第7話 オーダーリクエストをいただきました

 

「えっと……オーダーリクエスト、ですか?」


 翠さんとの魔法練習から2週間ほど経った頃。前触れもなく突然家に来訪してきたのは、お忍び姿のレオン様だった。


 翠さんなら出掛けてますよ? って伝えてんだけど、なんと私に用事があったそうだ。


 レオン様は、不思議そうに問いかけた私に、にっこりと笑みを向けた。


「うん。スイに聞いたんだけど、この短期間でもう魔法石作りに成功したんだって? すごいね」


「えっ、あの、そんなにすごい物は全然……」


 私が慌てて謙遜すると、レオン様にいやいやと首を横に振られてしまった。


「さっそく神官長にも、コハクが作った魔法石をあげたんでしょう? 昨日偶々会った時に、すっごいあからさまな自慢をされちゃったんだけど」


 そう。つい先日、神官長様に約束していた魔法石を渡したのだ。


 といっても、アクセサリーではなくて栞なんだけどね? 金属を薄く加工してもらって出来た栞の先端に小さな穴を開けて、そこに私特製の魔法石のストラップを付けたものだ。


 神官長様はアクセサリーというよりも、シンプルな日用品の方がいいかなって思って。


 魔法石の色味は紫で、目の疲れを少しだけ癒してくれる効果を付けてみた。疲れを完全にとるんじゃなくて、あくまで緩和レベルのものだけど。


「神官長、それはもう喜んでたよ。これみよがしに栞が挟まれた本をずっと机の上に置いててさぁ……」


「あはは……喜んでもらえてたのならよかったです」


 ちゃんと翠さんにも完成したものを見せてOKをもらってから渡したけど、大丈夫だったかなって心配はしてたし、こうやって渡した人のその後を知れるのは嬉しいな。


「さっきのお話ですけど、それってレオン様のオーダーってことですか?」


「う~ん……まぁ、僕が依頼する形にはなるんだけど、実はとある人間に作ってもらいたくてね……」


 やけに難しい顔をしているレオン様に、私は小首をかしげた。その人が私の魔法石アクセサリーを希望したってわけではないのかな?


「僕の部下なんだけど……結構大変な体質でさ」


「大変な体質……?」


「うん。高位貴族の次男で魔力量も多くて顔も整ってるんだけど、本人が厄介な体質でね。魔力過多症と、魔力過敏症のダブルコンボ持ちで、そのせいで慢性頭痛に悩まされてるんだ」


「……うん? な、なんですか? その魔力過多症と魔力過敏症って……」


 聞いたことがない症状の名前だったけど、その人が結構ハードな状況なのは、なんとなく察した。


 だって名前を聞いただけでも辛そうなんだもん。あと、慢性頭痛は普通にしんどい。


「どちらもその名前の通りだよ。魔力過多症は、本人の魔力を蓄える器以上に魔力量が多すぎる影響で頭痛を引き起こしていて、魔力過敏症は他人の魔力に敏感に反応してしまう体質。本人曰く、人の魔力がその人の香りとして、強く感じてしまうらしい。特に異性の魔力は血縁者以外ほとんど受けいれられないらしくて、いまだに婚約者も決まらず家の方も困っているそうなんだ」


「な、なるほど……」


「まぁ、本人は無理して結婚しなくたって別にいいって言うんだけどさ。僕としては、とにかくそいつの慢性頭痛だけでも緩和してあげれたらなって思ってて。コハク、どうだろう? そういった魔法石アクセサリーは作れたりするだろうか……?」


「えっと……できなくはないと思います。完治は無理でも、症状の緩和が目的ですもんね? 魔力が多いことと、他人の魔力に過剰反応してしまうことが慢性頭痛の原因だとしたら、魔力を吸収してくれる石と、自分の身体に透明な膜みたいなのを張れないかなぁ……」


 うーん……マスクのイメージだと、完全には香りを防げないよねぇ……?


「あ。でも、私が作るとなると、異性の魔力のある魔法石を身に着けてもらうことになりますよね? それってご本人にとってはどうなんでしょう?」


 異性の魔力の香りが無理っていうなら、香りがプンプンするであろう私の魔法石アクセサリーを付けても、せっかくの効果が思いっきり減ってしまうのでは。


「うん……そこが最大の懸念点なんだよね。せっかく作ってもらっても、もしかしたら無駄にしてしまうかもしれない。それでも……少しでもある可能性にかけたくて。……お願い、できないだろうか?」


「私は大丈夫ですよ! 作ってみたいです!」


 オーダーリクエストを受けてその人の為だけに作るのって、実は憧れていたんだよね。

 どんな理由であれ、私の魔法石アクセサリーがちょっとでも助けになれたら嬉しいし、頑張ってみよう……!


 私がこくりと力強く頷くと、レオン様はホッとした表情を浮かべて、肩の力を抜いた。


「ありがとう……! 魔法石に使えそうな石は、今日一通り持ってきたんだ。僕の私財だから、気にせずどんどん使って」


「わ、わぁ~……」


 目の前に広げられた多種多様な石 (どれも高品質だって、私にも分かるくらいキラキラなんだが……)がズラッと並べられ、私は乾いた笑いをしてしまった。


 ……でも、それだけレオン様はその部下の人を心配してるってことだよね?


「レオン様、その方の雰囲気を教えていただけたりしますか? お顔も全く知らないので、色味やデザインを考えるのに、見た目ですとか性格とか……」


「そうか、大事なことだよね。名前はリュカ・シエスタ。魔法騎士団副団長を務めるシエスタ公爵家の次男で24歳だ。背は僕よりも少し高いね。黒髪に青い瞳で……そうだな、ちょうどこのアクアマリンみたいな色味かな」


 レオン様はそう言って、箱の中から明るくて透き通った青色の宝石を摘まんで、私の手の上に載せた。


「綺麗な瞳のお色なんですね」


「性格はそうだなぁ……アクアマリンが持っている石言葉みたいに、聡明で真面目かな。基本的に誰とでも敬語で話してるね。体質のせいで人と関わることに一歩引いている所はあるけど、とても優しいよ。あぁ、あとすごく整った顔立ちなんだけど、慢性頭痛のせいでいつも睨んでるみたいな顔になってるんだよね」


「なるほど……それは体質のせいでかなり損されてますねぇ……色々と教えてくださってありがとうございます」


「いやいや、これくらい当然だよ。何かあったらまた聞いて」


 ひとまず私は青色系の石を預かることにした。色々ありすぎてもイメージが固まらないような気がして。


「あの……レオン様は赤色ってお好きですか? えぇっと、宝石でいうとガーネットみたいな」


「うん? 好きだよ? 奥さんの瞳の色がちょうどそのくらいの色味だから、よく見慣れてるし」


 その返事に私はホッとした。


 事前に翠さんにレオン様の好きな色について聞いておいたんだけど、奥様の瞳の色だから好きだったんだ。それ、すっごく素敵じゃない……!?


 ご迷惑じゃなければ今度奥様の分も、レオン様の瞳の色でお揃いで作りたいなぁ。


「よかったです。実は今、レオン様の分も作っている最中でして。内緒で作っていたので勝手に色を選んでしまって。きちんとお伺いしなくてよかったのかなと今更心配になっちゃって……もうちょっとで完成するので待っててくださいね」


「コハク……! ありがとうっ……!」


 レオン様はものすごく感激していた。なんでも作ってほしいと自分から言うのと、私からでは全然違うらしい。よく分からない第2のお兄さんである。

 

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