第5話 決着

コックピットに響く、穏やかで美しい女性の声。

自らをアークスレイヤーのサポートAIだと名乗った「カノン」は、俺に一時的な操縦権限を与えると告げた。

俺は目の前の二本の操縦桿を、今一度強く握りしめる。

背後には、意識を失ったセレスティア。そして前方には、とどめを刺さんと迫りくるヴォイドリザード。

守る。俺が、彼女を。このアークスレイヤーで。


「やってやる……!」


神経リンクシステムと、カノンの補助。その2つが、俺の拙いイメージを、完璧な機体制御へと変換してくれている。

立ち上がったアークスレイヤーの視界の端に、まだ戦闘領域の近くをホバリングしている報道ヘリの姿が映った。こいつら……!


「まずは、あいつらを追い払わないと」


俺はアークスレイヤーの右腕を上げると、まるで蠅でも追い払うかのように手首をスナップさせて「しっしっ」と振るってみせた。

四十メートル級の巨人が行ったその仕草は、ひどく滑稽に見えたかもしれない。

だが、意図は正確に伝わったようだ。ヘリは慌てたように高度を上げ、猛スピードでその場から離脱していった。


「よし。これで、こいつに集中できる」


俺は一度目を閉じ、遠い昔の感覚を呼び覚ます。

次の瞬間、アークスレイヤーは、それまでの重々しい動きが嘘だったかのように軽やかなステップを踏んだ。

手にした光の剣を、まるでバトントワリングのように高速で回転させ、そのまま流れるような動きで八の字を描く。

それは、俺がかつて習っていた剣術の型。熟練の格闘家が演舞を行うかのような、華麗で洗練された動きだった。


「すごい……。本当に、俺の思った通りに動くんだな」


感心して呟くと、コックピットにカノンの少し驚いたような声が響いた。


『……御堂拓実。あなたの生体データはごく普通の民間人のものと一致していますが、そのモーションデータは、我が軍の熟練エースパイロットに匹敵します。本当に、ただの一般人なのですか?』


