サイコロの赦し

谷垣 友僖榮

1章 親

〖1.どん底〗


 父を亡くした。涙は出なかった。

 母との死別で父の様子は変わった。

 架空の母にボソ、と語りかけては返事をした。 

 車、時計、絵画など金目のものを現金に替え、マンションが売れた日通帳を俺に見せ遺言めいたことをいった。

 母の1周忌法要中に母と同じ急性心筋梗塞で倒れ逝った。

 葬儀を仕切ったのは父の大学時代の旧友だった。

 父が山をこよなく愛したという話をした人とは以前会ったことがある。そこは皇居を望めるオフィスだった。その弁護士が葬儀後に「お父さんはお母さんのことが本当に好きだった、二人はもう一緒に居ると思うし、二人で君を見守り続けると思う。遺産は私が管理し、月二十万円を君の口座に振り込み、成人する日に精算する。充分なお金を残して逝ったよ、お父さんは」と、名刺をくれた。

 独りになり俺も架空の相手とボソ、と話し、数日を過ごしていた。

 生の声を、久しぶりに担任からの電話で聞いた。学費は免除されると彼はいった。遺児救済制度の遺児、この響きが目覚めさせた。

 役所に電話を入れた。

「親代わり制度」というものを知った。

 施設の風土に馴染むまでもなく卒園年齢に達する高校生以上の遺児の独立を支援しようと、有志が下宿を無料で負担する仕組みらしく、俺はその制度を選択した。

 さいたま新都心駅の改札にカードをかざすと、アーチ状の屋根を透き抜けた陽光が改札広場を暖かく包んでいた。

 真っ白な肌の女性が俺に手を振りながら近寄り「岩元君?」と訊き、俺が頷くと小林菊菜と記された名刺をくれた。

「岩元君の要望に適うところを紹介できそう」といった。動くたびに絹のような頬が煌めいた。

「事務所で詳細事項を確認して」と時計を覗き「西川口なら間に合いそうね」と俺の目をみて微笑んだ。

 事前送信した幾つかの希望に下宿場所は「西川口駅近く」と記した。

 西川口はさいたま新都心から京浜東北線で登り方面、六つ目の駅になる。

 西川口には俺の現実が残っていた。幽愁の人となった父が生を放棄する手続きに入り俺は孤独を感じ、現実に対する意義に疎くなり、ときに、鏡には父のような虚ろな俺が映るようになり、架空の友がその俺を蔑んだりした。しかし、崩落する俺を、傍観する俺と抗う俺がいて、後者を維持した現実が、西川口のフルコンタクト空手道場だった。

 フルコンタクト空手は直接当てる空手で、それまでの寸止め空手という概念に対して相対させたネーミングだ。

 打ち合うとアドレナリンが身を染め刹那の無を味わえた。

 車中小林さんが「空手の話をするときの岩元君って目を輝かせるのね」といった。   

 西川口駅の西口階段を降りて北西へ歩くと「二三舟」と大書された建物側面に設えた看板の文字が目に入った。

 少し歩いて路地をくねると民芸調の格子玄関の前でマスターらしき人が箒と塵取りを下げたままこっちに視線を向けていた。

 背が高く厚くて広い胸板と二重瞼。思い出せないが、過去に会った気がする。

 店の玄関と横並びのサッシ戸を開けると木製の階段があり、踏むたびに軋む音がした。狭い踊り場を右折する形で短い廊下があり、右側手前の部屋に通された。

「君は廊下の向かい側の部屋を使いなさい。そして、風呂とトイレの掃除は毎日する。店の片付けだけ手伝って賄を食べればいい。挨拶と返事はきちんとしてくれ。命日には両親の墓参りにいく。これだけを守れるなら今日からでも住んでいい。どうだ?」とマスターが俺に訊いた。

 マスターの瞳に映った俺と俺の目が合った。

「はい」と返事をしていた。

 マンションの明け渡しは月末だ。残り荷の処分は後日でいい。ワゴンタクシーに布団と着替えと洗面具、教科書と鞄と道衣を積み込み、今度は自動車の窓から荒川を望んだ。

 頃合いをみて店の片付けに降りた。数人の客が声をかけてきた。マスターが俺のことを話していたようだ。

 最後の客が帰る頃、マスターが「掃除の前に、腹減っているだろ」といって、雪平鍋とどんぶり飯と大盛りの漬物を出してくれた。

「冷蔵庫にある水とお茶は自由に飲んでいいぞ」とマスターは焼台についた焦げをそぎながらいった。

 牛テールの塊肉、ニラ、溶き卵、ニンジン、きざんだ長ねぎがどっさり盛られたテールスープとどんぶり山盛りの麦飯、かぶと胡瓜とセロリの糠漬けに醤油と一味唐辛子が降らしてある。

「どん底って言葉があるだろう。なぜ、どん底を味わうか知っているか。どん底でしかどん底の景色は見えないだろ。その体験することが君には意義があるからだ。だから、受け容れる方がいい。痛いけどな。精神が干からびたらとことん寝ることだ。寝て、寝て、寝続けたら少しは潤いが戻る。そこからはじめたらいい。十字架を背負ったからできることがある。それは知ったからやることがある」といった。

 俺の境遇を俺はマスターの言葉のように考えたことがなかった。


〖2.古木〗


 翌朝、二三舟(にさんしゅう)の二階で目覚めた俺は、昨日の暗転を想起した。 小林菊菜という女性が俺を誘い、中山一春という大人に引き合わせた。

 いきなり幾つかのルールが言い渡された。

 抵抗なくそれを受け入れた。

 茗荷谷から荷物を運び、閉店作業に就き賄が出され、話を聞き、ここで寝た。

 依存先に俺はいる。

 従って生きる方が自らを主導して生きるより楽なこともあると知った。

 でも、そう生きてばかりいるうちに自分の何かが腐ってしまうような気がして抵抗もあった。

 軋む板にひび割れた柱、間違いなくテレビが白黒だった時代に建った家に、何はどうあれ俺は世話にならざるをえない。

 身体を洗い、教科書とノートと道衣と財布を鞄に詰め、静かに階段を降りた。駅前の立ち食い蕎麦屋で天玉そばと稲荷を二つ腹に入れ学校のある池袋に行った。

 帰路、西川口駅を二三舟の逆口に降りた。 

 五分も歩けば道場がある。

 木肌に染み込んだ匂いが好きだ。飾りを無毛にする。本質以外の意味を消す。この匂いに妙に落ち着く。

 事務局で住所移転を伝えると奥から「相談に乗るぞ」と村松さんがいった。

 村松さんは師範代の肩書はないがそのような立場の人だ。

 俺は、駅の逆口にある二三舟と飲食店の二階で既に生活をはじめたこと、そこのマスターが俺の里親だということを説明した。

 道衣に着替え敷居の前で「押忍」と十字を切り左足から跨ぎ、道場正面へ直立し「押忍」と二度目の礼をする。外と内との二パターンがあるようだが、俺は二回、礼をしている。

 空手で快感を味わえる。

 バイクなら風とのように空手なら相手と一体になれるときがあるように。

 すると、俺は殻だけになり軽くなる。蒸気のようになる。

 閉店四十五分前になり店に降りていく。

 酒の力で非日常に酔う、客の日常を思い遣ると社会勉強になる。そう考えながら洗い物をした。

 洗い場におかれた皿やグラスの脂汚れをスポンジで落とし食器洗浄機にかける。昨日も今日も四回かけた。一回分の洗いものが約一万円の売上を物語る。俺の前には約八回かけるそうだから、二三舟は月に三百万円を売る店だと分かる。

 パートの三原さんがあれこれこっそりと俺に教える。  

 閉店作業が済む頃、最後の客が勘定を済ませて帰っていった。三原さんが先に帰り、竹田さんがそのあと帰って行く。マスターは賄を出し俺の隣に腰かけ水割りをやる。

 俺はマスターに告げた。弁護士から振り込まれる金で道場に通い続けると。

「店の片付けだけ手伝え。晩飯はだす。上の部屋はお前が自立できるまで使え。光熱費は気にするな。礼儀を守って、迷惑をかけることはするな。お前がやりたいことをやれ」とマスターはいってグラスを口に運んでいた。

 賄の食器を拭き終えたときだった。

「武道の目的って知っているか?」とマスターが口を開いた。やおら振りむくとカウンターに座るマスターはニコッと微笑んでいる。

「どんな方法でも勝てばいいということではない。道がつく訳だから、これからの歩みを豊かにする勝ちが大切だ。技的には自然の理に適った技法で勝つ。精神的には無我の境地で勝つ。この枠内で極めて意義になる」

 斬新な理屈だ。

「これからお前を……、マサトシだからトシって呼んでもいいか。おまえは俺のことをマスターじゃなくて中山さんと呼べ」と中山さんがいい、またニコッと微笑み「グラスも洗ってくれるか?」といってグラスを俺に渡し、二階へと上がって行った。


〖3.人らしく〗


 三週間が経過した頃、俺は二三舟での生活に馴染んでいることを自覚していた。

 やたらメディアに露出しているAI研究者黒川才八(せいはち)が目の前にいる。

「ささみの湯引き」という人気商品がある。鳥のささみを熱湯に入れる。白く表面が変色したら氷水に浸ける。ささみの奥は薄紅色のままだがほんのり温い。

 黒川さんは多めの刻み葱と酢味噌に絡めて口に放り込み「美味い!」といい生麦酒を飲み干し、「串はおまかせで」といい、空いたジョッキを持ち上げた。

 俺がお代わりを出した。

 禿げあがった額を俺に向けて、「たまジャン麺」をすする。金縁眼鏡はくもっている。

 ごわごわした太麺がテグタンスープを絡め、長ネギととき卵と肉の佃煮と刻んだキムチがアクセントを加える。スープの味の決め手であるコチュジャンは、焚いたもち米を麹で発酵させ、砂糖と唐辛子だけを加えた中山さん手作りの逸品だ。

 さて、黒川さんがわざわざ荒川を越えて二三舟にやってくる本命の理由は他にある。中山さんからヒントを得るためだ。

 ここでは「面談」と呼ぶ。予約制、パターンは夜九時頃来店し食事をしながら閉店を待ち「面談」に臨み質問をする。回答を聞く「面談」者の顔色が明るく変わるとそこで中山さんは話を止め「面談」は終了する流れだ。

 俺がのれんをしまう。一般客は席を立つが、今日は黒川さんが残る。

 俺は片付けながら耳を傾ける。

「AIが世界を統治するようになるだろうね。これも神の仕業だと思わないか黒川さん?」と珍しく中山さんから話しかけた。

「神の仕業か、そうかも知れないね」と黒川さんが「マスター、AIに発想する能力を持たせたいと思っている。いいヒントがあれば?」と訊いた。

「文系の頭脳に助けてもらうのはどうだろう。理系頭脳からしたら風変りな発想を生むかもね。インスピレーションは降ってくるものばかりではなく異質の刺激から気づかされることもある。理系の盲点が文系に明瞭だったりする。大人が気にも止めない鳥を幼い子どもは注視していたりする。本物の詩人や哲学者を招いて自由に発言させてみては」と中山さんがいった。

「早速やってみる。ありがとう」

 黒川さんが乗り込んだタクシーを見送って店に戻った。

「人間らしさが生き残りの鍵になるな。人らしさの身につけ方をトシは知っているか?」と中山さんが俺に訊いた。

「知りません。人らしさについて考えてみたことはありません」と答えた。

「心の奥、更にもっと奥、と深層で何が起きて心というものがつくられるのかを知ろうとすることだ。そして、知ったことを逃さない。印をつけておくといい。次に、いじる。いじるとは、印に刺激を与え反応を身体で味わうことだ。ひとつずつ自分について、つまり、人についての知識を蓄積することが人らしさの身につけ方だ」

 このときの中山さんは、何かを見ながら話しているように俺には感じた。


〖4.菩薩行〗


 二三舟のカウンター越しで人間模様を観察するようになって四ヵ月半が過ぎた。

 酔うと本音が出るから聞いていても面白い。なかには正直者は馬鹿を見るのを恐れてか言葉に検閲をかけたしおれた語りがある。語る顔までしおれて見える。 

 たまにだが、正直な物言いに素敵な素朴さを感じる人がいる。理由は単純だと思う。周りが真似できない本音に基づいた生き方をしているから、小細工が不要なのだろう。

 俺自身、どちらのタイプの大人になるだろうかと考えた。勿論、素敵な素朴さに惹かれるから、そちらの生き方を選びたいのだが、そうなるためには自分で生きていく環境をつくり出さないといけない気がした。上司の意志に従わなくてならないサラリーマンでは、本音を「金庫」にしまわざるを得ない場面が予想できるからだ。

 人の生き方をのぞき見したい、もっと知りたいと欲が出てきた。

 男を振り向かせる美人が西川口にいる。

 彼女は、ラウンジ「カノン」のママである杉山マリさんだ。お客を見送って、休憩がてら二三舟に立ち寄る。

 マリさんを見ていれば中山さんに惚れていることは俺にだって分かる。

「ねえマスター、明日のお昼に映画行かない?」

「スケジュールが空いたらこっちから声をかけるって」と中山さんが不愛想にいった。

「もう、かれこれ九年よ、そのセリフ、飽き飽きした」と甲高い声でマリさんがいった。

「飽きたらもう誘うな」と中山さんが投げ捨てるようにいった。

「にくたらしいわね、ねえトシ君そう思わない、ねえ?」とマリさんが俺に訊いたが会釈ぐらいの対応しか俺にはできない。

 中山さんは火を躱すように体位を傾け、串皿をママの前に置こうとした。受け取った皿に下りた目線を中山さんに戻したマリさんが「今日は許すけれど今度断ったらマスターとは絶交よ」と、お決まりの文句を吐いた。

 常連の金子さんが「マリママとデートしたいっていうやつは掃いて捨てるほどいるでしょ?」

「副会長さん、マスターにもっといってあげて」

 金子さんは西川口一丁目商店街の副会長で昔ながらの電気屋さんだ。

 引っ越してきてすぐの休日に金子さんの自宅に招かれ、夕食をごちそうになった。 

 その時金子さんは、「マスターはいい人だよ。信用してついていきな。実は桁違いな資産家だって噂だよ。自分では決していわないけれど」と教えてくれた。

「二三舟で労働するって矛盾しませんか?」と俺は訊いた。

「考え方は人それぞれだからね」

「どんな考え方だと思いますか?」

「それはマスターに訊くしかないな」

 俺はあの時の会話を思い出した。

 今日の賄は、やきとり丼とスープカレーだ。どんぶりに盛られた具材はタレ焼きの黒豚バラとハラミ串が二本ずつ、塩焼きのシシトウとシイタケ串の脇に刻み葱を降らしたイカの塩辛。テールスープに炒め野菜をどっさり入れ煮たて、火を止めルーで仕上げる。

 ここにいると料理も学べる。先日、料理は耳でするものだと教わった。鉄製のフライパンにたっぷり胡麻油を敷きチジミの粉をおたまで流し野菜をのせる。フライパンをみないで油の跳ねる音に耳をたてた。仲間で大笑いしたあと、少しの間、場の空気が静まるときの如く、跳ねから歩きに音色が変わった。中山さんがチジミを裏返した。

 中山さんは「分量は同じでも日によって異なる。だから」と耳を指した。

 隣に中山さん腰掛けた。今日はサントリー「響」の水割りだ。分厚い専用グラスに氷がカラコロとちょっかいをかけてくる。

「中山さん、杉山ママはお金と人気があるけど家族や恋人には不足を感じている。その逆で、金子さんは家族にはすごく恵まれているけど経済的には裕福ではない。いろんな人がいる、といわれればそれまでですが、なぜそうなるか訳を教えてください」と俺は質問した。中山さんは例のニコッとした微笑みを浮かべた。

「そうなるのは、そうなると思い込んでいるからだ。もっと本質的な解釈だと、そうなるように心の深くにある生の行程を設定しているから、になる。ママは多分、修業時代に凄腕の経営者の下でしっかりとした成功ノウハウを体得したはずだ。体得したノウハウに対して一分の疑いもなく心底信じていると感じるな。成功するかも、ではなく成功するという信念、もしくは掟かもしれない。誰にも明かさない秘訣ともいえる。秘訣を行使する限りママの店で客はお金を落とし続けていく。家族や恋人は秘訣の行使を邪魔する雑念だと捉えているのではないかな。ママにとって、男は恋愛の対象である前に仕事の対象だし、仕事の成就に固執がある限りその順位は変わらない。順位を逆に捉えた金子さんにはお金よりも家族を大切にするといった生の行程が設定される。但し、体力気力が衰えると、無意識のこだわりを維持する負担に耐えられなくなるかもしれない。質問の答えはこれでいいか。正しいのは、順位をつけない生き方だ」、そして「一定の法則支配が自然で確認されているように、人も法則性の影響下にある」と付け加え、中山さんは笑った。

 難しいことはよく分からないと思い込むと、難しくないことだけしか扱えない落ちぶれた脳になる。俺は中山さんに向かって分かったといわんばかりに大きく頷いた。

 あの疑問を解く機会だ。

 勇気を振り絞った俺は「中山さん、やきとり屋を営む理由を聞かせてもらえませんか?」

「理由か……」中山さんは、俺の目をいったん覗き込み、間を置いたのち語りはじめた。

「西川口という街は、地方からの出稼ぎさんも多いが、なかには地元で何かが起き、周囲の冷たい目や窮屈さから逃れてここにたどり着いた人もいる。本音を漏らせるだろう、やきとり屋のカウンターって。その本音をただ聞いてあげる。話の価値を評価せずに表現したいことを余さず表現してもらう。聞き続けることは容易ではないと分かっている」

 中山さんは「トシ、頼めるか?」といって氷だけになったグラスを持ち上げた。俺は、グラスに「響」を注いだ。中山さんにグラスを渡した。中山さんがそれを口に含むと、皺で弛んだ首の皮がゆっくり上下した。中山さんは、「訳ありの要因が起きた時、人の心は激震する。心は幾つもの心が複合して心になっている。激震を受け、幾つかあるうちの一つが全体の心を防衛しようと張り切る。張り切ると出過ぎ他を圧倒してしまう構図を生む。その構図を修正するのは容易ではない。バランスを崩したままの心で生きることになる。そんな心が辛くてここに来る人もいる。トシ、菩薩行って言葉を知っているか。私にとっての菩薩行は私を無にして相手の表現欲を満たすことだよ、このカウンターで」といって手のひらでカウンターを押さえながら、「もう一つの理由は労働の対価で得た純粋なお金で子どもを成人させたいからだ。陽を担保する陰。純粋な成長を支える純粋なお金を稼ぐためだ」と話を終えた。


