第19話 宿場町
宿場町が見えた所でグレイシアが馬車を飛び降りる。
「またな」
「気をつけて」
グレイシアは人の街では気持ちよく眠れないらしい。警戒心が強く鼻が効くために、個室でも寝付けないからと、どこか近くで野宿をするらしい。
「大丈夫かな」
グレイシアが街道を外れ草原を進んでいく。人目の届かない場所まで行くんだろう。
「平気でしょ。獣人なんだから」
獣人は野宿に慣れてる。体毛が環境から身を守ってくれて、雨が降っても外で問題なく眠ることができるらしいが。
「女性が一人で野宿ってのがなぁ」
「何言ってんの。グレイシアを襲っても返り討ちでしょ」
「確かに……そうかも」
グレイシアは強い、そして速い。それに、獣人の感覚だと町で寝るより、野宿の方が安心できるのかもしれない。
「そんなに気になる? もしかして、オルトは毛深い女が好きなの?」
「いや、毛深いのは好きじゃないけど」
グレイシアは獣人だから、毛深いという表現は当てはまらない気がする。彼女には人とは違う美しさがある。と思う。
「そう、変態貴族みたいな趣味なのかと思った」
そっけなく言ってるけど棘がある。これはきっと、やきもちだ。異世界ファンタジーの漫画やアニメなら、ここで「彼女には彼女の魅力がある」とか空気の読めない発言を連発しそうな場面だけど、俺はそんなキャラじゃない。看護師歴25年を超えるベテランだからな。わざわざ人の気分を逆撫でしたりはしない。
「え?」
自分の思考に驚いて声が漏れる。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「変なの」
看護師歴25年?
今すらっと出てきたけど、もしそうだったらおかしくない? 俺の見た目、どう見ても30歳前後だぞ。
「ロイネ、俺って何歳に見える?」
「うーん……30前?」
だよな。でも看護師歴25年なら、俺の実年齢は40代半ばだ。もしかして、若返ってる?
「どうしたのよ、急に」
ロイネが不思議そうに俺を見てる。
「転移トラップで、若返るケースもある?」
「あるわけないじゃん。そんなので若返りが可能だったら、中年女性が記憶障害のリスクを放り投げて、転移トラップの前に行列を作るはずよ」
「そ、そかー」
中年女性は記憶より若さのほうが優先されるのか。いや、そうかもしれない。原型がわからなくなるような整形手術とか、過去なんてどうでもいいって思うくらいの覚悟がないとできない気がする。
「なんでそんなこと聞くの?」
「いや、俺の年齢が40代半ばな気がして」
「ははは、そんなのないない。それこそ記憶の混乱よ」
笑い飛ばされてしまった。でも、間違いない気がする。仕事経験の記憶が思い出せるようになった。俺は救命救急に5年、病棟に8年、そして手術室に10年以上勤めてた。それが思い出せる。
「やっぱり混乱かー」
でも、混乱してることにしとこう。日本の病院での経験なんてロイネに話しても理解してもらえないだろうし、今となっては大切な話でもない。
「名前も年齢も思い出せないって大変ね」
そうでもない。大切な部分が思い出せないから、悩まずに済んでる。今を優先できてる。
「ところでロイネは何歳なんだ?」
なんとなく聞かないままになってたけど、今なら聞いても良い流れだろう。
「22歳よ」
「若いな」
そのくらいだと思ってた。
「ピチピチよ!」
なんか嬉しそうだ。しかし……俺の実年齢が45歳とかだったら、子供でもおかしくない歳の女の子と一緒に生活してるってことになる。
なんか急に複雑な気分になってきたぞ。
宿場町で部屋を確保した後、ロイネの希望でしっかり訓練を行う。ロイネがいつも以上に熱心な気がする。きっとグレイシアに対抗意識を燃やしてるんだろう。
しかし、俺の身体能力と盾は相性がいいな。ロイネの多彩な攻撃をメイスで受けるのは大変だったけど、盾ならロイネに向けてるだけでほとんどの攻撃を防げる。反射神経も身体能力と一緒に成長してるのか、反応が遅れることもほとんどない。
ガッ!
