第4話 叙勲式(1) SIDEヴェロニカ

 

 叙勲式の、約1時間前。


 ヴェロニカは、自室で身支度を整えていた。

 身に纏っているのは、国王と次期国王候補のみが着ることを許される深い紫色のドレスだ。


 高貴さや寛容さを表すとされているその色とは対照的に、彼女はとてもイライラしていた。

 そのピリピリとした様子に、化粧をしているメイドたちが怯えた顔をする。


 そして、身支度を追え、メイドたちが逃げるように去って行った後、ノックの音がして、正装したギルバードが入ってきた。


 ヴェロニカが彼を冷たく睨んだ。



「遅かったわね」

「すまない。暗部からの報告を受けていたんだ」

「それで、あの女は捕らえられたの?」

「……まだだ」



 ヴェロニカがギリッと爪を噛んだ。

 腹の底から怒りがこみあげてくる。



「自分の父親を心配しないなんて、あの女、ずいぶんと冷たくなったものね」

「……君には敵わないんじゃないかな」



 ギルバードの言葉に、ヴェロニカが馬鹿にしたような顔をした。



「あら、あなたにそんなことを言う資格はあるのかしら?」

「……」

「嬉々として鍵を掛けていたわよね?」

「……それは」



 ヴェロニカがうつむくギルバードに笑顔で近づくと、優しく腕を絡めた。



「冗談よ。行きましょう」

「……ああ」



 歩きながら、ヴェロニカは出席者リストに目を通した。

 叙勲者の中にマリアンヌの名前が入っているのを見つけ、眉をひそめる。



「なぜマリアンヌが?」

「大型魔獣の討伐および献上に対する褒美だ」

「……そんなことがあったわね」



 ヴェロニカは顔を歪めて舌打ちした。

 従姉のマリアンヌは王位継承権を持っており、その発言は無下にできない。

 リディアの件では、何度もしつこく追及してきた。


 以前までは“豊穣の巫女”という絶対的な地位があったため、何を言われても軽くいなせた。しかし、国の状況が悪くなるにつれ、それが難しくなってきている。



(さすがに叙勲式で騒ぐような真似はしないでしょうけど)



 そんなことを考えながら、ヴェロニカとギルバードは叙勲式の会場の入口に到着した。


 会場は真紅の布で覆われており、高い天井にはめ込まれているステンドグラスからは柔らかい光が差し込んでいる。


 2人が入場すると、ファンファーレが鳴った。



「ヴェロニカ王女殿下、ギルバード様、ご入場!」



 会場にいた上位貴族たちが一斉に拍手する。


 ヴェロニカは優雅に微笑んだ。

 この瞬間がたまらない。


 彼女は微笑みながら手を振ると、国王の座る玉座の後ろに設置された王族席に座った。

 少し後に、痩せて顔色の悪い国王が入場し、玉座に座る。


 大臣が大声で宣言した。



「これより、叙勲式を開催する!」



 一斉に拍手が鳴り響き、叙勲式が始まった。


 歴史的な発明や、魔獣の討伐、水害への対処など。

 大臣がその功績を読み上げ、貴族たちが前に出ると、国王自ら声を掛けて褒美を渡す。


 ヴェロニカは作り笑顔を浮かべながら、欠伸をかみ殺した。

 興味が全く湧かない。

 自分が女王になった暁には、こんなものは廃止しようと心に決める。


 彼女は会場に目をやった。

 マリアンヌを見つけ、相変わらず腹の立つ顔をしていると嫌な気持ちになる。


 そして、ふとその後ろに目をやり、彼女は眉間にしわを寄せた。

 後ろには、恐らく討伐の立役者であろう魔法士と剣士らしき男女がおり、静かに叙勲式の様子を見守っている。


 ヴェロニカの目は、その女性の方に吸い寄せられた。

 見たことのない顔だが、どこかで会ったことがある気がする。


 ジッと見つめていると、女魔法士が、ふと顔を上げた。

 ヴェロニカと目が合い――



(……っ!!!!!)



 ヴェロニカは凍り付いた。

 あの穏やかな瞳、まさか――!!!


 そして、立ち上がろうとした瞬間、それを遮るように大臣が大きな声を出した。



「マリアンヌ・フィンシス公爵! 前へ!」



 マリアンヌと騎士らしき男、そして穏やかな瞳をした魔法士の女が、静かに前に出た。





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