第8話 【SIDE】一方、エルフ国では③

 

 リディアが巨木を離れてから、約3か月。

 王宮内の立派な執務室にて。


 ヴェロニカが険しい顔つきで書類をながめていた。

 それは、エルフ国における気温の変化だ。



(ここまで気温が低い日が続くなんて)



 ここ3カ月で、気温がグッと下がった。

 雨もあまり降らず、お陰で作物の育ちが過去見ないくらい悪い。



(このままじゃ、秋の収穫にも影響が出てしまう)



 イライラしていると、ドアが開いてギルバードが入って来た。



「ちょっと! ノックくらいしなさいよ!」



 そう叫ぶと、ギルバードがビクッと肩を震わせて、「すまない」とつぶやく。

 怒りをぶつけて少しスッキリしたヴェロニカが、何か用事かと問うと、彼は持っていた資料を執務机の上に広げた。



「学者たちが各地の気温を調べていて分かったことがあるんだ。彼らの話では、今が異常という訳ではなく、ここ10年が異常に暖かかっただけらしい」



 彼が持って来た紙には、各地の30年ほどの気温の比較が書いてあり、それはここ10年が異常に暖かかったことを示していた。



「それだけじゃなくて、川の氾濫や害虫の発生なんかも同じみたいで、ここ10年が異常に良いだけで、それが元に戻っただけらしい」



  “豊穣の巫女”であるヴェロニカの祈りが切れてしまったという見方をしている者も多くおり、各地から祈りを捧げて欲しいという依頼が相次いでいるらしい。


 ヴェロニカはギリッと奥歯を噛みしめた。

 当然ながら彼女にはそんな力はない。

 この豊穣は、魔力泉に姉リディアを閉じ込めているからこそ得られる恩恵だ。


 と、ここまで考えて、彼女は思い当った。

 もしかして魔力泉にいる姉リディアが何かしたのではないだろうか。


 彼女はギルバードに尋ねた。



「静寂の巨木の鍵はあなたが持っているのよね?」

「え? ああ。間違いなく僕が持っているよ」

「あそこに最近行ったことは?」

「いや、ない。10年前に行ったきりだ」



 そして、彼もハッとしたような顔をした。



「もしかして、リディアに何かあったのか?」



 ヴェロニカが首を横に振った。



「あそこに閉じ込められたエルフたちは病気やケガなどは一切しないそうよ」

「……では、脱出したという可能性は?」



 ヴェロニカはイライラしたようにギルバードを睨みつけた。



「この私が試しにやって抜け出せなかったのよ! あんなボンヤリした女が抜け出せるはずがないじゃない!」

「……そうだな。リディアはボンヤリしている上に優しい娘だったからな」



 ギルバードが聞こえないくらいの小さな声でつぶやく。


 ヴェロニカがため息をついた。



「あの女があそこから抜けることも死ぬこともないとすれば、これは本当の異常気象なのよ。……となると、まあ、仕方がないわね」



 ヴェロニカは呼び鈴を鳴らすと、薬師長を呼んだ。


 どこかビクビクした中年の男性エルフがやってくる。



「あの、何の御用でしょうか」

「10年前にリディアが作っていった肥料はまだ残っているかしら?」

「は、はい」

「どのくらいあるの?」

「……今起こっている不作に対応するのであれば、恐らく半年分ほどかと」

「では、それを“豊穣の巫女の恵み”として配りなさい」



 薬師長が無言になる。

 ヴェロニカは彼を睨みつけた。



「聞こえなかったの? 私が言っているのよ?」

「……かしこまりました。お言いつけ通りにいたします」



 薬師長が、苦しげな表情浮かべながら、深々とお辞儀をして出ていく。


 ヴェロニカは考えを巡らせた。

 過去の異常気象は、季節が変われば収まった。

 半年もあれば問題なくなるだろう。



「気にするまでもないわね」



 そう高を括る。




 そして、この数か月後、彼女はリディアが巨木から逃げ出したことを知ることになる。



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