第4話 副業

「そうだ、悠真。明後日から3日間、例のやつ頼めるか?」

 ​和央さんがビールの空き瓶を置き、真剣な眼差しで僕に尋ねた。例のやつ、とは、和央さんの店で請け負っている草刈り作業のことだ。コロナ禍で店が開店休業状態で困っていた時期に誘われてから始めた副業だ。


 ​「ええ、大丈夫です。いつもの時間からでいいですか?」

「ああ、人手がいるから助かる。なんせ依頼先はあの『ヤマモト牧場』だからな。社長が綺麗好きなもんで、草が伸びてると文句を言われるんだ」

 ​ヤマモト牧場は、この地域でも有数の広さを誇る牧場で、周囲の草刈りも和央さんの店が請け負っている。和央さん曰く、社長はかなり几帳面な性格らしく、少しでも草が伸びているとすぐ仕事の依頼の電話がかかってくるらしい。


 ​「今年は暑い日が多いから熱中症に気をつけて頑張りますよ。そういえば、和央さん。高志さんが新しいバッテリー式の刈払機を買ったら、重量は軽いし音は静かでオススメだよって言ってたんですが、僕もそろそろ新しいのに買い換えたいと思ってるんですけど、いいのありますか?」高志さんは僕と草刈り作業の請負でよく一緒になる人で本業は大工だと言っていた。


「あぁ、高志君はうちの店で買ってくれたんだけど、バッテリー式の刈払機のメリットは確かにそうなんだが、本業で使うような機種は価格はまだ高いし、使用するバッテリーの稼動時間もまだ短い。替えのバッテリーを何個か持ってないと厳しいな。ただ、高志君の買った機種は、大工で使ってる電動工具のバッテリーと充電器が共用で使えるんだ。だから、交換バッテリーや充電器を改めて買う必要がないからコスパは良いかもな。だから、悠真が一から揃えるとなると金がかかるぞ。俺ならまだ、エンジン式刈払機をオススメする。もし、使ってみたいなら1日だけデモ機と交換バッテリー貸してやれるがどうする」

「はい、よろしくお願いします。明日、自走式草刈り機をトラックに積み込む時にでも使い方を教えてください」

 修理をして貰ったエンジン式の刈払機はまだ問題なく動いているが、もう1台あると草刈りがもっと捗ると思えるくらい、最近は、副業だった草刈り作業を請負っている。


「今年は、気温が高い上に雨が降らないから蜂の活動も活発なんですって。保健所からも蜂に刺される事故が多いから注意を呼びかけてくださいって連絡が来てたわよ。後、牧場の辺りでクマを目撃したって通報も合ったから本当に気をつけてね!」市役所の観光課に勤めている美咲が、テーブルを拭きながら僕に話しかける。


「現場では蜂用殺虫剤は必須なんだ。山間部は熊よけの鈴とスプレーは作業者全員携帯するようにしてるし、最悪の事態は避けれるように安全を心掛けて作業してるよ」と答えた。


 和央さんとの話も終わり、丁度、お開きのタイミングになったので夕食のお礼を言って店を後にする。

 ビールを飲んでしまったので店舗とは別にある自宅へ帰るのにタクシーを頼もうと駅へ向かう。

「じゃあ駅まで送って行くね」と美咲がついてくる。

 どちらともなく手を繋いで無言のまま駅まで歩いて行き、「今日はありがとう。帰り道に気を付けてな。おやすみ」と美咲に別れの言葉を言って、タクシーに乗車し自宅へ帰る。

こうして、慌しかった悠真の1日は静かに終わる。


 タクシーを降り、夜の静けさに包まれた自宅の鍵を開ける。冷たい空気に満ちた部屋に入ると、温かい美咲の手の体温が恋しくなった。シャワーを浴びてベッドに潜り込むと、異世界転移の疲れが一気に押し寄せ、あっという間に眠りに落ちた。






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