第20話 野宿

 翌日の移動は、本来なら宿泊する宿場を通り過ぎて、かなりの距離を進んだ。道中は魔物の出現もなく快適で、急ぐ馬車が野宿で使うと聞いた場所まで進んだ。

 そこには、もう一組別の護衛パーティーが野営をしていた。


「お前ら、獣人と組んでるのか。珍しいな」

「獣人が居るなら安心して休めそうだ」

「魔物の匂いがしたら俺達にも教えてくれよ」


 絡まれるのかと思ったら、意外にも好意的だった。獣人差別の強い国らしいけど、全員が獣人を嫌ってるわけじゃないらしい。

 ロイネも嫌ってる感じではないしな。当のグレイシアは、知らない人たちから距離を取るような場所で、ここに来る途中で捕まえてきたウサギの皮を剥いでいる。


「わかりました。魔物が出たら協力しましょう」

「わたしだって気付けるし」


 俺が返事をすると、ロイネが小声で対抗意識を燃やしている。聞き流そう。

 それよりも俺は試したいことがある。宿場で使ったこれ。ちょっとだけ醤油っぽかったんだよね。醤油とソースの中間ってかんじ?


「グレイシア、そのウサギの肉、薄く切って一枚くれない?」

「わかった」

「オルト、ウサギ肉好きなの?」

「いや、ウサギ肉は食べたことがないから試したいんだ」


 バックから取り出した、黒い液体を見せる。


「ふーん」


 あまり興味なさそうに、ロイネが野菜と肉たっぷりのスープを作っている。

 ウサギ肉の処理がおわったグレイシアが、丸ごと俺に差し出す。


「ごめん、薄くきって一切れほしい」

「一切れでいいのか」

「うん」


 グレイシアが、薄く切った肉を差し出し、それを箸で受け取る。


「器用だな」


 俺が箸を使う様子を見て、グレイシアが目を丸くしている。


「なにそれ」


 ロイネも不思議そうに見ている。どうやら箸はこの世界じゃ珍しいらしい。まぁなかったから自分で作ったんだけどね。


「ハシって言うんだ」


 宿場で手に入れた小皿にソースを入れ、それに生肉を漬ける。


「下味つけて焼くの?」

「いや、このまま食べる」


 つきすぎたソースを小皿に落とし、ウサギ肉の一切れを口に運ぶ。


「え、ええ、生!」


 生で食べる習慣もないらしい。ロイネはグレイシアが生で食べてる様子を見て、不快そうな顔してたもんな。

 俺もこの世界の飲食店で生肉を食べるきにはならない。冷蔵庫なさそうだからな。食中毒が怖い。でも、グレイシアが捕まえてきたばかりの肉なら、肉の刺身がいけるって思ったんだ。もし腹を壊しても、たぶん寝たら治るしね。


「だ、大丈夫? お腹こわさない?」


 口の中に広がる肉汁を味わう。あまり油はないが、赤みの味わいが広がり、シャクっと噛み切れる歯ごたえが良い。

 うん、肉刺しだ。美味い。美味いけど、ソースがもっと醤油っぽくてニンニクがあったらなーって感じだ。


「いいね。なかなか美味い」

「もう一枚、いるか?」


 グレイシアが、差し出す。


「もらうよ」


 もう一枚も美味しく頂く。肉の旨みを楽しむ。これは悪くない。むしろ良い。

 ニンニクっぽい何かを手に入れることができたら、もっと楽しめること間違いなしだ。

 たぶんグレイシアは、こうやって小動物を捕まえて、生肉を食べるのが日常だろうから、肉刺しを野宿の愉しみにできるかも。


「オルトって、もしかして獣人だったりする? 尻尾かくしてたりする?」


 ロイネが疑いの目を向けてる。さすがにそれはない。


「いや、新鮮な肉は生でも食えるんだよ。ロイネもどう?」

「やめとく。野宿でお腹壊したりしたら最悪よ」

「はは、それはそうかもね」

「それに、血の匂いさせてたら、ゴブリンが寄ってくるのも忘れないでね」


 これはグレイシアに対する注意だな。


「心配するな。これを捕まえる途中で、マーキングしてきた。雑魚は酔ってこない」

「ふーん、それならいいけど」


 マーキングとは……もしかしてこの周辺のあちこちに排尿してきたってこと? グレイシアの尿には、ゴブリンを寄せ付けない効果があるってこと? 

 気になる。気になるけど追求するのもなんか変態っぽいからやめておこう。






「こらー!」


 野宿の朝はロイネの大声から始まった。グレイシアのマーキングの効果があったのか、この世界に来て初めての野宿は、魔物から襲われること無く朝を迎えることができた。

 俺は夜中に目覚めて、満点の星空を楽しんで、トレーニングをしてからの二度寝であり、水浴びができなかったせいで少し不快……え?


