プライズ・ハート ~ゲームセンターで見つけた恋~

トムさんとナナ

プライズ・ハート ~ゲームセンターで見つけた恋~

## 第1章 初めてのゲームセンター


「美咲ちゃん、今日は絶対に逃がさないからね!」


親友の千夏が私の腕をぐいぐい引っ張りながら、きらびやかなネオンサインの前で立ち止まった。『GAME STATION RAINBOW』という文字が七色に輝いている。


「で、でも千夏ちゃん、私ゲームセンターなんて……」


村田美咲、二十歳。大学二年生。恋愛経験ゼロ。人混みが苦手で、休日は図書館か自分の部屋で本を読んで過ごすのが常だった私にとって、ゲームセンターは別世界の場所だった。


「何言ってるの!大学生活も折り返しなのに、こんなに面白い場所を知らないなんてもったいないよ」


千夏は私の手を取って、自動ドアをくぐった。瞬間、色とりどりの光と電子音に包まれた。頭がくらくらする。


「うわあ……」


目の前には見たこともない光景が広がっていた。太鼓を叩く人、画面に向かって踊る人、レーシングゲームに熱中する人。そして一際目を引いたのは、透明なケースの中にぎっしりと詰まったぬいぐるみたちだった。


「あ、あれは何?」


「プライズゲーム!UFOキャッチャーとも言うのよ。クレーンで景品を取るの」


千夏が得意げに説明する。その時だった。


「いらっしゃいませ」


振り返ると、清潔感のある制服を着た男性が立っていた。濃紺のポロシャツに『STAFF』と刺繍が入っている。背は高くはないけれど、整った顔立ちで、何より目が優しい。


「何かご不明な点がございましたら、お気軽にお声掛けください」


彼はにっこりと笑って立ち去った。私の心臓が、なぜかドクンと跳ねた。


「美咲?顔赤くない?」


「え、えーっと……暑いから……」


千夏はにやりと笑った。「もしかして、今の店員さん?」


「違うよ!」


でも、頬の熱は引かなかった。



## 第2章 全然取れない


「まずは簡単そうなのから挑戦してみよう!」


千夏に押し切られて、私は一台のプライズゲーム機の前に立った。透明なケースの中には、白いうさぎのぬいぐるみがぎっしりと詰まっている。


「100円入れて、このボタンでクレーンを操作するの。簡単でしょ?」


簡単、と千夏は言ったけれど。


一回目。クレーンはうさぎの頭上を素通り。


二回目。今度はうさぎの耳を掴んだけれど、持ち上がる途中で落下。


三回目、四回目、五回目……。


「あー!また落ちた!」


気がつくと、財布の中の100円玉が半分以下になっていた。そして、私の周りには小さな人だかりができている。


「あの子、全然取れてない」

「手首がぶれてるよ」

「狙いが甘いんじゃない?」


恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だった。千夏は別のゲーム機に夢中になっていて、気づいていない。


