第3話 呼ばれた理由があるのかな
「そうか……2つの世界の満月が重なる日が、今夜だったのか……そのタイミングでこはくがブローチに触れてくれたのが、偶然にも異世界転移のちょうどいいタイミングになったんだな」
うんうんと頷きながら話す翠さんを、レオン様はちょっと呆れた顔で見た。
「スイ、君はブローチの魔力開放のキーワードを【エメラルド】にしてたのかい? 実に単純というか、君らしいというか……」
「いいじゃねぇか。そのおかげでもう一度異世界と上手く繋がれたんだから」
「あの~……お二人は納得されてるみたいなんですけど……つまり、これってどういうことなんでしょう……?」
私はおずおずと小さく手を挙げた。是非とも私にも、分かるように説明をお願いしたいです。話についていけてない私に、レオン様は丁寧に説明してくれた。
「この世界には魔力、魔法が存在するんだ。そうだな……魔力は君たちのいた世界でいう【電気】の役割を果たしていると思ってもらえたら、分かりやすいかもしれないね。魔法が発達したこの世界では、便利な魔道具の開発もかなり進んでいるんだ。そして、そのブローチにはめ込まれている魔法石には、製作者であるスイの魔力が込められている」
「え!? それってつまり……翠さんは魔力を持ってたって事!?」
びっくりして隣を向けば、翠さんは口いっぱいに骨付きチキンを頬張っていた。えっ、いつの間に。
「おう。こっちに初めて転移した時に、調べたらめちゃくちゃあるって言われてな。ま、そのせいで色々あったんだけどよ……」
もにょもにょと苦虫を潰したような顔をしながら話す翠さんである。そんな翠さんの様子をみながら、レオン様はなぜか苦笑いをしている。
「その節は申し訳なかったよ。でもスイのおかげで結果的にうちの国は助かったわけだし、スイには本当に感謝してるんだ」
「翠さんが国を救った……?」
えええ……? 物語みたいに、勇者になって竜を倒すような出来事でもあったのかな……?
私が小首をかしげていると、翠さんは「別に大した事してねぇよ」と私の頭をガシガシ乱雑に撫でた。これ、照れたりしてる時にごまかす、翠さんの癖なんだけどね。
「いやぁ、それにしても不思議なことに、奇跡は繰り返して起こるものなんだね。コハク、君にも同じことが言えるかもしれない」
「へ……?」
ブローチを観察していたレオン様は、真剣なまなざしで、私の瞳をのぞき込むようにじっと見つめてきた。
「このブローチの魔力を開放させて発動することができたということは……君にもスイと同じくらい魔力があると思ってもよさそうだ」
「えぇっ!?」
「……やっぱりな」
「なんで翠さんは驚かないの……!?」
「さっきレオンが話したとおり、ブローチに使われている石は魔法石なんだ。これはそもそも、触れる人の方にも魔力がなければ全く反応しない。このブローチで俺らがいた世界と異世界を繋ぐためには、鍵となる言葉と月の光、それから魔力を流して同調させることだ。今晩が満月だったこともその効果を加速させたんだろうけど、こはくは随分と月の光との相性がいいのかもしれない」
「でも、問題はそれが片道通行だってことなんだ。道を繋ぐブローチの片方が破損している……つまり、どういうことか分かるかな?」
「もしかして……元の世界には、もう帰れない……?」
私が恐る恐る答えを口にすれば、それを肯定するように2人は静かに目線を下げた。
「……こはく、すまなかった」
「翠さん? どうして急に謝るの?」
「俺がこはくにブローチを確認しろなんて言わなければ、こんなことにはなってないからだ」
「でも……」
「俺は自分が異世界に残る事になってから、親父達も亡くなって、あの家にこはくだけを1人残していることが心配だったけど……こはくは自分の意志でもなければ、こっちに来たくて来たんじゃないもんな。こはくが戻りたいのなら……時間はかかると思うけど、どうにかして戻れるように頑張って俺が魔法石を……」
「っ、翠さん!」
私が大きな声で翆さんの言葉を遮ると、困った様に眉を下げて悲しい顔をしていた翠さんの目が、驚きで見開いていた。
「私は、家に帰れない事実よりも、翠さんにまた会えた事実の方が何倍も嬉しいよ! えっと……正直、あっちの世界に何か未練があるかって言われたら、仏壇に飾ってあった皆の写真くらいしかないし……」
「こはく……」
翠さんに告げた思いは、強がりでも嘘じゃなかった。社会人になってから友人とは疎遠になっていたし、恋人もいない。唯一の交流の場でもあったといえる会社はブラック企業だったしね……
「この世界のことも、魔法だって何にも分からない私だけど……もしもレオン様の言うとおり私にも魔力があるのなら、こっちで仕事に就くのにも困らないよね? あ、そういえば普通にレオン様と話せてるけど、文字の読み書きはどうなってるんだろう? 翠さん、教えてくれる?」
どうしよう、1からやることがいっぱいだ。でももう独りぼっちじゃない、そう思ったら不安よりもワクワクの方が何倍も大きかった。
私が瞳をキラキラさせながら翠さんに尋ねると、翠さんはぽかんとした顔からふはは、と思い切り笑い出した。
「あー、笑った……そういやこはくは昔からそういう子だったな。お前ってやっぱりすごいやつだよ」
「えぇ……? そのへんにいる普通の元社畜ОLだよ?」
私の返事に、なぜか翠さんだけでなくレオン様まで笑い出してしまったのだった。
「――ねぇコハク、君がこちらの世界に来たのは、もしかしたら月の女神様の導きかもしれない。スイが初めてこちらに来たときに、困っていた僕を救ってくれたように、君にも誰かが助けを求めているのかも」
「誰かが助けを……?」
あぁ、とレオン様は真剣な顔でこっくりと頷いた。
「これは僕の自分勝手な願いだから、聞き流してくれて構わない。もしも――……君に真剣に助けを求める人が現れたら、助けてやってほしいんだ」
「ふふ。私、普通の人間ですけど、困ってる人がいたら手を差し伸べるくらいはできますよ! 任せてください!」
「そうか。ありがとう、コハク」
レオン様みたいに顔が整っている人に優しく微笑まれると、そういう気がなくても、ついつい顔が赤くなっちゃうな。
「それから、僕もスイもコハクがこちらで不自由なく生活できるよう、最大限のサポートをするから安心して。スイの今の経済力と家柄なら、大体のことは可能だろうけど、何か困ったことがあればなんでも言ってくれ。とりあえず、ようこそエリアディへ」
レオン様から手を差し伸べられ、私も手を伸ばして握手をした。
「ありがとうございます。こちらこそ、これからよろしくお願いします……! あ、翠さん」
「うん?」
「今この言葉で合ってるのか分からないけど……これだけは言わせてね。翠さん、おかえりなさい!」
「おう、ただいま」
翠さんは、くしゃりと笑ってまた私の頭を無造作に撫でた。
私達家族の再会は、1年ぶりにひょんな場所ではあるけれど、無事叶ったのである。
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