 グレイシアがロイネに地面を引きずられている。


「なになに、何があった?」


 グレイシアは抵抗するでもなく、足を引っ張られながら俺を見てる。


「グレイシアが……」

「グレイシアがどうしたんだよ。なんで引きずってるんだ?」

「オルトに引っ付いて寝てたの!」

「だめなのか」


 グレイシアが不思議そうに尋ねる。


「ロイネが離れて寝ていたから、私に機会をくれたのかと思っていたのだが」

「ど、どういう考えよ」

「ロイネが1番目の女。私が2番目の女。1番目が寄り添わない時は、2番目が寄り添うものだろ?」


 なるほど、そういう価値観ね。

 しかし、まるで気づかなかった。俺、もしかして寝てる時は無防備? 癒やしの加護で寝付きがいいのは知ってたけど、もしかしたら、短時間で凄く深い眠りで回復力や超回復も凄いことになるけど、そのかわり刺激に反応できないくらい深い眠りだったりする? 

 もしそうだったら、それって俺の弱点かも。こんな世界だもんな。ロイネやグレイシアみたいに、敵に敏感じゃないと危険なケースもあるだろうから、この部分は調べたほうがいいかも。


「獣人の価値観なんて知らないけど、勝手にひっついて寝たりしないでよ」

「そうか。わかった。次は許可を取ろう」

「許可って……私は……」


 ロイネがチラッと俺を見る。許可とか出す立場じゃない。俺の恋人ってわけじゃない。だから返事に困るって顔だ。


「しかし、ロイネ。お前の身体能力が人間の女にしては妙に高い理由が分かった。オルトだったのだな」

「え?」

「オルトに触れて寝たら、少しの時間で完全回復を越えて妙に調子がいい。オルト、これはいったい何だ?」


 俺の癒やしの加護は、俺の意思と関係なく発動するからなー。こういうバレ方もあるだろう。ロイネに付与する時も、使おうと思ってつかっれるわけじゃない。触れてるだけだ。一瞬肩がぶつかった程度じゃ付与されないけど、引っ付いて寝てればそうなる。


「き、気のせいじゃない?」


 ロイネが誤魔化そうとしてるが、それは無理があるだろう。今は当たり前になっちゃったけど、この世界に来たばかりの頃は、毎回スッキリ全快の寝起きには俺自身が驚かされた。この効果を気のせいでごまかせるとは思えない。


「グレイシア、秘密は守れる?」


 小声で確認する。


「もちろんだ」

「え、教えるの?」


 ロイネが凄く嫌そうだ。


「いや、体験しちゃったんだから隠しようがないよね。ロイネだって最初の一回で気づいてたし」


 気づいたからこそ、俺に利用価値を見出してくれたんだからな。


「それは……そうだけど」

「グレイシア、その効果は俺のスキル、癒やしの加護なんだ」

「癒やしの加護? スキルのことなど分からないが、そういう力なのだな」


 そうか、獣人にはスキルがないんだったな。神は人にスキルを与え、獣人には優れた肉体を与えた……でも、人間にはスキルの無い人も少なくない。だから身体能力の高い獣人が恐れられ、差別や迫害の対象となった。たしかそんな感じだった。


「そう。でもこの力はちょっと普通じゃなくてね。人に知られたくないんだ」

「そうだろうな。この力を求める者がオルトと添い寝するために集まるだろう。オス同士で寝るなど不快でしかないだろうしな」


 確かに! 俺の意思に関係なく、触れてれば超回復の効果が出るなんてことが知れ渡ったら……強くなりたい人たちが俺との添い寝を求めることになる。そこで俺の争奪戦が起こる。その結果、おれは争奪戦を勝ち抜いたガチムチ男と毎晩添い寝させられることになる。うーん、地獄だ。何としても回避すべき未来だ。


「その通りだ。グレイシア、このことを知ってるのはロイネだけなんだ。だから絶対に、誰にも言わないでくれ!」


 俺は懇願するように強くお願いした。


「わかった。誓おう。だがロイネ、オルトの独り占めはズルくないか? 知ってる者が私とロイネだけなら、私にもその恩恵があって良いと思うが」

「私は添い寝なんて……」

「ん?」


 ロイネと添い寝なんてしたことがない。だけど、添い寝してないと言うと、グレイシアの勘違い、俺とロイネがそういう関係だと思ってる勘違いが解消されてしまう。

 そうなると、ロイネの立場が微妙。下手するとグレイシアの獣人的価値観で、2番目扱いされかねない。それは困る。そんな風に悩んでるんだろうな。

 うーん、この察しの良さ。やっぱり俺は40代半ばのベテラン看護師で間違いないな。


「じゃぁロイネが許可してくれた時は、グレイシアと添い寝するってことでいいかな?」


 ロイネの気持ちを考慮した、助け舟的提案をしてみた。


「そ、そうね。それでいいわ!」


 ロイネが提案に飛びつた。やっぱりどう答えるか困ってたらしい。


「私には野宿の日にしか機会がないからな。よろしく頼む」


 ロイネと添い寝なんてしたことがないけど、ロイネが許可したらグレイシアと添い寝することになった。ふふ、これは楽しみだ。ロイネには申し訳ないけど、グレイシアは体毛に覆われてるが、そのスタイルはとても魅力的だからな。変なことする気はないけど、どんな感触なのか今から興味深々だ。


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