シーン7 次なる獲物

 某年8月。夏の終わりを告げるにはまだ早い、蒸し暑い風が都心を撫でていく。


 ​表参道のケヤキ並木に面した、洒落たオープンカフェ。宮沢茜は、ノートPCの蓋をぱたん、と小気味よい音を立てて閉じた。深く息を吸い、そして満足げに吐き出す。やり遂げた。中島秀行の物語は、彼女のキャリアにおける金字塔となった。テレビ、雑誌、ネットニュース……あらゆるメディアが彼女の「発見した物語」を賞賛し、彼女の名前は業界内で確固たる地位を築いた。


 ​アイスラテのグラスに残った氷が、カランと涼しげな音を立てる。茜はそれを一口飲むと、テーブルに置いていたスマートフォンを手に取った。ロック画面を解除すると、そこに表示されていたのは、彼女が時間をかけて作り上げた、次なる「作品」の構想メモだった。



​【次期『バズる人々』候補リスト】

・​毎日駅前で奇妙なダンスを踊る少女

(JK? 黒髪ロング。制服から見て進学校か。家庭環境に問題あり? 承認欲求の暴走?)


・​山奥で自給自足する謎の家族

(現代文明を完全否定。子供は学校に通っていない模様。父親は教祖的なカリスマ? 一種のディストピアか)


・​全身ハイブランドで固めたホームレス

(銀座に出没。明らかに偽物ではない。元社長? 壮絶な転落人生にドラマあり)



 ​画面の光に照らされた茜の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


 どれも磨けば光る、素晴らしい「原石」ばかりだ。


 ​彼女はメモアプリを閉じると、スマホをハンドバッグに滑り込ませた。伝票を掴んで席を立ち、その足取りには一点の曇りもない。新しい仕事への期待が、彼女の全身に活力をみなぎらせていた。


 ​ガラスのドアを押し開け、茜は夕暮れの喧騒の中へと颯爽と歩み出ていく。ブランドのバッグを揺らし、ハイヒールでアスファルトを叩くその後ろ姿は、成功した若きジャーナリストそのものだ。


 ​カメラは、雑踏の中に消えていく彼女の背中を、ただ静かに映している。物語は、終わらない。次なる聖域が失われる、その序曲が、今始まった。

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バズる人々 火之元 ノヒト @tata369

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