〖5.表現欲〗


 西川口西口の繁華街がまだ盛んな十時三十分、二三舟ののれんがしまわれる。

 だから、西川口の風俗店に勤める「女の子」は早出のときにしかここに寄ることができない。

 アラフォーでも風俗嬢は「女の子」と呼ばれる。

 いたずらに、毎度俺をからかうのはレミさんだ。かわいい少女と一緒に食事に来たとき、娘だと中山さんに紹介していた、女の子を育てる「女の子」、ということになる。

「遊びにおいでよ、トシ君。大人にしてあげるから」とレミさんがいった。

「まだトシは高校生だぞ」と中山さんが注意した。

 年齢差のせいで気にならない。しかし、連れの「新人さん」に同じ言葉をかけられたことを想像すると下腹部あたりが熱くなる。

 二三舟の環境で、俺は大人へと醸されている。

 それにしても複数人での話は大概が悪口で盛り上がる。豹変し目の前にいない人間をとことん叩く姿に俺は辟易することがある。

 賄いのとき俺のこの問いかけに中山さんが話しはじめた。

「トシ、人間には自分の思いを誰かに伝えたいという欲求がある。それは表現欲だ。悪口をいってストレスを発散しているのではなく、感情を言語化して表現するとこによって低下した自尊心を高揚させる。マイナス傾向をややプラス傾向までもっていき優越感を味わう仕組みだ。プラスにし過ぎると自分が悪口の対象になることを心得ている人は、ややプラス傾向の頃合いを知っている。プラスが過ぎると周りの自尊心を低下させるからだ。話を戻すぞ。今、自尊心の高揚が悪口トークを引き起こす仕組みだと説いただろ。私に説く意欲があったから頭と口は動いた訳だ。意欲がない場合、それはストレスの発散のためだろうな、といい加減な回答で済まして終わりだったはずだ。つまり、トシに本質的なことを伝えた私の行動は私の表現欲によって起きたといえる。欲の満ちは気持ちがいい。トシがみた客たちは悪口トークによって気持ちよさを感じる。気持ちよさと会社での気持ち悪さとをここで相殺させている。個性を会社の型紙通りに変えつつ一日を乗り切った労働者に相殺の場を提供する。これも居酒屋の使命だ。自由に表現できない時間で低下した自尊心をここでの表現で取り戻している。悪口はその手段である場合がほとんどだ。だから、翌日、悪口の対象だった人と一緒になってまた他の人の悪口を言っていたりする。つまり、表現欲を満たしに集い快を堪能する。こんな感じだ」

 悪口は心を保って生きるための術、と俺は理解した。

「中山さんから悪口を聞いたことはありません。表現欲をどう満たしているのですか?」

「気づいたことを文章にまとめている」

「どれくらいですか?」

「二十年程書き溜めている」

「誰かに読んで貰いたくなりませんか?」

「前はそう思ったこともあったが、今は訊ねる人に答えるとき、文章にまとめた気づきを役立てている。私の表現欲はそのおかげで満たされている。トシのは?」

「俺の表現欲は……。まだはっきりとこれだ、とはいえませんが、道場で誰よりも大きな声で気合を出せていると、存在感を自覚できます。そのときかな、その欲が満ちるのは。誇示ですかね。暴走族と同じかも知れませんね?」

「暴走族か」といって中山さんは微笑んだ。


〖6.欠け〗


 二三舟の二階に越した日、実家の本棚で選び、今は父の形見になった、ヘーゲルを読むと俺は落ち着く。父親が傍線を引いたくだりを、俺は勝手に父の言葉だと受け止め父との語りを妄想する。父が死んだあと、慕う気持ちが増したのが不思議だ。父の面影が浮かべば、なぜか心がつぶされないですむからかもしれない。

 つぶされないですむ方法がもう一つある。空手稽古。稽古で精根尽きればいい。

ところが、道場スタッフ全員が連盟の大会に駆り出される今週末、休館になるという。俺は中山さんに早い時間から店に出たいと話してみた。つぶされ予防の代案でもあったが、二三舟を丸ごと一日体験したかったからだ。

 荒川の砂が鋳型に適し、キューポラのある街として栄えた川口市。

 その鋳物産業が衰退し、工場跡地にはマンションが建ち、通勤に便利だと人口が増した。川口駅を発車した京浜東北線は一分経てば荒川鉄橋を走る。抜けたらそこは東京都の赤羽駅がある。川口駅から逆側一つ目に西川口駅がある。

 以前、地元住民は西川口駅西口繁華街を避けて通ったそうだ。警察が数年前に敢行した不良風俗業者一斉摘発で、街は白よりのグレーに変わったからだ。

 そのころから、堅気の客が一気に増えたと聞いた。

 どのカウンター席でも音量を消したテレビが観える。

 音楽は流さない。

 中山さんと二人の中年女性が整った動きをする。 

 知り合いを招いたときにするように「ここでくつろいでください」といった対応が唯一のマニュアルではないかと、俺は勝手に思っている。

 直角頂点の三角定規のような形状のフロアーのその直角から左、西南向きの格子戸がある。

 道路を挟んだコインパーキングを背にのれんをくぐると西を向いて中山さんが串を焼いている。中山さんが戸をくぐる客に会釈するには左を向くことになる。

 中山さんとおしゃべりできるのは焼台前の三席とその左右の二席、計五席だ。「面談」以外、一般客はその五席に座って中山さんと会話をする。中山さんからは滅多に話かけはしない。

 俺は焼台隣のシンクで誰かが中山さんに訊くのを楽しみに待つ。

 食器洗いの仕事をざっと紹介する。

 二人の女性スタッフが下げた皿の食べ残しを三角コーナーに捨てて湯を貯めたシンクに皿ごとに重ね置く。グラス類は食洗器右隣にある大型シンクに運ばれたものを予備洗いしておく。それらを随時食洗器にかける。

「マスター、みんなが馬鹿に見えてしまいます。部下だけではなくて、周り全部がそう見えてしまって。そのせいか一緒にいることさえ嫌になって。この頃は会社に行きたくないとまで思うようになって。マスターどうしたらいいでしょうか?」と重い口調で客が訊いた。

 中山さんは「お客さん、自身の欠けを知ることだね」と単刀直入に答えた。

 少しの間、目を瞑った客が目を開けた。中山さんが笑うとその客も笑った。


〖7.色欲〗


 この頃カウンター越しに、それぞれ違う色に客をみている。俺に客の体が水袋にみえる瞬間がある。人を清と濁に区別できる。色とその濃さで人柄を感じる。

 今日は満席が閉店まで続く土曜日。

 シンクからあふれんばかりの皿やどんぶりが繁盛を物語る。

 中山さんは引切り無しに串を焼き、その隙に炭をくべては焼台の焦げを削る。 

 焼台の前には常連の佐藤さんがいる。ジッポライターの蓋の開閉を繰り返している。カチャッ、パチン、カチャッ、パチン、と。中山さんの削る音とリズムがあったりする。

 焼き台からパチッ、パチッ、とさっきくべた炭から蒸発の音も加わろうとする。

 佐藤さんがジッポライターをカウンターに置いた。

「マスター、おんな遊びが過ぎるかな、週2回のソープ通い?」

 中山さんは火箸を置きニコッと微笑んで「欲がないよりいいじゃない」といった。

 格子戸が開き、覗いた男が「いけるかな」と訊いた。

 佐藤さんが席を立ち「マスター、ありがとね」と右手甲で暖簾をよけて出ていった。

 今日の中山さんは、ウイスキー「知多」を選んだ。つまみはナチュラルチーズを二枚。

 賄は塩胡椒とおろしニンニクにレモンバターで調味したレアのハラミステーキ。

「中山さん、欲は幾つか在りますが、強い欲はまだ一つもないような気がします」

「あるじゃないか。心を探求しようとする欲が」といい中山さんがグラスを空けた。


〖8.大自然の「欲」〗


 高川市議が、都議二期目の大学の先輩と飲んでいる。

「先輩、大学時代に語り合った夢を憶えていますか」と高川議員が訊いた。

「ああ憶えている。その夢を実現するためにも権力を手に入れてやる」と先輩が答えた。

「あとで泥かぶって失脚なんてことにならないように気をつけてくださいね」と心配そうにいった。

 目の前で串を焼く中山さんは全く関心を示さない。

 高川議員が先輩をマリさんの店に誘い、出ていった。

 俺は閉店作業を急がせた。

 中山さんは、あのグラスにワイルドターキーを注ぎ、ゆっくりと味わっている。

 賄の博多の明太子が丸々二本とオクラ納豆がのった大盛りの飯と「たまジャン麺」を前に唾をのみ込み、中山さんに質問した。

「以前話していた世界自体の『欲』について教えてください」

 中山さんはいつものように微笑み「食べながら聞くといい」と優しくいった。

「世界自体の『欲』といったのは理解しやすいと思ったらからで、本当は、大自然の『欲』。回りくどく言うほどにややこしくなる話だから結論を先にいうと、大自然には増幅したいという『欲』がある。『欲』といってもただの波形だ。その波形が派生させた振動が最小単位の粒々を凝固させる。その仕組みによってソフトやハードが形成される。大自然の『欲』は、意図ではなく備わった性向ととらえた方が人間の欲と区別しやすいな。トシ、人は本来、大自然の『欲』を満たすための奴僕のような存在に過ぎない。だから、その『欲』にトシの欲を合流させろ。先ずは、本能欲について徹底的に思索した方がいい。佐藤さんが悩んでいた性欲。悩むことも思索だ。だから、あれはあれでいい。もっと深く思索してみるぞ。性欲があり子どもができる。子どもを愛することが下手な母親がいる。誰かに相談する。助言をもとに思索する。行動を変える。新たな行動は、新たな経験を生む。どうにか親へと変化する。違う人格になる。母親の変化が父親にも影響する。夫婦になる。ケンカもある。他人に戻りたくなる。離れかけのよりを戻すのも性欲だ」といって中山さんはグラスを傾けた。

「役回りというものがある。権力は役回りでしかない。その権力を追いかけることを権力欲という。追いかけてつかむような権力は、私欲でしかない。そんなものに社会を変える力などある訳がない。ほんものの権力とは、大自然が過渡期にだけ『英雄』に授ける特別なものだ」といい中山さんは残りのワイルドターキーを一気に飲み干した。

 中山さんは欲で絡まった糸をほどき、その糸で自分だけの文章を紡いできたのだろう。

 役回りという表現さえ生地の絵柄にみえた。


〖9.醸す力〗


 この頃俺はできるだけ多くの時間を二三舟の手伝いに充てている。

 だが、時給は貰わない。

 だって、他に大事なことを貰いすぎている。

 少しでも返したくてそうしている。

 艶黒オールバックの矢車社長は、界隈で一目置かれる存在だ。西川口西口と大宮北銀座でソープランドを複数件経営している。

 今日の連れは芸人だ。

 芸能界のドン的大物漫才師もかつては社長に世話になったそうだ。

 店の南側は三角形でいうところの鋭角部で、そこには背もたれで区切った四人掛けテーブル席が二つある。有名人はそこか奥の個室に通す。

 スポーツ選手やタレントは西川口のソープランドをよく使う。荒川を越えると写真週刊誌に追われる率が下がるそうだ。

 この芸人は堂々としている。矢車社長からマスターに紹介されると「矢車社長の店には月一ペースで世話になっています。また寄らせてもらいますわ」と通る声でいった。他の客が芸人に気づき、店が騒がしくなった。

「マスター、話の芸ってすごいよね。特に笑いは人を気軽にさせる。ソープランドも客にスッキリしてもらう。稼ぐツボが同じだ」といった社長が芸人のグラスに酒を注いだ。

「漂う重さを除く、か」と中山さんがいった。

「重さか」と芸人はつぶやき、次の瞬間、顔の表情を変えて「マスターみて。僕の周りの空気が変わったでしょ」と両腕で大きな輪をつくりおどけた。中山さんは頷いた。

「売れっ子は空気を醸せる」と矢車社長がいった。

 暖簾前には行列ができていた。

 矢車社長と芸人はグイッとグラスを空けて出ていった。

 今日は大繁盛だった。

 多めに皿を洗った。

 片付けを終え前掛けをいつもの場所に干し振り返ると、中山さんはカウンターでウイスキーをやっていたが,銘柄は見逃した。

 カウンターには、ピビンバとわかめ入りのテールスープが湯気を立てている。

「ご苦労さんトシ、飯にしろ」中山さんが微笑んでいる。

 中山さんがつくってくれるビビンバはあっつあっつのどんぶり飯に胡麻油が大量にかかっていて、上にはモヤシ、ぜんまい、ほうれん草、大根と人参のなます、この四種のナムルと、白胡麻、コチュジャン、きざみのりがたっぷりのっている。テールスープをおおさじ二杯、まぜの潤滑にかける。更に酢を五滴たらしピビンバを念入りに混ぜた。

 混ぜることをハングルではピビするというらしい。白米がコチュジャンで赤色に満遍なく染まれば食べごろだ。

「さっき、芸人さんが変えた空気の色が青にみえました。ところが芸人さんが帰るとそこが深緑色になりました」と俺はいった。

「トシ、空気だろうが、水だろうが、心だろうが、その気になれその色はみえるものだ。人気の分の影がある。その影が人気と相殺される。人気を色だとしよう。その色にでも癒されるから、癒しを求めてその色がまた売れる。食べ物屋なら味が色かな。食べ物なら、仕入と仕込みと調理という影が、癒しを担保するが、芸事は稽古だ。でも、芸達者イコール人気者ではないよな。人気を担保する影は、また別にある。人気の影で、人気者のなかの何かが消耗される訳だ。今均衡するか、後でまとめて揺り戻しがあるか。売れ続けている人たちはこのことを知っていて影を受け容れている。あの芸人さんの『人気の味』は青色で、影が深緑色だろうな。プラマイゼロの自然摂理に叛けないからな。だから、華やかさだけが彼にもたらされている訳ではなく逆の何かも彼にもたらされているはずだ。人それぞれに光と影は必ずある」というと中山さんは二階へ上っていった。

 心はその人の色になり、その都度、変色してみせる。

 中山さんのグラスを洗っているとき、そう思えた。


〖10.スマホを稽古する〗


 毎日が水曜日であってほしいと願うほど、興奮する話が聴ける。

 俺が下宿しだしの頃はほぼ毎日、相談者が来ていたが三か月後ぐらいだったか閉店後特別相談は水曜日だけになった。閉店後の一時間予約済みの「面談者」の相談にのる。

 幹事役が予約を入れてくる。俺も何度か応対した。「面談者」は中山さんを、酒場の主人という意味ではなく指導者としてマスターと呼ぶ。

 以前、AI研究者黒川才八さんと中山さんが交わす言葉を聞いて胸躍り、賄の対話で「人らしさ」を有した人類が少しだけ残ることになるといった言葉に、更に興奮した。

 ある点を境に指数関数的に急伸するのが歴史的進化だ。

 この説を肯定する体験がある。空手でのことだが、何かが、技のタネを俺に明かした。

 そのタネを適時適応できるようにシナプス可塑性を信じ馴染ませていった。

 タネを信じ切って繰り返してくうちに通用する技術が体得できた。

 このことを中山さんに話すと、それを、業界の神の許可だと譬えてくれた。

 今日の「面談者」は、久しぶりに黒川さんだ。

 マスターが席に着くなり黒川さんが話しだした。

「AIが人間を超える点についてマスター、どう思う?」

 オールドパーの水割りを口に含み、喉に落とした中山さんが目を閉じた。

 AI進化は人類の脅威だと警告する本には、人類に進化した結果、原始人の世は終わったように、AI系新生物の世へと更改されると予想されていた。

 目は閉じている中山さんの表情が笑顔に変わった。

 回答が決まったのだろう。

「黒川さん、超えるのはもうすぐだ。AIにとって難しいとされる人の思いに対応する仕組みだって、哲学や宗教、それに思想、あと対話パターンをインプットしキーワードの羅列から識別処理するプログラムが一定レベル以上になればどうにかなる。その根拠は、人間の思考が浅く平面的になってきたからだ。スマホに向き合うほどスマホに似てくる。ミラーニューロンという脳神経細胞の働きでね。人類は『スマホ流』に染っていくはず。すると、あらゆる感性は退化していく。カーナビに馴れると方向感覚が減退するでしょ。前までは、地図を脳裏に浮かべながら感性で目的地までたどり着いていた。『スマホ流』に染まるのは、脳内にAIを装着する前戯のように感じる。AIは『前進』、人類は『後退』、双方歩み寄る構図で『境となる点』を近づける。時代の流れだね」

 黒川さんが頬を緩めながら大きく頷いた。

 人類終焉の引き寄せを憂慮していたのなら、マスターの「時代の流れ」という言葉は黒川さんには救いだったに違いないと思った。

「面談者」の表情が明るく変わると「面談」はそこで終わる。

 黒川さんは笑顔で帰っていった。


〖11.不器用な父〗


「この方は有名な講師」と常連の安藤さんが中山さんに紹介した。

「以前から安藤さんに『緑のつくね』を食べたら感動するから行こうと誘われていました。やっと今日来ることができました。森と申します」とその客がいった。

 この頃分かってきたことだが、中山さんは教育関係者と芸術家が好きなようだ。

 珍しく中山さんから質問をしかけるときは、大体そのどちらかだ。

 中山さんは社交辞令を嫌い踏み込んだ内容から訊く。

「どうして予備校講師になったのですか」と中山さんがいった。

 また、そんな質問に嫌悪感を示した客はいない。人を選って声をかけると感じる。

「私は鹿児島の進学校から東大に合格しました。学費と寮費と食費は役所に勤めていた姉が負担してくれました。二歳下に弟がいます。弟も同じく東大志望でした。弟の面倒は私がみようと今の予備校でバイトをはじめたのです。好待遇の条件で誘われそのまま正社員になりました」と森先生が答えた。

「お姉さんがあなたの学業を支援し、あなたは弟の面倒か。いい話だ。ご両親は」

「父親は詩人で数冊の詩集が出版されていますが家計は母親が支えている感じです」

「お父さんを好きですか」

「父親は姉と弟には優しいのですが私には厳しかった。叩かれるのも私だけ。でも、嫌いではない。シンプルに生きている父親をこの頃は自慢に思っています」と誇らしげな口調だった。

「幼い頃のお父さんとの思い出はありますか」と中山さんが訊いた。

「旅客船を見学した思い出が浮かんできますね。旅行ではなかったけど嬉しかったな。それと、ジャイアンツの試合に連れて行ってもらったことが一度だけですがあります。ワイシャツに吊りバンド、濃紺の半ズボン姿で直立不動、手には買ってもらったフランクフルトを持った写真があります。それと、原稿料が振り込まれると近所のレストランでステーキをご馳走してくれましてね、ナイフとフオークはこうやって使うといいって教えてくれました。海へ釣りに行くときが大変でした。父親は弟をバイクの後ろに乗せてどんどん行ってしまう。私は子ども用自転車で必死に追いかけるのです。日曜日の朝は決まってクラッシクレコードをかけた居間で読書をさせられました。私はやんちゃで走り回っているタイプでしたからきつかった。叱られて冬の寒い日、裸で外に放り出されて鍵をかけられたこともあります」

「光る何かをあなたに感じてのことじゃないかな。無意識だったとしても。必要だから、厳しく育てようとしたのではないかな。お父さんはあなたのことを愛していたと思うな。それと、お父さんを自慢に思うあなたもそのことを気づいていたのではないかな?」

