第22話 ロイネの昇格

 ギルドの訓練場に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を刺した。そこで向かい合うのは、今日の私の試験官であるBランクの冒険者。ずんぐりとした体型で、分厚い金属製の鎧と、大きな盾を携えている。防御に特化したタイプだと一目でわかる。


「俺に有効打を当てることができたら、Bランクでも十分に通用するだろう。だがそう簡単に昇格させる気はないぞ。昇格させた者に死なれると、酒が不味くなるからな」


 試験官がニヤリと意地悪く笑った。でも、その目にはどこか優しさがある。厳しい言葉の中に、冒険者として生き残ってほしいという、彼なりの思いやりがある気がする。挑戦しがいのある相手だ。


「よろしくお願いします!」


 私はやりを中段に構えた。


「いつでも来い!」


 試験官もまた、どっしりと重心を低く構えた。


「では、始めてください」


 職員の合図で、模擬戦用の木槍を構え、一気に間合いを詰める。そして迷いなくまっすぐに叩きつける。試験官の盾がガキン! と甲高い金属音を響かせる。腕に衝撃が走った。この盾、想像以上の硬さだ。試験官は微動だにしない。

 私は次々と槍を繰り出す。上段、下段、払い、自分の限界を探るように、攻撃の圧力を高めた。試験官はまるで壁のように立ちはだかり、私の槍をことごとく盾で受け止める。その防御はなかなかに鉄壁で、隙が見当たらない。受ける確度も、私がバランスを壊すような角度で受けてる。技術は間違いなくオルトより上。これは手強い。


「すぅ~……はぁ~」


 距離を取り、深呼吸で体を整える。本気で行こう。オルトとの訓練と同じだと思ってやろう。疲れ果てるまで全力で動いて、後のことなんて考えずに、限界を超えるつもりで! 


「おわりか?」

「いえ、ここからが本番です!」


 私は、なりふり構わず、速さと激しさを追求した。試験官が防御に徹すると言うなら、守りを捨てて、攻めて攻めて攻めまくる! それでダメなら、まだまだBランクには早かったってことだ。


 ガンッ! ガスッ! ガンッ!

 

「くっ……!」


 本気の連撃を仕掛け始めてから、試験官の顔に焦りの色が浮かび始めた。盾の裏で顔をしかめ、歯を食いしばってる。私は……まだいける! もっと行ける! 私の体はまだ動く! 


 ガガンッ!


 ついに、試験官の盾が鈍い音を立てて床に落ちた。彼の盾を持っていた腕が力なく垂れ下がる。


「参った。腕が痺れた。こんなことはこれまでになかった」


 試験官が痺れた自分の手を見て言う。 


「Cランクでこれほどの圧は初めてだ。文句なしの合格だ」


 試験官が少し息を切らしながら、驚きと感心がないまぜになった声で合格を宣言した。


「やった!」


 私は思わず、声を上げて飛び跳ねた。Bランクだ! ついにBランクになれたんだ!


「おめでとう!」


 見守ってくれてたオルトが、笑顔で祝ってくれてる。素直に嬉しい。抱きつきたい気分だけど、キャラじゃないよね。いや、ここで抱きつけばグレイシアを出し抜けるかも。あっちはすでに添い寝しちゃってたくらいだし、もっと積極的にならいとダメね。


「では、ホールでギルドカードの更新をします」

「あ、はい」


 あああ、タイミングを失った。この職員め、恨んでやる。




 ギルドのホールで手続きを終えて、カウンターでカードの完成を待つ。オルトはホールの本棚から、何かの本を手にとって見てる。文字は読めないはずだけど……読めるうようになりたいのかな。だったら私が教えてあげよう。

 こういうのも大切よね。恩を売る感じになるけど、ちょっとでも関係が近づくならなんでもいい。普通に好きとか言えればいいんだろうけど、そういうの私に似合わない気がするんだよね。

 何いってんの? とか返されたら傷つく。訓練でオルトに一撃当てるのは、トリッキーな技でなとかなるんだけどなー。女として気を引くための一撃が当てたい。

 グレイシアは一見そっけないように見えて、獣人の感性でグイグイ行く感じがするから、ぼけっとしてたら私が2番目になっちゃうかも。

 町の中じゃ二人っきりってなんだから、その有利な状況を利用して、もっとオルトに近づこう。


「お待たせしました。ギルドカードです。無理せず頑張ってくださいね」

「ありがとうございます」


 Bランクと彫り込まれたギルドカードを受け取る。

 正直、一生頑張ってもBランクにはなれないかもって思ってた。だけどオルトと出会えたおかげで昇格できた。少しづつだけど、訓練してオルトに癒やしの加護を使ってもらう度に、成長してるのが毎日実感できる。

 オルト……本読んでる姿を見るとそんな風には見えないけど、本当にとんでもない男よね。試験官との模擬戦をやってみて、オルトの規格外な身体能力を改めて思い知った。

 オルトは、私がいくら連撃を繰り返しても揺るがないし、体力が尽きることもない。盾を持つようになってからは、その鉄壁さが本当に凄いことになってる。トリッキーな攻撃も、もう少し経験を積めば当たらなくなる。

 オルトってどこまで強くなるんだろ。すでに今日の試験官より硬いのは間違いないし、攻撃力だって、Aランクのドルトンさんより上よね。やっぱり、オルトはおかしい。私の身体能力だって、かなり高まって良い感じになってるのに、オルトの隣に立つと自分の強さが霞んで見える。とにかく身体能力が規格外すぎる。

 その上、他人を成長させる能力があるんだから、この人とはもう離れられない。離れたくない。もったいなすぎる! 

 うーん、私って打算的だなー。でも……好きって気持ちもちゃんとある。好きとか恥ずかしくて言えないけど、ちゃんとそう思ってる。だからこそ……グレイシアが気になる。


 昨日、オルトがグレイシアにパンを持っていったことを思い出す。


 グレイシアに取られたくない。普通の男なら獣人との恋愛なんて考えないだろうけど、オルトってちょっと変わってるからなぁ……。獣人に対して差別意識なんて皆無な感じだし、むしろ興味津々に見える。どうしよう。このままじゃ私が本当に2番目の女になりかねない。


「はぁ……」


 添い寝……お願いしようかな。もっと強くなりたいからとか言って。それで触れ合ったりしてたら、私を女として見てくれるかな。グレイシアほどじゃないけも、私だってそれなりに胸もあるし、引っ付いてたら我慢できなくなって迫ってきたりして。そしたら私……オルトを受け入れて……。


「終わった?」

「きゃー!」


 変なこと考えてたら、オルトが近くに来てた。びっくりしたー。


「ど、どうした」

「へ、変なこと考えてる時に、急に話しかけないでよ!」

「変なことって?」

「えっと……その……なんでもないから!」


 変なこと考えてるって言っちゃった。もう、恥ずかしすぎる!


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