機動兵器アークスレイヤー~コンビニに舞い降りたスーパーロボットと美少女宇宙人~

たまやん

第1話 スーパーロボットの駐車場

深夜のコンビニは、世界の喧騒から切り離された孤島だ。

蛍光灯からLEDに変わった白い光が誰もいない商品棚を煌々と照らし出し、VTuberのコラボ放送が店内に響いている。

壁にかけられた時計の針は、とっくに二十三時を回っていた。


「はぁ……暇だ」


俺、御堂拓実(みどうたくみ)は、レジカウンターに頬杖をつきながら、誰に言うでもなく呟いた。

この時間帯は客足がぱったりと途絶える。ワンオペ勤務にはありがたいが、暇を持て余すのも事実だった。


暇つぶしついでに俺のことを話そうかな。

身長は百八十センチ近くあり、自分で言うのも何だがそこそこのイケメン。

学校では運動部に所属こそしていないが運動神経は良く、体育の授業や球技大会では無双状態。

そのせいで女子からの注目度は高く、告白された回数は数え切れない。

だがしかし。そんな俺の経歴には、致命的な欠点が存在する。

――年齢イコール彼女いない歴。

そう、何を隠そう俺は、3次元の女性に対して極度の苦手意識を持つ、残念イケメンなのである。

彼女たちのキラキラした視線や、何気ないボディタッチ。

その全てが俺の許容量を超え、脳をショートさせ、まともな会話を成立させなくするのだ。

そんな俺の心の拠り所は、2次元。アニメや漫画、そしてギャルゲーのヒロインたちだ。

彼女たちなら、俺を優しく受け入れてくれる……。


「やっぱフカミネ先生の描く女の子が至高だよな……」


SNSに上がったイラストレーターの絵を思い浮かべ、一人悦に入っていたその時だった。


ゴゴゴゴゴゴッ……!


「うおっ!?」

突如、地鳴りのような轟音と共に、店全体が激しく揺れた。

まるで巨大な何かがすぐそばに落下したような、腹の底に響く衝撃。

俺は慌ててレジの台に捕まり、商品が棚から落ちないことを祈った。

揺れは数十秒でピタリと収まった。


「な、なんだ今の……地震か?」


尋常じゃない揺れだった。震度4、いや5はあったかもしれない。

俺はカウンター裏のバックヤードに駆け込み、パソコンの電源を入れる。

災害情報をチェックするが、気象庁のサイトにも、ニュース速報にも、地震の発生を知らせる報告はどこにも表示されていなかった。


「そんなバカな……。じゃあ、今の揺れは一体……?」


胸騒ぎを覚え、俺は自動ドアから店の外に出た。

ひんやりとした夜風が肌を撫でる。そして、アスファルトの駐車場に広がる光景に、俺は言葉を失った。


「…………は?」


そこに、”それ”は立っていた。

夜の闇よりも深く、鈍い光を放つ鋼の巨体。全長は三十メートル……いや、四十メートル近くあるかもしれない。

月明かりを浴びて浮かび上がるそのシルエットは、紛れもなく人型の巨大ロボットだった。

女性的でしなやかな曲線を描くフォルム。鋭いツインアイのメインカメラ。

そして何より目を引くのは、頭部から腰のあたりまで伸びる、幾本もの髪のようなパーツ。

それはまるで生命を宿しているかのように、淡い光の粒子を放ちながら夜風に揺れていた。

俺が幼い頃に夢中で見た、スーパーロボットアニメの主役機が、そのまま現実世界に現れたかのようだった。

あまりの非現実的な光景に、脳が理解を拒絶する。

CGか? 大掛かりなドッキリか? いや、地面には巨大な足跡がくっきりと刻まれ、アスファルトがひび割れている。

これは紛れもなく本物だ。

俺がその場に立ち尽くし頭を真っ白にさせていると、プシュっという大きな音と共にロボットの胸部ハッチが開いた。

ワイヤーがスルスルと伸び、それに足を引っかけた人影がスタントマンのように華麗に降りてくる。

全身をぴっちりとしたスーツに包んだその人物は、ヘルメットを被っているものの、体のラインで女性だと分かった。

特に、腰の括れから豊満な胸にかけての曲線は、メタリックブルーの光沢感のあるスーツによって、これでもかと強調されている。


(な、なんだあのエロいスーツは……!)


