。
「でも、あたしは腹が立たないです」
……白石さんの言葉を聞いて、自分の考えに謝りがあったことに気が付いた。
あの日以降の俺の人生は、災難続きだった。
友を失い。
名誉は奪われ。
父は失職し。
母を亡くし。
……災難なんて言葉ではとても表現しきれない程、辛い時間を過ごしてきた。
……でも。
「あたしは、槇原君が球技大会で活躍している姿を見たいです」
でも、一つだけ。
たった一つだけ……。
あの日以降、災難続きな時間の中で、一つだけ得たものがあった。
……それは。
「練習してきてください」
彼女は……。
嫉妬深くて。
狡猾で。
臆病で。
泣き虫で……。
「そして、球技大会で活躍してください」
こんなにもまっすぐに俺を見てくる。
喫茶店に校長先生が来訪して、嫌なもとを思い出したせいで。
……他人からの批判を恐れたせいで、どうやら俺は大切なことを忘れていたようだ。
「白石さん」
俺は……他人からどう思われようが、どうでもいいと思っていたじゃないか。
「君はすごいね」
ただ一人……白石さんが認めてくれるのならば、それでいいと思っていたじゃないか。
「わかった。じゃあ、しばらくは特別指導はなしだね」
「はい。そうですね」
彼女が笑ってくれるのなら、それでいい。
絶対に球技大会で活躍してみせる。
「頑張ってください。応援しています!」
俺は心にそう誓った。
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