第3話 傭兵ギルド (Side:アルヴィン)

 翌日、朝一で傭兵ギルドを訪れると、一斉に視線が絡みついてきた。慣れたつもりでも、不躾にじろじろ見られるのは、やはり落ち着かない。

 僕は貴族だと一目でわかる金髪碧眼で、性別を間違われるくらいの女顔。特に、幼いころから叩きこまれた上流階級の所作は、荒くれ者が集まる傭兵ギルドではどうしても悪目立ちする。あちこちでひそひそと囁く声が聞こえた。

 隣にいるカルロは、黒いローブの軽装で魔法使いらしい風貌だが、髪色や瞳を見れば、移民だとすぐにわかる。その上、女を見れば息を吐くように口説くような軟派な男だ。今日も早速、ギルドの若い受付嬢に甘い言葉を投げていたので、後ろ頭を軽く叩いて黙らせた。


「ってぇな、お前!」


 昔は同じくらいの背丈だったはずなのに、いつのまにか差が開いて随分高い位置にある頭は、叩きにくくて仕方がない。

 抗議するカルロを無視して、口説かれていた受付嬢に歩み寄り、身分証代わりのランクカードを見せる。


「僕たちは昨日、この街へ来たばかりの傭兵です。この辺りで、恐化現象が進行していると聞きました。ギルド長に会わせてほしいのですが」

「は……はいっ!」


 カードにあしらわれているのは、小粒のオリハルコン。この国でオリハルコン級の傭兵は片手で数えられる程度しかいない。何よりの身分証明だ。

 一瞬頬を赤らめて呆けていた受付嬢は、ハッと我に返るとすぐに奥へと引っ込んで行く。


「お前、その顔で女まで落とせるのは狡くないか?」

「僕は男なんだから、女性に好かれても当然だろう」

「いっぺん鏡見てこいよ。全員が口をそろえて、お前を女だって言うぜ」

「五月蠅いな」


 しばらくして、受付嬢が戻り、再び頬を赤らめたまま緊張した様子で別室に通す。カルロはぶーぶーと言っていたが、無視した。軟派なカルロがけんもほろろに袖にされているのを見ると、普段の意趣返しが出来たようで胸がすくような気持ちになるのは、内緒だ。


 別室には、髭を蓄えた初老のギルド長が待ち構えていた。鋭い眼光と年齢にそぐわぬ鍛えられた身体を見るに、若い頃は自身も歴戦の傭兵として活躍していたのだろうと想像できる。

 

「どうぞ、おかけください。……オリハルコン級の傭兵とのことですが、念のためランクカードを見せていただいても?」


 席に着くなり、疑うような視線が向けられる。

 カードの偽造はよくあることだ。オリハルコン級など、伝説上の存在と思われても仕方がない。ギルドを相手に詐欺を働く不届き者ではないかと怪しんでいるのだろう。


 カルロの辞書に、「礼儀礼節」という言葉は存在しない。こういう場での立ち回りは、僕の役目だ。

 僕は懐からランクカードを取り出し、ギルド長へと差し出す。


「少し前にプラチナ級から昇格したばかりなので、知名度は低いかもしれませんが――本物のランクカードです」

「ふむ。……なるほど。半年前、彗星のごとく現れた凄腕の若い傭兵二人組とは、あなた方のことでしたか」


 カードを隙の無い眼光で裏も表も眺め、手触りまでしっかり確かめた後、ギルド長はやっと信用してくれたらしい。


「それで?伝説級の二人が、こんな片田舎まで、どんな用件で?」

「最近、この近くの森が恐化したという話を聞きました。僕たちは、竜と恐化現象について調べています。恐化した森に関連する依頼は積極的に受けるので、どんどん回してください」

「依頼がない時は勝手に森に入って色々やってると思うが、干渉しないでくれると助かる。持ちつ持たれつでやろうぜ」


 年長者への敬意など欠片もないカルロの脚を、机の下で叩く。相手が女性じゃないとすぐにこれだ。


「勿論、構いません。……ところで、一つ確認したいのですが」

「はい、なんでしょうか」

「その――貴方たちのお名前について」


 カードに書かれている僕たちの名前に目を落とすギルド長に、慌てる。つい、自己紹介を失念していた。


「申し遅れました。僕が、アルヴィン・フロスト。彼が、カルロ・ファレスです」

「カルロ・ファレス――もしや、貴方が、噂の――!?」

「ぁん?噂だ?」


 驚愕するギルド長と、いつも通りのカルロを前に、眩暈を覚える。

 本当に、どの噂だろう……国家権力を歯牙にもかけない無礼者とか、無類の女好きとか、そういう類の噂でないことを祈る。


 ギルド長は、何度か口を開け閉めした後、やっとのことで言葉を紡ぐ。


「あの――国家最強の黒魔法使いと謳われる、カルロ・ファレス殿――!」

「あぁ、よかった。はい。カルロ・ファレスです」

「よかった、ってなんだ。ってか、何でお前が答えるんだ」


 心から安堵して肯定する僕に、カルロが呆れたツッコミを入れるが、無視する。


「何故こんなところで傭兵を!?最年少で魔塔と黒騎士団の両者から声がかかり、どちらが貴方を獲得するか火花を散らしているとの噂だったでしょう!」

「俺の人生なんだから、どんな道を選ぼうが、俺の勝手だろ。放っておけ」

「いやでも――明らかに国益を損ないますよ!?魔導師研究者としても黒騎士戦闘員としても比類なき人材が、どうして――」


 唾を飛ばすギルド長を、カルロは面倒くさそうにしっ、しっと追い払う。いつも通りだ。

 

 とはいえ、ギルド長が驚くのも無理はない。

 カルロは王都の学園に通い始めてすぐに既存の黒魔法の全て習得してしまい、遊び半分で取り組んだ研究で、全く新しい魔法をいくつも生み出すような天才だった。本当に、人は見かけによらない。

 長らく停滞していた魔法研究に革命を起こす天才、国家が垂涎する存在。それが幼少期からカルロに与えられた称号だった。

 

 問題は、カルロが移民だったことだ。

 魔塔も黒騎士団も、国の中枢に関わる組織だ。生粋の王国民ではない彼を受け入れて、将来母国に戻られれば、国家機密が国外に持ち出されてしまう。

 本人はそんな予定はないと言うが、口約束だけで納得してもらう訳にもいかない。

 結果として、国は、カルロを要職に就けるために、国内の貴族階級と縁を結ぶことを要求した。


 誰が見ても、金が生る木だ。手を挙げる貴族は山ほどいた。当時のカルロは、年端の行かない子供。洗脳し操ることも容易いと思われていただろう。

 貴族たちの野望に利用されることに辟易とするカルロが不憫で、親友を助けたいと思った僕は、声をかけた。


 僕の妹と結婚して、フロスト家と縁続きにならないか――と。

 

「俺のことはもういいだろ。すぐに回せそうな依頼は来てるか?」

「あ……は、はい。ちょうど昨夜舞い込んだ、護衛の任務が――しかし、オリハルコン級の方にお願いするようなものでは」

「構わない。ついでに、街道周辺の魔物も片付けておいてやるよ」


 カルロはひょい、と机の上のカードを手に取り、僕に渡す。二人で一組として登録しているから、ランクカードは一枚しかないが、カルロはいつも僕にこのカードを預ける。


「ほら、いくぞアルヴィン」

「う、うん」


 僕は急いでカードを仕舞い込み、面倒くさそうに欠伸をかみ殺して立ち去るカルロの背を追った。


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