第2話 黒幕、学生になる

 ふ……ふふふ……。


 ふははははッ……!


 ふわははははははッ!!


 ――これぞ、漆黒に染まりし笑いの三段活用ッ!

 

 我ながらあっぱれなもんだ。

 

 おっと、別に理由もなく笑っているわけではないぞ?


 見ろ!


 この女子の海原を!


 鮮やかなリボンで結ばれた長い髪。春風にふわりと舞うスカート。

 きらめく瞳を輝かせて、あちこちで友人同士が歓声を上げている。


 真新しい制服に袖を通した少女たちは、花のように咲き誇り、学院の門前を彩っていた。

 清楚な雰囲気の令嬢、元気いっぱいに跳ね回る庶民派の娘、魔導書を抱えてすでに学問の世界に没頭している少女……。


 どの一人を取っても「青春」という名の魔力を放ち、空気そのものを華やかに染め上げている。


 エルディア王国の王都に位置する、エルディア王立魔導学院。

 俺の力をもってすればここに入学するのはたやすいことだ。


 なぜここを選んだって?


 そりゃまあ……制服がかわいいからだ!

 そしてなにより、スカートが短いッ!


 せっかく黒幕をやめたんだから、これからは欲望に忠実に生きると決めたんだ。


「ふっ、ここが俺の新たな人生の始まり、か」


 とりあえず平静を装おう。

 余裕のある男はモテるって前世のじっちゃんが言ってた。


 だが次の瞬間、そうすべてはうまくいくだろうという俺の幻想は砕かれた。


 風によって、目の前の女子のスカートが捲られたのだ。

 そして俺の視界に入ってきたのは――。


「く、黒だと……!?」


 けしからん!!

 けしからんぞッ!!


 今時の学生はこんな下着を履いてるのか!?

 それとも俺は黒の下着が好きなのを知ってわざと誘っているのか!?


 いや、待て。

 落ち着け、ルシアン。


 今の俺は黒幕じゃない。

 だからわざわざ俺に媚びる理由がないのだ。


 おっと、危なかった。

 これがいつもなら食いついたもんだった。


 俺は新しい人生を歩むと誓ったのだ。

 

「くっ……この俺がこれしきのパンチラで屈するか……!」


 いいか、ルシアン。

 お前はやればできる子だ。


 こんなところで女子を襲って学園生活を無駄にするな。

 好きな人を見つけて、イチャイチャちゅーちゅーするんだ! 


 ふっ、なんという巧妙な罠。

 あやうくかかったところだったぜ。


 よし、だんだんと落ち着いてきたぞ?


 ふ……ふふふ……。


 ふははははッ……!


 ふわははははははッ!!


「見たか世界! これが俺の精神力だッ!!」


 俺はやった……やったぞ!!


 世界を征服していた男がパンチラなんかに屈するものか!


 ……さて、そろそろ入学式の会場に行くとするか。


 いや、待て……。


「風が止んだ……?」


 さっきまで吹いていたはずの風が、今はゴブリンに追われた人が息をひそめて隠れているかのように静かだ。

 

 ふ……ふふふ……。


 ふははははッ……!


 ふわははははははッ!!


 この俺を試すか!?


 俺がほんとにパンチラに未練がないか試しているな!?


 ……認めよう。


 俺は屈した……。


 だがそれはお前にじゃない!!

 俺が屈したのは女の子の下着であることをゆめゆめ忘れるでないぞ!! 世界よ!!


 よし、こうなったら、俺のスキルで時間の流れを遅れさせて――


「は、早まるなッ!!」


 あぶない。

 つい油断してしまった。


 俺は「虚数」の力を封印するって決めたんだ。

 今の俺はただのルシアン。ルシアン・シルヴァードだ。


 思い出せ!


 お前の目的はなんだ。

 女子の下着を見てそれで満足するのか。


 いや、違うだろう。

 

 そう、俺は好きな人を見つけて……うん?

 なんかさっきも同じことを思ってたような?


 まあいいか。




 会場――それはエルディア王立魔導学院の誇りとも言える、大講堂。


 天井はまるで星空を閉じ込めたかのように魔導光で輝き、金色の装飾が夜空の星座を縁取っていた。

 壁には歴代の大賢者や英雄たちの肖像画が並び、今まさにこの場に集う新入生を厳かに見下ろしている。


 大理石の床には王国の紋章が魔法陣のように刻まれ、淡く光を放っていた。

 その中心に据えられた壇上には、学院長席。そこには既に高位の魔導師たちが並び、威厳と魔力の気配を漂わせている。


 そして――大講堂を埋め尽くすのは、未来を担う新入生たち。

 制服姿の少年少女たちが期待と不安に胸を膨らませながら、ひしめき合っていた。


 誰もが誇らしげに胸を張り、今この瞬間を一生の思い出として刻もうとしている。


 そして、俺はというと――


「匂うな……」


 いい香りだ。

 さっきから隣の女子からすごいいい匂いがする。


 ちょっと視線を横目にしてみる。


 うわー!

 なんだ、この女の子!?


 陽光を閉じ込めたような金の髪が、肩の上でさらさらと揺れている。

 肌は雪よりも白く、瞳はルビーのように深紅に輝いていた。


 一目見ただけで「高貴」という二文字がこれでもかと脳裏に焼き付けられる。


 背筋はぴんと伸び、まるで自分こそがこの場を統べる存在だと言わんばかりの堂々たる気配。

 けれど、その横顔にはほんの少しの憂いが浮かんでいて……それがまた妙に心をくすぐる。


 心なしか、この女の子もたまにちらちらと見てくるような気がする。


 分かる。

 分かるぞ。


 ――さては俺に惚れたのだな。


 これだからモテる男は困るのだ。

 しょうがない。声かけてやるか。


「俺の名前はルシアン、ルシアン・シルヴァードだ。君は?」


 どうだ?

 なかなか爽やかだろう?


「ひっ、ひぃっ……! セ、セリーナよ!」


 セリーナか。

 いい名前だ。


 この時、俺は知る由がなかった。

 俺とセリーナがあんなことになるなんて。

 

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