第4話 姫を守る剣

ヴォイドリザードの必殺の攻撃を、俺の警告によって紙一重で回避したアークスレイヤー。

コックピットの中、荒い呼吸を繰り返す俺に、セレスティアは「最高の相棒になれるかもっすね」と、はにかみながら言ってくれた。

その言葉は、俺の胸の奥に、確かな熱を灯した。

足手まといじゃない。俺もこの戦いに参加している。その事実が、恐怖にすくんでいた俺の心を強く奮い立たせた。

ヴォイドリザードは消耗しながらも、再びこちらへ敵意を向けている。戦いはまだ終わっていない。


「さあ、第二ラウンドっすよ、タクミ!」


セレスティアが操縦桿を握り直し、その瞳に決意の光を宿した。


「ああ!」


セレスティアは目の前の怪物を真っ直ぐに見据えながら息を吐いた。


「どうやら、出し惜しみしてる場合じゃないっすね」


そう呟くと、彼女はコンソールを操作し、アークスレイヤーの腰部にマウントされていた一本の棒状の兵装をマニピュレーターで掴み取った。

全長三メートルほどの金属の柄。彼女がグリップにあるスイッチを入れると、その先端からブォン、という重低音と共に、紫色の光の刃が伸びた。

全長は十数メートルにも及ぶだろう。熱で周囲の空気が揺らめいている。

まさに、光の剣。


「本当は、肩に積んでるプラズマキャノンをぶっ放してやりたいんすけどね。あれは威力がデカすぎて、もし外した場合この辺一帯がクレーターになっちゃうっすから」


セレスティアは、市街地では使えないという兵器を俺に語った。彼女はただ敵を倒すことだけを考えているわけじゃない。

この地球という、彼女にとって異郷の地への被害を最小限に食い止めようとしているのだ。その責任感の強さに、俺は改めて胸を打たれた。


「行くっすよ! 今度こそ、決める!」


光の剣を構えたアークスレイヤーが、地を蹴った。背中のブースターが蒼い炎を噴き、鋼鉄の巨体は弾丸となってヴォイドリザードへと突撃する。

迎え撃つヴォイドリザードも、両腕の鋭い爪を交差させ低い唸り声を上げた。

紫の光刃と、黒い爪が激突する。

キィィィィン! という甲高い金属音と、空間が引き裂かれるようなプラズマの炸裂音が混じり合い、夜のオフィス街に響き渡った。

力と力のぶつかり合い。だが、今度はアークスレイヤーが押し始めた。

光の剣がヴォイドリザードの硬い爪をじりじりと溶かし、火花を散らせている。


「硬いだけが取り柄のアンタに、アークスレイヤーの『プラズマ・グレイブ』は破れないっすよ!」


セレスティアが叫ぶと、アークスレイヤーは一度距離を取り、流れるような動きで剣を振るった。紫の残像が、ヴォイドリザードの巨体を襲う。

怪物は巨体に似合わぬ俊敏さでそれを避け、反撃に尻尾を薙ぎ払う。だが、セレスティアはそれを読んでいた。

アークスレイヤーは最小限の動きでそれをわすと、がら空きになった胴体へと、カウンター気味に剣を突き込んだ。

ザシュッ! という鈍い手応え。

ヴォイドリザードの分厚い鱗が裂け、体液のようなものが飛沫を上げた。怪物が苦悶の雄叫びを上げる。

追い討ちをかけるように、セレスティアは休むことなく剣を振るう。袈裟斬り、逆袈裟、胴薙ぎ。まるで熟練の剣士のような洗練された剣戟。

アークスレイヤーの女性的なフォルムが、夜空の下で華麗に舞っている。

ヴォイドリザードは防戦一方だ。口からビームを吐こうとするが、その予備動作の隙を突かれ、アークスレイヤーに懐へ潜り込まれてしまう。

接近戦において、光の剣を持つアークスレイヤーが圧倒的に有利だった。


「その腕、もらうっす!」


セレスティアの鋭い声と共に、紫の刃が一閃する。

ヴォイドリザードの右腕が、肘のあたりから綺麗に切断され、宙を舞った。切断面はプラズマの熱で焼き切られている。

片腕を失った怪物は、怒り狂ったように左腕の爪を振り回す。だが、その攻撃はもはや単調で、セレスティアはいとも容易くそれをいなしていく。

戦いの趨勢は、完全に決した。

誰もがそう思っただろう。俺も、そしてセレスティアも。


「これで、とどめっすよ!」


勝利を確信したセレスティアが、アークスレイヤーに光の剣を大きく振りかぶらせた。狙うはヴォイドリザードの首。

その、まさにその瞬間だった。

ピピピピピッ!