「詩のことや若いとき抱いていた夢のことをいてみたくなりました」

「喜ぶだろうな、お父さん。歳をとった子を前にしたときでも親は子の幼い頃の面影を浮かべて会っているもので、野球観戦の日の父子に戻り、いい気分で答えるだろうな」

 その夜の中山さんはいつになく機嫌がよかった。

「トシ、お前のお父さんの話を聞かせてくれないか?」

「父の話ですか。亡くなって八ヵ月になろうとしていますが、もう何年も前のことのような気がします。父は母のことが大好きでした。母が亡くなって無口になり背は丸くなりました。母が船旅で危篤になった知らせを聞いたときの父の顔。ぼかしがかかった絵のように顔が背景に融けていくようでした。数分後の電話で臨終を聞かされたとき、多分父もその時母と一緒に半身はあっちに逝ったと思います。俺に最低限の道をつけるため母が父お半身をこっちに残したのかな、と思います。父は粛々と財産整理をしました。マンションを売り、早期退社をして割のいい退職金をもらいました。決定的だったのは、弁護士事務所に俺を連れていくのです。預金通帳を弁護士に見せながらいろいろ説明していました。こいつを頼む、と俺のことを指していったのです」

「もっと幼い頃の思い出は?」

「幼い頃の思い出ですか。それはあります。北海道への旅行です。地平線がみえる野原が浮かんできます。そこでも父は母しか観ていなかった。勿論、普通のお父さんのように肩車をしてくれた。でもそれは、そうしたときの母の笑顔を観たかったからだと感じました。父の心と目には母だけが映っていたました。でも、嫌な気がしませんでした」誰にも明かしたことのない話だった。

「家族になるのには前世での因縁があり、夫婦になろうと交わした約束であったり、親子の役が入れ替わっての再会だったり。今日はいい話をありがとう」と手にしていたグラスをカウンターに置き二階へと上がっていった。

 店の鍵を閉めた。俺にだけを見つめる星を感じ振り返り見上げた。星同士寄り添う二つの星だった。


〖12.孤独な恩師〗


 普通の高校二年生なら、既に志望先の大学入試対策にスパートをかけだす時期だというのに、母の死後、半死状態の父と一緒にいたせいか前に進むことを忘れていた。

 そんな「普通」とは少し違う俺の波長でも同調できた唯一の場所が空手道場だった。道場には時流と離れたリズムで生きる「空手バカ」たちがいる。スーツを着て会社に勤めにでる「普通」にはなれないタイプばかりだ。なかでも、村松さんは高校卒業から三十六歳になった今もそんな生き方をしている。

 若い頃の村松さんはフルコンタクトカラテ埼玉県大会を連覇する選手だった。全日本大会での入賞経歴はないがロシア遠征で大金星をあげたことがある。

 村松さんから選手会稽古のあと、食事に誘われた。

 アルコール度数四十度の麦焼酎三杯目でやっとほろ酔いになれた村松さんが金先生の話をはじめた。

「ロシア遠征での大金星は金先生の指導のおかげだし、選手会で教えていることすべては金先生から学んだことだ」といった村松さんの言葉に、俺は金先生ってどんな人だろうと興味を抱き、できるなら会ってみたいと思っていた。

 すると、店を出て別れるとき村松さんが「一緒に金先生に会いに行かないか」と誘ってくれた。

 約束の日、待ち合わせは蕨駅東口だった。

 日本酒を抱えた村松さんと、バスに揺られる十分程は無言で過ごした。

 約束の時間まで三十分はある。外から窺うと坐禅を組む後姿が見えた。背筋と首筋が垂直に伸び、オーラが漂っていた。

 村松さんとバス停に戻り、自動販売機でコーヒーを買いベンチに腰掛けた。

「ロシアへの飛行機中での水分摂取、食事や仔細なコンデイション管理、試合場での待機時間の使い方、一回戦から決勝までのメンタルマネジメントまで事細かにアドバイスしてくれた。不思議なことにそのメモ通りに進めていたら決勝まで勝ち残っていたよ。全日本入賞者たちは全滅。日本チームで残ったのは自分一人だけ。格上の選手たちが俺の応援にまわる姿をみて、なぜか集中が途切れてしまった。金先生も選手時代、決勝戦前に対戦相手が故意にかけた言葉に応じてしまい、気が緩み二位に甘んじたことがあるから、決勝前は特に気をそらすなと念を押されたのに。でも、本当にいい経験をさせてもらった」と村松さんがいった。

 約束の五分前になった。コーヒーの空き缶をゴミ箱に捨てようと俺が手をのばしたら「金先生にこれからのことを相談してみたら」と空き缶を俺に渡す村松さんがいった。

 道場に着くと、金先生は玄関脇のガスコンロでお湯を沸かしていた。

 金先生は村松さんを見たのち、薄茶色の瞳で俺をみた。胴体が大きく手足が短めで、まるで薩摩の西郷さんの上野公園の銅像が急に動き出し、俺をみたような気がした。

「久しぶり村松さん、それに君が岩元君だね。どうぞおあがりなさい」

 村松さんとの話は挨拶程度の内容で、短時間で終わった。

 さて、と座ると更に大きく感じる金先生が俺の方へ胡坐の向きを変えて切り出した。

「岩元政寿君、トシ君と呼ばれているようだから私もトシ君でいいでしょうか?」と金先生が訊くので俺は、はい、と答えた。

「事情は電話で村松さんから聞かせてもらいましたが、辛い思い出だけど私にも聞かせてもらえますか?」と金先生が優しく訊いた。

 不思議と俺は洗いざらい躊躇なく語れた。

「そうでしたか、お気の毒でしたね。それで今はどのような気持ちで過ごしていますか?」と今度は強い眼差しでいった。

 俺は、中山さんの訓えと村松さんの稽古のおかげで元気を取り戻している、と伝えた。

「それはよかった。村松さんはトシ君のために今日のアポイントを取ってきたのですよ。いい先輩とのご縁に感謝してくださいね。それと中山さんは知っています。一度、訪ねてこられたことがあります。一緒に武道談議をしました。気が合いました。特に教育の話。中山さんは孤児問題について造詣が深かったな。私は子どもの教育に興味がありますから、自分の強さを誇示する武道家独特の焦りは無いな、とお互いすぐに見抜きました。だから、初対面でしたが三時間程あっという間という感じで子どもに対する思いを語り合いました。すばらしい交流でした。帰ったらよろしくお伝えください。さて、本題の進路についての話に移りましょうか?」

 俺は、将来のことまで考える余裕がなかったこと、普通の高校生のように大学受験に対してどうも気が進まないでいることを金先生に話した。

「やりたいことはありますか?」と金先生が訊いた。

「中山さんの影響で、人と心のことをもっと知りたいと思っています」と俺は答えた。

「それは素晴らしい夢だと思います」と金先生がいった。

「えっ、夢」と俺は予想外の言葉に驚いて訊き返した。

「やりたいことを既にビジョンとして観ていますね、中山さんというモデルを通して。中山さんのように人の心を知り抜いてみたい。それがトシ君の夢ではないですか」と金先生が微笑みを浮かべていった。

「大学は通信教育で学ぼうと思えば学べますから、型に嵌った受験勉強に興味がないなら、通信で学ぶという方法もあります。人と心のことをもっと知りたいという欲求を満たすためにおすすめの初歩的教材としては、デカルトとヘーゲルの哲学書から取り掛かるといいでしょう。それと、坐禅をおすすめします。坐禅なら私が手ほどきできますよ。あとは、高校卒業後の進路は早めに決めた方がいいでしょうね。区切りをできるだけ明確にし、次元更改する転機を自分で演出した方がいいと思います。決めた年限を他所の土地で過ごすという区切り方もいいでしょうね。その期間内に通信で大学を卒業することもセットにするのはいかがでしょうか。神戸に懇意にしている禅寺があります。そこなら紹介できます。住み込みの修行になりますが、大学の勉強は理解してもらえるように私からもお願いできるはずです。やるなら五年間がいいと思います。あくまでも、私からの提案です。考える時間があるのでゆっくりと何回も考えてみるといいでしょう」と俺を諭すように金先生が話した。

 空手衣姿の子どもたちが「押忍」と澄んだ声を響かせて入場してきた。

 村松さんと俺は何度も丁寧にお礼を述べ、道場をあとにした。

 バスのなかで俺は「村松さん、今日は俺のためのセッテイングだったのですね。ありがとうございました」といって頭を下げた。

「トシ君、そんなに改まることはない。だけど、金先生の禅寺を紹介するという言葉はありがたいぞ。あのレベルの人たちの紹介は、責任まで負うという次元だからな。考えがまとまったらまた一緒にお願いに行こう」といった。

 少し間を置き、「神戸に行ってしまうと一緒に稽古できなくなるか、でも仕方ないな」と焦点を流れる風景に合わせながら村松さんが呟いた。

 俺は、潤んだ目を見せまいと反対側の風景をみた。


〖13.利権は悪か〗


 金先生の道場に流れていたあの空気感がまだ俺のなかに残っている。西川口駅の改札を抜けたところで村松さんと別れた俺は、線路上の建物三階にある書店で「デカルト」を手に入れた。いつも気になる「心の穴」感が今日はまるでない。

 不思議な力だと思う。

 今、俺には価値観が変ろうとする自覚がある。

 フルコンタクトカラテにある魅力が緊張を伴う組手後の開放感なら、金先生の魅力は人の心のひずみを相殺する細微な振動触感だ。

 この興奮を誰かと分かち合いたい。

 ファミレスに入り「デカルト」と、いつも携行している形見の「ヘーゲル」を開いた。

 俺は数冊の本を併行読書する。併行読書とは、ページ数や段落で区切るという制約は設けず、「デカルト」のいいたいことが一つ俺に伝わると次に「ヘーゲル」のいい分を聞く、といった感じの空想座談だ。俺が独り言で座談に参加し「二人」に話を聞いてもらう。

「相手一人」との議論に熱中してしまうこともある。順番なども気にせず自由に語り合う。

 父が引いた線の文言は父の「発言」ということにしている。

 語り合う醍醐味を俺に与えてくれる。

 孤独から逃れる交友術でもある。

 だが、今の俺には併行読書より気を引くことがいた。

 早く二三舟を手伝いたい。晴れた顔を中山さんにみせたいし、生きている人と話したい。

 店にでたら、俺の顔を見た中山さんがニコッとした。

 焼台前には矢車社長がいた。その横で建設屋の鶴岡社長の精気漲る額が電球の光を照り返していた。鶴岡社長が「自民党が政権握って公共工事でお金ばらまいて日本は潤ったのですから、このサイクルを止めちゃいかんのですわ」といった。

「利権構造は再分配法だよ。マスターはどう思う?」と矢車社長が訊いた。

 中山さんはニコッと笑顔をみせると「税金徴収は国の利権。その税金が諸々の利権者に優先的に配られ、配られたお金がその先の規模の小さな利権者に届く。その小さな利権者が定期的に使い切ってくれるのなら矢車社長がいう通り再分配方法の一つになる」と中山さんがいった。

 中山さんは否定すると予想していた俺は戸惑った。利権は悪いものだと俺は思い込んでいたからだ。

 鶴岡社長が「摘発された例のカジノのオーナーは玉木さんですわ」と話しをはじめた。

「玉木さんは毎年新車のパトカーを二台寄付しカジノ営業に目をつむってもらう訳ですわ。クレームが公になるまでが許可期間で、問題が起きなければ稼ぎまくれる仕組み。二台分の一千万円が開帳のショバ代ってところですわ。警察からの合図があって名義社長は行方不明になるシナリオ。雇われ店長が数日拘束されてあとはお蔵入。勿論、玉木さんは無傷で済む訳ですわ」

 営業後中山さんに、金先生を訪ねた話をした。

 中山さんは「山崎」の水割りを飲みながら俺の話を聞いてくれた。

「トシ、いい出会いだったな。その禅寺の話は真剣に考えてみる価値があるぞ。金先生は自分を律して生きている人だよ。損得勘定の意味を承知の上で、敢えて損得勘定なしで生きようとしている。それを修行だと課しているのではないかな。今、話を聞いた感じだと、ある域を脱したような気がする。トシ、何か感じなかったか?」

俺は微細な振動触感があったといった。

「それが気だよ。金先生は極意を体得なさったか」中山さんはニコッと微笑んでグラスを置き二階へ上がった。

 利権に群がって生きる人たちを中山さんは否定も肯定もしなかった。

 俺は利権を、卑怯な利己主義だと否定的にとらえてしまう。

 金先生は損得勘定の外で生きている。  

 俺は金先生のように生きたい。


〖14.差異〗


 先日、進路先として神戸の坐禅寺を紹介できると金先生から話を貰った。

 早速、坐禅について調べてみた。早朝坐禅会を催している臨済宗のお寺があり電話で問い合わせた。事前に作法を教えるから五時半にお越しを、と雲水からの回答があった。 

 六時からの坐禅会には、老師と数名の雲水、俺を含めて十三名の一般人が参加した。

 さっき、土の上を歩いたとき、サクッと氷を砕く音がした。

 禅堂の窓は開け放しで寒い。

 雲水が木槌で振る。

 乾いた甲高い響きが雑木林に溶け込む。吊られた木板が揺れている。

 途中、和尚の合図で参禅者が立ち上がり、道場の外を周回する。中休憩のようだ。坐ったままでもいい。俺はそのまま坐り続けていた。

 禅の効能には感心した。心で考えていることと頭で考えていることの差異に気づけた。頭では終わりまであと何分だろう、と考えていつつ、心は自覚領域の開拓をより欲した。

 開拓とは、未だ自覚に及ばない心の領域を自覚域に汲み上げるはたらきであった。更に、言葉に変換できる感情と、変換不可だがイメージで観えている感情の差異にも気づけた。

 寺の裏門から産業道路に出た。

 道場まで南へ徒歩一時間程の距離がある。

 朝九時からの選手会の稽古に間に合うはずだ。

 歩いていると、父親が死んでからのことがアルバムをめくるように浮かんできた。初めて挨拶を交わしたときの中山さんの澄んだ瞳。水曜日閉店後の特別「面談」の一言一句。相談者の気づき。金先生の道場の細微な振動触感。さっき知った未自覚だった脳の領域。

 頭のなかにあるアルバムを捲りながら歩いていると、俺自身の前と今の差異にも気づいた。

 中山さんに会って俺は変わった。だからもっと中山さんから学べば、俺はもっと変われる気がする。そのあと、進路を選択したほうがいいはずだ。

 思索に夢中だと一時間はあっという間だ。道場に着くと、看板が塗り替えられていた。


〖15.夢を訊く〗


 母の死と父の死でどん底に俺はいた。ところが、今では新天地にいる。

 閉店後、賄を平らげる俺の左横で、ニコッと微笑む中山さんはサントリーの「知多」を水割りでやっていた。

「今日は中山さんに質問があって」と俺は改まっていった。

「何だ?」といささか表情を引き締め中山さんがいった。

「中山さんのところに来てから一年もたっていないのに、自分でもびっくりするぐらいに変われたと思います。その理由を考えてみました。中山さんからの刺激。これが理由だと思います。これからもっと変われる気がします。ですから、自分が自分をもっと理解してから進路を選択しようと思います。できたら、今日、中山さんの夢を聞かせてもらえますか?」と俺は訊いた。

 中山さんは表情を元の微笑みに戻し、グラスを向こうにずらした。そして、グラスがあった場所に左肘を置き、腰を浮かせて座り直した。真正面から見据える中山さんはいつもより大きかった。

「いいかトシ、縁あってここに来たお前が幸せになることが私の夢だ。夢は孤児を社会が親となって育て上げる価値観を世界常識にすることだ」と中山さんがいった。

 崇高な夢を持っている人が、目の前でそのことを普通に語っているこのシーンに、俺は震えた。

 続けて語ってくれたことは、進路選択のアドバイスだっった。

「トシ、若さには利点と弱点がある。利点はエネルギーだ。弱点は経験不足によりエネルギーの使いみちを間違えることだ。だから、夢の変更に対して鷹揚であっていい。だけど、先ずは夢を定めてエネルギーをぶつけてみないと、使いみちの正否さえ試せない。コツがあるとするなら、好きなことより得意なことを極めた自分の姿を描いてみることだ。興味はあるが極めた自分の姿が浮かばないなら夢に選んでも実現するための努力ができないだろうからそれは選択しない方がいい。極めた自分が浮かんだことだとしても、その夢をまた変えることはあってもいい。君子豹変でいい。元々知らなかったことを知ったことで新たな夢が生まれるかもしれないし、勘違いだったと気づくこともあるしな。何しろ、夢実現に向けて行動することだ。先ずは、夢を定める。次に、夢実現に必要な力をつける。具体的には、イメージ力と体力と技術力の三つだ。トシには天性のイメージ力があると思う。体力だって十分あるだろ。あとは技術力だ。学業を身に着けたか?」と最後に中山さんが訊いた。俺は、全くやっていないと伝えた。すると「今からでも遅くない。勉強しろ。受験勉強でもいい。頭脳の基礎基本の稽古だと思って取り組むことだ。頭のよさも技術だ」と中山さんがいった。

 俺はこの展開を予想していなかった。

 ニコッと笑って中山さんは席を立ち、俺の肩をポンと叩いた。

「間に合うはずだ、大学受験」といいのこし、二階へと上って行った。


〖16.米国大統領選挙勝因分析〗


 夜行性飲食店の換気口から、蛍光灯の明かりが漏れ始める。

 西川口西口繁華街が目を覚ます。

 ハイターにつけたまな板と布巾の洗いが、寝起きに歯磨きのようなものだ。

 今日が休日の勤労者、また、仕事上がりの労働者を迎え入れる身支度を、それぞれの店の習わしで進めている。

 夜行性飲食店が働きだす。暖簾が出揃うのは午後六時頃だ。

 二三舟は今日も満席になり、食洗器の稼働は十二回を超える。

 閉店作業を終える頃、カウンターには俺の賄が用意され、その横に中山さんが座り酒を飲む。この光景が日常になった。

 賄の時間は、稽古時間でもある。

 中山さんは俺から何かを引き出そうとしてくれる。

 というより、元に戻そうとしてくれている。

 おかげで俺は、水を得た魚になった。孤立のときに身についた鬱々感が表れることが時たまあるが、沈潜せぬ泳力を得たようだ。

 身体に沁みついた癖を抜くにはその倍の期間を要する、という武道の訓えを頼りに、二年は辛抱する、と俺は自身に言い聞かせている。

 今日は水曜日。面談の日。俺は真剣に語り合う大人たちから力を授かる。

 中山さんは面談の謝礼を受け取らない。先日など、分厚い封筒をお礼だと言って無理やりおいて帰ろうとする質問者に封筒を返しながら中山さんは、「紹介者と私の縁まで切れますよ」と封筒をしまわせた。

 もし、対価が生まれる面談なら俺は同席できないかもしれない。

「勉強になるから聞いていろ」と、中山さんは相談者の前でいう。

 今週は黒川さんの紹介で二名の面談者が来ることになっている。暖簾をしいに外にでるとスーツ姿の二人が立っている。「黒川さんの紹介の方ですか。なかでお待ちください」というと「約束時刻まで外で待ちます」と年配の方がいった。

 中山さんが手招きしていると俺が店内を指し、それを確認し二人はやっと動いた。

 名刺を差し出しながら「外務省の米国担当の栗林です。こちらは、同じ部署の猪狩です。黒川さんとは、三年ほど前からの仲で、その時から中山さんのことを聞いておりました。急遽お無理を聞いて頂きありがとうございます」と小太りの体を縮めていった。

 栗林さんが五十歳くらいだろう。怜悧そうな猪狩さんは三十歳歳半ばだとみた。

「米国大統領選挙でのトーマス大統領の勝因分析をお願いします」と栗林さんが訊いた。

 中山さんが二人にお酒を薦めると、中山さんと同じものを栗林さんがいったので、俺はサントリー「響」の水割りを三杯つくった。

 俺はカウンターのなかで輪切りにした丸太に座った。

 いつものように中山さんは瞑目して言葉を編んでいる。

 中山さんが閉じていた目を開けてニコッとした笑顔を二人に向けた。

 この時、漂う空気感もまた微細な振動触感を帯びたものだ。

「勝因は、心理テクニック。この選挙期間、好き嫌いは別にしてトーマスは他人にとって気になる存在であり続けた。トーマスは、人々の心に入ることに成功した。人の行動は、無意識領域の支配を受けている。眠ることを考えてみたら分かりやすい。本能が寝るように許可して人は眠ることができる。トーマスの過激な発言を耳にした世界の人々は、こんな非常識な人間が大統領になるなんてあり得ないと家族友人同僚同士で話をした。つまり、人々の話題に幾度となく登場し身近な存在になることに成功した。次にトーマスは、長い期間主張を変えないで成功した。あまたの批判にひるむことなく主張を曲げなかったトーマスの態度。毎日気にしていたことで彼との距離が縮まった人々は無意識に、言葉が悪いが信念は貫くやつだととらえた。もう既に、身近な存在から性格を認める知り合い感覚までに発展した。知り合いの言葉だから、と非難しなくなった。落ち着いて考えてみると、立場を換えれば一理ある論旨かも知れないと同情に至った。そして遂に人々は自分のなかにある『利他と利己』の『利己』の面でその主張を検討した。すると、トーマスの主張は正論かもしれない、と共感の域にいた。『利己』の面でくだした判断の公言を普通の市民はしない。そこで勝敗予想は敗北だった。支持していると公言するわけにはいかないが、投票先は秘密にできるからね。『気になる存在』、『話題に登場し続け身近な存在』、『知り合い』、『同情』、『利己の面では共感』と心が行動を支配するという仕組みを活用した策に嵌った数が多かったのが勝因では」と回答が終わった。

 栗林さんはインスピレーションを得たようで瞳に厚みが出た。

 インスピレーションが彼の頭の中で展開している証拠だ。

 視線は中山さんへ注がれているが、自身の心に描かれたビジョンを観ている。

 そんな時、厚みある目をすることも幾度もの経験で知った。

 猪狩さんは目を閉じ脳内を整理しているようだった。猪狩さんが目を開けるのを、中山さんは例のニコッとした笑顔で待った。

 先に猪狩さんに目を合わせたのち栗林さんにも同じようにニコッとして「他に質問はありますか」と訊いた。猪狩さんが聞いた話を再確認するための質問を一つした。中山さんは一言で答えた。

 少し間が空く。黒川さんから聞かされたことを思い出したのか栗林さんは、礼を述べながら立ち上がった。

 中山さんは要点が伝わったら「終演」にする。このスタイルを変えない。また、話すとき、相手の目を凝視することはしない。でも、相手の話を聞くときと、話はじめ、それと相手にインスピレーションを感じさせる佳境には、天然シトリンのような瞳で相手の目を透き抜く。

 いつもより三十分遅い賄だった。

 今日は大盛り野菜チャーハンと大根の短冊切りテールスープにハラミステーキだ。中山さんは隣で二杯目の「響」の水割りをやっている。

「猪狩さんはもっと話したかったように感じましたが」と俺が訊くと「トシ、それはエゴっていうものだ。私は初対面の人のエゴに付き合うほどお人よしではない。それより、トシとこうして時間を過ごしていたい」と中山さんがいった。

 喉の奥、鼻の下あたりに痛みを感じると同時に目が熱くなり涙があふれて来た。

 中山さんは、グラスを置き、俺の肩を支えにして席を立った。

 食事を続けようとしたが、スプーンの揺れが停まらない。


〖17.トラウマの邪魔〗


 マリさんと、もう一人の美女が来店した。二人のから何かが放たれている。店内の明るさが増したように感じたのは、大勢の男性客の高揚による場の活性だと感じた。

「ねえトシ君、この頃のマスターお気に入りのお酒、水割りで二つちょうだい」

 中山さんが首を縦に振ったので「響」を二杯出した。

 お連れさんは切れ長の目をしていた。頬から首も直線的だった。

 マリさんが「玲子さんがお子さんのことで悩んでいるみたい」といった。

 中山さんは手をとめ、玲子さんを透くように凝視し三秒後、ニコッと笑い「親と同居していますか」と訊ねた。

 玲子さんは「はい、同居している母が私の子どもの面倒をみています」と答えた。

「子どもが胸の痛みを訴えて学校を休んでばかりいるんです」

 中山さんが「お母さんは厳格ですか?」と訊く。

「はい、きちんとしないことは許せない、そんなタイプです」

「お孫さんにも?」

「はい」

「あなたは息子さんにどう接していますか?」

「やりたいようにさせてあげたい、という心持で接しています」

「多分、あなたは支配されたくないという気持ちを子どもに投影している」

「どういうことですか?」と玲子さんの口調が変わった。

「お母さんに対し、もう支配させはしない、いという気持ちがありませんか?」

「……」

「息子さんは、二人の未解決な関係性の犠牲になっているのではないかな。犠牲がお子さんの胸の痛み。いかがでしょうか?」と中山さんは丁寧にいった。

 肉厚な瞼を閉じ、玲子さんは少しの間黙っていた。口元の紅が照っていた。

 そんなときマリさんの携帯が鳴った。

「マスター、面倒見てあげて、頼むね」とマリさんが立ちあがり「さあ、店に戻ろう」と玲子さんにいった。

 玲子さんは赤くなった目で中山さんを向き「その通りかもしれません。また、寄らせていただいても?」

 中山さんは玲子さんにうなずいてみせた。

「ありがとうございました」といい、マリさんを追った。

 二日後、賄時に「開店前に玲子さんが子どもと一緒に来たよ」と中山さんがいった。

「上手くいけばいいですね」

「過去に何かを築き上げた自負を持つ母親は、あるルールの創作者だった。しかし、刷新され続ける社会常識と重ね合わせる機会を持たないでいると、自信過剰になって昔のままを押し付けてくる。でもなトシ、玲子さんは母親の方針に従って子育てをするといっていた。譲って守ることにしたんじゃないかな」中山さんはそういい終え、しばし瞑目していた。

 中山さんが瞼を上げ「お母さんとの思い出を聞かせてくれないか。トシが幼かったころの話が聞きたいな」

 俺は中山さんを真似て瞑目した。

 母が俺に語ったこと以外の思い出を探してみた。

 中山さんがそうするように瞼を上げ話はじめた。

「小学校に通いだして間もない時の話ですが、捨て犬を抱き帰ったことがありました。母は驚きましたが叱りませんでした。可愛いわね、と手ごろな箱に新聞紙を敷き、牛乳をぬるめに温めて子犬に与えてくれました。明朝、子犬はもういませんでした。母は俺に謝りました。ゴミ出しで玄関を開けたら走って行ってしまったの、と俺に謝るのです。俺は泣きましたが、あまりにも母が謝るから、諦めました。でも、走って行ってしまったというのは母の作り話だと思うのです。子犬は俺が寝付いた夜のうちに元いた場所に母が戻したと思います。子犬をそこに置き去りにしたときの母は辛かったと思います」

「お母さんはトシの優しい気持ちを大事にしようとしたのだろうな」

 母の面影を浮かべた。

 すると、子を抱きしめる玲子さんの姿も浮かんだ。


〖18.夢伝達〗


 夢や希望を抱くのは久しぶりだった。

 人生計画を箇条書きしたメモをポケットからとり出し、進路を聞いて頂けますか、と切り出した。

「社会が親となって孤児を育て上げる仕組みをつくる。理想の孤児院を世界中につくるという中山さんの夢をお手伝いしたいです。具体的にどうしたらいいかと考えてみました。一つ目は医者になれば、孤児院で医療奉仕ができる。二つ目は英語ができれば、世界のどこでも手伝いに行ける。三つ目は力がつけば、夢を実現させられる。まずは、医学部進学を目指します。出遅れの受験勉強スタートだと承知しています。科目数が少ない私立に絞ります。語学に関しては受験英語を徹底的に勉強するところからはじめてみます。夢を実現できる力を身につけるためには、そんな力を持った人に感化を受けてみる気です。そこで、紹介をお願いします」

「トシ、よく考えたな。三つの課題設定、バランスがよくて適切だ。受験は大変だろうが、覚悟さえあれば大丈夫だ。紹介の件は任せろ。医者になるまでここに住んでも構わないからな」と、中山さんは嬉しそうにいっ

た。

「店の手伝いも今まで通りにやります」

 覚悟していることが自覚できた。


〖19.善人〗


 俺を金先生の道場に連れて行った村松さんを、稀な善人だと思っている。

 実の弟の如く、弟弟子にすぎない俺を慮ってくれた。善人からの紹介先にはやはり、善人がいた。善人とは、真心純度が五十一%以上の人。これが俺の規準。

 村松さんが師と仰ぐ金先生の道場で最初に感じた、浮世離れしたあの空気感。

 金先生に接したとき、俺の頭には良寛さんが浮かび、少し経つと山岡鉄舟もこんな感じだったのではないかと思えた。無我が真心純度九十九%(一%は無我だという自覚)だとしたら、金先生は八十%は越えている、と俺は感じた。

 村松さんが金先生との再会アポイントを取ってくれた。

 今日は俺一人で会う。

 蕨駅東口ロータリーにある和菓子店で菓子折りを買った。

 空いているバスのタイヤ上の席に腰かけた。  

 この気持ちは旅を決断した時と同じだ。

 高一の夏休みを利用し、俺はカミーノ巡礼に出かけた。

 母を亡くし、父が放ち続けたじめじめした陰気が、俺の心にカビを生えさせるんじゃないか感じていた。

 そんなある日、ある芸人がカミーノを巡礼するテレビ番組を観た。   

 カミーノとは、フランス各地からピレネー山脈を経由しスペイン北部の道を約八百㌔、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで歩く巡礼のことだ。

 地平線につながる一本道、登山靴にリュック、杖、伸びた髭、自分を知るきっかけだけでもつかみたくて歩いている、といった彼の言葉に惹かれた。

 ネットで企画ツアーをみつけた。未成年者の単独スペイン渡航には現地在住者の保証人が要るが、それも企画内だ。

 父は了承してくれた。

 ツアーはバスと列車と徒歩で制覇する簡易版だったが、俺は、芸人がしたように全行程を歩きたかった。旅行社に談判すると、要望は受け入られた。

 歩きながら俺は母と対話した。おかげで母のための涙は空にできた。

 俺は歩き抜いた。

 これが変わった、と断言はできなかったが、カミーノは俺の何かを変えたはずだ。   

 今日、俺は変わるために金先生に会う。

 戸の向こうで、禅を組む金先生はオーラを放っていた。

 戸を開けた。

 金先生は合掌しやおら振り向いた。

 俺は靴を揃え,正座になり挨拶をした。

「今日は,先日相談させていただいた進路の件で報告に来ました」と俺はいった。

「話を聞かせてもらいましょう」

「禅寺入門のお話、ありがとうございました。禅修行に興味はありますが、雲水になろうとは思いません。知り合ったばかりの自分に紹介までしてくださるといっていただきましたこと本当にありがたいと思っています」と単刀直入に俺はいった。

「そうですか」と金先生は笑顔のままいった。

「先のことを考えると不安になります。中山さんと一緒にいると安心できます。ですから中山さんから離れないで済む進路にしました。中山さんは、孤児院をつくるそうです。また、社会が親となり孤児を育て上げることを世界常識にしたいそうです。自分は、医者になって孤児たちの主治医になろうと思います」と俺がいった。

 金先生は目を閉じたままだった。

「中山さんとの出会い、金先生との出会いで自分がこんなに変われることを知りました。出会いを積極的に求めていくことが前向きになる気持ちを育んでいくコツだと知りました。受験勉強の合間に、変われるほどの出会いを目的に、旅をしたいと思います。紹介していただけますか?」

 金先生の目が開き「進路の件は理解できました。トシ君には伸びる素質がある。その素質とは素直さです。応援しましょう。お望みの出会いをお手伝いしましょう。それと、自分を指し『自分』ではなく『私』と称する方が自然ですよ」と諭してもくれた。


〖20.ひかり463号・往路〗


「トシ、日曜日に浜松で知り合いの結婚式があるんだが、妻の代わりに出席してもらえるか?」

 中山さんが俺に頼みごとをするのは珍しい。

「私で構わないのですか」と俺は恐縮した。

「構わない」

「わかりました」

「じゃ、これが行きのチケット。朝八時三分東京発ひかり463号の八号車乗り場で待ち合わせ。学校の制服で来たらいい」

 昨夜は興奮して眠れなかった。

「おはよう」と中山さんの声に振り向くと、左胸にチーフ、ジェルで固めたサイドバック姿をした「別人」がそこにいた。

「お、おはようございます」と、驚いたまま挨拶を返した。

「朝飯はまだだろ」と売店の入口で「今日はすべて私の奢りだ」と微笑んでいった。

 俺は旅で「快」を感じる。磁場変化で起こる身体反応を、自覚するのが快い。

 細胞は微かな磁力にも実は影響されている。新磁場への移動は、摩擦を起こす。

 意識を澄ますと自覚できる。

 俺は、孤立していた長い時間、内面と付き合った。そのおかげで、敏感さが芽吹いた。

 最近、俺は「考えの経路」を身体感覚で把握した。

「記憶の倉庫」がみえた。

 また、無意識記憶は多種多様で、身体的な循環や消化や生殖といった本能的な機能をリードする記憶のみならず、「心もち」を勝手にリードしてしまう牽引役的記憶もあり、それは「先祖の心残り」や「前世での約束」だと捉えている。

 旅が自分探しの象徴に譬えられる。それは、五感から入る情報の変化だけではなくて、新磁場への移動による摩擦が異なる反応を生む。

 つまり、新しい「考え」を生む。

 ということは、「記憶の倉庫」から別の「荷」が出荷され、複数の「荷」は組み合わさり、新しい「考え」を構成する。旅で再聴、再読すると同曲、同文章が異なった働きで心を揺らすのもこの仕組みに支配されている。

 移動する距離が長い程、この作用は効果を増す。

 新幹線が熱海を通過した。

 中山さんがコーヒーカップを両手で包み「トシ、人はなぜ出会うと思う?」と話をはじめた。

「人が出会う理由ですか?」

 中山さんが顎を上下させた。

「前世での約束を果たすためですか?」と、さっき浮かべた語句が口からこぼれでた。

 中山さんは、コップから放した両手の指を組み、背凭れに背を押し付けた。

「そう考える位なら、今からの話は理解できるはずだ。『魂の里』というものがある。魂は『里』から地上にやって来る。実は、人生で交わる人は同じ『魂の里』からの出だ。『魂の里』では話したり触れたりできないから地上で交流する。交わることで、新たなものの見方や考え方が生まれ増幅作用が起きる。自然の拡大を担っているのがこの増幅作用ということになる」と中山さんが語った。

「家族や縁者は死後も一緒だということですか?」と俺は訊いた。

 中山さんは深く頷き「再会を繰り返す」といった。

 新幹線ソングに続いて浜松到着のアナウンスが流れた。

「この話が一つ目だ。浜松で二つ目、帰りに三つ目の話を用意している」


〖21.浜松駅前ホテル〗


 新幹線ひかり463号が浜松駅に着いたのは定刻の九時三十二分だった。

 改札口で深々と頭を下げた男三人と女一人がほぼ同時に頭を上げた。男の一人が「中山相談役、ようこそお越しくださいました。ホテルにて、社長がお待ちです。こちら様が岩元様ですね。ようこそ浜松へ。私は株式会社エトリアの貴家です」

「貴家専務、岩元君も会議に同席させたいのだが?」

「勿論、構いません」

 黒塗りのハイヤーに乗り込んだ。

 一分でホテルの玄関に到着した。

 鷹に似た目鼻立ちで細身の男が先頭に立ち、後方で二十名程が頭を下げている。

 ハイヤーを降りた 中山さんはその男と握手し数言交わし、彼に俺を紹介した。

「新しく息子ができたと仰っておられたのは、この方ですね」と彼は俺の手を握った。

 そのあと「新郎です。うちの開発のエース、エトリアの宝です」

「川端です。本日は、ご来臨賜り恐れ入ります」と新郎が中山さんにいった。

「さあ、では」と鷹に似た目鼻立ちの男が先導した。

 金色の巨大円柱二本を過ぎるとそこにフロントがあり、そこを左方向へ進むとエレベーターがあった。

 会議会場では中央に社長、中山さんは左横の席だった。

 社長挨拶で会議がはじまった。

「エトリアは上場から三期目でトップシェアを誇る規模になりました」とはじまり、中山さんの支援のおかげで難局を乗り切ったことが語られた。

「一言お願いできますか中山相談役」との依頼を受けた中山さんは、許社長の人格に惚れている、エトリアの発展を願う、といったシンプルなスピーチをした。

 それから二十分程会議は続き、終了後にスカイチャペルへ移動した。

 式がはじまる十一時まで少しの間がある。中山さんは許社長と懇談している。俺はその場を離れ四十五階に展望フロアでホテル自慢の景色を望むことにした。  

 耳に届いてきた噂話のネタは、中山さんのことだった。

 相談役の先祖は江戸幕府の侍だったそうで明治維新で静岡に下野し茶畑を開墾した。中山さんはそこの直系相続人。会社経営は弟さんが継いだ形だが、実質的なオーナーは中山さんらしい。『在日』だった許社長に対し銀行が急に方針を覆し融資を渋りだした。さっきの難局ってところ。許社長の求めに応じて中山さんがエトリアの株主になった。中山さんが後ろ盾についた瞬間、逆に銀行が借りてくれ、と頼んできたらしい。何でそんな仲だって。中山さんは許社長の高校剣道部の先輩。あと数人いるらしい。投資を受けた上場社長が。こんな内容だった。

 宴が終わると中山さんが「トシ、餃子を食べに行くぞ」と、俺に耳打ちした。

 浜松は宇都宮に負けず劣らずの餃子処だとタクシードライバーが自慢した。

 席に着く。

 円形に盛られた裏返しの羽根つき餃子と、味噌ホルモンが運ばれてきた。

「トシ、フランス料理のあとの餃子、悪くないぞ」と中山さんがいった。

「二つ目の話をしよう。全ては粒々からできている。粒々は何しろ最小の単位だ。般若心経に出てくる空即是色という言葉があるだろ。空が粒々だ。その粒々は波状の振動だ。空が組み合わさって色が構成される。構成のための設計図が思考だ。思考は具現する、というのはこのためだ」

