第2話 回想
ふぅ……もちつけ……。いや、おちつけ。
だいじょうぶだ。
広間の壁沿いに二周してみたが、やはり扉らしきもがない。
隠し扉の類もなさそうだ。
結論からいうと、出入り口が無い。
そうであるならばだ、ここの主とて……この部屋には入ってこれないということなのではないか?
そうだ。そのはずだ。そうに違いない。そうあるべき。そうであるといま決めた。
ならば、ここは慌てず騒がず、動かずに休むべき。と不安に苛まれる自分を説得する。
いまだ身体も痛むし、ここは体力の回復に努めるのが上策。
第一、騒いで無断侵入が発覚するなど愚策。
また、変に騒いで悪印象をもたれるのは悪手だろう。
では、発覚しようものならば、どうなるか?
コアのある最重要区画に無断侵入……弁明の余地なく第一印象は最悪です。
交渉事においては、第一印象は大事、すごく大事!
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身体の痛みは、だいぶひいてきた。
深刻といえるような傷や臓器などへの内傷はないようだ。
これは情勢好転の兆し! 前向きに考えることで運気は急上昇! のハズ……。
密室なので正確にはわからないが、だいぶ時間も経過してるだろう。
そして、やはり誰もいないし、誰も来ない。
さて、どうするか?
・このまま待機しつつ様子を見る
→ ・このまま待機しつつ様子を観る
・このまま待機しつつ様子を視る
慎重かつ思慮深く検討した結果、これが最適だと思う。
見回りがきたら、もはやそのときはそのときだろう。
といっても、ただ待つというのも暇なので、ここは記憶の確認も兼ねてこれまでのことを振り返ってみよう。
吹き飛ばされた上に、気絶するくらいの強い衝撃だったのだ。
はっきりいうと、非常に不安にもなるというもの。
しかし、この部屋にいるからなのだろうか、とても頭が冴えている。
冴えまくっているといっても良いくらいだ。
澄んだ湖のような、または透き通る流水ような、もしくは白刃の如き、そんな冴え方だ。
衝撃で頭でも打ったのだろうか。
……大丈夫なのか俺……と、一抹の不安がよぎる。
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俺の名は、『
皆には、”リン” と呼ばれている。
ちなみに実家は、《イザヨイ宮》 というダンジョンを運営している。
(ちなみにダンジョンは《宮》とも呼ばれている)
地域ではなかなかのダンジョンだったのだが、冒険者という名の複数の強盗団に波状的に荒らされ兵力も減少した。
加えて防衛力が弱ったところに、今が好機を考えたのか他の勢力から更に侵攻されてしまう。
このときはなんとか凌ぎきり、撤退させる事には成功した。
詳しいことは教えてもらってはいないが、どうもこの冒険者と侵攻してきた勢力とは連携しているらしい。
なんとか撤退させたことで稼いだ時間とて、砂時計の砂のように少しずつ、そして確実に減っていくことは明白だった。
つまりは、侵攻してきた勢力の単なる兵力再編のための時間稼ぎなのだということはわかっていたのだ。
そんなこんなで、いまやお家が傾いてる危急存亡の刻。
緊迫した情勢が、ここ最近の情勢なのだ。
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それと、”イザヨイ”という家名持ちだが、イザヨイなんて珍しい姓なのは、開祖たるご先祖の初代様とお方様が転生者だったから……らしい。
なんでも夫妻そろって転生する際、見た目が幼女の神と自称する輩が、曰く
「ミスって予定者と間違えて転生させちゃった。テヘっ、キャハハ♪」
だそうで、詫びになんでも願いを一つかなえてやるといわれたそうだ。
そこで、初代様いわく、
「何でも一つ願いをかなえてくれるのなら、願いをかなえてくれる数を無限にしてくれ!」
と、言ったそうな。
ほぅ……。そこに気が付くとは……デキる! さすがだな!