カノンの問いに、俺は苦笑いを浮かべた。

脳裏に忘れたいと思っていた過去が蘇る。

あれは、まだ俺が「女の子」という生き物を、キラキラした可愛い存在だと信じていた頃。

幼い俺は、単純にモテたかった。ただそれだけの理由で、様々な習い事を始めた。

空手、剣道、柔道、棒術。ピアノに英会話、書道まで。

親も「息子のやりたいことなら」と応援してくれた。

そして、俺には生まれ持ったセンスがあったらしい。何をやらされても、すぐにコツを掴み、教えてくれた師を超えて大人顔負けのレベルで完璧にこなしてしまったのだ。

その結果は、すぐに現れた。

最初は、純粋な称賛だった。女の子たちは「拓実くん、すごい!」「かっこいい!」と、キラキラした目で俺を見てくれた。

それが嬉しくて、俺はさらに努力した。

だが、いつからだろうか。そのキラキラした瞳に、別の色が混じり始めたのは。

他の女の子と話しただけで嫉妬の視線を向けられ、手作りのプレゼントが、いつの間にか他の子によってゴミ箱に捨てられていた。

俺を巡って、女の子たちが陰で悪口を言い合い、時には髪の毛を掴み合って喧嘩をするようになった。

決定打は、俺が仲良くしていた女の子がイジメにあっていた現場を見たときだった。

俺の前では優しい良い子を演じていた女の子たちが、信じられないほど汚い言葉と暴力で俺の友人をイジメているのを見てしまった。

その時、俺は悟ってしまったのだ。

女の子は、キラキラした可愛い生き物なんかじゃない。俺が愛するギャルゲーや漫画のヒロイン達とは違う。

その内側には、ドロドロとした、醜い感情が渦巻いている。

それが、恐ろしかった。

その日を境に、俺は全ての習い事を辞めた。女の子たちと距離を置き、できるだけ目立たないように、普通の男子高校生として生きることを決めたのだ。


「……まあ、色々あってね」


俺は、遠い目をしてしまいそうになる自分を戒め、カノンに向かって笑いかけた。


「俺はただの、普通の男子高校生だよ」


『……理解不能ですが、あなたの回答を受理しました』


カノンはそう答えると、すぐに戦闘モードへと切り替わった。


『ヴォイドリザード、再接近。エネルギー反応、上昇中です』


俺は光の剣を構え直し、ヴォイドリザードを睨みつける。


「ああ、わかってる。セレスティアの借りを、きっちり返してやる!」


ブースターを点火させ、アークスレイヤーは再び戦場へと躍り出た。

ヴォイドリザードが、怒りの雄叫びと共に残った左腕の爪を振り下ろす。

だが、本気で戦うと決めた今の俺には、その動きがスローモーションのように見えた。


「遅い!」


アークスレイヤーは最小限の動きでそれを回避し、すれ違い様に光の剣で怪物の脇腹を切り裂く。

さらに、返す刀で足を薙ぎ払い、その巨体を大きくよろめかせた。

怪物が体勢を立て直そうと尻尾を振るうが、俺はブースターを吹かして跳躍。

その尻尾を踏み台にしてさらに高く舞い上がると、空中で機体を反転させ、落下エネルギーを乗せた斬撃をヴォイドリザードの背中に叩き込んだ。

俺の脳内で描く、過去に散々特訓したアクション映画のような動きを、アークスレイヤーとカノンは完璧にトレースしてくれる。

怪物は苦し紛れに口からビームを放つが、俺はそれを予測し、近くの半壊したビルを盾にして防いだ。

そして、ビルの壁を蹴って三角飛びの要領で跳躍し、無防備な怪物の頭上を取る。


「終わりだ!」


光の剣を逆手に持ち替え、ヴォイドリザードの首筋目掛けて突き立てた。

だが、怪物は最後の力を振り絞り、全身の棘を逆立ててエネルギーを放出し、アークスレイヤーを吹き飛ばす。

体勢を崩したが、俺は冷静だった。


「カノン! こいつを完全に消し飛ばすような、それでいて周囲に被害が出ない必殺技はないのか!?」


俺が叫ぶと、カノンは即座に答えた。


『推奨兵装があります。掌部ジェネレーターを直結させ、高圧縮プラズマエネルギーを指向性を持って解放。対象を原子レベルで分解する『アトミック・デコンポジション』です』


「使い方を教えろ!」


『対象に掌を向け、技名を叫んでください』


「はあ!? なんで叫ばなきゃならないんだよ!」


思わずツッコミを入れると、カノンは少しだけ楽しそうな声で言った。


『それが、スーパーロボットというものでしょう?』


その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。そうだ。その通りだ。

俺が子供の頃に憧れたヒーローたちはみんな、必殺技の名前を叫んでいたじゃないか。


「違いないな! 全くそのとおりだカノン!」


俺はアークスレイヤーをヴォイドリザードの眼前に着地させると、光の剣を捨て、力を振り絞って突進した。

怪物が最後の抵抗とばかりに爪を振るうが、俺はそれを紙一重で掻い潜り、その首を左腕でがっしりと掴み、動きを封じる。

そして、がら空きになった頭部へと右の手のひらを突きつけた。


「食らいやがれえええええっ!!」


俺は心の底から、魂の全てを込めて叫んだ。


「アトミック・デコンポジショオオオオオンッ!!」


アークスレイヤーの右の掌がまばゆい光を放ち、ゼロ距離から放たれたプラズマの奔流がヴォイドリザードの頭部を、そしてその巨体全てを飲み込んでいく。

怪物は断末魔の叫びを上げる間もなく光の中に溶け、原子の塵となって完全に消滅した。

後に残ったのは静寂と、多数のビルが破壊された街の景色だけだった。


「はぁ……はぁ……。勝った……」


全身の力が抜け、俺は操縦桿に額をつけたまま、脱力した。

すると、カノンが穏やかな声で俺を労った。


『お疲れ様でした、臨時パイロット。初戦闘でこの戦果は、正直驚きです。……ねぇ、マスター?』


マスター?

その言葉に、俺はハッとして後ろを振り向いた。

そこには、いつの間にか目を覚ましていたセレスティアが、ヘルメットを脱いだ状態で静かに俺を見つめていた。その美しい碧眼は、大きく見開かれている。


「セレスティア! いつの間に目を覚ましたんだ!?」


俺が驚いて尋ねると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「……キミが、ヴォイドリザードに突撃した時っすよ」

「最初からじゃないか!」


じゃあ、俺の戦いを全部見ていたっていうのか。

俺が狼狽えていると、セレスティアはゆっくりと立ち上がり、俺のすぐそばまで歩み寄ってきた。

そして、俺の肩にそっと手を置き、熱のこもった真剣な瞳で俺を見つめた。

その瞳には、もうからかうような光はない。あるのは畏敬と、そして何か別の強い感情。


「タクミ……。私と一緒に、母星に来てほしいっす」


彼女の口から紡がれたのは、俺の想像を遥かに超えた衝撃的な一言だった。

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