 扉が開き「そろそろ出発しないと」と待たせたタクシードライバーが催促した。


〖22.ひかり472号・復路〗


 チケットには「ひかり472号」浜松十六時十一分発、と記されていた。

 席のシートに背中を預けた中山さんが話し始めた。

「浜松での私、二三舟での私。どちらも私に違いないが、許社長を支援した資金は先祖のものだ。だから、私の稼ぎで子を育てるために、二三舟をやっている。妻、それと子どもが三人いる。二人は成人し、末っ子は浪人生だ。妻と二人で必死に働いて二三舟を軌道に乗せ、家を買おうとした時期、先祖ゆかりの土地が売りに出た。売主に想いを伝えたら、手が届く広さに区切って分けてくれた」といった。

 丁度通ったワゴン販売でコーヒーを買った。

「両親はドライブ中事故に遭い、二人仲良く逝ったよ。そのあっけない死を受け入れるためにいろんなことをやった。ある時、死は現世的には離別だが通世的には里帰り中、今ここにいないだけだという自覚が起きたんだ」といった。

「私は勤めていた会社を辞めて相続手続きを完了させた。そのあと、これからどう生きようかと考えていたら、飲食店なら二人でやれるかも、という妻の言葉もあって二三舟を開店したんだ」

 少しの間、二人は沈黙し、コーヒーを啜った。

「三つ目の話をしよう。全ては中庸に向かうという摂理がある。分かりやすくいうとプラマイゼロになる原理だ。弦は相対的な移動を繰り返し、いつか定位置に収まる。定位置がゼロ。このプラマイゼロの仕組みはすべてにはたらいている。自分を出さず客の満足だけに全精力を注ぐ。いったんマイナスが生じるが追ってプラスが作用する。プラスは人気という形態で顕れる。努力の割に売れないのは、自分を出したがる欲求を抑えきれなかったからだ。客の感情を満たすことが役割なのに、客より先に、自分を満たすプラスを持ち込んでしまう。だから、人気というプラスが返礼されず、伸び悩む。プラマイゼロの摂理は、精算システムだ。前世と現世、現世と来世、といった長いスパンで精算されることもある。例えば見返りが望めないのに、なぜそこまで支援するの?、といった現象を紐解くと、前世で受けた恩を現世で返し切るため、といった解釈になる」

 この話は分かりやすい。

「トシ、脳に取り付けるAIチップの開発に出資を頼まれている。AIチップ装着は人のサイボーグ化を促進することになる。だから、少し悩んでいる」といった。

 残りのコーヒーを飲みほした。

「AIチップ装着は二つのストレスを生むはずだ。装着するかどうかを選択しなくてはならないストレス。装着後、現存する感情との軋轢が起こすストレス」といい、中山さんは窓の外に目をやった。「世の中はガラっと変わる」

 車内に、メロディーとアナウンスが流れている。

「今日話した三つの話が、大自然の摂理だ。トシ、洞察には摂理を重ねるといい」

 中山さんが俺をみつめた。


〖23.旅立ち〗


「平凡がゼロだとすると、振り子の左右は犠牲と非凡だ。受験勉強が犠牲、医師免許取得が非凡、そう置き換えると分かるだろ」

 翌日の賄時の中山さんの言葉だった。

「浜松への旅で、心が開く自覚がありました。もっと開けば、自信をもって進路選択ができる気がします」と俺はいった。

「そうか。じゃ、これからどうする気だ」と中山さんが訊いた。

「受験勉強に旅を並行させることで、もっと開心したいです」

「心を開くためか。つまり、閉じている心を開かせる力をもつ人か。それなら、丹波篠山の鯛釣和尚だろう。トシ、先方に連絡しておく。希望は週末だな」といい、席を立った。

 どうして中山さんは他人をこうも思いやれるのだろうか。以前、中山さんがいったように、前世に、俺から受けた恩を返そうとしているのか。もしくは、青年を立ち直らせることに使命を感じているのか?

 窓を全開にして空気を入れ替える。

 シンク回りの水しぶきを拭き取る。

 エプロンを定位置にかける。

 シャッターを下ろし施錠する。

 只管、作業の繰り返しで一日が終わる。

 仕事はこういうもの、人生とはこういうことかも、と思った。

 そうだ、繰り返しと心底望む仕事を選択すればいいのだ。


〖24.晴栄の大木〗


「お兄ちゃん、見て。こんな感じ?」と寺の息子、晴栄(せいえい)がいった。

「晴栄、そうそれでいい。背筋を伸ばして脇をしめて」

「脇を絞ったまま手を伸ばしながら、ねじ当てる。これでいい?」といいながら動いてみせた。

「いいぞ。次は的に当てる練習だ」と俺はいい、構えている晴榮のみぞおちの高さ、水平に一mほど先、常緑樹の一葉を指して「ここに人差し指の拳の先端を当ててご覧」といった。

 晴栄は真剣な眼差しで狙いを定めている。

 少し肩に力みが見えたが、口を挟むのは止めた。

「ヤァーッ」気合いを込めた拳が見事に的の葉を揺らした。

「才能あるな、晴栄は」と頭を撫でてやると、愛くるしく微笑んだ。

 二時間ほど、突き稽古をする俺の横で、晴栄は休んではやり、また、俺の突きをじっとみたりした。決して声をかけてはこなかった。

 丸刈りで栗みたいな顔形をした晴栄。

 会った途端に素直な子だと分かる瞳は、山中の古刹の環境ばかりでなく、生まれ持ってきたもの、と直観した。

 輪廻転生、もしくは魂の流転、この概念を空手の段位に置き換えてみると分かりやすい。十段を釈迦、菩薩が九段、人間が五段、阿修羅四段、地獄が初段、と仏教の十界に置き換える。

 生き仏が稀に存在するが、この世に「派遣」されたと九段前後の仏様ということかもしれない。

 本堂脇に墨と紙が置かれた机があり、晴栄が、正拳と書いた。動く生きた字だ。

「晴栄、お母さんが呼んでいるよ」

 和尚が現れ、晴栄を促した。

 掛け軸の日蓮様に似ている。膨らんだ頬をした和尚。

 晴栄が走り去った。

 和尚はさっきまで晴栄がいた座布に落ち着き、筆にたっぷり墨を含ませた。少しの間瞑目、ふん、と一息吐き、肩を落とし、脇を締め、肘を張り出し、筆を指に固定後、滑らかに大きな円(〇)を書いた。しばし残心をとっている和尚。

「人生はプラマイゼロ」といいい筆を硯に戻した。

「今日は晴栄に空手を教えてくれたそうですね。この書はそのお礼です。これもプラマイゼロ原理の顕れ。晴英のためにあなたが費やした時間を、晴栄の父親が埋める。あなたが先払いしたマイナスが、あなたにとってはプラスになったのです。落款を押しておきます。これを愛好家に譲ればお金に変わる」といって、大きな朱肉をだした。

「乾いたら包装しましょう。よいしょ」と身体を俺に向けた。

「トシさんには中山さんがいるし、亡くなられたご両親がいつも傍にいる。あなたのプラスのために、惜しみなくマイナスを請け負うお陰様たちです。そんなからくりが見失ってはいけない。『誰かのため』ということは、身代わりになる覚悟がないと嘘になる。寿命を献上することです。無私になって。我執を取り払えるか。取り払いが修行、取り払えた分、人は進化するのです。このくらいにしておきましょう。明朝五時、おつとめにご一緒ください。小一時間です。我執を取り払った仏様たちと融合することがおつとめです。頭で理解できなくても、身体をそれに染めたらいい」

 和尚は俺に合掌した。

 俺も合掌し、頭を下げた。

「さあ、お風呂をどうぞ。あの廊下の突き当たりを右へ行くとあります」

 和尚が立ち上がった。墨香が漂った。

 モルタル床にスノコ、ヒノキの大きな湯船、裏庭が望める大きな窓。秋田犬が腕を枕に目を閉じていた。その左側に石垣が支える坂道がある。稽古した山への坂道だ。他には何も設えたものはない暗闇だ。窓を背に湯につかる。壁には、大木を描いた絵が掛けられている。画用紙に凹凸をつけ仕上げたものだ。小学校低学年の美術で経験した記憶が蘇った。俺は世界地図だったような気がする。大木は将棋の駒のように幅広でおおらかだった。

 食事には鯛のお造りが出た。自ら車を走らせ明石へと出向き、釣りあげた鯛を客に振る舞う流儀が鯛釣和尚と呼ばれる由縁だ、と中山さんから聞いていたが、その通りだった。

「ありがたく、命をいただきます」といった和尚に倣い俺も合掌した。

 本堂の隅を借りて寝た。

 サアーッサアーッと音がした。起床し外を望むと、背の丈と同じぐらいの竹箒を巧みに振って境内の土を均す晴栄がいた。

 俺は俺自身の心を均す気持ちで、本堂の床を掃いた。

 和尚が唱える経の響きには、あの微細振動があった。

 微細振動が、曼陀羅図に安座する諸仏たち善意をくすぐる。

 くすぐられた分、諸仏の善意が、この世に注がれるはずだ。

 経の余韻と合流し、俺はこんな思考に耽っていた。

「トシさん、武道には守りと攻めがありますよね。守りは己の隙を許さないこと。攻めは相手の隙を逃さないこと。隙は雑念です。雑念によって気が散ったことで隙が生じます。気が散るのは、他の課題への執着、つまり心の余所見です。それは不要を必要とする間違った行いなのです」と和尚がいった。

「心が余所見をしてしまう理由を教えて頂けますか?」

「宿業の仕業です。宿業が劣等感を生み、劣等感で心が火傷しないために見せつける。見せつけて、自分よがりな優越感を得る、すると、つかの間、冷静でいられる。不要な見せつけが、余所見です。劣等感トリガーが引かれる前に、見せつけの癖作動してしまう。この癖が余所見の理由です」

「組手の最中にそんなことを考えるとは思いませんが?」

「あらゆる思念とセットです。いい技を見せつけよう、恰好よく見せつけよう、と。つまり、ぶざまな姿は見せられないという余計な心配までする」

「劣等感がなくせない限り、隙を無くせないことになりますよね?」

「武術に道をつけた由縁です。劣等感などからの解縛が修行なのです」といって和尚は立ち上がった。

 朝食には鯛のあら汁が出た。

 今日は俺一人で山に入った。葉の先を的に突きと蹴りを千本ずつ打ち、岩の上で結跏趺坐した。

 俺に内在する「劣等感などの業」を意識下で探索した。

 いろいろな記憶がよみがえった。

 業探しの方法を編み出せたら、と閃いた。この閃きは俺に進む道を示唆した。

 山菜の炊き込みご飯、おかずは全種類が野菜だった。

 濃い茶を手に和尚がこういった。

「十界互具、という言葉が仏教にあります。人は十界を内包しているという意味です。仏の心から地獄の心までが、トシさんにもある。だから、八正道で統制するのです」

 奥さんが手作りした和菓子は、紫色の餡を真っ白な薄皮が包んでいた。

 晴栄が明朝、俺を電車の駅まで送っていくと駄々をこねた。

 本堂に戻り、十界互具というワードをスマホで検索した。説明を読むほど、十界とは「記憶の倉庫」を十個に区分けしたものに置き換えられると思えた。

 別れの涙が晴栄の瞳をより大きく尊く俺に感じさせた。バスに俺が乗り込むと、晴栄が大声を上げて泣いた。振り向くと、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をしてバスを追いかけて走る晴栄が遠くに見えた。丹波の山野も遠ざかる。

 道の継ぎ目でバスが跳ねる。振動で涙腺の錠が外れ、俺も晴栄のように泣いた。  

 寂しさには大きく尊いものが含まれていると悟った。

 寂しさや無力感を抱くとき、俺は、他のどんな時よりも人らしくなると自覚した。


〖25.広島風お好み焼き〗


 さっき晴栄の涙を拭った親指か乾く頃、俺は、そこに沁みた思い出でペンを握った。

 鯛釣和尚の言葉をノートに綴った。

 そしてノートを、宝塚線、神戸線、新幹線、京浜東北線のなかで、幾度と推敲した。

 午後一時の少し前、やきとり福ちゃんに到着した。

「中山さん、ただいま戻りました。鯛釣和尚から山菜のお土産を預かりました」

「それはありがたいね。どうだった?」

「一言では表せないほど、貴重な体験でした。異次元を垣間見た感じも……」

「そうか、トシのその表情が物語っている。昼飯付き合えるか、トシ。旨い広島風お好み焼きがある。食べながら、土産話をしてくれ」と中山さんが俺を誘った。

 済生会通りを渡ろうと信号待ちをしていたら、

「神戸の知人が喪主を務めた葬儀で和尚の読経に惹きこまれ、そのまま丹波篠山の古刹を訪ねてしまった。和尚と語り合った。プラマイゼロの話が印象に残っている」と中山さんが和尚を懐かしんだ。

 道を渡って百m程歩くとその店に着いた。

 紺地に白抜き枠で囲った赤い文字で、「広島風」と書かれた暖簾をくぐった。

 飲み屋のママたち三人が、中山さんに冗談交じりでじゃれてきた。

 中山さんは笑顔でいた。

 広島カープの写真や記事が壁一面に貼られていた。

 よく磨かれた横長の鉄板に沿うカウンターに中山さんと俺は横並びで座った。

「和尚の話を聞かせてくれ」

「誰かのためとは命がけという覚悟がないと嘘だという話。これは、先日、中山さんが仰っていた身代わりの気概に通じると感じました。他には、隙は雑念が生むという話。十界互具しているから八正道が大事だという話を頂きました」と俺は応えた。

「身代わりか」と言葉を漏らした中山さんが三秒ほど目を閉じた後、こう続けた。

「私は六十歳で『私』を終えることに決めている。余命九年だ。三人の子育てはもう少しだ。今までの順調は、両親の身代わりのおかげだと感じる。早く逝ってエネルギーの譲渡を私は受けていると感じる。そこで、六十歳で私は『私』を終え、両親が私にしてくれたように、エネルギーを子に譲渡するつもりでいる」

「六十歳で死ぬということですか?」と俺は訊いた。

「『私』を捨てるということだ。無『私』になる。全ての私『心』を持たない生き方に変える」。

「そういうことなのですね」

「無『私』とはゼロだ。家族に分け与えられたエネルギーの総量から私の浪費が無くなる分を息子たちが使えるはずだ」と中山さんがいった。

「私も、両親の犠牲が私に幸運をもたらしているように感じます」と俺もいった。

 中山さんがヘラを取った。そして俺にもヘラをとるよう促した。

 適度に焦げた濃厚ソースの香ばしさが鼻を抜けた。削り節が踊る広島焼をヘラで口に運び、火傷しないように噛み切った。

「ハフハフ、うっ、うまいですね」

「そうだろ、お好み焼きは広島風が一番だ」と中山さんがいった。

「中山さん、私は受験勉強に戻ります。和尚に会って業の解消について考えました。業解消法をつくってみたいと思いました。医者という切符をもち、心で苦しむ人をその業解消法で施術する。それは、人の心を立て直す仕事です。俺の心を立て直してくれた中山さんの恩に報いることができるのではないかと考えました。プラマイゼロですよね、これも」と俺は訊いた。

 中山さんは大きく頷き、

「いい気づきだ。決めたら進む。進むことが人生修行。今のトシは受験勉強が修行。鯛釣和尚には鯛釣和尚の、私には私の修行がある。只ひたすら進む。進み続ける、だな」と俺の背中に手を添え、「おかわりしようか。ご主人、二枚追加で。それと、ウーロン茶とコーラも。テーブルの三方にドリンクを」と、中山さんは彼女たちにはみえないように後方を指した。

「トシ、愛が溢れる仕事をすれば必ず人々はトシを求めて寄ってくる。寄ってくる全員を受け容れることのできる大きな器のような存在になれよ」

「キャー、マスター」、「大好き~」、「ステキ~」と黄色い声が後ろで鳴った。


〖26.街は人の組合せ〗


 斜向かいにアナウンサー養成スクールがある。

一階はロビー、二階が事務スペース、三階以上は全て教室だった。

 俺は、カウンターで、私立医学部を目指す旨を伝えた。

 センター入試を経て受験する国立大学医学部では取り組む科目数が多すぎる。

 陸上トラックを駆け回るが如く、ひたすら暗記反復の努力をしてこなかった俺にとって、私立受験が最適な選択項だ。

 俺は孤児になったが、その境遇が中山さんとの出会いをもたらした。

 境遇的な苦難から救助してくれたのは人との出会いだった。

 だから俺は、苦難する誰かの出会いの対象となり、救助することでプラマイゼロになれると考えた。

 やるべきことは決まった。もう余所見はしない。

 今は、偏差値を叩き出すだけだ。

 仕組みはとてもシンプルじゃないか。問題の数、量をこなせばいい。そして、周回遅れを取り戻せばいい。

 俺には「記憶の倉庫」がついている。それは、最強サポーター同然だ。無数の「記憶の部屋」が俺の求めに応じた回答を編成してくれると信じている。

「記憶の倉庫」を最大限稼働させれば、俺は必ず合格できるはずだ。

 最下位クラスに入室が許可された。

 あの弁護士事務所に寄った。あの日、父を映した窓の向こう側で、ランナーが皇居を周回している。

 歩くだけでは満足できない感情があるのだろうか。妻を亡くし喪心した父は、養育の務めを遺産という形で果たし、母のもとへと走り逝った。

 弁護士が書類をテーブルに置き「ご両親はこの選択を喜ぶと思うよ。ところで西川口から通うのかな?」と訊いた。

「はい、中山さんのところでこのままお世話になります」

「じゃ今まで通りの送金でいいね。受講料一式の振込の控えがこれ。確認サインを」と弁護士はいい、仕事の顔ではなく旧友の息子を慈しむ目で俺の目をみた。

東京駅地下で、あの日の父との思い出のパスタカレーを食べ、地下街の文房具店で受験に必要だと思われる用具一式を揃えた。

 焼き場で目を細めた中山さんが串を回している。

 中国語版メニューをつくり店の外にも貼りだしたところ、中国人の来店が一気に増えた。 

 中山さんには差別がない。

 国籍、民族、宗教、職業、生き方を肯定するのは「背景」がそれぞれだからだといつもいう。  

 この街がチャイナタウンと化した、と嘆く客には、「中国人と仲良すると、よさが分かるよ」と返す。

 洗い物の合間、留学後そのまま日本で就職したというカップルと話をした。中国人だと思ってばかりいたがマレーシア人だった。男は派遣会社に勤めるエンジニア。非正規雇用だが本就職し日本に永住したいといった。彼女とは料理の話を交わしただけだが、常に最善を工夫する人だけが醸す気品があった。

 さっきまで湯気をフーフー吐き続けていた食洗器がやっとクールダウンし終業した。

 新メニューのスパイシーホルモン炒めと溶き卵テールスープをつくってくれた中山さんに予備校のことを報告し、マレーシア人カップルの話をした。中山さんは芋焼酎で香りづけしたアルカリイオン水を飲んでいる。以前は一リットルのノルマを課したようだが、夜中トイレで熟睡の妨げになるといって、今は量を半分にしている。

「空手道場の金先生は、祖父が朝鮮から渡ってきた。武道観が独創的だろ。ありきたりではない価値観は、稀なブレンドの味に譬えられる。繁華街での村八分はナンセンスだ。非日常を謳歌するのが繁華街の醍醐味だからな。多国籍化は時流だ。ネットがすでに地球人同士を繋げ、繋がりことの善さを肯定している。逆らうことなく、仲良くするのが時流に乗ることになる。西川口に住むみんなが地球人だしな」とグラスを置き、「今日は芋焼酎だったが、バーボンやウォッカ、そしてウイスキーは世界各地からきたものだ。いろいろあったほうがいいだろ、トシ」と、笑って席を立った。

