第3話 アークスレイヤーvsヴォイドリザード

轟音と共に、鋼の巨人が大地に降り立つ。

全長三十九メートルの人型兵器「アークスレイヤー」の眼前にて、宇宙怪獣「ヴォイドリザード」は威嚇するように低く唸り声を上げた。

黒く濡れたような鱗がぬらりと月光を反射し、背中の無数の棘が不気味に蠢いている。

コックピットの中で俺は、そのあまりに非現実的な光景を前に、ただゴクリと喉を鳴らすことしかできなかった。

全身から噴き出す冷や汗がセレスティアにしがみついている腕を伝っていく。

これが現実だというのか。目の前にいるのは、俺たちの日常を破壊し尽くす本物の怪物だ。

恐怖で膝が笑い、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。

だが、俺の目の前にはこの絶望的な状況にたった一人で立ち向かおうとしている少女がいる。

彼女の背中は華奢でありながら、今はどんなものよりも頼もしく見えた。

俺が覚悟を決めかねていると、セレスティアは落ち着き払った様子で操縦桿を握りながらコンソールのパネルをいくつかタップした。

ピッ、ピッ、と軽快な電子音が鳴り、全天周モニターの隅に幾つかのウィンドウが表示される。


「よし。周辺宙域に生体反応なし、っと。この星の避難誘導システムは、なかなか優秀っすね」


淡々と告げる彼女の横顔を見て俺は少しだけ驚いた。

てっきり、すぐにでも飛び出していく脳筋タイプだと思っていたが、民間人の安全を最優先に確認する冷静な一面もあるらしい。

彼女は俺の視線に気づいたのか、ニッと口角を上げて笑った。


「戦場じゃ、余計な心配事は少ない方がいいんすよ。これで心置きなく暴れられるっすからね!」


その言葉を合図にコックピットの雰囲気が一変する。セレスティアの瞳から悪戯っぽい光が消え、鋭い戦士の光が宿った。


「さあ、お仕置きの時間っすよ、トカゲ野郎! アークスレイヤー!いくっす!」


セレスティアが叫ぶと、アークスレイヤーの両肩にあるハッチがスライドし、無数のミサイルポッドが姿を現した。


「まずは挨拶代わりっす! 全弾発射!」


次の瞬間、数十条の白い軌跡が夜空を切り裂き、ヴォイドリザードへと殺到する。

回避する素振りも見せず、怪物はその巨体でミサイルの雨を真正面から受け止めた。

轟音。

オフィス街の一角が、閃光と爆炎に包まれる。ビルというビルが激しく揺れ、衝撃波がコックピットまで届いた。凄まじい爆発に、俺は思わず目を細める。


「やったか……!?」

「フラグっぽいこと言うのやめてくれるっすか?」


だが、俺の淡い期待は、次の瞬間には打ち砕かれた。

爆炎の中から、黒い影が雄叫びと共に飛び出してくる。

ヴォイドリザードは、アークスレイヤーのミサイル斉射を浴びてなお、その硬い鱗に焦げ跡1つ付けていなかった。


「チッ、やっぱり装甲が硬いっすね!」


セレスティアが舌打ちすると同時にヴォイドリザードが地を蹴った。

四十メートル近い巨体が、信じられないほどの俊敏さでアークスレイヤーに肉薄する。

その両腕に備わった刃物のように鋭い爪が、月光を浴びてギラリと光った。


「させないっす!」


セレスティアが操縦桿を倒すと、アークスレイヤーは背中のブースターを瞬時に噴かし、スケートのように滑らかな動きで真横にスライドした。

怪物の爪は空を切り、背後にあった高層ビルの壁面をチーズのように切り裂く。

凄まじい音を立てて、ビルの外壁がガラガラと崩れ落ちた。

だが、ヴォイドリザードの攻撃はそれだけでは終わらない。

空振りした体勢から鞭のようにしなやかな長い尻尾が、遠心力を乗せてアークスレイヤーを薙ぎ払った。


「しまっ……!」


セレスティアの反応が一瞬遅れる。アークスレイヤーは咄嗟に左腕でガードしたが、そのあまりの衝撃に耐えきれず大きく体勢を崩した。

鋼鉄の巨体が、隣のビルへと叩きつけられる。

ガッシャアアアアン!

