第13話 特別な人と、これから
【隠れ家】という名前の通り、ひっそりとたたずむ店舗だからか、お得意様は1人ずつ、まるで時間調整をしてくれているかのように来店してきた。そのおかげで、大混雑になり慌てて接客をするようなこともなく、時間があっという間に溶けていく。
「お店の扉にも魔法がかかってるって言ってたし、そもそも翠さんのお眼鏡にかなう人しか入れないようになっているのかも……」
「そうみたいですね。来店される皆さんは、このお店の都合をよくご存じのようですし……」
「もはや、完全予約制みたいなものですよねぇ……」
翠さんから預かった顧客リストには、注文を受けた日やその種類と金額。それから完成した物の受取日、次回の来店予約なども書き込めるようになっていて、すごく分かりやすい。
翠さんが長期不在となるので翠さん作のアクセサリーは新規受付停止中だけど、人によってはあまり間を空けずに再び予約を入れてくれた。今度来店した時は、私の作ったものをゆっくり見たいと言ってくれる人もいて、嬉しかったな。
ほんわかと安心した気持ちになっていると、気が緩んだのか「くぅ……」と私のお腹が鳴ってしまった。
「っと、お昼休憩の時間ですねっ!」
1時間ほどお店を閉め、私はリュカ様の案内で、街中を歩きながらどこかで昼食をとることに。街中は多くの人で賑わっていて、色んなお店に目が移ったけれど、美味しそうな香りが漂う屋台ごはんが特に気になった。
でもリュカ様は、こういう風に食べるごはんをどう思ってるんだろう……?
やっぱり貴族らしいお店の方がいいのかな?
「屋台で色々テイクアウトして、外のベンチで食べましょうか」
「いいんですか!?」
リュカ様からの嬉しい提案に思わず顔を綻ばせ、勢いよく返事をすると、まんまるくしていたリュカ様の瞳が優しく弧を描いた。
「気になっているみたいでしたから。屋台の食べ物は、私も団員と一緒に食べたことがありますので、オススメもありますよ」
「えっ、じゃあそれをぜひ食べてみたいです! あと、あっちのパンみたいなやつって甘いやつですか?」
「あれは揚げパンですね。シュガーやシナモンをまぶしたり、クリームを挟んで販売してますよ」
あれこれ相談しながらテイクアウトして食べた昼食は、すごく美味しかった。
……それに、こうしてリュカ様と過ごす時間がなんだか心地よいから不思議だ。
そっと隣に座るリュカ様の横顔を覗き見る。
魔法騎士副団長で高位貴族の人だし、実質初対面なのに。リュカ様が自ら名前呼びを提案してくれて、距離を詰めてくれたのもよかったのかもしれないな。
「……気が合うってこと、なのかなぁ……?」
「? どうかしましたか?」
「いえっ! オススメしてもらったやつが美味しかったなって思って!」
へらりと笑って空を見上げると、雨雲が広がり始めていた。降り始めないうちにと、少し早歩きで店舗へ戻った私達なのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――もう少しで閉店時間になりますね」
「はい! 今日はありがとうございました。リュカ様がいてくださったおかげで、すごく心強かったです……!」
無事にアルバイト1日目が終わりそうで、本当によかった。
お客様対応にも少しずつ慣れていけたら、きっと1人になった時でも落ち着いて店番ができるようになるだろう。そんな風に思っていると、ふとリュカ様のブレスレットが目に入った。
「あ……もしかしてブレスレット、ちょっとだけ長いですか?」
私の問いかけに、リュカ様は小首を傾げて確かめるように手首を少し回した。
「そう、ですか? 特に違和感もなかったので、あまり意識してませんでした」
「う~ん……私から見て、ほんの少しだけなんですけど……もうお客様も来ないでしょうし、ご迷惑でなければ長さ調整をしてもいいですか? あ、でも外すと魔力の香りが辛いですよね……?」
いくら私の作った魔法石アクセサリーが大丈夫だったとはいえ、こうして直接会ったのは初めてだし、心配である。
「いえ。貴女の魔力でしたら魔法石アクセサリーを受け取った段階で気になりませんでしたし、問題ないと思います」
そう言って、躊躇うことなくブレスレットを丁寧に外し、私に渡してきたリュカ様である。
「えええ……?」
でも顔色も悪くないし、無理してるわけじゃないみたいだから、本当に大丈夫……ってことなんだよね?