「もう無理……」


諦めかけた時だった。


「少しコツをお教えしましょうか?」


振り返ると、さっきの店員さんが立っていた。名札には『藤田』と書かれている。


「あ、あの……でも、お客さんに教えるのって……」


「大丈夫です。お困りのようでしたので」


彼は私の隣に立った。近くで見ると、思ったより若い。大学生くらいかもしれない。


「まず、クレーンの位置をよく見てください。正面からだけじゃなくて、横からも」


彼の説明は分かりやすかった。狙うポイント、タイミング、力の入れ具合。


「今度は私がやってみます」


100円を入れて、教わった通りに操作する。クレーンがゆっくりと降りて、うさぎの体をしっかりと掴んだ。


「あ……」


うさぎがゆらゆらと持ち上がる。でも、出口の手前でまた落ちてしまった。


「惜しいですね。でも、位置は完璧でした」


「完璧って言われても、取れなきゃ意味ないじゃないですか……」


思わず口に出してしまった愚痴に、彼は困ったような顔をした。


「あの、もしよろしければ……」


彼は周りを見回してから、小声で言った。


「このうさぎ、実は位置がちょっと特殊なんです。普通のやり方だと取りにくくて」


そう言って、彼は100円を入れた。


「え、でも……」


「大丈夫です。これは接客の一部ですから」


彼の操作は見事だった。クレーンは迷いなくうさぎの足元に潜り込み、絶妙な角度で持ち上げる。うさぎはするりと出口に滑り落ちた。


「やった!」


思わず声を上げてしまった。彼はうさぎを取り出して、私に差し出した。


「おめでとうございます」


「あ、ありがとうございます……でも、私のお金じゃないし……」


「気にしないでください。お客様に楽しんでいただくのが僕たちの仕事ですから」


彼の笑顔は本当に優しくて、またしても心臓がドクンと鳴った。


「あの……お名前は?」


「藤田です。藤田直樹」


「私は村田美咲です。ありがとうございました、藤田さん」


「美咲さんですね。覚えました」


彼が私の名前を呼んだ瞬間、胸がきゅんとした。これが、恋って感情なのかな。



## 第3章 通い詰める日々


それから私は、週に三回はゲームセンターに通うようになった。


最初は千夏と一緒だったけれど、だんだん一人で行くようになった。理由は一つ。藤田さんに会いたかったから。


「今日はどの機械に挑戦されますか?」


彼はいつも気さくに声を掛けてくれた。私のプライズゲームの腕前は、少しずつだけれど上達していた。


「この前教えてもらった技、使えました!」


「本当ですか?何が取れたんです?」


「これです」


私は鞄からピンクのくまのぬいぐるみを取り出した。


「可愛いですね。大切にしてください」


「はい!」


嬉しくて、つい満面の笑みになってしまう。藤田さんも嬉しそうに笑った。


でも、だんだん気づき始めた。彼は私にだけ特別親切なわけじゃない。他のお客さんにも、同じように優しく接している。


「藤田さんって、誰にでも親切ですよね」


ある日、思い切って言ってみた。


「そうですね。接客業ですから」


そっけない返事だった。でも、その後小さく付け加えた。


「でも、美咲さんは真剣にゲームに向き合ってるから、応援したくなります」


その言葉で、また希望の火が灯った。



## 第4章 ライバル出現?


三週間ほど経った頃、私にとって衝撃的な光景を目にした。


藤田さんが、きれいなお姉さんにプライズゲームを教えていたのだ。その人は私より背が高くて、髪もきれいにセットしていて、服装もおしゃれだった。


「藤田くん、ありがとう!今度お礼させて」


お姉さんは藤田さんの腕に軽く触れた。私の胸に、今まで感じたことのない感情が湧き上がった。嫉妬、だった。


その日はゲームに集中できなくて、早めに帰った。


翌日、恐る恐るゲームセンターに行くと、藤田さんは一人でプライズゲーム機の整備をしていた。


「美咲さん、今日も来てくれたんですね」


いつもと変わらない笑顔だった。でも、私には素直に笑えなかった。


「藤田さんって、女性のお客さんに優しくするのがお仕事なんですか?」


思わず、とげのある言い方になってしまった。藤田さんは驚いたような顔をした。


「美咲さん、どうしたんですか?」


「昨日、きれいなお姉さんに教えてるの見ました……」


言ってしまってから、自分の子どもっぽさに気づいた。でも、もう後戻りできない。


藤田さんは少し困ったような、でも嬉しいような複雑な表情をした。


「もしかして……嫉妬してくれてるんですか?」


「えっ?」


「昨日の方は、常連のお客様で。僕にとっては、美咲さんの方が……」


そこまで言いかけて、彼は口を閉じた。でも、その瞬間の表情で十分だった。


私の頬が一気に熱くなった。



## 第5章 告白の勇気


それから数日、私たちの関係は微妙だった。お互いに意識しすぎて、自然に話せなくなってしまった。


そんなある日、いつものようにプライズゲームに挑戦していると、新しい景品に気がついた。小さなハートの形をしたクッション。ピンク色で、とても可愛い。


「あ、新しい景品ですね」


後ろから藤田さんの声がした。


「はい。可愛いですね」


「取ってみますか?」


「でも、難しそう……」


「美咲さんなら大丈夫です。この三週間で、すごく上手になりましたから」


彼の言葉に勇気をもらって、挑戦することにした。


一回目。クレーンはハートクッションの横を掴んだ。でも持ち上がらない。


二回目。今度は上手く掴んだけれど、出口手前で落下。


三回目。またしても失敗。


「あー、ダメです。私にはまだ無理みたい……」


諦めかけた時、藤田さんが100円を入れた。


「藤田さん?」


「僕にも、やらせてください」


彼の操作は相変わらず見事だった。ハートクッションがするりと出口に落ちる。


「はい」


彼がハートクッションを私に差し出した時、何かいつもと違う雰囲気を感じた。


「ありがとうございます」


受け取る時、指先が触れた。藤田さんは少し赤くなった。


「あの、美咲さん」


「はい?」


「このハート……僕の気持ちだと思ってもらえませんか?」


え?