ビルに巨大な亀裂が走り、無数の窓ガラスが砕け散る。

コックピットが激しく揺れ、俺は悲鳴を上げてセレスティアの体にさらに強くしがみついた。


「きゃっ!?」


「うわあああっ!」


俺のせいか、セレスティアが短い悲鳴を上げたが、今はそれどころじゃない。

モニターには赤い警告表示が点滅し、けたたましいアラームが鳴り響いている。

しかし、セレスティアは冷静だった。


「この程度、かすり傷っす!」


彼女は即座に機体を立て直すと、ブースターを逆噴射させてビルから離脱。そして、反撃とばかりにヴォイドリザードの懐へと飛び込んだ。


「こいつを食らうっすよ!」


アークスレイヤーの右腕が大きく振りかぶられ、鋼鉄の拳がヴォイドリザードの顔面に叩き込まれる。

ゴッ!という、肉を打つ音とは到底思えない鈍い衝撃音。怪物の巨体がぐらりとよろめき、数歩後ずさった。

チャンスだ。俺がそう思った矢先、体勢を立て直したヴォイドリザードが、大きく口を開いた。その喉の奥が、不気味な紫色に輝き始める。


「まずいっす! ビームが来る!」


セレスティアが叫ぶと同時に、怪物の口から極太の破壊光線が迸った。

夜の闇を切り裂く紫色の閃光が、アークスレイヤーへと迫る。

セレスティアは操縦桿を全力で引き上げ、アークスレイヤーはブースターを最大出力で噴かし空へと跳躍した。間一髪、光線は足元を掠めていく。

だが、その脅威は終わらない。ビームはそのまま直進し、背後にそびえ立つオフィスビル群を薙ぎ払った。

ビルが溶け、断裂し、そして数秒遅れて天を衝くほどの巨大な爆炎の柱が立ち上る。

まるで終末のような光景に、俺は言葉を失った。あれを食らっていたら、アークスレイヤーとてただでは済まなかっただろう。


一進一退の攻防。

ミサイルとパンチ、爪と尻尾とビーム。二体の巨人がぶつかり合うたびに、俺たちの知る街の景色は、凄まじい勢いで破壊されていく。

俺は、この戦いにおいてただの乗員でしかない。セレスティアの邪魔にならないよう必死に彼女にしがみついているだけの、文字通りの足手まとい。

それが、どうしようもなく悔しかった。

激しい戦闘の最中、俺は必死に全天周モニターに映し出される情報を目で追っていた。何か、何か俺にできることはないのか。

その時だった。

ヴォイドリザードが、一瞬動きを止めた。そして、背中にびっしりと生えた棘を、まるでハリネズミのように逆立て始めたのだ。

一本一本の棘の先端が、先ほどのビームと同じ、不気味な紫色に明滅し始める。

エネルギーを溜めている。直感的にそう感じた。

だが、セレスティアは正面からの殴り合いに集中しており、その変化にまだ気づいていないようだった。

彼女の視線は、ヴォイドリザードの顔面と爪に集中している。


「セレスティア、背中だ! 背中の棘が光ってる!」


俺は、ほとんど絶叫するように叫んでいた。


「えっ!?」


一瞬、セレスティアの肩が揺れた。だが、彼女は俺の言葉を疑うことなく即座に行動した。


「信じるっすよ、タクミ!」


彼女は操縦桿を真横に倒し、アークスレイヤーはありったけの推力を使って、機体を右へとスライドさせる。

その、コンマ数秒後。

ヴォイドリザードの背中から、無数の光の針が爆発的な勢いで全方位へと射出された。

そして空中で軌道を変え、先ほどまでアークスレイヤーがいた空間を、何百という紫色の光の槍が埋め尽くす。

もし、拓実の警告がなければ。もし、セレスティアの反応がわずかでも遅れていたら。

機体は蜂の巣にされ、俺たちは一瞬で死んでいたかもしれない。

光の雨が通り過ぎた後、アークスレイヤーは静かに着地した。コックピットの中には沈黙が流れる。

俺もセレスティアも、張り詰めた緊張から荒い呼吸を繰り返すだけだった。

やがて、セレスティアが息を整えながら震える声で言った。


「……助かったっす、タクミ。マジで危なかった……。全然、見えてなかったっす」


その声には、いつものからかうような響きは微塵もなかった。


「い、いや、俺はただ……見てただけだから……」


俺が謙遜するように言うと、セレスティアは敵を見つめながらもゆっくりと首を横に振った。


「ううん。タクミがいてくれて良かった。正直、最初はただの足手まといかと思ってたけど……」


彼女はそこで一度言葉を切り、そしてはっきりと告げた。


「キミ、最高の相棒になれるかもっすね」


その真っ直ぐな言葉に、俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。顔が熱くなるのを感じる。

ヴォイドリザードは大技でエネルギーを消耗したのか、少しよろめきながらも、再び体勢を立て直してこちらを睨みつけている。戦いは、まだ終わっていない。

セレスティアは再び操縦桿を握り直し、その瞳に決意の光を宿した。


「さあ、第二ラウンドっすよ、タクミ!」


彼女の言葉に、俺はもう恐怖を感じていなかった。代わりに、胸の奥から熱い何かが込み上げてくる。

俺は彼女の胴体に回した腕に力を込め、力強く答えた。


「ああ!」


確かに生まれた信頼を胸に、俺たちは再び、眼前の怪物へと向き直った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る