だがだ、もし俺ならば「俺を神にしてほしい!」とか「神自身の能力が欲しい!」とか言うだろう……。
いや、待てよ……、もしその願いが実現したならば、過大なる責任が我が双肩に圧し掛かってしまうのではなかろうか?
……ハッ?! もしや、開祖たるご先祖達は……、瞬時にそこまで見通していたというのか?!
な、なんと!? やはり開祖たるご先祖達は……確実にデキる!
そう断言できる!
もっとも、開祖たるご先祖様の「願いをかなえてくれる数を無限にして!」という隙のない願いを聞いた自称幼女神様はジト目で睨んで、初代様の存在をそのまま即座に抹消しようとしたんだそうだ。
(自称とはいえ神たる者が自分で言った条件を飲まないなんて、とんだ幼女神である。
ただ初代様も、これはさすがにヤバいと思ったのか、何とか宥めたらしい。
そして願いを叶えてもらう代わりに【慧眼】とかいう能力をもらったのだそうだ。
本当は【鑑定】とか【異次元収納】とか【全天通販】とかいう破格にして未曾有の能力を狙っていたらしいが無かったのだそうだ。
実際は『無い』というより『却下』だったらしいが……。
俺には、どういう使い道があるのか、わからない。
だが初代様は、その【慧眼】について曰く、
「まさに、眼の付け所が違うね!」と言っていたそうだ。
そして奥方様のもらった能力は、【知恵と知識の泉】という能力らしい。
奥方様曰く、
「大器晩成型と思いきや、序盤疾走もできる超万能型」らしい。
(すみません……大変申し上げ難いのですが……両方とも、さっぱりわかりません。ついでに正直微妙な気もする)
(だいたい幼女神とか転生者とか能力とか、なにそれ? いくら成り上がりの箔付けとはいえ、もう少し考えればいいのに。さすがに、3代目様の代以降は眉唾だとおもっていたらしく、家伝としては伝わってはいるが、正直俺も信じてはいない)
(まぁ~、開祖様夫妻で、ダンジョンを開いたうえに、そこそこのダンジョンの主までにはなっているから有能だったのだろう。たぶん……)
以上が我が宮の開闢の発端となる逸話なのだが、そこから月日が流れに流れて行きました。
時の移ろいと共に勢力も順調に拡大していく。
もっとも勢力の拡大とはつまり、他方においては摩擦も生み出すのが常。
様々な圧力やら威圧を巧くかわし、時には戦いに明け暮れて、時には妥協し勢力を維持し続ける。
そして今代のダンジョンの主たるわが父の代で、危急存亡の刻になっている。
これが隠せざる現在の状況といったところだろう。
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こう聞くと我が父の代で失政をしたかのように聞こえるかもしれないが、それは違うと断言できる。
時の移ろいと共にダンジョンの勢力も順調に拡大していったのだが、同じく外部の状況も変化していたのだ。
そして無情にも変革の季節が順調に流れていき、それに伴って情勢にも変化が出始めたのだ。
近隣の友好ダンジョンたる《シャンセオン宮》から救援要請が来たのだ。
どうも近隣国のベルザル大公国から侵攻を受けているとのことだ。
このベルザル大公国なる勢力が、近年我が《イザヨイ宮》にも侵攻してきた不埒ふらちな勢力だ。
一年も経っていないにも関わらず、もう他の宮に侵攻するとは……。
そしてこの《シャンセオン宮》とは、相互防衛協約を締結しているので救援のために派兵することになる。