そう思った次の瞬間に、ロイネのトリッキーな攻撃が大腿部に当たる。
「痛って!」
木の棒での打撃だから、身体能力の高さで耐えられるけど、痛いものは痛い。
「もう! 当たらなすぎて腹が立つ!」
当てたロイネが怒ってる。まぁ俺の防御が盾のおかげでかなり改善してるからな。前ほど気持ち良く戦えないストレスがあるんだろう。
「なんかごめん」
「オルトはそれでいいの。私が勝手に悔しがってるだけ。ねぇ、私って少しは成長してる?」
なるほど。俺と相対的に見て、自分の成長が感じにくいのか。まぁ俺の身体能力の成長が早すぎるからな。そう感じるのもわかる。
「前より速くなってるし、一撃の重さが段違いになってる」
「と言うことは、オルトの成長が私より圧倒的に速いってことかー」
そういうことだな。
「盾を手に入れたしね」
「盾、大当たりだったね」
「ロイネのおかげだ」
「そうね、そうよ。もっと感謝していいからね」
「ロイネには海よりも深く感謝してるよ」
「そか……ならいい。海は見たことないけど」
「そうなんだ。じゃあいつか海に行こうか」
「うん。いきたい!」
この辺りは内陸っぽいもんな。俺もこの世界の海が見たい。海水浴とかできる? 魔物だらけで無理だったりして。こっちに来てから、何をするにしても好奇心が刺激されるな。予定通り、エルガルドで漂流者会えたら、次は海を目指そう。
宿の夕食は思った以上に美味かった。
「なんか、申し訳ない気分になる」
「なにが?」
「俺たちだけ、こんな料理を食べてる」
グレイシアの夕食は、ウサギ肉の残りだろう。
「オルトは優しいね」
「そう?」
「勝手についてきてる人のことまで気にするんだもん」
「パーティーメンバーとは言えないけど、馬車を守って一緒に戦ったんだから仲間だと思うんだけど……ダメ?」
「ダメじゃない。ダメじゃないんだけど……もう」
また、やきもちだ。俺に好意を持ってくれてるからこそのやきもちだ。これは素直に嬉しい。
だけど俺の中では、もうグレイシアは悪党を一緒に倒し、馬車を一緒に守った仲間だ。その仲間を1人町の外に置いてきてる状況に、モヤモヤする。
グレイシア本人がそれを望んだからではあるんだけど、俺の中の違和感が拭えない。事情を理解してるのに、待遇に差をつけてるような、差別してるような、残念な気分になる。
「グレイシアも一緒にってのは難しいか……」
「まぁ、本人が望まないでしょうね」
テッセラについたら、ロイネの昇格試験やその他の用事で、グレイシアは数日間、町の外で放置されることになる。今後、グレイシアとどう向き合っていくかは、まだ定まってないけど、慕ってくれてる女性に対して、そんな放置はしたくない。獣人はそんなもんだと言われても、俺の中の価値観がそれを良しとしない。
「悩むくらいなら、3人で野営でもする?」
「野営……できるの?」
「ちょうどいい宿場町がないルートの護衛とかじゃ、当たり前にやってるよ」
野営か。それなら3人で過ごせるな。
「野営、してみたいかも。でも危険だったりする?」
「魔物の気配がない場所ですれば大丈夫よ。それに私には警戒スキルがあるし、グレイシアも嗅覚で魔物の接近に気づけるから、メンバー的には余裕よ」
おお、頼もしい!
「そか……じゃあ野営してもいい?」
「したいんでしょ?」
「うん、なんかね。1人だけ外で過ごさせてるってのに罪悪感があるんだ」
「しかたない、野営の準備に行こ」
ロイネには、獣人と積極的に親しくしたくないような気配がある。きっとこの国の多くの人が、そういう感覚を持ってるんだろう。
というか、もっと差別的な感覚を持ってるんだろう。それでも、俺の考えを否定せず、野営を提案してくれた。
俺を優しいと言ってくれたが、ロイネも間違いなく優しい子だ。そもそも、自分の贅沢より、死んだ仲間の子どもへの支援を優先してる子だからな。
あ、ロイネのことを考える時に「子」って思考するようになった。やっぱり俺の実年齢は40代で確定かも。
はは、なんだか急に歳をとった気分だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます