第7話 閑話:冬の1日と冬祭り

 

 リディアが巨木を抜け出してから、7カ月後の午後。


 リディアとレオハルトは暖かい格好をしてブーツを履くと、外に出た。

 空は薄曇りで、庭には雪がくるぶしあたりまで積もっている。



「すっかり冬ね」

「ええ、リディアは寒くないですか?」

「大丈夫よ」



 そんな会話をしつつ、2人はブーツで新雪を踏みしめながら、庭の端の方に生えている木々に向かった。

 木の下には、大きなバケツが置かれており、布が被せてある。


 リディアはしゃがみ込むと、布を取った。

 中をのぞきこんで、嬉しそうにレオハルトを見上げる。



「見て、たまってる」

「本当ですね」



 バケツの中には透明の木の樹液が溜まっている。

 数日前、レオハルトに頼んで幹に穴を開けて、金属のストローを取り付けてもらったのだ。

 ストローからは、ぽたぽたと樹液がたれている。


 他の2つのバケツにも樹液がたまっていることを確認し、リディアがにんまり笑った。



「ふふ、これだけあればシロップが作れるわね。手伝ってくれる?」

「ええ、もちろんです」



 ちなみに、リディアがやろうとしているのは、樹液のシロップ作りだ。

 エマの情報によると、楓の木の樹液をこの方法で集めて煮詰めると、店でパンケーキを頼んだ時に一緒に出てくる茶色くて甘いシロップが作れるらしい。



(楽しみだわ!)



 2人は樹液を煮詰めてシロップにする準備を始めた。


 レオハルトが庭に火を熾している間に、リディアが台所から大きな寸胴鍋を魔法でふわふわと浮かしながら運んでくる。


 そして、バケツに入っている樹液を寸胴鍋にザバッとあけると、火にかけた。


 バケツに残った樹液を舐めてみて、リディアは首をかしげながらレオハルトを見上げた。



「味がしないわ、ただの水みたい」

「……本当ですね」

「本当にあの甘いシロップになるのかしら」



 その後、鍋の半分ほどになった液を、レオハルトが家の中に運んだ。

 布で濾して普通の大きさの鍋に入れると、交代でかき混ぜながら煮詰める。


 透明だった液体は茶色くなり、甘い香りが家中に充満する。


 スプーンにとって舐めてみて、リディアが目を輝かせた。



「甘い! 美味しい!」



 レオハルトも舐めてみて、「これは確かにシロップですね」とうなずく。


 リディアは、ほくほくしながら出来上がったシロップを瓶に詰めた。


 その日は、おやつにふんわりしたパンケーキを焼いて、上にシロップをたっぷりかけて幸せな気持ちで食べる。


 レオハルトの方はというと、かなり控えめにシロップをかけてはいたものの、美味しい物は美味しいようで、柔らかい表情を浮かべている。



 ――そして、この翌日。

 リディアはメイプルシロップ入りのクッキーを焼くと、薬と一緒に籠に詰めて、冒険者ギルドに向かった。


 外は銀色で、足首まですっぽり埋まるくらい、雪が積もっている。

 先にレオハルトが雪を踏みしめながら歩き、踏み固められた跡をリディアが歩く。


 リディアがレオハルトの足跡の上を歩いていると、レオハルトが振り向いた。



「疲れませんか?」

「お陰様で大丈夫よ。レオハルトは疲れない?」

「大したことありませんよ」



 2人が街に到着すると、街にはたくさんの人が出ていた。

 屋台の準備や飾り付けなどがされている。



(何かあるのかしら)



 そう思いながらギルドに行くと、エマとハンナが出迎えてくれた。

 薬を納品し、魔道具の開発を開始する。


 ちなみに、魔道具の方はかなり良い感じに仕上がって来ており、あと少しで特許が提出できそうなところまで来ている。



 そして、3人で一通り実験を済ませ、いつも通りお菓子を食べながらお茶を飲んでいると、ハンナが口を開いた。



「そう言えば、リディアはお祭りに来る?」

「お祭り?」



 ハンナによると、来週、毎年恒例の冬祭りが開かれるらしい。

 屋台がたくさん並び、美味しい物が食べられるらしい。



「冒険者ギルドも屋台を出すんですよ!」

「あら、そうなの?」



 エマの話によると、冒険者ギルドは毎年焼きソーセージと焼きキノコの屋台を出すらしい。



「まあ、楽しそう!」

「楽しいですよ。是非来てください!」



 その後、リディアはレオハルトと共にギルドを出た。

 街の人が屋台の準備をしているのをながめながら、冬祭りに行きたいと言うと、レオハルトがうなずいた。



「ええ、行きましょう」



 どうやら、彼も冬祭りに誘われたらしい。



「でも、ちゃんと変装はしてくださいね。外から来る人も多いそうですから」

「ええ、もちろんよ。ちゃんと耳も、髪と目の色も変えるし、帽子もかぶるわ」



 彼女は、手袋をした手を、横を歩くレオハルトの手の中に滑り込ませた。



「楽しみね!」

「ええ、そうですね」



 レオハルトが、リディアの手をギュッと握ると、「少し冷えていますね」とつぶやきながら、自分のコートのポケットの中に入れる。





 ――そして、その翌週の夕方。


 リディアとレオハルトは、冬祭りに出掛けた。


 街は柔らかい光でライトアップされており、少し雪をかぶった緑の木々が、色鮮やかなリボンなどで飾り付けされている。


 その美しさに、リディアは思わずぴょんぴょん跳ねた。



「すごい! きれいだわ!」

「そうですね」



 レオハルトがまぶしそうな顔でリディアを優しく見る。


 その後、2人は屋台を巡った。

 冒険者ギルドの屋台にも行き、店番をしていたエマから、串にささったソーセージ焼きと、きのこ焼きを買って、近くのベンチで食べる。


 レオハルトがちょっと離れた隙に、若い男性がリディアに話しかけ、戻って来たレオハルトの顔を見て怯えて逃げる、というハプニングもあったが、とても楽しい時間を過ごす。


 そして、十分祭りを堪能した後、2人は手をつないで帰路についた。

 リディアがスキップするように歩きながら、横を歩くレオハルトの手を軽く握った。



「楽しかったわ! また来年も来ましょうね」

「ええ、必ず」



 レオハルトが、リディアの小さな手を優しく包み込む。


 その後、2人は楽しく会話を交わしながら、森の家へと戻っていった。




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