女性が苦手な俺の心臓が、別の意味で早鐘を打ち始める。

その人物は、俺の数メートル手前の地面に降り立った。そして、カシュッという小気味良い音を立ててヘルメットを脱ぐ。


その瞬間、俺の思考は完全に停止した。


ヘルメットの中から溢れ出したのは、月光を反射して銀色に輝く、美しい白髪のロングヘア。

現れたのは、この世のどんなアイドルや女優も霞んでしまうほどの、神がかった美貌を持つ少女だった。

透き通るような白い肌、大きく潤んだ碧眼、すっと通った鼻筋に桜色の唇。

人間離れしたその美しさは、俺が愛してやまない2次元のヒロインたちでさえ、裸足で逃げ出すレベルだ。

彼女は、呆然と立ち尽くす俺を見ると、人懐っこい笑みを浮かべた。


「すみませーん! ロボの駐車場はここで良いっすかー?」


と、彼女は快活な声で言った。

……ロボの、駐車場?

一瞬、何を言われたのか分からなかった。数秒遅れて意味を理解し、俺は心の中で絶叫する。


(あるかそんなもん! なんだその原付でも停めるかのようなノリは! ていうかお前は誰で、そのクソでかいロボットは何なんだよ!)


言いたいことは山ほどあった。喉まで出かかっていた。だが、目の前の美少女の圧倒的なオーラと、女性に対する根本的な苦手意識が、俺の口からまともな言葉を奪っていく。


「あ……えっと……ま、まあ……そこでいいんじゃないっすか?」


かろうじて絞り出したのは、そんな情けないかすれ声だった。

すると彼女は「えっへへ!」と花が咲くように笑った。


「ありがとうっす! いやー、助かったっす! 飲食店らしき店はどこも閉まってるし、お腹ぺこぺこだったんすよ! 上から見てここだけ光ってたから、ラッキーって思って!」


そう言って、彼女は軽やかな足取りでコンビニの自動ドアをくぐっていった。


「…………」


後に残されたのは、駐車場に堂々と仁王立ちする巨大ロボと、完全にキャパオーバーの俺。


「……いやいやいや! よくねえよ!」


我に返った俺は、慌てて彼女の後を追って店の中へと駆け戻った。

店内に戻ると、彼女は興味津々といった様子で商品棚を眺めていた。


「へー、これがチキュウの『コンビニエンスストア』ってやつすか。思ったより品揃えがしょぼいっすねー」


悪びれもなく言い放つ彼女に、俺は「うちの店は品揃えが多い方だが!?」と内心で反論する。

彼女は菓子パンのコーナーで足を止めると「あんぱん」と書かれた袋を手に取り、不思議そうに首を傾げた。


「この黒いペーストは何すか? 毒じゃないすよね?」


「あ、それは小豆っていう豆を甘く煮たもので……」


「へぇ、豆。あたしの星じゃ家畜の餌なんすけど、チキュウでは人間が食べるんすね」


まるで宇宙から来たかのような言い方で、いちいち俺たちの文明をディスってくるな!

