第9話 まだ見ぬ副団長様へ
夕食後、私は魔法石の相談に乗ってほしいと翠さんにお願いして、翠さんの工房部屋へと移動してきた。
「こはくが悩んでるのは、魔力遮断の魔法石の方だっけか? 一応俺も作ったことがあるぞ」
「えっ!?」
翠さんは本棚から一冊の本を取り出して、ペラペラと捲った。
「あれだろ? 魔力遮断でレオンの依頼って、魔法騎士団のイケメン副団長の兄ちゃんの件だよな? 俺も対処できないかって頼まれてさ。でもいまいち効果がなくて駄目だったんよな~……」
「え。翠さんの作った魔法石でも無理だったんならダメじゃない……?」
私が真面目な顔で見上げると、頭をぐわしと雑に撫でられた。翠さん、またしても照れてますね?
翠さんが開いて見せてくれたページには、魔力遮断の魔法について試した結果が、意外にも丁寧に書かれていた。
「俺が作ったのはこの【
「そっかぁ……やっぱり風関係は難しそうだよね……」
むむむ、と顎に指をあてて考えこむ。
「こはくはどういう魔法で作ろうと思ったんだ?」
「私はどちらの魔法石もアクアマリンの宝石で作りたいと思ったから、なんとなく水とか氷系の魔法に統一しようと思ったの。魔力の香りを通さないように、シャボン玉みたいに膜で包もうかなとか考えたんだけど……あ、魔力吸収の方は、熱冷ましシートのイメージで作ってみたんだ。そっちの魔法石は完成したと思うんだけどどうかな……?」
「なるほどな。おお、触れてるとじんわり魔力が減っていく感覚があるある。うん、急激に魔力が減るわけでもないし、これなら魔力吸収の方は大丈夫そうだぞ」
「よかったぁ……!」
「しっかし、水関連で魔力遮断ねぇ……っと、なぁ。こはくが自分用に作ったそれをさ、どうにか応用できねぇか?」
翠さんが指さした先は、私の初めて作った魔法石ブレスレットだ。翠さんに言われるがままに、日常使いするには明らかに無駄で最強な防御魔法を込めたやつ。
「こはく、これを作った時に言ってたろ? ガラスを何層にも重ねて強化の役割をもたせつつ、何度でも魔法を相殺できるイメージをしたって」
「そっか……魔力を香りとして感じてしまっているんだもんね? じゃあ対象を人から受ける魔法攻撃じゃなくて、人の身体から感じる微量の魔力に反応して相殺するようにしたらいいのかな。ならシャボン玉のイメージのままでもいけるかも……?」
逆にガラスほどの強度がない方が、発動した時に圧迫感もなく自然に消せるのかもしれない。
「【
私の言葉とともに魔力がゆらりと流れていく。
さっきの魔法石を作った時よりも、魔力の減りは大きく、出来上がるまでの時間がやけに長く感じた。かなり複雑な作りの魔法をイメージしちゃったのかな……?
それでも宝石はひび割れることなく、どうにか出来上がった。
完成した魔法石を見つめていた私は、よっぽど心配そうな顔をしていたのだろうか。ポン、と肩を優しく叩かれた。
「なにも今回で全部が解決しなくてもいーんだよ。新しい魔法が試せるだけでも、十分すげーって。色んな人間が手を尽くしたけど未だに解決してねぇってことは、それだけ難しい症例なんだからさ」
「うん……そうだよね。そもそも私の魔力で作った魔法石アクセサリーが受け付けない可能性だって、めちゃめちゃあるもんね」
「あー、そのことすっかり忘れてたわ……異性の魔力の香りがダメ、だったっけか? まぁ、こはくの性別を差し置いても、レオンは藁にも縋る思いだったんだろうな……」
翠さんに励まされ、私の心が軽くなる。
そうじゃん、ダメで元々なんだった。
それに、たとえその人に効果がなかったとしても、この魔法ではなかったんだってことが分かるから、何も無駄なことになってないんだ。
「私の魔力が受け付けないってところで引っかかっちゃったらさ、翠さんに私のイメージした魔法をどうにか伝えて、今度は翠さんに作ってもらうのもアリじゃない?」
私がいい案を閃いたという顔で翠さんを見上げれば、「こはくのオリジナル魔法なのに、全く欲がねぇな……ま、レオンにまた頼まれたら挑戦してみるから、そん時はよろしく頼むわ」と困ったように笑われてしまった。
「それよりデザインは決まってんのか?」
「うん! こんな感じで考えてるんだけど、男の人ってこういうデザイン嫌じゃないかな……」
「どれどれ……」
翠さんからのアドバイスを取り入れつつ、数日後、私はアクアマリンの魔法石を2粒使った、二連のブレスレットを無事完成させた。
シルバーの細いチェーンがしゃらりと小さく音を立てる。ブレスレットの真ん中を飾るアクアマリンが、日の光に当たってすごくキラキラして見えた。
どうか少しでも副団長様の助けになりますように。
顔も見たことがない、話したことのない人だけど、私は箱に入れたブレスレットを見つめながら、そんな風に自然と願っていた。
「きっと自身の体質に苦労しながらも、お仕事を頑張っている人なんだろうなぁ……」
私は丁寧にリボンを結び、ラッピングをし終えたのだった。
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