ちなみに想定敵対国をベルザル大公国として、相互防衛協約を締結しているのは《シャンセオン宮》《マフラル宮》《アスワム宮》《イザヨイ宮》の四宮である。
そして《マフラル宮》《アスワム宮》も協約に従い、《シャンセオン宮》を救援すべく派兵を決定した。
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三宮軍の集結予定地点は《アスワム宮》領となっている。
《シャンセオン宮》に、最も近接してるのは《アスワム宮》だからだ。
ベルザル大公国としては、この侵攻が上手くいけば《シャンセオン宮》領をそのまま併合できる。
上手くいかずとも、《シャンセオン宮》に痛撃を与えられるのみならず、派兵した
このような漸減策を繰り返していけば、遠からず地域全域を併合する道が開けるとでも思ってるのだろう。
また、反撃を受けても受けきる自信があるのだろう。
最悪、膠着状態に持ち込み、その間に国力の伸張を図る策かもしれない。
一方で、派兵した三宮とも雰囲気が暗い上に、士気もあまり上がってはいない。
各宮とも、ここしばらく連戦続きで戦力の消耗が激しいのだ。
ことに《マフラル宮》と《アスワム宮》の二宮は、もう後が無い。
ここで戦力を大きく失えば《自宮》の防衛さえ危ぶまれる。
かと言って《シャンセオン宮》が陥落すれば余勢をかったベルザル大公国に、そのまま飲み込まれ滅亡する可能性が高い。
つまりダンジョンのコアを奪われ、再起もできずに断絶してしまうのだ。
《イザヨイ宮》とて、連戦続きで消耗している。
だが、もう後には戻れないのだ。
《シャンセオン宮》の防衛こそが最前線であり、最終防衛線とも言える。
各軍とも足取りは重いが、それでも着実に進軍していく。
そして……
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来た、見た、負けた。
あの状況を述べるならば、それ以外に言葉が無い。
《シャンセオン宮》領に入り夜営することになった。
だが、その際に薄暮攻撃をうけ混乱状態になった。
しかし相手は、その一当てをしたあとにすぐに退いていった。
威力偵察なのか、偶発的遭遇なのか。
その意図は不明だが、こちらに損害が出ているのも事実であり、こちらの位置が露見したのは確実だ。
すでに戦地にいて、最前線に近づいているという現実。
なんにせよ、今は自分たちのことを考えねばならない……
《シャンセオン宮》にたどり着けるのか?
皆に不安がよぎる。
すでに辺りは、夜の帳とばりも落ち、暗くなっている。
俺は連合軍本営での軍議を終え、自軍の軍幕営に戻った。
先程の薄暮攻撃で被った損害の報告を受け、現状確認を行うべく、自陣前衛に赴いる。
そして、後退準備の指示を出していた。
実は先の攻撃で、全軍で一割以上の損害を被っていることが判明。
先ほどの本営での軍議で、いったん後退することに決したのだ。
初撃での損害と、位置が露見していることから夜陰に紛れて後退する算段なのだ。
そも後退するにも、後退するだけの余力が無ければ後退はできない。
つまりは、後退して立て直す兵力が残っているいまならば、まだ後退自体もできるという訳である。
「一旦後退し再編する! 準備しろ!」
隣のマフラル宮軍営も後退準備のためか、騒がしい。
他の軍営にも後退する旨が伝わったのかだろうか。
辺りが急に騒がしくなるが、……なんだ?
後退準備にしては、様子が変だ。
そんなとき伝令が駆け込み伝えてくる。
「伝令、伝令! 敵襲です!