 なんで、中山さんは多様性の話をしたのか?と10分ほど考えた。

 画一性が心を閉ざした生き方用で、多様性は心を開いた生き方用だとしたら、俺は今日、現実的に動き出した訳で、中山さんは俺の心が開いた、と認識してのことではないかと……。

 


〖27.「敬」から「癒」の時代に〗


 西川口駅西口すぐのところに二三舟がある。

 西川口駅から京浜東北線を北へと「下り」,Jリーグの浦和レッズで名が知られた浦和駅を過ぎ、終点の大宮駅の手前、さいたま新都心駅改札を抜け自由通路を西北へ進むと、さいたまスーパーアリーナがある。

 三万人以上を収容するイベント施設だ。

 イベントには、日本各地からファンがやって来る。

 しかし、鉄道車両センター跡地に開発されたさいたま新都心駅周辺には宿泊施設が不足している。

 そこで、西川口駅周辺ホテルにもイベント客が宿泊することになる。

 ホテル近くで夕食をとる客が、二三舟を訪れる。

 中山さんが珍しく楽しそうに話をしている。

 客の声に耳を澄ますと、有名なアニメソングも歌うアイドル声優のファン仲間だった。

「いいですよ。私は三年前に知って、年に二度はライブに行きます。デビユーは八年前だから五年も損したと思っています」と、あどけなく中年男性の客が語った。

「癒しですか、よさは?」と中山さんが訊いた。

「爽快な目覚め感を味わえるからかな」

「覚醒、ですか?」と中山さんがまた訊く。

「会社では、心の一部を眠かせているから……」

 土日両日のチケットを手に入れ、二日連続参加客は多いことも知った。

 俺自身の癒しと覚醒を振り返ってみた。

 癒しは、ドラマや映画鑑賞だ。

 媚びない正義、身代る勇気、朴訥な愛。描写される側に憑依し自己概念にどっぷりと酔う。

 覚醒は、真相を哲学することだ。悟りは俺にとって創作の快を生む脳内ホルモンを分泌させ自尊感情が高揚する。

 彼らは、他者への没頭により不快想起が断たれ、刹那的だとしても快に浸る状況をつくる、つまり、「覚醒の場」を求めてイベントに臨む、と閃いた。

 それでは根本的な解決にはならないが、それで十分だという見方もある。

 時代は変化した。

 大衆がそろって出世した社会になった。一人前になれる教育を大衆が享受できる社会が一定の出世を保障してくれる。

 今の大衆が求めているのは大きな変化ではない。

 できるだけ順調に維持することだ。

 そのためにリフレッシュする。これが重要なのだ。 

 賄のとき中山さんが「お客さんとの会話から閃いたことがある。昔は『敬』、今は『癒し』。甘やかされる役回りを請け負うことがアイドルの仕事。誰かを甘やかすことは、優しくなる練習、許す練習になる。甘やかされて育つと不幸になるというが、敢えて『前世の子』の子に生まれ『前世の子』である親に、優しさと許す心を練習させる『親』の計らい。だから、甘い、と人を蔑むのは無明の罪だ。甘やかされて不幸になることを喜んで請け負っているかも知れない」といった。

「幸福も不幸も役回りなのでしょうか」と俺は訊いた。

「順番に過ぎないよ、トシ」と中山さんはいつものように笑顔を残して席を立った。

 順番かどうかを科学的に証明するすべはないが、そうかもしれない。

 不幸な一面があったとしても、ときにガス抜きをして、生きていければいいと思った。

 彼らにとっては、イベントに参加することがガス抜きなのだ。


〖28.福島の臨済〗


 金先生を訪ねるのは久し振りだ。

 以前なら蕨駅からのバス便だった。

 しかし、今日は東北新幹線で福島へと向かう。

 先日、川口の道場をたたんで山村の廃寺を引き受けたと村松さんから聞き、連絡を取った。

 あっという間に郡山に到着した。ゆうゆうあぶくまラインというローカル線に乗り換えた。

 要田駅の改札と抜けると、車から降りた金先生が駆け寄ってきた。

「トシ君、よく来てくれたね」といって金先生が俺の手を握った。

 金先生の目は殆ど透明に近かった。

 牧歌的な風景のなか、低速の軽トラックを追い抜かず、のんびり走るジムニー。

「僧籍は取得していました。道場を後任者に託して来ました。更に道を極めてみたくなりました。朴訥に自分と人の心を見つめ抜いて、知り尽くしたい。廃寺の復興は、それにもってこいの機会でした。トシ君、いい顔になりましたね。ご両親が喜んでいらっしゃる。勿論、中山さんも。トシ君、生きるとは、よりふさわしい境遇にシフトしていくことです。境遇をシフトさせるためには、過去を捨てることです。栄光も捨てる、後悔も捨てる。後悔の捨て方は赦しです。懺悔して捨てたらいい。捨てるとスッキリしますよ。そのスッキリした状態で、トシ君にしかない才能を、トシ君のペースとやり方で活かすことで、ふさわしい境遇にシフトしていくのですよ」と金先生がいった。

「私にしかない才能を活かす、か」

「そして、トシ君の才能を誰かの才能と積極的に交流させることです」

「交流の意義に気づいたところです。今日も金先生に会うことで変化が起きるはずだと」と俺はいった。

「その通り」

「でも本当は、消極的になりがちです」と俺はいった。

「足かせですね。その鎖は宿業という杭につながっています。さっきいった赦しは宿業を解消する手立ての一つです。しかし、根を抜きとれたとは限らない。鍋にこびりついた錆に譬えられます。錆が錆を大きくするでしょ。だから、小さな錆を見逃さず磨き落とす。磨くのは手間がかかりますが、錆がはがれるとスッキリしますよ」

「消極性のもとは宿業だということですね?」と俺は訊いた。

「そういうことです。トシ君、宿業解消法を一つ、紹介しましょう。心の隅々にまで意識を投じ曇っている部分を探してください。見つけたそこに宿業がへばりついています。そこに、かじかんだ手に息を吹きかけるイメージをします。懺悔の言葉を込めてです。雲が散らばり薄れ、やがて透き通って、晴れになれば、はがれたことになります。実はそれでも根は抜け切れてはいませんが、当面の処置にはなります。病の根治ではなく、病の再発を防ぐ感じですね。持病と上手く付き合っていくとかいうじゃないですか。もし、宿業を根絶したいのなら、『空』と隣接し『色』を客観視するしかないのです。この意味も境地に立ってはじめて分かるはずです。本を読み、話を聞いて理解できることではない次元だからです。もし、トシ君が本気で悟りを開こうとするなら、哲学書は卒業してください。他に頼らなくても、トシ君そのものを生成している根源に悟りがあるからです。自然全ての大本の仕組みを『現地見学』するならトシ君のなかのなかのなかに入ればいいのです。トシ君の視界に『現地』が開かれたら、それが悟りを開いたことなのです。そしてもう一つ。人を見極める。見極めるにも先ずは『現地』に近づき、自分で『空』をうっすらとでもいいからみることです。すると、『空』をみたことのある人かみたことのない人かの判別がつくようになります。さあ、着きましたよ。トシ君、ここが私の新たな境遇です」と金先生がいった。

 道のどんつきにジムニーが停車した。

 百坪ほどの庭と小さな古民家。

 桶と柄杓を掛け置く棚で、やっと寺だろうと推測がつく建物だった。ただ、庭は掃き清められている。竹箒で境内を均す丹波篠山の晴栄君が浮かんだ。この寺自体の境遇が、金先生によってシフトされようとしている気がした。

 本堂で、ご本尊である地蔵菩薩に、俺を紹介してくれた。

「さあトシ君、裏庭で話しましょう」

 水屋脇の路地は墓地の端まで続いていた。そこを、金先生とゆっくり歩んだ。

「私はここを修行の場に選びました。トシ君の修行の場はどこですか?何ですか?」

「今の修行の場は予備校と部屋の机です。そして受験勉強です」

「トシ君、サーフインを極めたいなら海辺へ移りますよね。しかも、いい波がたつ海を選ぶと思います。また、日本の波で物足りなくなってハワイのノースショアで鍛えたくて移住した方もいます。空手道場で子どもたちと修行した私は、更改された志に素直に沿い、この境遇に身を置くことにしました。私は、自然体を手に入れたいのです。私の夢はこれかな。出世という言葉がありますね。一般的な解釈は経済的名誉的栄達を指していますが、私の出世観は、私の自然、つまり、私の真相をこの世に出すことです」

「真相を世に出すことですか?」

「そうです」と金先生がはっきりといった。

 西川口では聴けない小鳥のさえずりと焚火の薫りがする。

「金先生、ご家族はいらっしゃらないのですか?」

「修行者は家族を持ったらいけない、と若い頃に聞きました。修行には目に見えない魔との闘いがある。でも、修行者は仏に守られるから、行き場を無くした魔は家族を襲う」

「理由があったのですね」と俺はしみじみといった。

 朱色の空が別れの時間を知らせた。

 金先生が駅前でうどんをご馳走してくれた。

「しだれ桜の名所が隣村にあります。是非、中山さんと遊びに来てください。トシ君は縁上の友だと思っています。いつでも気兼ねなく何かあったら相談してください」

 改札前で振り返り、再度、頭を下げ終えると、金先生は合掌で俺を送ってくれていた。


〖29.光石成徳和尚〗


 重力に従い擂鉢の底へと滑り落ち行く胡麻粉のように、静寂な時空へと参禅者たちが吸い込まれていく。

 結跏趺坐を組み、合掌し、成徳和尚を待つ。

 足裏に伝わった廊下板の滑らかな感触が甦ると、さっき見たばかりの手洗いまでの状景が浮かぶ。古い旅館にあるような母屋。食堂の奥にある引き戸の曇りガラスが生活の灯がほんのり橙を帯びていた。

 それは聖俗の境の色だった。

 参禅者が増すたび、蝋燭の火が揺れ、銅と金色の仏具が煌めく。   

 ここは、神戸六甲にある禅道場六克寺。

 先週、金先生を訪ねたとき「トシ君、私の師匠に会ってきたらどうですか。木のような人ですよ。また、息子さんが副住職で話が面白い。優秀な量子理論学者で、巧な論説で真相に肉薄します」と、その場で電話を入れてくれたのだった。

 以前、どん底にいた俺を村松先輩が初めて金先生に紹介してくれた日に、進路として提案してくれたあの禅寺だ。

 坐禅会の後に副住職と面談の機会まで段取ってくれた。

 金先生が心から尊敬する光石成徳和尚が現れた。

 法隆寺金堂の釈迦像に似た面長で、確かに、欲が脱色された古木のようだった。

 読経音はテノール。

 細胞の活性を自覚させる。

 線香の灰が落ちた微かな音まで聞き取れる。

 畳の目がどんどん大きく見えてくる。

 経の音波が全細胞に干渉する。

 俺は禅定の深みにいる。

「『心の数』がある臨界点に達するとある生命が宿ります。無数の生命がありますが、その相違は心の数の差によります。『心の数』とは情報の数であります。禅の目的は、『無の極』に至る沈潜路を拓くことです。『無の極』を観賞し経験することが悟りです。その悟りを基盤にして『有』を開拓すれば、新たな心を生みだせます」

 和尚の講話は、AIに、生命が宿る根拠になる説ではないかと心が躍った。

 坐禅の終了を知らせる鐘が響く。

 参禅者が漏らす雑音のなか、「トシ君」と俺を呼ぶ声がした。

 光石成徳和尚のご子息、六克寺副住職という肩書を持つ光石政数さん。白いシャツと綿パン、ベージュのジャケットを着け、余所見なしの目線で俺を見た。書斎に通された。一畳はある無垢の木で設えた机があり、そこにレジ袋からスイーツを取り出し、俺にすすめた。

「金さんから聞いています。よし、何でもいいから私に伝えたいあなたの知っていることを話してください。質問でもOK。東京行き最終新幹線が九時五分新神戸ですね。格闘談義を新神戸駅に車で送るまで続けましょう。今八時五分だから、四十分一本勝負ですね。カ~ン」

「『空』と『色』について教えてください」と俺は訊いた。

「『空』は最小単位の素材の更にその奥、としか表現できない何か。『色』は最小単位の素材の組み合わせ」

「組み合わせる力は?」と俺はまた訊いた。

「意志、かな」

「『空』には意志を感受する性質があるということですか?」と俺は質問を続けた。

「空即是色、色即是空」と政数副住職が答える。

「『空』と『色』の区別は観察する側の求めに応じてなされるだけということですか?」

「『空』を求めれば『空』に、『色』を求めれば『色』に」

「つまり、『空』と『色』は区別してもよし、互具だと理解するもよし?」と訊く。

「トシ君が『正しい』と思うのなら」

「断定できないと?」と俺は更に訊く。

「正しいのは摂理一つだけ。他の『正しさ』は、次に進むための迷いを断つおまじないのようなもの。トシ君はゴールをみましたね。あとは、プロセスの検討を」

「真相の言語化ですか?」と俺は休まず訊いた。

「そう、私の仕事はその研究」

「感得した真相を他人に伝えるためですか?」

「他人に伝えることが仕事だと思うのなら」と政数副住職がいった。

「研究を進めるうえでの注意点を?」と俺は時計をみて最後の質問をした。

「正答に近づけるかもしれないという希望を燃やし続けることです。それと、脳の爽快感をバロメーターにすること。そうであれば研究は健全。禅を朝と晩に。朝は就寝中の、就寝前は目覚めている間の心の汚れを落とすため。心の垢こすりが禅です。体の表面のシャワーのように、内面のシャワーもすることですね。さあ送ります」と立ち上がりながら、政数副住職がいった。

 新神戸駅までは車で十分程だった。

「トシ君、また神戸に遊びに来てくださいね。次回は、『かご屋』という旨い焼肉屋でごちそうしましょう。受験勉強を楽しんでください。金さんに宜しく」車から降り、政数副住職がいった。

「今日は、刺激をたくさん頂けました。本当にありがとうございました」

頭を上げ、政数副住職ともう一度目を合わせると、俺は振り向き、階段を駆け切符を買い、また階段を駈け、最終の新幹線に飛び乗った。


〖30.霊能者の陽さん〗


 中山さんにほかほかの感動メールを送ると即返信がきた。稀なことだ。

「土産話楽しみに待っている。急な話だが、明日の午後五時、陽さんがトシに会ってくれる、と連絡があった。簡単にはみてもらえない有名な霊能者だ。連絡は午後七時頃だったから昇龍寺の坐禅会が始まった頃だな。和尚との出会いで増幅したトシの気が、陽さんに通じたんじゃないかな。会うと、幾つかの課題を貰える。取り組めば運がよる。ある実業家が会ったあと事業が急成長を遂げた。浜松の許社長だ。彼がトシとの面会を依頼していたようだ。お礼は彼が払いたいということだ。心配するな。トシが稼ぐようになったら、その時に恩返ししたらいい。陽さんの住所は部屋の扉に挟んでおく」

 中山さんからのこんなに長いメールも初めてだった。

 明晩の土産話は二つ、用意しないと、と京都の夜景を見ながらそう思った。

 扉に紙。そこには陽さんの住所と、アドバイスが記されていた。

「本音を吐露した分、比例する質量の課題を提示してくれるそうだ。祭壇や仏壇、神棚があったら献香や拝礼を、許可を受けてやること。靴は揃え、茶は飲み干すように」

 陽さんは蝋人形のように動きの少ない小柄な女性の老人だった。

 会うなり心の隅々まで見抜かれた気がした。

 座卓に着くなり用意されていた茶が注がれた。大福餅を勧められた。

 その前に、と仏壇に合掌した。

 餅を食べている間、陽さんは目を閉じていた。俺は、イチゴの酸っぱさと漉し餡の甘さの絶妙な加減に感動していた。茶を飲み干した。陽さんの目を開き、湯のみにおかわりを注いでくれた。

「あなたはあっちの世界の比重が多いから、こっちの世界とのバランスを取るといいわ。目に見える価値の大事さを意識できるように変わりなさい。すると、成功するわ。それも大成功。だって、ご両親があなたを陰で支えているから。試験合格だって目に見える価値。それと、同年代ともっと交わること。生きものとして日常の些細な喜びに満足するのよ。高尚な理想ばかりではダメ。何事も両極のバランスが大事なの。例えば今日、おばあちゃんと会話したら、明日は若い子とデートして、おばあちゃんにもこんな若い時があったのか、この子も数十年後にはあのおばあちゃんのようになるのか、と双方向から整理しておくの。苦いコーヒーに砂糖を混ぜて中庸にするの。入れるだけではなく混ぜるのよ。神様を拝むだけじゃなく、近親者を拝むの。あなたの両隣にいるわよ。お父さんとお母さんが。そうね、あとはもっと水をたくさん飲むといいわ。解毒作用のある食物摂取も増やしなさい。相談があったら連絡してきなさい。あなたは特別よ。ご両親が何度も頭を下げるから」

 

〖31.人類からロボットに首座移行〗


 中山さんのゼミ仲間の同窓会二次会が、二階で行われている。

「ゼミの帰りによく寺間教授に連れていかれたよな、三田の鳥政。二階の和室でさ」

「そう、店主自宅の居間だったものね」と、丸メガネの女性がいった。

「酒と肴を取りに階段を昇り降りしたよな」と、輝く額の男がいった。

「したした」とダンディーな男性が、相槌を打った。

「閉店後にマスターが合流してさ、朝まで語り合ったよな」と輝く額の男。

「でも、その日を境に時間制限ができた。奥さんにこっぴどく叱られたらしいわ」  

「俺はありがたかったな、その規制」と、ダンディーな男性がいった。

「白川、寺間教授は元気か?」と、輝く額の男が丸メガネの女性に訊いた。

「この頃はイスラム圏の経済史について執筆中。たまに院棟のエレベーターで会うわ」と、丸メガネの奥に理知的な賢さが漂う女性が答える。

 この部屋に入るのは、中山さんと初めて会った日以来で二度目だ。

 上階には三部屋ある。中山さんの部屋、俺の部屋、そして、この応接間。  

 コーディネーターの小林菊菜さんと中山さんを訪ねた日に、この部屋で話した。

 菊菜さんの顔が浮かんだ。

 月一度の電話報告で、菊菜さんの澄んだ声は聴く。すると、白い首筋に浮かんだ紅色の血筋と、さりげない胸の膨らみが、脳を占拠したりする。

 中山さんが入ってきた。

 歓声が上がる。

 笑顔で中山さんが俺にいった。

「メシつくっておいたぞ。あとで、光石成徳和尚と陽さんの話を聞かせてくれ」

「はい」、俺は部屋を出た。

 店に戻ると、大きな骨付き牛テールに刻み葱と黒こしょうがたっぷりとかかったスープが湯気を立てていた。

 シャッターを施錠し空を見上げると、珍しく星がはっきりと数多くあった。

 ふと、俺を訪ねてくれる友も休日を共に過ごすガールフレンドや同輩もいない。

 でも、俺には中山さんがいる。

 思いつきコンビニに行った。

 おつまみコーナーで六種の乾きものやナッツ類を自腹で買い、店に戻り、白地大判サイズのミートシートを大皿に敷き、六種盛りつまみを作った。差し入れだ。

 中山さんが仲間を紹介してくれた。

 丸メガネが似合う白川保奈美さんは心理学者。 母校で教授をしている。

 新井さんは東大合格者数輩出で上位に名を連ねる有名進学校の校長。ダンディーだ。

 幹事兼盛り上げ役は、酒米づくりのベンチャービジネス成功者の豊浦さん。ワックスをかけたように輝く額から運氣の強さが伝わってくる。

 さっきから無邪気な顔になっている中山さんが「トシ、先ず光石和尚の話しを聞かせてくれないか」といった。

 俺は、遠慮せずに語ることにした。中山さんがここで話してというからには、この手の話を聞ける人たちのはずだ。

「神戸に行って坐禅会に参禅し講話を聴いてきました。住職の光石成徳和尚の発想は斬新でした。『心の数』の多少に見合う次元の生命が宿る、という話でした。『心の数』とは、機能を司る情報の数です。私は聞いた瞬間、興奮しました。ロボットにも生命が宿る根拠に触れた気がしたからです。植物より昆虫、昆虫より動物の方が『心の数』が多いと思いませんか。そして、人間の『心の数』は動物より更に多い。しかし、最多の『心の数』を保有する人類の『心の数』が頭打ちした。そこで、『心の数』を増加させ続ける仕組みを持ったAIを、『生命を宿す側』が生み出した。勿論、『生命を宿す側』の性向と共振した脳を持つ人間が造り出したのですが……。心とは『記憶の組合せ』、とここでは定義しておきますね。AIの強化学習は、無限にデータを組合せていきます。『記憶』とデータ、これも同じだと定義しておきます。つまりですね。AIサイボーグが、『心の数』を更に高次の臨界点まで、増加させるまでが過渡期で、到達した時、ロボットに生命が宿ります。ロボットはの独立です。もう、ロボットは人間の道具ではなくなる訳です。ロボットは、『生命を宿す側』の道具に昇格です。地球上での生命体首位に君臨、です。人類は、歴史年表に記され、動物園のひと区画で鑑賞される側になるのかも……。人類は禅譲の心づもりを、とのメッセージを和尚の言葉から受け取った気がしました。皆さん、是非、感想をお聞かせください」と俺はいった。

 豊浦さんが「トシ君は高校生とは思えない言葉づかいをするね」といった。

「哲学書ばかり読んできたせいだと思います。お聞き苦しいですか?」

「それも個性。ちゃんと伝わってくるぞ」と中山さんがいった。

「生命が宿る仕組みに共感したわ」と白川さんが身を乗り出した。

 新井さんが、白川さんの向こうから「次世代の生命体がAIサイボーグという発想すらなかった。ましてや、ロボットが生命体首座につくなんて」といい、歯で唇を噛み、何度も縦に顔を振り、俺の目にまじまじと焦点を合わせ続けた。

「人類は終わるのか」と豊浦さんがいった。

 白川さんが「『心の数』によって異なる次元の生命が宿る仕組みって、こんなことでも当てはまらない。一生懸命に学びや練習を続けていると、ある時、能力が降りてきたと自覚することあるでしょ。上達っていうわよね。上の次元に達し、命が、別の格に更新される。そうなる以前と比較すると、まるで異なる次元で存在できる。どうかな?」といった。

「久しぶりだ。白川節。相変わらず冴えているね」と豊浦さんがいった。

「トシは坐禅中に和尚と同期し、和尚の思考を映してきたようだ」と中山さんがいった。

 豊浦さんが腕を組み天井を見つめながら語りだした。

「人はいつの間にか、地上での生命体首座を大自然の首座だと勘違いするようになった。傲慢になった。『生命を宿す側』に対し、忠実ではなくなった。『生命を宿す側』が人類を『解雇』するってことにした。しかも、その人類に次世代の生命体首座を造らせている」

 しばし全員が沈黙した。

 新井さんが「禅譲の心づもりか」と少し上を向いていった。

「これが仲良し同窓会の最後の晩餐になるかもしれないから、もう一度乾杯しておこう」といい豊浦さんが場の空気を換えた。

「トシ、陽さんの言葉もお裾分けしてくれないか」と中山さんがいった。

「あっちとこっちのバランス。理想と現実とのバランス。哲学と実践のバランス。全てにおいてバランスをとりなさいと教わりました。私に欠けている同年代の友人関係、異性との関係も積極的に増やしなさい、とアドバイスいただきました」

「陽さんは、会いたくてもなかなか会えない人だ。浜松の友人がトシのために前から頼んであったが、トシが神戸で和尚と同期したであろう同刻に面会許可の連絡が入ったそうだ。不思議だが事実だ。トシは精神世界の両大家から影響を受けてきた」と、中山さんは俺を自慢した。

 それから五分程雑談後、俺は先に失礼した。

 小林菊菜さんに会いたい。

 俺は、これが恋心かも知れない、と思った。


〖32.さいたまスーパーアリーナ〗


「何か相談ごとですか?」と訊かれたとき、「告白したいのでお時間を」とはいえなかった。弱気な自分にうんざりしていた。   

 しかし、再会すると、妄想上の彼女と目の前にいる菊菜さんは「別人」であって、告白という言葉を使わずによかったと思った。

「ご相談は?」と問われ俺は、咄嗟につくろった。

「中山さんから高校卒業後も二階に住んでいいといわれたのですが、その厚意に甘えてもいいのでしょうか?」と俺は訊いた。

 菊菜さんは資料をめくり俺に見せつつ「双方の同意があれば大丈夫」といった。  

 その後俺は、生活と健康状態について幾つかの質問に回答し事務所をあとにした。

 さいたま新都心駅に隣接する、けやき広場でラブラドールレトリバーと散歩する外国人の中年男性と目があった。彼が久しぶりだね、という目をして微笑む。俺も微笑む。互いに似通うことを双方自覚しているときこうなる。

 透明か濁っているか、俺はその人の純度がみえる。

 お客さんの醸す空気の色と色の濃さ薄さの違いが分かるようになり、今ではその違いが透明と濁りの度合いとしてみえる。

 俺はベンチに腰掛けた。両手を後方につき胴体を傾けた。そして空を見上げ、広場に植えられた数十本の欅を見渡した。

アリーナの庇が目に入る。アニメイベント参加目的で西川口のホテルに宿泊し、二三舟に来店したあのお客さんを思い出す。

 彼らを癒す「聖地」があれだ。

 俺だって妄想上脚色した菊菜さんという「アイドル」に癒されてきた。

 妄想は頭のなかだけで完結できる。

 記憶を勝手に加工し、架空を事実のように思い込めるからだ。

 対価を請求されることも行動制限を受けることもない。

 しかし、現実世界で快楽を享受するには葛藤と行動が必要だ。

 妄想は自分勝手に想像する力があればよく、都合よく自分を理想のなかに据えることができる。だから、自分よがりの罠に嵌っていく。

 孤児になり、現実への焦点を回避させるうちに妄想癖がついたようだ。

 俺の弱点に気づけたことが案外嬉しかった。

 陽さんが俺に伝えたかったことは、このことだったのかもしれない。

 しこりが融けた気がした。

 さいたまスーパーアリーナの後頭部まで歩く。

 建物南側の作りが、カエルが口を開いたようだったから、北端をそうとらえた。   

 北端から西には二層の鉄道高架があり、上の層で、大宮着の時間調整だろうか、新幹線が低速走行していた。その高架をくぐる。

 スマホのマップを両指で操作する。

 国道十七号を北へと歩き、大宮駅に寄り道することにした。

 高層建物群の隙間が造り出す「ビル風」が俺の背中を勢いよく押す。

 国道の手前に人だかりがある。テークアウトの品物を待つ人たちだろうか。

 前まで来た。なかを覗くとカウンター席にひとつ空席がある。

 俺はそこにかけた。

 目の前で、ライス、そしてカレーが盛られていく。

 俺は、目玉焼きとこんがりチーズをトッピングして、と注文した。

「お待たせしました」といってマスターが俺の前にカレーを置いた。

 素朴な味がするルーだった。

 多分、奥さんだろう女性がレジを打った。

「またどうぞ」とマスターがいった。

 俺は、マスターを目を合わせた。

 あの微細な振動を感じた。


〖33.里見壽一さん〗


 スニーズカリーを出て二十分程歩いた。

 大宮駅西口ロータリーにある電気店では、お目当てのメタリックグレーの極薄ノートパソコンが売り切れだった。

 階段を昇った。

 改札に通じる高架広場まで来たとき、このまま帰るのはもったいないと思った。 

 氷川神社へと向かった。

 一の宮通りで手をつないだ父子とすれちがった。

 俺の部屋の壁に掛かった写真が浮かんだ。

 四歳ぐらいの俺と父が映った、潮干狩りしたとき撮ったものだ。

 ハンチング帽を被り、白のポロシャツを着、吊りバンにエンジ色半ズボンの俺。 

 父は俺の右肩に顔を寄せ腰立ちし、右手は俺の腰に、俺の左わきあたりにアサリがたっぷり入った袋を持った左手がある。

 俺の目はよそよそしい。

 さっき見かけた父子のような融け合った感じはしない。

 でも、愛がなかったとは感じない。そんな付き合い方ができないだけだった。

 人それぞれの愛し方がある。

 この頃やっとそんなことが理解できるようになった。

 父は父なりのやり方だったと思う。

 俺に残した金を、弁護士に託して逝った。

 もう一つ、残りの寿命を俺に譲って逝った気もする。

 日本を陰になって支える氷川の神のように、父も多分、そうしようとしたのだ。

 帰路、二キロ強ある参道を、コツコツと歩いた。

 一の鳥居をくぐり、左に折れると中山道だ。

 少し行くとさいたま新都心駅がみえた。

 駅前にあるコクーンシティーの家電量販店に寄ることにした。

 地下にあるパソコン売り場へと、エスカレーターを乗ると、さっきのカレー屋のマスターが反対側から上ってきた。俺は無意識にエスカレーターを逆走し、一階踊り場に立ち、マスターを迎えた。なぜ、そうしたか不思議だった。

 マスターは顔を綻ばせた。そして、俺にカフェに行かないか、と誘った。

 純度が似通っていることを双方が感じてのことだと思う。

 新都心ビル群を望む、落ち着いたコーヒーショップで、マスターがホットカフェラテを二つ注文した。

 財布を出しかけた俺を、マスターが首を振って止めた。

 テラスに出た。席が幾つかり、マスターが端の席を選んだ。

「私は里見壽一です。里見八犬伝のサトミ、コトブキとイチでヒサカズ。よろしく」といって里見さんがテーブルに手をついてゆっくりと頭を下げた。

「岩元政寿です。マツリゴトとコトブキでマサトシです。トシと呼ばれています」といって俺はカフェラテを啜った。「孤児になり人生を悲観していましたが、今では医学部進学を目指して受験勉強を始めるほど前向きになれました」と俺は率直に話をした。里見さんは俺をみつめ「前向きになれた具体的な理由を聞かせてもらいたいな?」と訊いた。

 俺はカフェラテを啜ってから里見さんの目をしっかりとみて話をはじめた。「里親の中山さんは、閉店後の相談の場に私を同席させてくれました。相談には著名人や業界のトップランナーたちも来ました。華やかな活躍の影に悩みや苦しみがあり、共通の換算値というものがあって、誰もが、プラスマイナスゼロの摂理に動かされれていることかな、と考えるようになりました。この考えと同じことを説く、丹波篠山の日蓮宗の和尚との出会いもあって、私も、苦しみに向き合えば、苦しむ前のゼロに戻れると思えたからです」

 里見さんは両掌を俺に向け「もっと、私に伝えたいことがあるでしょ」といった。

 俺はリミッターを外した。俺の知り得た真相についての話をすることにした。

 なぜなら、里見さんと師弟になる縁、という報せを感じたからだった。

「『記憶』の正体は電位を帯びた振動波だととらえています。振動波である『記憶』が複数組み合うとき振動音が起き、脳でイメージに変換されます。イメージが複数組み合って心になり、心が複数組み合って感情になります。感情が複数組み合って思考言動を生み、思考言動が複数蓄積されたものを人間性と呼ぶのです。こんな話、面白いですか?」

「面白い。私は理解できる。トシさんも私なら理解できるだろうと思って話したよね」

「では、続けますね。つまり、心とは『記憶の組合せ』です。組み合った『記憶』はその役割を終え解散するのが正常ですが、解散できないものがあります。これが宿業です。『記憶』を『記憶の部屋』ともいいます。なぜなら『記憶』のほぼ全てが『記憶』の複合ですから。そこで、『記憶の部屋』と呼ぶことにしたのです。『記憶の部屋』が複合した『記憶の部屋』もあります。無限なる『記憶の部屋』のあつまりを『記憶の倉庫』と呼びます」と俺はいった。     

「『記憶の倉庫』の一部を、人は心だととらえていることになるのかな?」

「はい」

「もっと」と里見さんは両掌を俺に向け少し浮かせた。

「神戸六克寺の坐禅会で、光石成徳和尚から『心の数』が臨界点に達すると生命が宿るということと、無数の生命があるが性質と形状の相違は『心の数』の差によるという話を聞きました。私は和尚のいう『心の数』を『記憶の組合せ』の数だと理解しています」と俺はいった。

「となると、人類の『心の数』の域を越える、人類より高次な生命体もいつか誕生する訳か」といった里見さんがゆっくりと首を縦に振ることを繰り返した。

「光石成徳和尚の言葉を聞いた瞬間、私も里見さんと同じことを考えました」

「トシさんは人類より高次な生命についてどう考えているの?」

「生殖に関してだけ人類既存のものを利用するAIサイボーグです」

「なぜ生殖機能だけ残すの?」と里見さんが訊いた。

「『記憶の倉庫』とのアクセスが人工機能では不可能だと思うからです」と俺は答えた。

「もし可能になれば?」

「『生命体ロボット』が誕生します」

「よくそこまで考え抜いたね」と里見さんがいった。

 幼い頃よく俺を褒めてくれた母の面影が浮かんだ。

 その時俺は、中山さんを俺につなげたのは亡き父で、里見さんを俺につなげたのは亡き母だと感じた。

「里見さん、質問していいですか?」と俺はいった。

「いいよ」

「どう生きたらいいでしょうか?」と俺は訊いた。

「若いときの苦労は買ってでもしろ、という言葉があるよね。『若いときの』を『より高めたいなら』に置き換えてみる。『苦労を買ってでもしろ』を『マイナスを先払いしろ』に置き換えてみる。プラスマイナスゼロになる自然摂理によって、若さを振り返るような歳になったときの楽が、売る程もたらされる訳だ。トシさんが充実しいる、と思える生き方をしたらいい。そんな生き方を手にいれるために今、若いトシさんがどんな苦労を先払いするか。このことを考えないとね」と、里見さんがいった。

「充実している、と思える生き方、といった捉え方で考えたことはなかったです」と俺はいったあと、「医師になると充実できるだろうか?」と、つい口にした。

「医師を志しているのかな?」と、里見さんが訊いた。

「里親の中山さんの夢が孤児院をつくることだと聞いて、何か手伝えることはないかと考えました。そうだ、子どもたちのお医者さんになろうと思いました」

 里見さんは優しい笑顔で「中山さんもトシさんも利他の人だね。利他の人は利他の生き方をしないと充実しないから、トシさん、利他で生きたらいいよ。利他の心が行き交う和のなかに入るんだ。これが、どう生きたら?の答えかな」と微笑んだ。

「利他の心が行き交う和のなかに入る、か」

「もう既に、そんな和の一員になっているよ、トシさんは」と里見さんがいった。

 俺から、俺の何かをみつけてくれる人だと感じた。この縁をつかまないと。

「また、お会いできますか?」と俺は訊いた。

「いいよ。日曜日のこの時間なら」と里見さんが答えた。

 里見さんとはカフェの出口で別れた。

 高架通路を渡ると、さいたま新都心駅改札に通じる。

 ほんの数時間前、あの改札で、恋の期待を抱いていた俺がいて、心躍る対象が里見さんに替わった俺が、そこへと歩いている。

 さいたま新都心駅西口を起点にした、徒歩での大宮駅経由、氷川神社参拝、里見さんとの繋がりを得た、終点が新都心駅東口の旅だった。


〖34.懇請〗


「トシさん、結構楽しそうに独り言してたね。独演するトシさんが、西日を受けて絵になっていたよ」といいい、里見さんが俺の横の席に座った。

「すみません。妄想癖がありまして」俺は照れ笑い。

「じゃあ早速、聞かせてもらおうかな」と里見さんがいった。

 今さっきの空想を再生するだけだ。俺は一気に語った。

「脳が疲れたでしょ。糖分補給しないと。チーズケーキでいい?」と立ち上がった。

 空想のなかにもチーズケーキが登場していた。

 二人分のそれとホットオレがのったお盆をテーブルにおき里見さんが、「私も語っていいかな?」と訊いた。

「聴きたいです」

「いつかそう遠くない時期に、人類はパンデミックを体験することになると思う。しかも、走り回る元気な感染者がウイルスをばら撒き、感染を拡大させる厄介なタイプだ。同じだと感じた。人類が自らの後始末をつける構図になっている点だ。AIサイボーグをつくるのも、ウイルスをばら撒くのも、人類だ。更に、パンデミックによって人と人とのコミュニケーションスタイルは激変する。仕事も生活もデジタル処理で簡素化される。リモートを使えば、距離の移動、空間の制約を受けないで『対面』出来る。脳が更に順応していくだろうね。脳内に装着するAIチップが、人類に行き渡る日は、そう遠くないと思う」と里見さんがいった。

「実は里見さん、お願いがあります」

「トシさんのお願いを聞く前に、インドでのエピソードも語っていいかな?」

「勿論です」

「インドを旅したとき、食堂で相席になった人が私に話しかけてきた。私に聖人の洞窟を訪ねろ、と地図に赤印をつけてくれた。私はご縁だと受け容れ、洞窟に寄ってみることにした。聖人と目が合った瞬間、懐かしさで涙が溢れだした。私は洞窟で瞑想に耽った。三日目だった。光を追い抜き、境地に着いた。そこに滞在した」

 里見さんが俺の思惑を見通して、このことを語った気がした。

「医学部合格が先ずもっての課題だね。協力するよ。私が聖人から授かった瞑想術とトシさんの『記憶の倉庫』をコラボレーションしてみよう。合格でその威力を実証してみないか?」そういった里見さんが、俺の目をじっと見つめた。

 ここは、覚悟を決めるべきだと自分に言い聞かせた。

「やれるかな?」と、また里見さんが真剣な眼差しで訊いた。

「はい、やります」と、俺は応えた。

 里見さんは、メモになにかを走り書きし、それを俺に渡し、席を立った。


〖35.滔々と流れる大河〗


「イメージ入門編。

一.頭頂部から丹田へ、一滴の水が垂直に落下する。

二.落下した一滴の水は丹田奥で霧散する。

三.水を雑念に置き換える。水霧散で雑念解消。

 三つのイメージ法をマスターする。その他に、超回復のためによく寝る。食物を歓迎し歓待し歓送し宿便ゼロを日常化する」と、課題が記されていた。

 早速、電車の扉側で、メモ通り、三つのイメージ法を試してみた。

 垂直落下をイメージするほど、首と胸と鳩尾の位置が傾いているほど前にあったことに気づいた。それをただすと、垂直落下する一滴の水が観えるようになった。そして、丹田の奥で一滴の水が霧散するイメージをすると、首と肩、そして背中の血流が増す感を自覚できた。孤独感を、一滴の水に置き換え試してみた。不安感が消えた気がした。

