第6話 魔法にトライしてみるぞ

  

 昼食後、魔法の練習が始まった。


 翠さんの作業場は、物の多さや乱雑さもある工房さも感じつつ、それがなんだか逆におしゃれな雰囲気を演出していた。好きな物がたくさん詰まってて、いいな。居心地がよさそうで、この一部屋だけでも、ベッドを運び入れたら快適に生活できちゃいそうだ。


「魔法の基礎はそーだなぁ……そういう時によく言うのは知識だけど、ぶっちゃけ一番大事なのは感覚だ」


「感覚」


「おう。あとはー……創造力か? その2つがあればどうにかなる。だって俺らは異世界転移人だからな。こっちの常識は知らなくても問題ない」


「えええ……? それって結構な力技じゃない……?」


 ベイマンさん。翠さんは天才なのかもしれないですが、人に教えるのは向いてなさそうです。


「こはくの魔力が身体の中で上手く巡ってるっていうんなら、あとはそれを外に引き出せれば大丈夫大丈夫」


「それが分からないから難しいんだけども……じゃあ翠さんはどういう感覚で魔力を外に出してるの?」


「俺はそうだなぁ……深呼吸かな」


 そう言って翠さんは、手のひらを上にしてかざした。


「息を大きく吸い込んで、大きく吐く。その瞬間に、自分が作り出したい魔法をイメージして発動させるんだ。例えば……【アイス】」


 翠さんの手のひらには、グラスに入っているような小さな氷が数個、載っていた。


「わぁ……! すごい……!」


「なんつーかさ、こっちの人間は生まれながらにして魔法が使えるのに、あと一歩創造力が足りないんだよな。俺が説明しても全然ピンとこないみたいだし。それさえクリアすれば、魔法の幅はかなり広がるのに勿体ないよな」


 ちべてー、と言いながら、近くにあった銀のトレーに氷をポイッとした翠さんである。


「んじゃ、こはくも今の氷魔法、やってみ? あぁ、ちゃんとどれくらいの量かも想像してな。じゃないと際限なく出てくるから」


「えっ、えぇ……!?」


 ほれほれ、と翠さんに促され、私はおずおずと同じように手のひらを上に向けた。


 魔力を外に出す……身体の中で感じでいた、あの春のような温かい心地を出すには、どうしたらいいのかな。


 翠さんは深呼吸して、息を吐く瞬間に魔法を唱えるんだっけ。


 私も同じように、呼吸を整えるつもりで深呼吸をした。自分の中の魔力が花開くように、開放されるように。


 それから角が取れた、サイコロみたいな形の氷が数個並んでいるイメージをして……


「……【アイス】」


 私の小さな呟きは、しっかりとそこに魔力が乗ったように感じられた。これが魔法……?

 そうして私の手のひらにコロンと載ったのは、よくある氷よりも小さな氷だった。その分数は多めだったけど。


「……随分とちっせえな……? 成功してるし、透明度はすごいけど」


「えーっと……氷の形の揺れるピアスも可愛いなって、ちょっと頭の片隅で思ってたかも……?」


 私が白状すると、翠さんにお腹を抱えながら大爆笑された。


「こはくの意識は無意識に魔法石アクセサリーへ向いてんだな! じゃー、まぁ魔法も無事一発で成功したことだし、魔法石も作ってみるか」


 翠さんは棚の扉を開けると、平らな木箱を持ってきた。そこには細かく仕切りがされた中に、色んな色の綺麗な石がずらりと並んでいた。


「これが俺の作った魔法石」


「綺麗……パワーストーンみたいなのもあるし、宝石みたいなのもあるんだね」


「おう。石と魔法の相性もあるみたいでさ。色々組み合わせてみて、最適解を見つけるのも楽しいぞ」


「へぇぇ……!」


「んで、こっちが魔法石にする前の石な。こっから好きなのを選んでいいぞ」


 翠さんにありがとう、とお礼を言って、私はどれも綺麗だったけれど、とりあえず自分の瞳の色に近い琥珀色の石を手に取った。


「魔法はなんでもいいんだけど、どうすっか? 俺が知ってるやつだと、攻撃、防御……あとは便利系の生活魔法とかを入れたりだな」


「攻撃魔法はまだ使ったこともないし、ちょっと怖いかも……」


「じゃあ防御魔法にするか。せっかく作るなら、相手から害のある物理攻撃と魔法攻撃を受けた時に、一定時間無効化する防御魔法にしようぜ」


「そんな魔法、難しさレベルマックスなんじゃないの……?」


「大丈夫大丈夫。そこはこはくの創造力次第だから。魔力量なら全然足りるだろうし。指先を石に当てて、唱える魔法は【シールド】な。ほら、簡単だろ?」


「呪文自体はね……」


 私の創造力って言っても、攻撃を無効化する盾ってどんな素材をイメージしたらいいのさ……


 魔法の世界なら、スライムみたいなイメージでもいいのかな。うーん……盾にするにはちょっとグニャグニャしすぎ?

 あとは衝撃吸収の超強化ガラス、とか?


 透明で薄いけど、何度でも攻撃を受け流せるように、それを何枚か重ねる感じで……


「【シールド】」


 不思議と、私の中の魔力が石へと移っていく感覚があった。


 一瞬だけど、私と石が繋がった感覚っていうのかな。何かに反発することもなく、自然と緩やかに流れていき、それは自然とストップした。石の中に魔力が満タンに溜まったのかもしれない。


「完成……したのかな?」


 私は石を慎重に持ち上げて、光に透かしてみた。琥珀色の石は艶やかで、さっきよりも輝きが増したように見える。隣から翠さんも石を覗き込んだ。


「おぉ、成功してるんじゃないか? つーか……この宝石、こはくの目の色に似てんなーとは思ってたけど、相性バッチリを引き当てたんだな」


「ひぇっ!? これ、宝石だったんだ!?」


 私はぎょっとして、落としそうになった出来立ての魔法石を抱きしめるように抱えた。


「こっちの箱に入ってるのは全部そうだな」


「先に言ってほしかったな!?」


「こはくに言ったら遠慮しそうだったから」


「うぐ……そもそも、これって本当に成功してるの?」


 まだ私には魔法石と普通の石の違いが正直あんまりよく分からないや。


「してると思うけどなぁ。失敗した時は石にひびが入ったり、最悪砕け散るから。それよりこれ、何に加工するよ? 俺のオススメはブレスレットかな。ちょうどピンクゴールドの華奢な感じのチェーンが入荷してさぁ」


 翠さんは呑気に話してるけどさ、つまり失敗してたら……宝石はバラバラに砕け散ってたってことですよね?

 

「こはく、なんかモチーフのパーツとか他の石も足すだろ?」


 目の前に広がるのは、様々なモチーフのパーツや、ビーズのような小さくてカラフルな石。アクセサリー作りに必要な工具もバッチリ揃っていた。


「……うん」


 ……私が目の前に広がるハンドメイドの魅力に抗えるわけもなく。魔法石アクセサリーを完成させたい欲が勝った私は、翠さんの作業机を借りて初めての魔法石アクセサリーを完成させたのだった。

 

 宝石の金額は……怖くてまだ聞けていない。

 

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