第11話 翠さんの隠れ家と知らせ

 

 今日は翠さんのお店へと、店番の為の諸々を確認する為に足を運んでいた。


「わぁ……! ここが翆さんのお店……!」


 壁や床は茶色系のウッド調。店内のライトもわざと少し暗めにしてるみたいで、今は明るい昼間なのにほんのりと薄暗い雰囲気だ。逆に展示されている魔法石は小さなライトで照らされていて、とても目立っていた。


「ちょっと手狭だけど、それがいいなと思って選んだんだ」


「うん、翠さんが好きそう。隠れ家みたいな造りでいいね。アンティーク調の感じも翠さんっぽい」


 店内の壁に置かれた棚は、ほとんどがガラスの引き扉で開閉できるようになっていて、鍵穴も付いていたから鍵がかかっているんだろう。


 ガラス扉は埃や曇りなく丁寧に磨かれているようで、中に並んだ魔法石はガラス越しで見てもすごく綺麗だ。


「魔法石だからな。使用者制限がかけられるもんだけど、宝石で制作したやつは1個あたりの値段もそこそこするし。一応防犯的な面もあって、あんまり不特定多数が触れられるようにはしとけないんだわ。もちろん試着はあるけどな」


 なるほどなるほど。よく考えたら、高級なアクセサリーショップとか時計屋さんもそういう仕組みになってたよね。


 これがその鍵な、と私は翠さんから鍵のスペアを預かった。


「じゃあ私、今度は天然石でも魔法石を作ってみようかな? それなら効果は弱くても値段が抑えられるし、色んな人が普段使いできるよね?」


「そうだな。そういう専門の店もあるけど、需要に対して供給が全然追いついてないからいいと思うぞ。でもこはくは魔力量が多いから、宝石に魔力を込める時よりも注意して作れよ? 天然石みたいな比較的安価な石は、中に込められる魔力量が小さいから。加減しないと砕け散ると思う」


「えっ」


 ぎょっとして翠さんに目を向けると、珍しく真面目な顔で頷いていた。


「ま、今度やってみ。体験したほうが手っ取り早いわ」


 ……顔面を覆うような守れる物を、何か準備しといた方がいいかもしれない。 


「こはくの商品を置く場所はこのあたりでいいか? たしかイヤリングとピアスだったよな?」


 翠さんから許可をもらったスペースは、お店の会計机のすぐ横に置かれていていたショーケース。人目が付きやすそうな場所で、翆さんの魔法石を購入してくれた人にもちらっと見てもらえそうだし、無名の魔法石アクセサリー職人である私にとってはすごくありがたい。


「うん、ありがとう翠さん! でも、こんなにスペースを借りちゃっていいの?」


「全然構わないって。留守中はそのうち俺の作った分が減ってくと思うから、空いたスペースもできたらガンガン使ってくれ。その方が俺も助かる」


「分かった。お言葉に甘えるね。ありがとう」


 翠さんに手伝ってもらいながら、持ってきた魔法石アクセサリーをショーケースに並べていく。


「店は最低1週間に1日、決まった曜日に開けといてもらえると助かるんだけどいいか? 営業時間は10時~16時くらいかな」


「全然大丈夫だよ! 慣れてきたらもっと開けててもいいの?」


「もちろん。その辺の匙加減もこはくの自由にやってくれ。ただ、張り切りすぎて身体を壊すようなことはすんなよ? 残業なんてもってのほかだからな? ま、閉店時間には家から迎えをよこすようにするけど」


「はぁい……」


 会えなかった間の思い出話をした時に、私の社畜っぷりに震え上がった翠さんは、ちょっと過保護なお父さんっぽく進化してしまった。私だって、翠さんが外国をフラフラするの、護衛を付けていくとはいえ結構心配なんだけどね?



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 家に帰ってきた私達を出迎えてくれた家令のベイマンさんは、珍しく挨拶もそこそこに、翠さんへ1通の手紙を差し出した。


「お早めにご確認いただいた方がいいかと思いまして」


「うん?」


 ぺらりと手紙をひっくり返して差出人の名前を見た翠さんは「おっ?」と声を上げた。


「レオンからだわ」


「も、もしかして魔法石の結果のことかな……!?」


「恐らくそーだろうな。ちょっと待ってろ、先にパパッと読んじまうから……ふんふん……ん? へぇ~……ふーん……?」


 なんだか文字を追っていくごとに、だんだんと意味深な表情を浮かべはじめた翆さんである。き、気になるんですけど……!?


「……こはくの魔法石アクセサリーのおかげで、副団長の体質による慢性頭痛は緩和されてるってよ」


「っ……よかったぁ……!」


 私はホッと安堵の息を吐いた。副団長様、無事に魔法石アクセサリーを付けられたんだ……!


「魔法石から感じるこはくの魔力の香りも問題なかったらしい。よかったな」


「そうなんだ? 私の魔法石が大丈夫なのって、異世界から来た人間だからとかなのかなぁ……? そもそも香り自体がなかったから、問題なく魔法石に触れたってこと?」


「あー、香りはあったみたいだぞ? いやー……なんでだろーなぁ……」


「……なんで翠さんはさっきからニマニマしてるの?」


 ニマニマもにょもにょしている怪しげな翠さんを見て、私は思わず小首をかしげた。


 やっぱり知り合いの人が長年悩まされていた症状が回復傾向にあるって嬉しいことだけど、照れ屋な翠さんはそういう気持ちを表に出さないように堪えているんだろうか? にやけている時点で隠しきれてないけども……


 しばらく翠さんの奇行を訝しんでいた私だけれど、そのうち翠さんに外出着を着替えてこいと促されてしまったのだった。


 ……この後に繰り広げられていた内緒話は、もちろん私が知る由もない。



「――ベイマン、こーいう事だから調整頼むな」


 部屋へ戻っていくこはくを見送った翠は、レオンからの手紙をベイマンに手渡した。


「……失礼いたします」


 主人から読むように、という意を感じ、ベイマンは表情を変えずに手紙へ目を通す。手紙の内容が後半に差し掛かると、驚きで一瞬目を見開いた。


「こちらの件は、コハク様にお伝えしないのですか?」


「俺らで話を付けておいて、こはくには当日まで黙っておこーぜ。なんか面白いことになりそーじゃん?」


「……スイ様」


 ベイマンに呆れた顔を向けられた翠だが、名案だと言わんばかりの、それはそれはまるで少年のような表情であったという。

 

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