「すぐに終わりますから!」
私はブレスレットをカウンターの作業台に載せて、ささっと長さ調節を済ませる。チェーンの部分をほんの少しカットして繋ぎなおせばいいだけなので、すぐに完成した。
「どうぞ……っ!?」
リュカ様にブレスレットを手渡そうとした瞬間。
午後から降り出していた雨が雷を連れてきたようで、ガシャーンという大きな落雷の音とともに、店の魔法光が全て消えてしまった。
いうなれば停電のような状態で、店内は真っ暗だ。
「……大丈夫ですか?」
思わずその場でしゃがみ込んでしまった私のそばで、落ち着いた優しい声が聞こえた。
「す、すみませんっ……昔から、雷が苦手で……」
そう言いかけて、私はハッと、私の事を守るように包み込んでくれている人を見上げた。
「っ、リュカ様!? こんなに距離が近いと、さすがに香りがダメなんじゃ……!」
慌てる私をよそに、なぜかリュカ様は気にしたそぶりもなく私を見下ろしている。暗さに目が慣れてくると、アクアマリンの瞳と目が合った。
「……いえ、やはり……大丈夫みたいです。貴女の魔力の香りだけ、どうしてこんなに……」
「……?」
私は不思議に思いながら、小首を傾げた。こんなに、なんだろう……?
ベンチに並んで昼食を食べた時よりも、もっと距離が近い。
ずっと近くに温かい人の気配がして、雷で震えていた身体が安心した心地になる。……こんな風に人との距離が近くなったのは、いつぶりだろう?
「……私が、血縁者以外の異性の魔力をその人の香りとして強く感じてしまう体質である話は、聞いていますよね?」
「はい」
「魔法石アクセサリーを受け取った時にも感じていたのですが……貴女の魔力の香りだけは、なぜか……私にとって心地よい香りみたいなんです」
リュカ様から告げられた言葉に、私は驚き目を見開いた。少なくとも耐えられないような香りではなかったんだろうって、勝手に思ってはいたけれど……
「……だから、こんな風にそばにいても大丈夫だなんて、初めてのことで」
まだ少し、混乱しているんです。そう話すリュカ様の瞳は揺らいでいて、戸惑っているようだった。
「……なら、私といることで症状の改善がみられるかもしれないですよ?」
「え?」
「私達、今日初めて会ったじゃないですか。一緒にいる時間が増えていけば、何か分かるかもしれないなって。あっ、それに! 魔法石アクセサリーを作った人間として、リュカ様の体質の経過が気になりますし! もっといいものが作れるんじゃないかなって考えたりしてて……えぇと、だから、これからもよろしくお願いしますって勝手に思ってます!」
熱く語っている内に、だんだん自分の言っていることが恥ずかしくなってきた。
でも、なんとか私がそう言い切ると、リュカ様は気が抜けたように、ふにゃりと柔らかく笑ってくれた。
「……ありがとうございます、
初めてリュカ様に名前を呼び捨てで呼ばれて、ほんの少しだけ心臓がきゅ、と跳ねた気がした。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね」
「は、はい……!」
消えてしまった魔法光が自然復旧するまで、きっとあと少し。
それまでは理由をつけて、このままの距離でいてもいいんじゃないかな、なんて。なぜか思ってしまったんだ。
琥珀色メロウディ ~ハンドメイド魔法石アクセサリー店へようこそ~ 希結 @-kiyu-
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