コックピットに、けたたましい警告音が鳴り響いた。全天周モニターに赤い警告ウィンドウがポップアップする。


『警告。未確認の生体反応、戦闘領域に急速接近』


「なっ!?」


セレスティアが驚きの声を上げる。とどめの一撃を放とうとしていたアークスレイヤーの動きが、一瞬止まった。

俺は慌ててモニターの隅に表示されたレーダーを確認する。そこには、1つの光点が、こちらに近づいてきているのが映っていた。


「なんだ、あれは……ヘリコプター!?」


俺が叫ぶと同時に、夜空の向こうからけたたましいローター音が響いてきた。

見ると、側面にテレビ局のロゴが描かれた報道ヘリが、無謀にも戦闘中の俺たちに低空で接近してきている。


「なんて命知らずな! スクープのためなら死んでもいいってのか!?」


俺が怒りに声を震わせる。その時、ヴォイドリザードが、目障りな蠅を払うかのようにその顔をヘリコプターに向けた。

そして、大きく口を開く。喉の奥が、再びあの不気味な紫色に輝き始めた。


「まずいっ!」


セレスティアの絶叫が、コックピットに響いた。

彼女の判断は一瞬だった。

とどめを刺すことよりも、無関係な民間人を守ることを選んだ。

アークスレイヤーは、振りかぶっていた光の剣を投げ捨て、ヘリコプターとヴォイドリザードの間に身を挺して割り込んだ。


「間に合ええええええっ!」


両腕を前でクロスさせると、その前面に六角形の粒子が集合し、蒼い半透明のエネルギーシールド――フォースフィールドバリアが展開される。

その直後。

極太の破壊光線が、ヴォイドリザードの口から放たれた。

紫色の絶望的な閃光が、アークスレイヤーの展開したバリアに直撃する。

凄まじい衝撃と熱がコックピットを襲った。バリアがギシギシと悲鳴を上げ、モニターには亀裂が走る。


「ぐっ……うううううっ!」


セレスティアの苦悶の声が、俺の耳に突き刺さる。彼女の体は小刻みに震え、操縦桿を握る手に限界以上の力が入っているのが分かった。

だが、ヴォイドリザードの放つレーザーの威力は彼女の想像を、そしてアークスレイヤーの防御性能を遥かに上回っていた。

バキィィィン! というガラスが砕け散るような音と共に、フォースフィールドバリアが粉々に砕け散った。

そして、レーザーの余波が、アークスレイヤーの装甲を容赦なく抉る。

機体は大きく吹き飛ばされ、まるで子供が投げた玩具のように背後の高層ビルに叩きつけられ、そのまま地面へと墜落した。

コックピットの中は地獄だった。火花が散り、警告音が鳴り響き、俺たちの体は凄まじい衝撃でシェイクされる。

俺はセレスティアの体を守るように強く抱きしめたが、その衝撃に耐えきれず、ヘルメットの中で頭を強打した。

霞んでいく視界の中、ぐったりと操縦桿に突っ伏すセレスティアの姿が見えた。

そして、俺の意識は、深い闇へと落ちていった。


どれくらいの時間が経ったのか。


「……ん……」


ガンガンと割れるように痛む頭を押さえながら、俺はゆっくりと目を覚ました。

コックピットの中は静まり返り、赤い非常灯だけが点滅している。

俺の目の前には、ぐったりと操縦桿に突っ伏したままのセレスティアの姿があった。


「セレスティア! おい、しっかりしろ! セレスティア!」


俺は彼女の肩を掴んで揺するが、何の反応もない。ヘルメット越しでは表情は分からないが、完全に意識を失っているのは明らかだった。

その時、俺は気づいた。