「僕、美咲さんのことが……好きになりました」


時が止まったようだった。ゲームセンターの騒音も、周りの人の声も聞こえない。


「私も……私も藤田さんのことが好きです」


やっと絞り出した声は震えていた。でも、ちゃんと伝わったと思う。


彼の顔が、ぱあっと明るくなった。


「本当ですか?」


「はい」


私たちは見つめ合って、そして同時に笑った。



## 第6章 新しい世界


それから私たちは付き合うようになった。


藤田さんは大学三年生で、ゲームセンターでのバイトは生活費を稼ぐためだった。将来は小学校の先生になりたいと言っていた。


「美咲さんは、僕が出会った中で一番真っすぐな人です」


ある日、お互いのバイトが終わった後、近くのカフェで彼がそう言った。


「真っすぐって?」


「ゲームでも恋愛でも、一生懸命で裏表がなくて。そういうところが、すごく可愛いんです」


顔が熱くなった。でも、嫌じゃない。


「藤田さんこそ、優しくて頼りになって……私なんかには もったいないくらいです」


「そんなことありません」


彼は私の手を握った。


「美咲さんは、僕にゲームの楽しさを改めて教えてくれました。一生懸命に挑戦する姿を見てると、僕も頑張ろうって思えるんです」



## エピローグ 一年後


「美咲ちゃん、また取れた?!」


千夏が驚いたような顔をしている。私の前には、今日のゲット品が並んでいた。ぬいぐるみが三個、キーホルダーが二個。


「うん。最近調子いいの」


「すごいじゃない!もう私より上手いよ」


隣では、直樹さん(もう下の名前で呼んでいる)が微笑んでいる。彼はもうすぐバイトを辞めて、教育実習に専念する予定だ。


「美咲の腕前なら、僕がいなくても大丈夫ですね」


「そんなこと言わないでください。直樹さんがいるから頑張れるんです」


「ありがとう」


そんな私たちを見て、千夏がにやにやしている。


「美咲ちゃん、本当に変わったよね。前は人と目も合わせられなかったのに」


確かに、私は変わった。恋をして、少しずつ積極的になれた。今では初対面の人とも自然に話せるし、大学でも発言できるようになった。


「全部、直樹さんのおかげです」


「僕だけじゃありません。美咲さんが勇気を出したからです」


プライズゲームで最初に取ったうさぎのぬいぐるみは、今でも大切に部屋に飾ってある。そしてハートのクッションは、ベッドの上にある。


二人の思い出が詰まった景品たち。それは私たちの恋の軌跡でもある。


「今度は僕が美咲さんに教えてもらう番ですね」


「何をですか?」


「恋人らしいデートの仕方とか……」


直樹さんの顔が少し赤くなった。私も恥ずかしくなったけれど、嬉しかった。


ゲームセンターで始まった恋。プライズゲームで育んだ愛。


私たちの物語は、まだまだ続いていく。


色とりどりのネオンサインが輝く『GAME STATION RAINBOW』の前で、私たちは手を繋いで歩いている。


取れなかったたくさんの景品より、一つの大切な恋を手に入れた私。


これからも、二人でいろんなゲームに挑戦していこう。人生という名のゲームも、一緒に。


─── 完 ───


**あとがき**


恋愛経験ゼロの美咲が、ゲームセンターでの出会いをきっかけに恋を知り、自分を変えていく物語でした。プライズゲームという共通の体験を通じて、二人の距離が縮まっていく過程を描きました。


美咲の成長と、直樹の優しさ。そして二人を取り巻く温かい環境。すべてが組み合わさって、甘酸っぱくて心温まるラブストーリーになったのではないでしょうか。


読者の皆様にも、美咲と直樹のような素敵な出会いが訪れますように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プライズ・ハート ~ゲームセンターで見つけた恋~ トムさんとナナ @TomAndNana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