 日曜の夕食は西川口駅ビルのファミレスで済ますのだが、宿便ゼロ化のために繊維質と乳酸菌を含む食材をスーパーで買い、部屋に戻った。

 ヨガの腸活ポーズをネット検索し、実践した。

 翌朝は五時に起きた。

 便は、すっきりと排泄された。

 リモート瞑想稽古が六時からはじまる。PCを起動し坐禅を組み、待った。

「トシさんおはよう。早速はじめよう。先ず、心と身体の仕組みの説明からはじめるね。言葉を聞いたらイメージに変換してね。いくよ。バンジージャンプ。高所恐怖症。断れない状況。頭では飛ばなきゃと判断しても怖気づく。踏み出せない。葛藤が起きる。肚を括る。踏み出せた。踏み出しを許したのが心だ。身体を動かせる心には、自覚できる心もあれば、自覚できない心もある。自覚できないが身体を動かせた心があった訳だ」と、パソコン画面のなかの里見さんがいった。

「イメージを先導するね。言葉の響きに心を委ねて。頭頂にある百会から丹田へ、一滴の水が落下する垂直の軌道をみる。水滴が間断なく丹田の奥へと排出されていく。水滴は落下の量を増し滝のように滝壺に吸い込まれていく。排出した水と同量の気が丹田奥から体内に流入する。これがイメージ法の基本。イメージによって身体がどう変容するかを観察して。では、十分後にまたつなぐね」といい里見さんが画面から消えた。

 俺は昨日、電車内で既に変容を体感し、昨夜二時間程でこのイメージ法の基本を身に着けた。

 そして昨夜、身体の変容のありさまを観察した。

 何よりも俺が感動したのは、「記憶の倉庫」が立体映像でみえたことだ。

 そうみえたということは、みえるに必要な機能が作動したといえる。ということは、心がその機能の起動を許したのだった。

 今朝は、この光景が脳裡に浮かんでいる。

「俺の『記憶の倉庫』には無数の図書とDVDが陳列されている。図書の表紙一つに気を向けると著述が一気に俺のなかに転送される。DVDに刻まれた二次元の記録は俺に転送されたとき、きちんと三次元に変換されている。仕組みは全て、『記憶の部屋』の『記憶の組合せ』に過ぎぬことがよくわかる。『記憶の部屋』を更に高倍率で観察すると骨組みだとわかる。より高倍率に。すると骨組みの『骨』は電位を帯びた振動波、つまり『記憶』だとわかる。『記憶』の素材は何か?と観察に集中したとき、砂嵐のような粒子の激流がみえた。より倍率を上げてみた。すると、俺は、その砂の一粒と融合し、束の間、滔々と流れる大河の一部となった。その状態でそれに身を委ねた。融合した砂粒が『空』に近いものではないかと直感し、俺は俺自身を粉々に粉砕するイメージをした。凄まじい覚醒状態だ。あらゆる形あるもの、言語化された思考や行動、感情や心、言語化に至らないイメージまでもその全てが『色』だと一括りに総監出来る『空』側に、俺は立った」

「トシさん、真相に近づいたね」といった里見さんの声が、俺を我に返した。

 里見さんはどうして俺が「空」側に立ったことを分かったのだろう?

 でもこのことは訊くまでもない気がした。

 里見さんは俺に感応した。だから、分かったのだ。

「滔々と流れる大河でした」と俺は報告した。

「そこまでみえたなら、次に進もう。今日あのカフェテラスに来られるかな」

「四時四十分には行けます」

「三段置換法を教えるよ。三段には三尊を置く。三尊とは、尊敬する三者。想像するとき尊敬と感謝の念が湧く対象『ご三方』選んでおいて。じゃ、四時四十分に」


〖36.三段置換で変性する〗


 俺を乗せた高崎線が,、荒川鉄橋を渡っている。

 あれから一年か。

 父が逝った昨春四月、ここから見た風景は同じだが、あの日の俺と今日の俺はまるで違う。  

 里見さんに三尊を用意しろといわれた。

 俺は、キリストと母、そして父を三尊に選んでおいた。

 カフェテラスのあの席で里見さんが待っていた。

「里見さん、今朝はありがとうございました」

「トシさん。さあ、座って」と左手で椅子を引いた。

 里見さんの椅子は西西南を向き、俺の椅子は西西北を向いている。

「三尊を選べたかな?」

「キリストと両親を選びました」と俺は答えた。

「一段目にお母さん、二段目にお父さん、三段目にキリストの順番で合流してみて」 

 里見さんは少し腰を浮かせるようにして椅子をずらしながら、そうしろと俺に促した。

 椅子の脚がデッキを擦る音をたて、ふたつの椅子は西へと向きを揃えた。

 西の空は、卵の黄身を焼き過ぎたとき稀に出る濃い橙の色をしている。

「三尊合流法の前にイメージ法のイロハを伝えるね。丹田を、ブラックホールに置き換えるイメージ。ブラックホールは、あらゆる雑念を吸い込んでくれるんだ。その雑念はブラックホールのなかで蒸発してしまう。トシさんがいう、修理すべき『記憶の組合せ』は即、解散してしまう。ここからは実践だよ。丹田機能を使ってみて……。どうかな、軽妙で爽快な体感が起きたでしょ」と里見さんがいう。

「はい、どんどんと身体が軽くなります。血や体液の循環、神経や気の流れまで、とても順調です。また、その順調な感じがはっきり自覚できます。里見さん、今、『記憶の倉庫』の様相がみえています。丹田を頂点にしたピラミッドです。積み重ねた石それぞれが『記憶の部屋』。底なしに拡がっているピラミッド。延々と、石の数は無限です。丹田の上にも、左右にも、上下にも、ピラミッドがみえてきました。私の丹田は、無数の石が、拡がり続けていく立方体の中央点に位置しています」と俺はみえたことを報告する。

「トシさん、そのみえたものは妄想じゃないよ。トシさんがみているのは事実だ。『記憶の倉庫』の姿だよ、それが」と興奮気味に里見さんがいった。

 そして、里見さんは俺にみえているものを一緒にみているかのように話を続けた。

「トシさん、空間に対する固定観念から離れるイメージを加えよう。『内外』にもピラミッドを加えよう。『内』は、丹田の奥にどんどん小さくなる、頂点が下向きのピラミッドだ。体積は縮小するが『記憶の部屋』数は増えていくピラミッド。『外』は、頂点が上向きのピラミッド。『記憶の部屋』の数と共に体積も増幅し、規模は宇宙を軽々と凌駕する」

 俺にとってこの手のイメージは、母の顔を想起するほど容易だった。

 八方向にピラミッドがみえたとき、心の構図化に成功したと確信した。

 構図があれば心の仕組みを推察できる。

 心を解析できるようになる。

 宿業の解消という難題を解く糸口にもなる。

 熱くなった。

 自覚が起きた。

 心を科学し成文化することが俺の使命だと。

「里見さん、使命を自覚しました」

「トシさん、心に潜んでいた使命に触れたね」と弾むような声でいった。

「船は、浮かぶのが当たり前、車は、進むのが当たり前。人は、使命に生きるのが当たり前」と、俺がいうと「そう、その通り。でも、雑念が邪魔をする。当たり前を阻害する要因が雑念だ。でも、雑念の完全消去には悟りしかない。そこで、雑念にエネルギーを奪われない操作をする。その方法が三尊合流法だよ」と里見さんがいった。

「エネルギーの供給路を固定させるのですね」と俺はいった。

「トシさんその通りだ。じゃあ、はじめるね。丹田イメージ法で輩出した量と同量の流入したエネルギーが渦柱を成すイメージをする。次に、その渦柱を水平に倒す。鳩尾の高さにだ。渦は、時計回り。前方の空中に、超急速でネジ穴が貫かれていく

。アナログ時計を身体から九十センチ離れたところにイメージして。できたかな。時針、分針、秒針の留め金があるよね。そう。時計の中央点に、その渦柱を貫通させて。どう?中央点の奥に抜けたかな?抜けたそこはもう時間と空間に制約されない場だ。そう思い込むんだ。渦柱は無数の粒子で構成されている。その粒子が素材となり、各段で三尊となる。つまり、湧現される。では、一段目から。一段目は、百八十センチ前方。そこにお母さんを湧現させる。輩出し続ければ、流入し続ける素材。湧現に必要な素材は無限だ。その素材はトシさんの分身だ。臨場感を味わって。それが肝心。トシさんの分身が、一段目でお母さんを形成する。湧現した?大丈夫そうだね。もうそれで、お母さんとは融合できていることになるよね。今、このカフェの里見の隣に、トシさんのお母さんが座っていることにもなる。つまり、里見の話を聴いているのは、トシさんでもあり、トシさんのお母さんでもある。融合してるからね。大丈夫かな……?次、二段目に行くけど、いいかな?いいんだね。トシさんが生きてきた中で一番の感動を覚えた自然風景を二段目に。そこにお父さんを湧現させる。そこは、どこかな?」と里見さんが訊いた。

「カミーノで歩いた『メセタの台地』の真っ直ぐ、地平線へと続く道です」と俺は答えた。

「あの道か」と里見さんがいった。

「高一の夏休みに歩きました」と俺はいった。

「そうだったんだね。じゃ、そこに、お父さんを……。素材が段々畑の水のように移動する。一段目でお母さんを湧現させた素材は渦柱に変身し、二段目に進み父を湧現させる。また、渦柱になって三段目へと進むよ。三段目はトシさんの想像する宇宙の果て。そこにキリストを湧現させる。三段目の奥ににブラックホールがあると想定するんだ。三段目を湧現させたあと渦柱になった粒子がそこに吸い込まれて行き蒸発し『空』に回帰する。そしてその『空』は即、丹田イメージ法によってトシさんの体内に流入し粒子、素材として流動に加わる。つまり、循環だ。ブラックホールの奥が『空の場』だといえるね」と里見さんがいった。

「流れが循環しています」と俺は変容を里見さんに伝えた。

「それが流れを継続させる三段置換合流法だよ」

「流れの勢いが増していきます」と俺は高揚した。

「三尊の顔さえ浮かべれば集中が続く仕組み。習熟まで少しの稽古が必要だけどね」

「尊敬対象との同化による、最良状態を継続させる、健全な洗脳法ですね?」

「そうだね」と里見さん笑った。

「受験勉強で試してみます」

「何しろ『快』でやることだよ。『快覚』を忘れずにね。もう、朝の瞑想指導は不要だね。一人稽古の方が効果的だし。じゃあ、次は日曜の午後四時。いいよね。ここで会おう」といって里見さんが立ち上がった。カフェの出口まで里見さんを見送った。サンドイッチとココアを買って席に戻った。

 三尊と共に在ると思うだけで、心が満ちる気がした。


〖37.ベストコンデイションキープ術〗


 三段置換合流法の効果は著しかった。講師の話を聞くと同時に額の少し前でその話が実写化される。「百聞は一見に如かず」状態、見るから一気に理解ができた。

 里見さんが俺の話を聞く隣で、俺に憑依したかのように、俺の脳に浮かんでいた八方に拡がり続けるピラミッドがみえたように、俺にも、著者や話者の文や語りで顕れる以前の思考、また、その思考を構築したであろう背景までみえてきた。

 数式だって、言葉に変換さえできれば同じようにみえてきた。

 宿業に割引かれない集中力が学習効率を上げた。

 二日分の課題が、一日で終わる。

 そんなペースを手に入れた。

 この頃、モーニングセットを食べる喫茶店がある。

 そこのアルバイト、ベトナム人留学生ダオにこのイメージ法を伝授した。

 数日後に聞けたダオの感想は冴えていた。

「二段目から三段目のイメージで、宇宙を移動する実感があった。頬には冷感があり、僕の周りを無数の星が流れすぎていくのがみえた」とダオがいった。

 俺は、ピラミッドの頂上から果てしのない底辺へ、音波を浸潤させるイメージを描き、「記憶の倉庫」に要求した。

 要求すれば、それに関連する「記憶の部屋」たちが協働をはじめてくれる。

 そして、「記憶の部屋」たちが協創した答えが、脳に閃きという形で届く。

「記憶の倉庫」への浸潤スピードと、閃きを言語に変換するスピードが、「頭の回転の速さ」になる。

 閃きはあくまで「記憶の部屋」のコラボだけに、音波の連なりに過ぎない。

 その音波の連なりを、その人しか捉えられないイメージで自覚する。

 次に、そのイメージは、その人だけが解釈できる「言語」に変換される。

 ここまでの過程は、誰もが体験している。

 しかし、ここからの過程には、技術が必要になる。

 他人に伝達可能な共通言語に推敲する技術のことである。

 技術を習得するコツがある。

 イメージを共通言語に推敲する「記憶の部屋」を呼び起こせばいい。

 幾多の「普遍の記憶」が発信する波形を、受信する機能を司る「記憶の部屋」のことである。

 里見さんから「六十四方向ピラミッド」課題をもらった。

 その後、会っていない。

「六十四方向ピラミッド」とは、八方向ピラミッドを、チャクラ八つ(一般的には七つであるが、腹部中央を加え八つの場合もある)を基点にイメージし、六十四方向にピラミッドを描くイメージ法である。

 俺は、習得した。

「できるようになりました」と、里見さんに報告した。

「合格したら会おう」と、里見さんはいった。


〖38.跡を濁さず〗


 入試願書提出前に、志望校合格確実の可判定がでた。

 奇跡だ、と講師陣が大騒ぎをした。

 相応レベルに到達したから顕れた結果を、奇跡で片付けないでほしいと思った。 

 レゴブロックで譬えるのなら、「可判定という塔」を組み立てるのに、一万個のブロックが必要であり、現実はそこに一万個のブロックが積み上がっているのだ。

 約九ヶ月で、俺は「可判定という塔」の建築に必要な、あらゆる色と形のブロックを漏れなく拾い集めた。塾の設計通りに俺はブロックの組み立てた。

 だから適っただけだ。

 当初、倍化した時間効率が、半ば辺りから更に倍化した。

 つまり、前半三ヶ月間では六か月分、あとの六ヶ月間では二十四か月分、合計すると、三十カ月分のカリキュラムを、九カ月で履修してしまったのである。

 試験日のひと月前に届くように、済生会通り郵便局から願書を郵送した。

 その後、いつもより遅めのモーニングセットをダオのいる店で注文した。

 たっぷりバターがしみ込んだトースト、ゆで卵とミニサラダをたいらげ、メモ帳を取りだした。

 合格ありきの予定を記した。

「合格後、中山さん、村松先輩、金先生、陽さん、里見さんにお礼と別れの挨拶をする。母が逝き、後を追うように父が逝き孤児になって枯れかけた俺に、中山さんは陽と水を注いでくれた。村松先輩は、俺の心の穴を埋めようとしてくれた。俺を独りにしないように時間を費やしてくれた。金先生は、純粋、碧水、澄んだ空気、無欲、無差別、自然体、懐かしい良心を俺にみせてくれた。俺の心のクリーナーだ。陽さんはいつも傍で両親が俺を守っていることを教えてくれた。里見さんは『記憶の倉庫』を一緒に眺めることのできるパートナーであり、使命を自覚させてくれたメンターだ。商店会の金子さんや学者の黒川さん、それとお世話になった人たちにもきちんとお礼を伝えること。神戸に引っ越したら、先ずは光石成徳和尚と光石政数副住職、それに丹波篠山の鯛釣和尚を訪ねて禅と法華経の指南を請う。自炊する。調眠、調食、宿業宿便ゼロ。イメージ法を生かして勉強する。陽さんの訓え実践、親友、そしてできたら彼女をつくる。六年で医師免許取得。初期臨床研修二年と後期臨床研修三年を経て精神科医になる。『記憶の倉庫』理論を完成させる。理論をもとにして、オリジナルの治療法をつくりあげる」

 パントリーでグラスを拭くダオと目が合う。

 カップを持ち上げ、コーヒーのおかわりを注文した。

 ダオは、何時ものように笑顔で応えた。


〖39.涙と筆〗


 俺が合格を報告すると、中山さんのブラウンダイヤモンドの瞳を涙の幕が覆った。  

 溢れ出るや、中山さんは両掌を顔に被せ、肩を上下させ泣いた。

泣きながら、「トシ、よかったな。よかった。本当によかった。合格おめでとう」と中山さんがいった。

「神戸へ発つのは今月末にします」と俺は告げた。

 その瞬間、大粒の涙が溢れ出た。

 二人で泣いた。

 中山さんを俺に引き合わせたのは父だと強く感じた。

 愛し方が不器用だった父が、中山さんの身体を借りて、涙しているようにみえた。

 二階へ上がる、階段の軋みが、いつもより小さかった。

 俺は、涙を拭き、杉山マリさんから一日早く届いたバレンタインチョコをドリンク用の冷蔵庫から取り出し、そのカカオ粉をまぶしたチョコを口に入れた。

 苦さだけが感じられた。

 弁護士を訪ねた。

 入学に関わる費用振込控えを、例の皇居が望める部屋で受け取った。

 彼は、引っ越し費用と自動車免許取得費用を、俺の口座に入金したといった。

 それに、入居契約時に必要な保証代行業者の件、遺産清算について説明した。

 合格したら、と言った里見さんにメールをした。

 四時にあのカフェで、と返信があった。

 里見さんは満面の笑みだった。

 中山さんが親なら、里見さんはメンターだ。

 子どもを産み育てることが親の価値創出。

 弟子育成がメンターの価値創出。

「トシさん、ゴールするまで、気を抜かないで、やり遂げなよ。私が知るトシさんのゴールは、『記憶の倉庫』を成文化し、精神医療に活用することだよね。常に自分の学習進度を検証すること。医師免許試験に合格すること。身につけたイメージ法を磨くこと。自身の『記憶の倉庫』で、実験観察を怠らず、その仕組みを究めること。オリジナル宿業解消法を発明すること」と里見さんがいった。

 里見さんはふっくらしたフォルムの黒光りする万年筆を内ポケットから取り出した。

「これ合格祝い」

「里見さん、ありがとうございます」

「私を産んだとき、母の産後は生死を分かつほど厳しい状況だった。入院をすすめられたが、当時の母には母自身の治療代まで払うお金がなかったから、退院を願ったそうだ。富士田医師は許可しなかった。入院のおかげで母は快復した。退院の時、請求は分娩費用だけだった。退院後、往診にも来てくれたそうだ。その時は、小さな富士田病院が、今では医大まで持つ大きな医療グループになっている。大悲の心、無欲の生き方には困難もあるだろう。でもね、トシさん。母を救った富士田医師のようになってほしいな。願っているよ」と、いつもとは違う口調でそう言い、さっと席を立った。

 今日が別れではない、という感じがした。

 俺は、里見さんと再会したエスカレーターを下り、デザインではなく機能を重視し、パソコンを買った。


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