俺が内心で憤慨していると、彼女は今度はお弁当コーナーへ移動し、ガッツリ系のカツ丼弁当を手に取った。


「腹が減ったんすけど、これが一番エネルギー効率良いんすか?」


「え、ええ、まあ……カロリーは高いと思いますけど……」


「よし、これにするっす!」


満足げに頷くと、彼女はカツ丼弁当と、なぜか「う◯い棒(コンポタ味)」を十本ほど鷲掴みにしてレジカウンターへとやってきた。

俺が恐る恐る商品のバーコードをスキャンし会計金額を告げると、彼女はきょとんとした顔で俺を見つめた。


「えん? ああ、対価交換の媒体すか。これで足りるっすか?」


そう言って彼女がポケットから取り出したのは、見たこともない複雑な模様が刻まれた、手のひらサイズのクリスタルだった。

それは内部から淡い光を放っており、どう考えても地球上の物質ではない。


「いや無理です! 日本円でお願いします!」


俺が必死に訴えると、彼女は心底不思議そうな顔でクリスタルと俺の顔を見比べた。


「え? 『にほんえん』? 何すかそれ? この『ユニバーサルクレジット』も知らないなんて、チキュウってマジで未開の星なんすね……」


なんだその心底ガッカリしたみたいな言い方は!

俺が言葉に詰まっていると、彼女は「うーん」と困ったように頬をかいた。

そして、何かを思いついたようにニヤリと笑うと、カウンターからぐっと身を乗り出し、俺の顔に自分の顔を近づけてきた。


「なっ……!?」


吐息がかかるほどの至近距離。甘い、嗅いだことのない香りが鼻腔をくすぐる。

そして、パイロットスーツ越しの豊満な胸がカウンターに押し付けられてムニュッと変形しているのが見えてしまい、俺の顔はカッと熱くなった。

彼女は碧い瞳で俺をじっと見つめ、悪戯っぽく唇の端を吊り上げた。


「あたしの『からだ』で支払う、とか……?」


その一言が、俺の理性にクリティカルヒットした。

女性耐性ゼロの俺の脳は、沸騰したヤカンのように悲鳴を上げる。思考は完全に停止し、口からは意味をなさない音が漏れるだけだった。


「な、なな、何を言ってててて……!」


俺の情けない反応を見て彼女はぷっと吹き出したかと思うと、次の瞬間、腹を抱えて大爆笑し始めた。


「あっははははは! なにその反応! 面白すぎっす!」


一瞬何が起きたか分からなかったが、彼女の笑い声で我に返る。


「やだなー! スペースジョークっすよ! 本気にするなんてピュアすぎでしょ!」


「なっ……! お、お前な……!」


からかわれた。そう理解した瞬間、羞恥と怒りで全身の血が頭に上るのが分かった。顔が火を噴きそうなくらい熱い。

俺が真っ赤な顔で睨みつけると、さすがに少しは悪いと思ったのか、彼女は「くくっ」と笑いを堪えながら言った。


「いやー、申し訳ないっす! あまりにも反応が良かったもんで、つい。それじゃあ、お詫びに……」


そう言うと、彼女は俺の右手首をむんずと掴んだ。華奢な見た目に反してその力は驚くほど強い。


「ちょ、何を……!?」


俺が抵抗する間もなく、彼女は俺の手をぐいっと引っ張り、そのまま自身の胸へと導いた。

そして――むにゅり、と。

信じられないほど柔らかく、それでいて弾力のある感触が、俺の右手に伝わった。

ぴっちりとしたスーツの生地越しでも分かる圧倒的な質量と温もり。それが、この美少女の胸だという事実。

俺の脳は、今度こそ本当にショートした。

目の前が真っ白になり、膝から力が抜けていく。


「う、ふわぁっ……!?」


情けない声を最後に、俺はその場にへたりと座り込んだ。腰が抜けて、もう立てない。

そんな俺の姿を見て、彼女は本日二度目の大爆笑を始めた。涙を浮かべながら、床をバンバンと叩いている。


「あっははははは! キミ、本当に最高っす! なんでそんなにからかい甲斐があるんすか!?」


ひとしきり笑った後、彼女は涙を拭いながら立ち上がると、腰を抜かして動けない俺を見下ろして、満足げに微笑んだ。


「私、キミのこと気に入ったっす!」


こうして俺と、宇宙から来たっぽい傍若無人な美少女との、奇妙で最悪なファーストコンタクトは、俺の尊厳をズタズタに引き裂く形で幕を開けたのだった。

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