全軍応戦しつつ速やかに五キロメル後退の後、再編する。
集結予定地点に変更なし。イザヨイ様も急ぎ後退されたし、との由よしにございます」
伝令は、もはや務めは果たしたとばかりに、すぐに出て行く。
最前線に残って巻き添えを喰うのは御免だ、と雄弁にその行動で示していた。
こちらも後退するべく動こうとした矢先に、敵から強襲を受けた。
「敵襲! 敵しゅ、がぐァ!」
辺りが、一気に喧騒に包まれる。
各軍営にも攻撃が行われているのか、一気に戦闘音が広がり始めていく。
「各隊は各個に離脱しろ!」
「歩哨は何していた?! 反撃だ、押し返せ!」
「来るぞ、側面防御!」
全軍での足並み揃えての整然とした後退ではない。
各宮の陣営が生き残りを賭け、各自に動き始める。
そこには連携や相互支援などは存在しない。
徐々に劣勢になり戦線が崩れはじめ、それはすぐに全体に波及した。
もはや組織だった後退ではなく、壊走状態に等しい。
逃げ遅れれば、敵に囲まれるだけだと、皆がわかってるのだろう。
「陣形を崩すな、くい込まれるぞ。リン様、ここは、陣形を維持しつつ後退するべきです」
副将のノリスが慌てず騒がず簡潔に献策してくれる。
さすがに歴戦であると驚嘆すべき胆力だ。
「後退するぞ! 陣形を崩さず後退!」
その献策を受け、戦場の雰囲気に飲まれてしまったのか、俺は思わず大声で指示を出してしまう。
それを聞きつけて、慌てて隣にいたノリスが止めようとするが、間に合わない。
乱戦時に声を張り上げていれば、『ここに指揮官がいます』と誇示している、いや喧伝しているようなものだ。
そしてその大声を聞きつけたのか、敵兵が乱入してきて槍で突きかかってくる。
「その出立ち、将と見た! その首級【くび】もらう!」
護衛たちが応戦してる間に俺は後退しようとしたのだが、そこに突然横合いから斬りつけられる。
確実に殺意の乗った一撃が迫ってくるのが見えたが、その刹那【せつな】にグンッ! っと身体に衝撃が走る。
「?! うわ!? がはぁッ!」
いきなり引っ張られると同時に身体が浮いたような感覚。
その一瞬あとには強い衝撃をうけて、地に転がった。
どうやら副将のノリスに投げ飛ばされて、なんとか横合いからの一撃をかわせたようだった。
すぐに地から立ちあがり、相手を見据えようとするが……いない?!
ブン、ヒュッ!
風斬り音に慌てて前方へと、自ら身を投げ出し転がって回避していく。
今度こそ相手を見据えようと身を起こすも、相手を見るよりも先に正面から首めがけて刃が迫ってくるのがみえた!
ギィンッ!
ノリスがその剣を打ち払っているその間に立ち上がり、なんとか体勢を整えようとする。
そこを今度は敵兵に後ろから蹴り飛ばされて、地に転がった。
「もらった!」
『ぐッ、これまでか!?』
「リン様!?」
副将のノリスの悲痛な声が聞こえたような気がする。
蹴り飛ばされて、完全に体勢も崩れている。
ダメだ、どうあがいても間に合わない!
ならばと覚悟を決め、せめて最後に一太刀でも! と振り返りながらも、いまだ慣れない剣を振り抜こうとしたその刹那、首もとに掛けていたミニコアの首飾りが胸元から零れる。
俺の首級を狙って振るわれる剣が、胸元から零れ出たミニコアを捉え……両断した。
その瞬間、強烈な閃光が周囲に奔はしり、同時に身体に強い衝撃を受けて……俺は討たれた。
……と思ったのだが……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ふむ、記憶喪失や欠落があるというわけではないので、まずは一安心だろう。
頭が冴えている理由が解らないが、鈍っているよりは断然良いだろう。
もともと、いまの頭が冴えている状態が普通なのかもしれない。
いや、そうに違いない。そうと決めた。
となれば、俺が取るべき行動はなにか。
それは、この広間から見事脱出して軍勢と合流するということだろう。
三宮合同の軍勢は、どうなったのだろうか?
戦況はどうなったのか?
痛撃を受けたのは間違いないだろう。
あの時点で後退命令が出ていたのだが、奇襲をうけてさらに損害が増したはずだ。
巧く後退して集結、再編できたのだろうか。
それとも、撤退したのだろうか。
《シャンセオン宮》とて単独では、そう長くは持ちこたえられない。
やはり、すぐに戻らなければならない。
気ばかりが焦る。
何とかして、出口なり出る手段なりをを見つけなければ……
このような巨大なコアがあるという事は、誰かがここに設置したという事。
つまりはどこかに出入口なりがある証左となる。
やはり隠し扉の類が、どこかにあるのではないか?
三度目の正直。
いま一度、慎重に壁を見ていく事にしたのだった。
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