【悲報】過疎ってる駅前シャッター商店街のおみやげ屋が異世界に転移したので、ご当地キティを売ってみたら大儲けした件

太陽唸り過ぎ-無-

第一章

第1話 おみやげ屋はひっそり営業中

 シャッターが閉じたままの店が並ぶ駅前商店街に、ぽつんと灯りがともる店がある。長森悠真ながもりゆうまが三代目店主を務める「おみやげのながもり」だ。創業は昭和三十七年。かつては観光客で賑わったが、高速道路の開通や巨大な商業施設の影響で客足は途絶え、すっかり寂れてしまった。


 ​「ああ、今日はとうとう、誰も来なかったな」

 ​午後六時。腕時計を見て、僕はため息をつく。自動ドアのセンサーは、今日一度も反応しなかった。閉店時間になったので店のシャッターを1枚閉め、薄暗い店内でレジの横に山積みになったダンボールを眺める。中身は、仕入れ業者の美紀ちゃんに「売れ筋ですよ!」と勧められた、全国各地の「ご当地キティちゃん」だ。地元だけだと思っていたのに、まさか全国とは。仕入れると言った時の美紀ちゃんの満面の笑みが、今も忘れられない。


 ​「在庫を抱えるのも、もう限界だよ……」

 ​ひとりごちてから、ふと思い出し、店の奥にある納戸から埃まみれの段ボール箱を引きずり出した。父が亡くなる前に、「これは地元じゃ有名な名工の作品だ。値打ちもんだぞ」と仕入れたきり、一度も日の目を見ていない代物だ。中から出てきたのは、木彫りの龍が豪快な曲線を描く、古びた額縁。その中心には、分厚いガラスの鏡がはめ込まれていた。

 ​鏡には、「名工の作品 木彫りの額縁鏡 三十万円也」と値札がぶら下がっている。父さんの景気のいい商売が、僕の代になって苦しくなった理由がわかった気がした。

 ​「こんなもの、誰が買うんだよ……」

 ​愚痴をこぼしながら、僕は古いタオルで鏡を拭き始めた。タオルに絡みつく埃を払い、磨き続ける。鏡に映った自分の顔は、三十を過ぎて少しやつれ、眉間のしわが店の行く末を案じる日々を物語っていた。


 ​「悠真、お前ももうすぐ三十か。店も継いでくれたし、安心だな」

 ​不意に、亡くなった父の声が聞こえた気がした。いや、幻聴だ。「父さん、ごめん。もう、店を続けるのは無理かもしれない」心の中で呟いた。


 ​その瞬間、磨き続けていた鏡が、まるで自ら発光するように青白く輝き始めた。「な、なんだこれ……!?」鏡から放たれる光は次第に強さを増し、店の奥まで届く。天井の蛍光灯が瞬き、ガラス戸の向こうの商店街の景色が歪んでいく。僕は鏡から手を放し、後ずさりした。光はさらに強くなり、ついには店全体を包み込んだ。「うわあああぁっ!」強烈な光と耳鳴りのような高周波音が僕の意識を奪い、その場に崩れ落ちた。


 ​どれくらい時間が経っただろうか。意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。僕は店の床に倒れ込んでいた。体中がじんじんと痺れている。「一体、何が……」起き上がり、あたりを見回す。店の中は、先ほどと何も変わらない。ご当地キティグッズも、お菓子の箱も、レジカウンターも、全部元のままだ。

 ​僕は店の外に出るために、自動ドアの開閉ボタンに手を伸ばした。『ピローン』という音とともにドアが開く。停電しているわけではないらしい

 ​だが、その先に広がっていたのは、見慣れた商店街ではなかった。

 ​目の前には、まだ陽が高い石畳の道。行き交う人々は、僕が見たこともない奇抜な衣装を着ている。耳のとがった美しい女性、背の低い筋骨隆々とした男、毛皮をまとった獣人のような人々までいる。聞いたことのない言語が飛び交い、スパイスの効いた、日本のものとは違う匂いが漂ってくる。そして何よりも目を引いたのは、店の向かいにそびえる巨大な建造物。それはまるで、ファンタジー小説に出てくる城塞のような、ごつごつとした岩肌に覆われた城壁だった。

 ​「ここは、どこなんだ……?」

 ​呆然と立ち尽くしていると、一人の男が僕の店に近づいてきた。男は僕をまじまじと見つめ、何かを口早に話しかけてくる。彼の言葉は、まるで外国語のようだ。僕はとっさに店の奥へ戻り、スマートフォンの電源を入れた。画面に表示されるのは「圏外」の文字。当然だ。

 ​ガラス戸の向こうに広がる見知らぬ世界を、僕は呆然と眺めていた。すると、店の裏口から、聞き慣れたドアの開閉音が聞こえる(ヤバい 鍵をかけるの忘れてた)。

 ​「悠真、まだ店にいたの?もう閉店時間過ぎてるよ」

 ​振り向くと、そこに立っていたのは恋人の佐倉美咲さくらみさきだった。彼女の視線の先には異世界が見えていないようで、驚いた様子もない。

「美咲か? ちょっと裏口から店に入ってきてくれないか?」

 ​「え?どうしたの、悠真。何か用事?」

 そう言いながら、裏口から美咲が店に入ってくる。

「なあ、店の前、変わった感じしないか?」と尋ねる。

「うーん、別にいつも通りの人通りだけど?何か違う?」美咲の視線の先には、見慣れた商店街が見えているらしい。

 ​「わかった、いつも通りか」

 ​「悪いけど、もう少し店で仕事するから、家に行けるのは20時過ぎになりそうなんだ。ごめん」と伝えると、

「わかった、お母さんたちに伝えておくね」と答え、美咲は何も違和感なく入り口の自動ドアから出て行った。


 ​美咲が出て行った数分後、僕は裏口から外に出てみた。そこには見慣れた、寂しい商店街の風景。アスファルトの道路に、車のライトが流れていく。そして、店の表に回ってみると、さっき見たばかりの石畳の市場が広がっていた。


 ​「なんだ、これ……」

 ​僕は混乱した。店の表口は異世界に、裏口は元の日本に繋がっている。この奇妙な状況に、僕は戸惑いを隠せない。しかし、商売人としての性か、ふと僕はレジカウンターに置いてあった商品に目を留めた。それは、鮮やかなピンク色の猫のキャラクターのストラップ。「ご当地キティちゃん」だ。

 ​僕は、日本のお菓子やストラップを異世界の人々がどう受け止めるのか、という好奇心にかられた。恐る恐る、閉店時間で外そうとしていた「いらっしゃいませ」と書かれた看板を再び立てた。


 ​その時、店を訪れたのは、長い耳を持った、まだ女性と呼ぶには幼い、銀髪のエルフだった。彼女は、僕が試しに一つだけ陳列した「ご当地キティちゃん」ストラップを、まるで宝物でも見るかのように見つめていた。

 ​「これ……何で出来てるの?色使いが綺麗……」

 ​彼女の透き通るような声が、異世界での僕の新しい物語の始まりを告げていた。シャッター商店街の土産物屋が、今、異世界で、ひっそりと開店する。

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