第2話 夜の語らい

 

 その日、リディアとレオハルトは家に帰ると、食事の準備をした。

 2人で野菜のシチューを作って、レオハルト用の肉を焼く。


 そして食事をして片づけを済ませると、お茶と作ってあったケーキを持って外に出た。


 空が曇っているのか、星はあまり見えない。

 外は秋の夜といった風情で、冷たい風が森の葉をザワザワと揺らしている。



「ちょっと寒いわね、毛布持ってくるわね」

「では、私は火を熾しておきましょう」



 2人は毛布にくるまると、焚火の傍に座ってお茶を飲みながらケーキを食べ始めた。


 リディアが先に口を開いた。



「さっき、わたしがどうしてあの巨木に幽閉されることになったかって聞かれたけど、わたし、まだ話していなかったかしら?」

「少し聞きましたが、詳しい話はまだ」



(そういえば、あまり思い出したくなくて、詳しい話をしていないかもしれない)



 とりあえず身分のことは伏せておこうと思いながら、彼女はゆっくり口を開いた。



「わたし、昔から製薬が得意で、体が弱ってきた父の薬を作っていたのだけど、ある日突然、薬に毒が入っていたって言われたの」

「毒?」

「ええ。身に覚えがなかったのだけど、聞いてもらえる雰囲気じゃなくて、その時に、妹と婚約者が庇ってくれたの」


「…………え?」



 レオハルトがピシリと固まった。



「……すみません、今何とおっしゃいましたか?」

「え? ええっと、罰を受けさせられそうになった時に、妹と婚約者が庇ってくれて……」

「婚約者」



 オウム返しするレオハルトに、リディアが「ええ」とうなずいた。



「といっても、10年前の話だし、わたしももうこんな状態だから、婚約なんてなくなっていると思うけど」

「……そうですか」



 レオハルトが、表情を隠すように俯き加減になりながら尋ねた。



「……それで、その婚約者は、どういった方なんですか?」

「幼馴染ね。わたしが、ええっと、家を継いで、彼がそれをサポートするために婚約することになった、という感じよ」



 女王と王配の関係について、何となく説明すると、レオハルトがうなずいた。



「なるほど、政略結婚ですか。……それで、リディアは彼のことが好きだったんですか?」



 そう問いかけられ、リディアは真面目に考え込んだ。

 与えられた婚約者だったせいか、あまりそういったことは考えたことはなかった。



「……まあ、普通かしら。尊敬はしていたけど、異性として好きとかはなかったかしら。そもそも、わたし、異性を好きになるってよく分からないし」

「……っ ゲホッ、ゲホッ」



 リディアの言葉に、レオハルトが突然咳き込んだ。

 片手で口元を押さえて咳を押さえようとする。



「え! ど、どうしたの? もしかして痛いの?」

「……いえ、安心した反面、知りたくないことも知ってしまったなと」



 軽く深呼吸して体制を立て直すレオハルト。

 そして、真面目な表情に戻った彼に、

「話しの腰を折ってすみませんでした」

 と、続きを促され、リディアが再び口を開いた。



「わたしは父上に正直に話をしたいと言ったんだけど、妹と元婚約者から、少しの間隠れておいた方がいいって提案されたの。父上が少し落ち着いてからの方がいいって」

「……それで、あの巨木に」

「ええ。父上が落ち着いたら迎えに来るって話だったんだけど、全然来なくて。しかも、鍵がかかっているから抜け出せなくて」



 当時のことを思い出し、リディアがため息をつく。

 レオハルトが痛ましそうな顔で手を伸ばすと、リディアの手をそっと握る。


 その大きな手に安心感を覚えていると、彼が小さな声で尋ねた。



「リディアは、エルフ国に帰りたいと思っていますか?」

「いいえ」



 と、リディアは首を横に振った。



「思っていないわ。10年間待っても迎えが来なかったってことは、きっとそういうことだと思っているわ」



 でも。と彼女はうつむいた。



「父のことはずっと気になっているわ。まだわたしが毒を盛ったと思っているのかなって。誤解を解きたい気持ちはあるけど、もう今更よね……」



 そうため息をつくと、リディアは深刻な顔をしているレオハルトに微笑んだ。



「あまりいい話じゃないけど、あの巨木に幽閉された経緯は大体こんな感じよ」

「いえ、辛い話を話してくれてありがとうございます」



 レオハルトがリディアの頭をなでる。


 その後、2人は家に戻った。

 片づけをして、リディアが2階上がろうとすると、レオハルトがふと引き留めた。



「リディア、ちょっと待ってもらってもいいですか?」

「どうしたの?」



 レオハルトが、意を決したように口を開いた。



「おやすみのキスをしてもいいですか?」

「おやすみのキス」

「ええ、先ほどの話を聞いて、もっと積極的に行かなければ駄目だと思いまして」



 リディアは首をかしげた。

 よく分からないけど、特に断る理由もないことから、こくりとうなずく。



「ええ、いいわよ」

「では……」



 レオハルトが緊張したように身を屈めた。

 少し迷うような表情を浮かべたあと、リディアのおでこに軽くキスをする。


 リディアは思わずくすりと笑った。



(ふふ、なんか小さい頃にお母様にしてもらったのを思い出すわ)



 そして、レオハルトが屈めた身を戻す前に、彼女は彼の腕を引っ張って、その頬に軽くキスをした。



「……っ!!!!!!」

「ふふ、おかえし」



 そして、頬に片手を当てて固まるレオハルトに向かって「お先に失礼するわね」と言うと、2階に上がっていった。




 *




 レオハルトは、リディアの軽い足音を聞きながら呆然と立ち尽くした。

 上のドアが閉まる音を聞きながら、



「……負けた」



 と、しゃがみ込んだ。

 積極的に行こうと思って攻めたら、見事な返り討ちにあってしまった。

 結果として悪くはなかったが、敗北感が半端ない。



 しかし、彼はすぐに表情を鋭くした。



(……それにしても、実に気分が悪くなる話だったな)



 思い出すのは、先ほどのリディアの話だ。


 つまるところ、妹と元婚約者は、家の後継者であるリディアを無実の罪で陥れて巨木に閉じ込め、代わりに自分たちが後継者になった、ということだろう。



「……許せないな、特に婚約者とかいう奴」



 ただ、よく分からないのは、リディアをあの巨木に閉じ込めた理由だ。

 なぜ家督争いの火種になりうるリディアを殺さず、わざわざあんな場所に閉じ込めなどしたんだろうか。何か意図があったのだろうか。



「……まあ、いずれにせよ、そいつらの天下は長続きしないだろうな」



 ちょっと聞いただけで、妹と元婚約者は歪んでいる感じがした。

 歪んだ人間が歪んだ方法で家督を取っても、必ずどこかでほころびが出る。

 そして、そうなったとき、彼らは醜くあがくのだろう。



(まあ、リディアに被害さえなければ、どうでもいいが)



 そんなことを考えながら、彼はゆっくりと自室へと戻っていった。



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