モニターの向こう、立ち上る土煙の中から、ゆっくりとこちらに近づいてくる巨大な影に。

ヴォイドリザードだ。

片腕を失い満身創痍ではあるが、まだ動ける。そして、動けなくなったアークスレイヤーにとどめを刺そうと近づいてきている。

絶望。

その二文字が、俺の心を支配した。もう、終わりだ。

逃げなければ。急いでここから脱出するんだ。

そう思った時、俺の脳裏に、この数時間で見てきた彼女の様々な表情が蘇った。

俺をからかう時の、意地悪な笑顔。

俺の反応を見て、腹を抱えて笑う屈託のない顔。

最高にムカつく。

そして「最高の相棒になれるかも」と、少し照れながら言ってくれた、あの真剣な眼差し。

彼女は俺たち地球人を守るために、たった一人で戦ってくれた。そして、無謀なヘリを守るためにその身を犠牲にした。

そんな彼女を、ここで死なせるわけにはいかない。


「……守らなきゃ」


誰に言うでもなく、呟いていた。

俺は決意を固めると、気を失っているセレスティアの体を、そっと俺の居た場所へと移動させる。

そして、自分が彼女のいた操縦席へと滑り込んだ。

目の前には無数の計器と、そして二本の操縦桿。

俺は、それを強く握りしめた。


「動け……動いてくれよ、アークスレイヤー!」


俺が心の底から叫んだ、その時だった。

静まり返っていたコックピットに、穏やかで、それでいてどこか機械的な美しい女性の声が響き渡った。


『――パイロット認証を緊急オーバーライド。臨時パイロット、御堂拓実の生体情報を登録します』


「だ、誰だ!?」


俺が驚いて周囲を見回すと、声は淡々と続けた。


『私は、アークスレイヤーの戦闘管制及び機体維持を司る、自律型思考支援AI。コードネームは"カノン"です』


AI……? このロボットに、そんなものが。


『マスター・セレスティアのバイタル低下を確認。しかし、あなたの脳波に、マスターを守ろうとする極めて強い意志と、高いシンクロ率を検知しました。特例として、あなたに一時的な操縦権限を付与します』


絶望の闇の中に、一筋の光が差し込んだようだった。


『マスター・セレスティアの意識が回復するまで、私があなたの操縦を完全にサポートします。御堂拓実。あなたの意志を、このアークスレイヤーに伝えてください』


俺は驚きで固まっていたが、すぐに希望を見出し、固く拳を握りしめた。


「わかった……やってやる!」


目の前には、とどめを刺そうとゆっくりと近づいてくるヴォイドリザードの姿。

もう、時間はない。


「カノン、力を貸してくれ! まずは、こいつを立ち上がらせるぞ!」


『了解しました。神経リンクシステム、擬似接続。イメージモーション・トレース、スタンバイ。あなたの思う通りに、体を動かしてください』


俺は、カノンの言葉を信じ、ゆっくりと立ち上がるイメージを描く。

すると、その動きに呼応するように、地面に倒れ伏していたアークスレイヤーの指がピクリと動き、腕が大地を掴んだ。

ギギギ……と軋む音を立てながら、瓦礫の中から、鋼の巨人がゆっくりと力強く立ち上がっていく。

そして、すぐそばに転がっていた光の剣を拾い上げ、刃を出現させヴォイドリザードへと切っ先を向けた。

コックピットの中、俺は固く決意を固める。


「セレスティアは……俺が守る!」


俺の叫びと共に、新たなパイロットを得たアークスレイヤーのツインアイが、再び闘志の光を宿した。

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